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どうも。犬猿の仲の主従です。

「改めて、自己紹介するね。俺の名前はクラレンス=チャルチシュヴァラ。クレアって呼んでいいよ」

 三人掛けのソファに優雅に寝そべり、肘置きに乗せた片腕で頭を支え、私を見ながら龍神――クレアは言った。

 まったくもって礼儀のない態度にピクリと頬がひきつりそうになったが、ぐっと堪える。

「チャルチシュヴァラ様。しがない下女である私に一体何の用でしょう?」

 にこりと貼り付けた笑顔で対応すると、クレアはぶふっと息を漏らす。

「あはははっ!下女!聞いてたけどっ!一国の王女がよりによって平民な上に下女!」

 君、恥ずかしくないの?とまた笑い出すクレアに、私は憮然とした顔になる。放っとけ!

「な・ん・の!ご用でしょうか?」

 幾分影の濃くなった笑顔で聞き直すと、クレアは涙を拭って息を整えきれないままごめんごめん、とまったく気持ちのこもらない謝罪をした。謝罪をした端から笑いは止まらず、バンバンとソファと叩いたり体を折り曲げたりしながら酸欠になっていた。そのまま息を止めろ!


 閑話休題。

「いや、ちょっとお願いがあってきたんだ。」

 なんとか笑いをおさめたクレアは数枚の束になった資料を手渡してきた。

 これ、見たらダメな気がする。しばらく躊躇していた私だが、いつまでも差し出されたままの資料に無駄な抵抗をやめて素直に受け取る。薄目でこっそり覗いてみると、たくさんの数字が列挙されていた。

 総採取量。支出。収入。単価。それに地域、採取場所。列挙されたそれらになんとなく心当たりがある。

「…魔法石?」

 思いつくまま私は口にした。

 魔法石とはその名の通り、魔法を起こすための石だ。自然界に溶け込む魔素や、生物の死骸が何千年、何万年と埋蔵される中で、残留した魔素が何万倍にも膨れ上がり、結晶化されたものだとされている。

 魔法を扱える人間はごく限られた者だけだが、一般に火を起こすことや明かりを灯すことなど、生活を支える一部として魔法は用いられる。魔法を起こす装置、魔法具を利用することでそれを可能としたのだ。魔法具は各家庭の必要な場所に取り付けられており、そこに魔法石をはめ込んで使用する。つまりは電化製品に使用する電池のようなものである。


 そう。とクレアの声がして資料から目を離す。途端、観察するようなクレアの視線が絡んだ。

 おもちゃを見つけた子供みたいな目。初めて会った時も見た、不愉快なはずなのにそれだけじゃない、胸をざわつかせる目だ。苦手だな、と漠然と思う。

 試されているような気がして、ただでさえ居所の悪い虫がのそのそとお腹を重くした。

「正解。ここ十年の魔法石の取れ高と収入、支出を示したものなんだけど。どう思う?」

 言われて再度資料へ視線を落とす。…が、見たままのことしかわからない。

「どうって言われても…ここ2、3年の収入額が急激に落ち込んでる。採取量はあまり変わらないから、加工の段階でなんらかの支出が嵩んでるのか、魔法石の質が悪いのか、需要と供給のバランスが崩れているのか。なんにせよこの資料だけではわからない」

 私の答えにクレアはにやりと笑う。

「支出はむしろ上がってるよね。もういつ赤字になってもおかしくない流れだ。なんでだろ?」

 確かに支出は上がっている。魔法石を掘り出すのに必要な費用は人件費と道具費と運送費と…あとはなんだろうか?

「魔法石を掘り出すためにはどんどんと深く、奥まで採掘することになる。今までと土壌の質が変わって、掘るのが難しくなってきた?採掘した魔法石を運び出すのにもまっすぐな道でなければレールが敷けず、人力での運搬になる。だからこそ、より多くの人手が必要となってくるとか?」

専門家でもない私がひねり出せるのはこの程度だ。だけどクレアは満足そうに頷いてみせた。

「まぁ、及第点ってとこかな。」

 そうして付け加えるように答えを示す。

「掘り進めることで切羽の位置が深層化していくと、湧き水や可燃性ガスの発生率が高くなるでしょ?それらが混入することで純粋な魔素の割合が減少して、魔法石の質が悪くなる。湧き水の除去やガスの処理にも手が取られるし、可燃性のガスの充満は爆発リスクを高める。毒ガスが噴き出す事例もゼロじゅあないしね。危険リスクを考えれば当然人件費も高騰するよね。前から上がってた問題だけど、解決手段もないままとうとう深刻化してきたってわけ」


 クレアは指を一本ずつ立てながら説明し、とうとう立てる指がなくなった。積み重なる問題の多さに対して解決手段は果たしてあるのだろうか。

「でも、このまま行くと業者が泣くか、

「そう。魔法石の価格が高騰するよね」

 わざわざ被せてくるクレアの声が癪に触って私は顔を歪める。それを見たクレアはとても楽しそうな顔をする。思わず声が低くなる。

「魔法石は生活になくてはならないものでしょう?このままだと家計を圧迫して大変なことになる」

「その通り。じゃあ、君がしなきゃいけないことって何かな?」

「?私が出来ることなんてなにもないでしょ」

 突然の問題提起に驚く。いやいや、これって国がどうにかしなきゃいけない問題でしょ。

 ちっちっちっ、と人差し指を左右に振るクレアは、じゃん、と効果音付きでもう一枚の紙を提示した。先の堅苦しい資料と対極にあるようなポップな文字。でかでかと書かれた“魔法石採掘バックヤードツアー”の文字。

「…………なにこれ?」

「見たまんま、魔法石採掘の仕組みを勉強するための社会見学ツアー」

「聞いてるのはそこじゃない!さっきの話とこのツアーと何の関係があ

「色々、きな臭いんだよね」

「っ!!」

 また言葉を被せてきたクレアの、いい加減無礼過ぎる行動にカッとなる。文句を言おうとクレアを睨めつけ、開口し、


 そのまま止まった。



 クレアの表情が豹変していたのだ。背筋を突き刺すような、冷たい色に。

 影を濃くした輪郭から覗く、ぞっとするほど鋭い眼光。片方だけ吊り上げられた唇は、歪な形で笑みを作る。ぞっとするような、酷薄な顔。

 ただそれだけで、断崖絶壁に立たされてるような恐怖が私を襲った。


「確かに状況として、赤字手前なのは矛盾しない。だけど収入額の落ち込み方が尋常じゃない。魔法石1kgに換算して大金貨5枚は差額が出てる。一体何がどれだけ混ざったらそんなに価値が下落するのかな?」

 それに。クレアは魔法石をひとつ取り出して、私に見えるように掲げてみせた。

「魔法石の質も悪いなんてもんじゃない。こんなのを売ってるだけでもあり得ないのに、値上げ?笑えない冗談って好きじゃないんだよね」

 あんたが言うな、と突っ込める空気ではない。

 掲げていた魔法石をそっと転がし手から落とす。特に力を入れたわけではない。重力に従って床へと落ちたそれは、ガシャッという儚い音と共に簡単に粉砕した。石というにはあまりに脆く、つまりは魔素の濃度の低さを示していた。


 石から目を離し、顔を上げた時にはクレアはいつもの笑顔に戻っていた。

「この前部下を視察に行かせたけど、当たり障りない対応で帰されちゃった。もう少し詳しく調べたいところなんだけど、何度も視察に行くのもね。」

 いつもの笑顔だ。面白そうに私を見る、笑顔。

「何を掴める保証もないし、疑ってるって言ってるようなもんじゃない?不信感とか持たれたらもう最悪。調査は進まないし、関係は悪化するしね」

 その笑顔がずっと私を捉えて離れない。

 あ、嫌な予感してきた。いや最初から嫌な予感しかしてなかったんだけど。


 私は退路を探すべく視線を泳がせる。

「このツアー、実は学園の教育カリキュラムに入ってて。もちろん一般人の参加も可能。…あれ?ここにちょうど暇そうな一般人がいない?魔法石の採掘の基本知識もちょうど得た、暇そうな一般人が。」

 探すまでもなかった。出口はひとつしかない。そしてこの話はこれ以上聞いてはいけない。誰が暇人だとという文句を意識的に飲み込むと、体の向きを変え出口へ向かう。

「興味があるんじゃない?興味があるなら冷めないうちに行動あるのみだよね」

 楽しそうに弾む声。けれど私には聞こえない。速やかな退室を切望する私は、逸る気持ちを抑えもせずに足を前へと急がせる。


 ガシッ。


 肩を鷲掴みされた。全身がびくりと揺れる。

「明日あるから身分隠して行ってきて。」

 そして、ちょっと食パン買ってきてっていうくらい軽い調子そう告げるクレアの悪魔の声を聞いてしまった。


「いやああああああ!!」

 私は思わず悲鳴を上げる。間に合わなかった!間に合わなかった間に合わなかった間に合わなかった!!その事実を受け入れられない。

「ありがとう、俺に命まで賭して他人を助けたお馬鹿さん。もちろん、約束を反故になんてしないよね?」

 にっこり笑うクレアは悪魔にしか見えない。そうだ私が契約したのは悪魔だった!

 悔やんでも悔やみきれない過去が私を打ちのめす。

「じゃあよろしくね。詳しくはそのポスターに書いてあるけど、明日の朝7時集合だから」

「いやああああああ!!」

 追い打ちをかける悪魔に契約解除を願い出たい!誰か悪魔の抹消方法か、契約取り消しの手段を私に下さい!!

 …っていうか待って。今明日って言った?

 確認するようにクレアを見ると、悪魔は良い笑顔でうんうんと頷いていた。


 明日って。明日って今から何時間何分何秒後!?ちょっと待ってオカシイ!!時間足りなすぎでしょ!?私にだって準備とか下調べとか計画立てるだとか心とやる気の充填だとか色々準備があるでしょ!!

ねえ今日話す必要あった?!こんなぎりぎりのタイミングである必要あった!!?


 青ざめた顔でただただパニックを起こす私は、焦点の合わない目を悪魔に向ける。


 果たして悪魔はまっすぐに私を見返していた。

 あどけなさの残る、けれども端正な顔。見上げてくる瞳は庇護欲を掻き立て、長い睫が影を落とす。ことん、と首を傾げて、魅惑に満ちた小さな唇が言葉を紡ぐ。

「わざとだよ?」

「あざと可愛いのが余計にむかつくー!!!」



 穏やかな昼下がりの日差しが降り注ぐ、王宮の一室にて。ランキング一位を華々しく飾る般若顔の私の叫び声と、かの悪魔様の笑い転げる声が同時に響き渡った。




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