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お使い帰りのもう一仕事

ティナはベッドに寝転がって、天井を見上げていた。

打撲傷や擦過傷でボロボロだった全身は回復魔法をかけた為に今はその跡形もない。

けれど冷たく重い足枷と、ぐちゃぐちゃに潰れそうな胸中が錘の様に重く心にのしかかっていた。

頭を切り替えなければいけない。

ティナは意識して深い呼吸を繰り返した。


あれから取っ組み合いの喧嘩をして、アルバートは時間だと退室した。

喧嘩といっても、ティナがほとんど一方的に痛めつけられただけだ。

腹を蹴られ、背中を踏まれ。けれどあの憎らしい顔に、一発だけでも拳を叩きつけることが出来た。

初めて人を殴ったが、やれば出来るものである。

アルバートはティナの顔が歪むところを見たいと言ったが、こちらこそ殴られた後の彼の顔を見てすっとした。自分を心から褒めてやりたいと思いつつ、やっぱりもっとたくさん殴ってやればよかったと鼻息の荒くなるティナである。


けれどいつまでも嫌いな顔を思い浮かべていても仕方がない。

ティナは自身に冷静になれと言い聞かせる。

まずしなきゃいけないのは現状把握だと、目を閉じて集中した。


まず一つめ。

アルバートの言葉を鵜呑みにすれば、腹立だしい事に、ハルに裏切られたようである。

けれどティナをアルバートに差し出す利点はなんだろう?

アルバートとの交渉事があった時に意見を通しやすくなる?

あとは考えたくはないが、ティナを厄介払いできる。

もしくは悪魔を召喚させて、横から掻っ攫おうとしてるとか?だとしたらハルこそが本物の悪魔だと言いたくなるティナである。

他に可能性があるならば…そうだ、ティナを間者にしたいとかだろうか?

万が一もしもそうだというのなら先に打合せして欲しいものである。

ハルは何と言っていたか。彼は人を利用する生き物だ。

彼が利用したいのはティナとアルバートどちらだろうか。

わからない。やっぱり今度会ったらあの腹を引き裂こう。次。


二つめ。

アルバートは案の定、悪魔を召喚する気満々である。

そのカギがカンターバラにあると知っていて、戦争を裏で操作して王族を傀儡にしようとした。

結果ティナの浄化魔法に阻まれて成功はしなかったが、それからも可能性を信じてティナを探し続けていたらしい。

だからティナが憎いし、けれど必要でもあると。


三つめ。

悪魔召喚の準備がどれだけ整っているのかは知らないが、ティナはそれまでここに監禁状態となるだろう。

アストロスさんあたりが心配してくれないだろうかと仄かな期待はあるものの、彼は彼で掴みどころのない人だし、ハルが放置しろと言ったなら平気でそのままにされそうである。

ハルの好みを知りたいアナシフィア王女殿下がティナを探してくれないか、というのはあまりに過ぎた願いだろうか。

クレアに関してはもっとわからない。期待しないに越したことはないだろう。

セリウスは他で動いていると言っていた。


困った。

結局自力で脱出するより他ないような気がする。

けれど部屋のドアには鍵がかかっているし、足は鎖に拘束されており、庭に繋がれた飼い犬状態である。

どう頑張ればここから脱出できるというのか。

試しに鎖を持ち上げてみたが、ブランコについてるような頑丈な造りである。ベッドの足に挟み込んでその上でぴょんぴょん跳ねれば切れるだろうか?


解決策が見つからないまま、ティナはうんざりと息を吐いた。











「どうも、おっさん」

呼び掛けられた声に振り返ると、そこにいたのは見覚えのない男である。

「こちとら不眠不休の強行スケジュールで疲れ切ってるんすけど、うちの官吏知りませんかね?」

男は不機嫌そうにアルバートを睨みつける。

服装からして、ヴィルシュタットの役人のようだった。

「おっさんとはご挨拶だね。君は誰だね。私を誰かわかってそんな口を利いているのか?」

相手へと向き直ると、男の不機嫌顔は、きょとんと毒気の抜かれたようなものに変わる。

そしてぶふっと堪えきれないように息を溢すと、不敵な笑みへと表情を変えた。

「気に触ったんならすんません。それよりどうしたんすか?えらく男前な顔っすね」

男の指摘に一気にアルバートの機嫌が急降下する。

彼が言っているのはカンターバラの小娘に力一杯殴られ、腫れた左頬のことだろう。

思い返すのも忌々しい小娘の顔がふと脳裏に浮かんできた。

修めたはずの怒りがひょっこり顔を覗かせるのをゆっくりと嚥下した呼吸で拡散する。

意識を無理やり目前の男へと戻すと、不躾に面と向かって指摘してくる無礼者に対して思うところがないわけでもなかったが、ぴくりとつり上がりそうな眉を諌めてアルバートは笑顔を作った。

「これは少しぶつけてしまってね。それより君はヴィルシュタットの役人かな?まったく教育のよく行き届いている事だ。一体私になんの用だね?」

左頬は口を動かす度に鈍く痛んで不快だった。

あの小娘。後で首でも絞めて苦しめてやろうと、それを想像することで憂さ晴らしをする。

作った笑顔を崩さないように心がけ、余裕を見せつけるように相手を見据えた。


「いや、すんません。人使いの荒い上司からの命令でしてね。宰相殿に、俺の御使いの内容を説明してこいってことなんすけど」

男の声は気負い一つ感じない軽いものだった。

苦笑を浮かべて、頭をぽりぽりと掻いている。

下っ端にしては、国の上層を目の前に肝が据わりすぎている気がした。

「まず、ヴィルシュタットのとある港町で不審船を見かけました。調べればその船はラッフェコルタに着港しまして、積み荷は大量の魔法石と武器でした。所謂、密輸ってやつですね。んで、こっからが俺のお使いなんすけど、その密輸に関わってる人物を浚いました。その全員に関係者を吐かせて裏付けも取りました。手段は問わずとにかく急いでってことだったんでだいぶ申し訳ない扱いをしましたけど、多分間違いないっすね。いや大物の名前が出るわ出るわ。正直関わりたくなくなったんすけど、俺の上司はも一つやっかいな人間なんすよね。その裏に居る人物も今探ってる最中です。悪い事は言わないんで、これからはぜひ正規の取引をお勧めしますね」


告げられる内容にアルバートは息を飲んだ。

この短期間でそこまで探ったという手腕に純粋な驚きと、目標達成を目前にまた邪魔が入ったという事実が腹ただしく、ぎりっと奥歯を噛みしめる。

「証拠もたくさん挙がってます。つまり全面的にそちらに非がある形で、今すぐ戦争を仕掛けることも可能だということっすね。うちに喧嘩売るのは止めた方がいいっすよ。ヴィルシュタットに手を出すな、とこれは上司からです。まあ、検討して下さい」

この男をここで殺したところでもう取り返しはつかないのだろう。

ならばどうする?

ここは従順になった振りをするか?

アルバートは笑顔のまま思案する。相手の一挙一動を注意深く観察し、慎重にその本心を探ろうとする。

「あと、これは個人的なことなんですけど」

果たして緩い顔をして淡々と説明していたその男は、けれど次の瞬間、殺気を混ぜた鋭い視線でアルバートを睨めつけた。


「うちの官吏に手ぇ出したら、俺が黙ってませんから。どうもそちらにお邪魔してるみたいっすね。上司が何言ったか知りませんけど、できれば指一本触れてほしくないですね。近々迎えに行くつもりですんで、それまで丁重に扱ってくださいね」


一瞬誰の事だかわからず困惑したが、すぐに合点がいく。

昨夜月明かりの下で見つけた姫君は、確かに官吏の服を着ていた。

つまり彼女はヴィルシュタットで捕虜となった後、官吏となることで隠れ蓑にしていたのだろう。


「…君は一体何者だね。君のいう官吏が誰の事かは知らないが、悪いが心当たりはないな」

「おかしいっすね。今朝方宰相殿に譲ってきたとか言ってたんすけど。まあ、どっちでもいいです。どうしたって取り返すんで。俺の用件はそれだけです」

「ふん。名前も名乗れない相手のいうことにいちいち耳を傾けていられなくてね。誰だか知らないが、君の言う官吏とやらが誤って無残なことにならないといい―――」

言い終わらない間にも、ドン、と重く風を切る音と鋭利な何かが耳元を掠めた。

数秒遅れてそれに気付く。

何かを確認しようとして振り返りきるその前に、男の声が再度聞こえた。


「お前が思うようには事は何一つ運ばない。上司に目を付けられた時点でお前の野望は潰えている。いいか、忘れんなよ。ティナには絶対手を出すな。潔く敗れ去るか無残に死ぬか、よく考えて行動しろ」


声量も感情も絞ったような低い声が、一音一音はっきりと耳を掠めていった。

振り返った時には男はおらず、残ったのはアルバートと、遠く後方の壁に突き刺さった一本の小さなナイフだけ。



何もかもが忌々しい。

血管が浮き出るくらいに握りしめた拳を激しく壁へと叩きつけ、アルバートは小さく唸った。





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