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真っ赤に光る冷たい瞳

血のようなその赤い瞳には、強い嫌悪と焦がれるような憧れと、憎悪と敬畏とほんの少しの矜持が混在していた。

呪いだとも祝いだとも言われたその色は、隔世遺伝で曾祖父より受け継いだもので、世間ではもちろん、一族の中でもひどく珍しいものだった。

崇められる一方で、悪魔のようだと畏怖されたり蔑まれたりする中で、彼は悪魔に興味を持つ。

その人智を凌駕した圧倒的な存在に、魅せられるように人生を捧げ始める。

幸い公爵家に生まれた為にある程度の歳になれば、国家秘密の貴重な書物も閲覧できるようになり、アルバートは歯止めなく手を伸ばし続ける。

求めるままに更なる権力を得るために、あらゆる手段を用いて王妹殿下との婚姻も結んだ。

公爵家の独力ではどれだけ散財しようとも賄いきれない資産を補うため、宰相の地位にまで昇りつめた。

けれど順風満帆だったその人生もそこを最後に停滞する。最後の鍵を手に入れる寸前で予期せぬ事態が起こるのだ。

それから彼は、鍵を必死で探し続ける。

何度も何度も失敗ばかりを繰り返し、ここまで来てと何度も拳を打ち付けた。闇に通ずる相手と交渉し、法を動かし、時には裏で隠蔽して、出来うる全ての手を打ってきた。

そうしてようやく、ようやく念願の鍵を見つけるのだ。

だから目前に置かれたその鍵を舌舐めずりして、虎視眈々と狙うのだ。

溢れ零れるように留めきれないその欲をけれど必死に腹の奥へと隠し込む。

まるで飢餓状態のハイエナのような欲望にまみれたその瞳を笑みの奥へと隠し込んで。


「歓迎致しますラクシュマナフ殿。さあこちらへ、城を案内致しましょう」

「本当にお気遣いなく公爵様。お忙しい立場だと存じております」

「私に相談があったのでしょう?古の凶悪な存在でしたかな?詳しい話を私も是非伺いたい。」

「あれは殿下の冗談です。すぐにああやって人を試すようなことをなさるのです。忘れてください」

「冗談?それはミクトラントリ殿下も人が悪い。しかし、どこからどこまでが冗談なのでしょうね?」

「はい?」

「先程私にラクシュマナフ殿を譲って下さると、そう約束してくださったのですがね」

「何、を」

「もうミクトラントリ殿下が、貴女を迎えに来ることはないでしょう。そして私も、貴女を逃がすつもりはない」

カチリと冷たい音を響かせて、まっすぐに銃口を彼女へ向ける。

彼女の顔には驚きと焦燥が滲んで見えた。けれどすぐに感情を出さない濃淡のない表情に変わる。

強いな。

なんだかそれすらも愉快になってきて、顔が笑みに歪むのをアルバートは抑えることが出来なかった。




クリスティーナの価値はご存知でしょう?

誰が広めた逸話なのか、彼女の奇跡をどの国も喉から手が出るくらいに欲している。

貴殿は?

貴殿こそが、より強く彼女を求めているのでは?

もし所望されるのなら、私も出来うる限りの協力は惜しみません。

クリスティーナはよほど大事に育てられてきたのでしょう。我が儘な目に余りましてね。正直、私も手を焼いていたというわけです。



囁かれた言葉はあまりに都合が良すぎる内容で、だから余計に警戒した。

けれど渡りに舟なのは変えようのない事実だった。

彼女さえ手中にあるならば、あとはどうとでもなると算段する。

相手は、ヴィルシュタットは平和ボケした国である。

五年前の大戦以来特に大きな戦もなく、常に争いと背中合わせのラッフェコルタとでは意識も体制もまるで違う。

負け戦になるとは思えなかった。



「さあ、部屋へと案内しよう。下手な抵抗はしないことだ。貴女が鍵であったとしても、必要なのはその魂だけ。殺さずに従わせるのは得意でね。けれど私も鬼ではない。従順であれば何もしないと約束しよう」

えも知れぬ優越感が胸を擽る。

まるで悪魔にでもなったかのような凶悪で愉快な気持ちが高揚感をもたらした。

かつて自身を罵った弱者たちの顔が浮かんだ。

誰も彼も馬鹿で愚かな顔をしていたと侮蔑の感情が胸を満たす。


果たしてティナは抵抗のひとつもみせず、アルバートの指示に従い歩いた。

その視線だけが強くて、アルバートはまた高陽する。

この女も組み敷いてしまおうか。焦がれていた時間の長さにふとそんなことが頭を掠める。

一片の綻びも見せない人形のようなその顔が、崩れる瞬間を見たいと本能が告げる。

ナイフで何度も切りつけて少しずつ恐怖に歪むのをゲスいた笑顔で観察するでもいい。その顔を踏みつけるのは一体どれほどの快感か。

考えれば考えるほど、手が震えるほどに胸が躍る。

気が遠くなるくらいにその瞬間を待ち焦がれながら、監禁部屋へとアルバートはその足を急がせた。







連れて来られたのは、外から施錠できる狭い部屋だった。

ある程度の家具は揃っており、手狭である以外には十分生活に困らなそうな一室だ。

けれどティナにはそこが、冷たい独房にしか見えなかった。

「貴方は何をしようとしているの?」

アルバートはティナに銃を構えたその時から侮蔑の視線ばかりを向けていた。

それが居心地を悪くして、ティナはすっと視線を逸らす。

分厚い雲に覆われた、薄暗く重たい空が窓枠に切り取られて小さく顔を出していた。

「愚問だな。ラクシュマナフ殿もわかっているだろう」

その空と比べても、より鬱陶しく煩わしさを感じさせるその声が、嘲りに歪んでいた。

気持ち悪い。

率直な感情が込み上げた。

「わからないわ。だって私の考えていることはひどく常識からはずれているから。まさか本気で願う人が居るとは思えない」

「確かに凡人には想像もつかないだろう。かの偉大なる存在を知らないなどとは心底憐れだと軽蔑するがね。けれどもうそれも終わる。あと幾許かもしないうちに、誰もがその姿を知り、崇め、恐怖し平伏すことだろう。私はそれが待ち遠しくてたまらない。残念なことに、貴女は立ち会えないだろうがね。崇高なるそのお方に、魂を差し出しているはずだから」

「魂を差し出す?貴方は何を知っているの?」

そっとソファに座らされると足をアルバートに持ち上げられる。

スカートが捲れて膝上までが露呈するのを舐めるようにその視線が犯していく。

気持ち悪い。

吐き気のような嫌悪感がねっとりと沈滞した。

「悪魔にも階級が存在してね。その頂点こそ始まりの悪魔とされている。魔王、とも呼ばれいてね。その悪魔は人間と恋に落ちた。そして未来永劫変わらない忠誠を誓ったそうだ。その魂に従うとね。悪魔の想い人は、カンターバラの血縁だった。つまり貴女のその血に、その細胞に魂の情報が刻み

込まれているかもしれない」

じゃり、と金属音を響かせて、細い足首を重たい足枷が拘束した。

「持たないかもしれないわ」

「そうだな。だからこそ本当はいくつものサンプルが欲しかった。けれどなかなか思惑通りにはいかないものでね。五年前の大戦の裏側を貴方は知っているかな?」

「…裏側?」

知らない。

足枷は冷たく、ティナの体温をゆっくりと奪っていった。

心臓が冷たい音を立てるのを頭のどこかで理解する。


「どうしてあれほど国が困窮していたのか知っているかね?厄災が続いた原因は?人々の不満が爆発寸前だった理由は?あれはただの不幸な出来事などではない。私が、ラッフェコルタが。裏で細工していたのだよ」


その笑みはまるで悪魔のように醜かった。

理解が追い付かない。彼は一体何を言っているのだろうか。


「あの戦争はすべて仕組まれたものだった。セルベウル=ラクシュマナフは愚かにも我が国の援軍を待ち焦がれたままその首を討たれたことだろうね。ああ、誤解しないでくれ。私も見殺しにするつもりはこれっぽっちもなかったんだ。戦の混乱に紛れて影武者を立てるつもりだった。けれど予定外の出来事に阻まれてね」


愉快そうに歪む顔が、まるで得体の知れない新たな生き物のようだった。


「悪魔を使役するための餌となる事でしか存在意義のない愚者どもに、呪術をかけるはずだったのだ。精神を侵して抵抗もできずに傀儡となる呪術をね。けれど隠されていたその国の姫はその存在に気付かないまま、完全にノーマックだった。それこそが失敗の原因だ。今貴女が生きていて、目の前に現れた事は確かに僥倖だったと言えるが、貴女さえ居なければ事はもっと単純だった。あの夜何があったか覚えているかね?」


厳しかった父の顔と、けして笑ってはくれなかった母の顔がふと浮かんだ。

それから兄弟の顔と叔父母の顔と従兄弟の顔。

たくさんの顔が頭に浮かんでは消える。

誰もが死んだ。ひとつの慈悲も許されずに死んだ。


アルバートは何と言った?

その尊厳なる魂を傀儡にすると言ったのか。

彼らの意識へ土足で踏み込み、無遠慮に虐げる未来があったのかと思うとそれだけで引き裂くようなどす黒い憎悪が湧きたった。

民が、兵が、四肢を失くして徘徊していたあの誰かが、凍てつくようなあの夜が。

まるで机上の駒を動かすように、簡単に仕向けられたものなのだとしたら。


「奇跡の光が舞い降りた。あれは呪術すらも浄化した。結局私の計画は頓挫してね。手を回す間もなく、カンターバラの血族は罪に問われて絶命した。貴女ただ一人を除いてね」


まるで知らない感情がティナの中にあるすべてを飲み込んでしまうかのようだった。

憎悪、嫌悪、厭忌 、侮蔑。

ドロドロとした禍々しい塊がうねるようにして勢いを増す。


「憎くて憎くてたまらない。どうして私がこんな話を聞かせるのかわかるかね?見たいからだ。忌々しいその顔が、醜く歪むその様を」

ビンタをするために振りかぶった手はいとも簡単に捕まえられた。

「胸のすく思いだよ。もっともっと苦しみたまえ。私が飲まされた煮え湯に比べれば、つまらない苦しみだろうがね」


ティナを見下ろす赤い目は、狂気に狂って鈍く光った。





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