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その執着を何と呼ぶのか(クレア視点)

 長い歴史の中、いくつもの国が成り、そして滅んだ。

 賢王の時代があり、愚王の時代があり、天変地異があり、争いの絶えない時代があった。

 盛者必衰の繰り返しの中、龍神はただただ傍観者であり続けた。

 不老不死とも言われる龍神にとって、一つの時代は一つの物語を読んでいるような感覚だった。

 人は愚かだ。先人の教えを糧に、けれども愚行を繰り返す。滑稽なその様はいっそ喜劇のようだと思った。

 傍観者である彼は、それに固執することもなく、琴線に触れることも、逆鱗に触れられることもなく。凪いだ水面のような静かな心地でただそれを傍観し続けた。


 何世代前の時代であったか。その時代の王は愚者であった。

 自らの贅を極め、民から税を搾り取り、歯向かえば殺し、興がそがれれば殺した。多くの奴隷を使い捨て、必要もない豪奢な建築を繰り返した。人は飢え、犯罪は横行し、病気は蔓延し、国は荒れた。

 つまらない時代。

 それが龍神の感想であった。早く終わればいい。時が過ぎるのをただ待っていた。


 そんな中、龍神は後に友と呼ぶ一人の青年と出会う。青年は奴隷であった。

 過酷な扱いを受ける一人の奴隷。だけど同情することはない。特に特記することもない、ごくありふれた日常だったからだ。

 青年―バルト―は、過酷な労働によりがっちりとした体格をしていた。その腕は隣で反り返る役人をいとも簡単に殴り飛ばせそうなほど逞しい。

 どうして役人を殴って逃げないんだろうな。なんとなくそんなことを考えた。


 来る日も来る日もバルトはそこに居た。

 王の娘のための新しい城を作っているんだそうだ。我儘娘が誕生日に欲しがった、ただそれだけの理由。

 本当にくだらない。龍神は一蹴する。

 ただその日は少し様子が違っていた。何か揉め事が起きているようだった。

 バルトが激しく役人に詰め寄っているのが見えた。いつもの覇気のない顔ではない。激昂し、燃えつくさんばかりの熱情が目に宿っていた。

 姉さんをどうした!?なぜあんな惨い死に方をした!?お前らの仕業だろう!?とぼけるな!!

 詰め寄るバルトを見下すように役人は醜く笑い


「誰のことだかわからないが。そういえば最近、毎日のように弟の開放を訴える図々しい女がいたな。あんまりしつこく言い募るもんだから鬱陶しくてな。まぁ何、顔だけはよかったから俺ら憲兵で楽しんでやったよ。俺らに組み敷かれながら、女はそれでもしつこくおと―――」


 役人が最後まで話すことはなかった。衝撃と共に首の骨が折れて絶命したからだ。

 バルトは血濡れの拳を壊れそうなほど強く握った。ギリギリと歯を噛みしめる音がして、歯列の隙間から獣のような息を吐いた。それはまるで人ではないような形相だった。


 後から知ったことだが、バルトの姉は人質として捕らえられていたそうだ。バルトは姉を開放するために奴隷となり、姉は弟を開放するために働いた。そして憲兵の酔狂のために殺された。怒りに狂うバルトはまるで獣のように役人を殺し続けた。そこに居た奴隷を開放し、逆賊となる道を選んだ。悪夢のような、一日だった。


 姉を弔い、村を出たバルトに龍神は会いに行った。傍観者を止めたのはその時だ。

 同情にも値しない、ありふれた光景だと思っていた龍神だが、何故だかバルトが気になった。

 果たしてそこで見たものは、闇に落ちた目でも、復讐に濁る目でもなかった。


 曲げぬ確かな信念を宿した、畏怖すら覚えるほど熱情を閉じ込めた目。


 人とは、こんな目ができる生き物だったのか。何千、何万と生きてきた自分が、初めて見る目だった。

 彼だけがそうなのか。もしくは見逃していただけだろうか。龍神はそこで初めて人に興味を持った。繰り返す時代に初めて意味があるのではないかと思った。

 彼の成す時代のうねりをみてみたい。


 そうして龍神は彼の傍に居るようになった。


 やがて時代は動き出す。バルトと呼ばれた男は奴隷を開放し、民を救い、悪を挫いた。

 多くの民の心を掴み、力を募り、ついには下克上を成し遂げたのだ。


 彼は奴隷を廃止し、富を分け与え、優しい国を作った。賢王であった、と後に語られた。

 そんな国を守りたい、そう龍神にすら思わせた。

 それから龍神は歴史の裏舞台に姿を見せるようになる。正体を隠し、国を動かせる地位を持ち、時にバルトの子孫に手を貸しながら。





 そうして五年前。

 ヴィルシュタット王国を侵略しようと始まったカンターバラ王国との戦争が終わりを告げるその時まで時は進む。


 龍神はクラレンス=チャルチシュヴァラと名乗っていた。かつての友がくれた名前だ。

 クレアは戦争の終わりを見学しに、終戦の地まで足を運んでいた。

 自国を守るという大義名分のもと、他国を侵略しようとした愚かな王。ヴィルシュタット王国を大切にしていたクレアにとって、愚かで憎い相手だった。その死に様を見てやるのも一興かと思ったのだ。


 風に乗って、戦場の上を移動していたクレアに声が届いた。

 誰かと見回せば長寿仲間の精霊、ミイヤが宮殿の屋根に座っていた。

 言葉を話すことは出来ないが、思念は飛ばせるほどの上位精霊。なんとなく気に入ってクレアの方から声をかけることはあったが、ミイヤから接触を図ってくることは珍しい。

 一体何事かとクレアは傍へと腰を下ろした。


 ミイヤにはお気に入りの人間がいた。人間というか、正確には魔素の波長だがそこはどちらでもいい。

 その人間を助けてほしいとミイヤは願った。本当に珍しいことがあるもんだ、とクレアは目をしばたたく。

「へえ?ミイヤがそんなに人間に執着するなんて、今日は槍でも降るんじゃないの?」

 実際下では槍と言わず銃弾や弓矢や砲弾なんかも飛び交っている。なるほど、そういう日かもしれない。

「あんま興味ないけど。仕方ないからちょっと顔だけでも見に行ってあげるよ。気が向いたら助けてやってもいい」

 そう言いながらも憎い王の治める国民だ。どんな人物であろうと気が向くとは思えない。残酷な気持ちを抑えることもなく、酷薄な表情のままクレアは笑った。


 ミイヤの案内通り、離宮の更に西側の一室へ向かうと、バルコニーに少女が居た。

 あれか。

 クレアは気配を消し、そっとその様を観察する。

 少女は一心に祈りを捧げていた。


 透けるような白銀の髪はまるで光を纏うように艶めき、風に揺れる。

 陶器のように滑らかな肌は白く、華奢な肩からすらりと伸びた肢体は、その体をより細く見せていた。影を落とす程に長い睫毛は端正な顔立ちを華やかに彩る。まるで美術品のような、完成された美しさがそこにはあった。


 知らず、声をかけていた。

 すぐに見開かれた、こちらを見ようともせず、動揺するように揺れる瞳。


 その目が。


「――――――っ!」

 クレアは時が止まった気がした。一瞬すべての感覚がなくなり、真っ白に意識が飛んだ。

 がしゃん、という音が響き、はっとして我に返る。

 見ると少女が壁に当たって尻もちをついていた。そうしてゆっくりと顔を上げる。


 正面からその目が自分を捉えた。

 澄んだ、けれども強く感情を乗せた紫の瞳。焼き焦がすような、強い熱情がそこにはあった。



 畏怖にも似た冷たさが背中を刺した。



 浮かぶのは、愛しい家族を亡くし、けれどそのすべてを受け止めて前を見た、英雄の姿。

 強くて、ぶれなくて、まっすぐとそこにある



 かつての親友の眼差しと重なった。






 何百年経とうと色褪せない、忘れられない眼差しが。

 けれどその後、何百人と出会い、別れようとも決して彼とは重ならなかった眼差しが。

 もう、相まみえることなどないと諦めていた眼差しが。



 そこに





 ――――――呑まれる。



 そう思った。













 ――クレアは意図的に息をついた。


 ただそれだけで頭を切り替える。緊張感を消して、自分のペースを思い出す。もう一度呼吸をして。

 そうして少女に声をかける。

 少女は返事も忘れて思考の海に落ちているようだった。

 それでも気にせずクレアは饒舌にただしゃべり続ける。本性を隠す、そのために。

 茶番のような、つまらない話。けれどそうでもしなければ抑えることなんて出来なかった。

 獲物を見つけた肉食獣に似た、言い知れないほどの高揚感を。


 少女はクレアの舌なめずりするような粘着質な執着に気付かない。






 気付かなくていい。

 クレアは笑う。




この後彼は全力でティナに逃げられます。

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