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忘れられた約束2

それからも場面を変えては何度も夢を見た。

けれど一つ年を重ねるごとに、その回数は減っていく。

いつしか忘れてしまいそうだと、それが何故だかどうしようもなく焦燥感を掻き立てて、漠然と不安を抱えていたのを覚えている。








「また来たのか」

その呆れた様すら愛しくて、ようやく見つけた悪魔の声を一音たりとも聞き逃さないよう耳を澄ませる。

彼は変わらず異形のように美しく、この世のモノとは思えないくらいに高潔だった。

「また来たのかじゃないわよ。こんなところに隠れてくれて。来るのがどれだけ大変だったと思っているのよ」

「来られないようにわざわざこんな僻地に来ている」

「それは素敵なプレゼントね。たっくさんお礼をしなくっちゃ」

「我は主に興味がない。何度尋ねても同じだと言ったはずだが?」

「そうかしら?今日はこんなにたくさんお話をしてくれたわ。最初は一言もなく逃げたのに。これってとても大きな進歩よね」

「…………」

にっこり笑うと悪魔は眉間に皺を寄せる。

それがやっぱり愛しくて、私は彼の顔から目が離せなかった。



夢は断片的に場面を変える。

樹海や断崖絶壁、洞窟の中に小さな孤島。

いつでも悪魔は辟易としていて、反対に私の心は躍っていた。

悪魔は年を取らないのかいつまで経っても同じ姿で、対する私もいつでも主観で見る夢は、自分の姿を知ることが出来ない。

だから、どれだけの時間を共有したのかわからない。

ただ、何度も夢を見た。

場所を変えて、会話を変えて、いつでも私は追いかける。

悪魔の命を取ろうとして、けれど至極簡単にいなされて。

まるでじゃれ合うような掛け合いをして、私と悪魔は出会いを重ねた。










また夢を見た。


その日の夢は、いつもと少し毛色が違った。

四肢に繋がれた鎖が、ジャラジャラと冷たい音と立てた。

いつでも自由に駆け回れたはずの体はぐったりと重く、鈍痲となり倦怠感が蔓延る。

辛くて怠くて喉が痛んだ。

重石の様に垂れ下がった四肢は持ち上げるのも億劫だった。


冷たい床に座り込んだまま、高い位置にある小さな窓から月明かりだけがそこを照らす。

吹き晒しの窓からは容赦なく冷風が吹き込んできて、手足の感覚はまったくなかった。

夢なのに、妙にリアルな感覚だと思った。



「おい、飯だ」

訳も分からず掌ばかりを眺めていたら、乱暴に鉄格子ががしゃんと大きな音を立てた。

小窓から気持ちばかりの残飯のような食事が投げ込まれて、それを呆然と見送ると

「…あの」

遠ざかる足音に声をかけた。

少しの間を開けて、足音はこちらへと戻ってきた。

「なんだ?」

顔も見えない相手は、蔑むような声をしていた。

種類は同じなのに全然違う。

ふと思ったのはそんなことだ。


私の知る彼の声は、もっと孤高で高潔に響いた。

まるで晴れ渡った冬の早朝を思わせるような。

肌を刺すような冷たさと、耳を突くような静寂と、澄みきった空のような清らかさを併せ持つ、厳かな声だった。


「刑は決まりましたか?」

処罰を望んだはずの心は、かさかさに乾いて干からびていた。

「まだだ。罪人が何を弁解したところで、死罪は免れないだろうがな」

断罪されることを望まない日はなかったはずなのに、待ちわびたはずのその言葉は、ちっとも胸に響かなかった。

「…イヴァリスは?悪魔は見つかったのかしら?」

「悪魔と内通していた者に教える事など何もねえな。まあ心配いらねえよ。すぐにあの世で会えるだろうからな」

「勝手な理由で召喚しておいて、こちらの都合でその命を奪い取るの?」

「脅威を放置する馬鹿はいねえな」

「彼は人を殺そうとはしなかったわ」

「宮廷魔術師を大量虐殺しているだろう」

「それは彼らが悪意を持って立ち向かったからでしょう?」

「つまり脅威に変わりねえな。悪魔が機嫌を損ねた瞬間、この国全土が焦土に変わる」

「ならば手を出すべきではないでしょう」

「待っているなら滅びでも、立ち向かうならば勝機はある。…そうだな。どうせ早かれ遅かれお前も聞かされる話だ。教えてやるよ」

「つまらないはったりね。悪いけど遠慮被るわ」

「はったりかどうかは聞いてみればわかるだろ」

愉悦が混じった声だった。もしくは嘲笑が混じるような声。

癪に触るそれに、ずんと腹の奥が重くなる。

「多くの宮廷魔術師が犠牲になった後、国は総力を挙げて悪魔の研究を一から徹底的にやり直した。より強靭で、完璧な魔法陣を得る為にな」

「魔法陣を?そんなものがあっても、召喚する時を除いて、そこに閉じ込める方法がないわ」

「そうだな。確かにそれが、懸念材料になってた。その解決手段も併せて探して、そんでお前を見つけたわけだ」

突然話がおかしな方向に向けられた。

不快感がぐっと増して、鉄格子を睨み付けた。

「…は?私?」

「そうだ。お前を囮に罠を仕掛けるんだ。喜べ。咎人に落ちたお前ごときが、王のお役に立てるのだからな!」

「…それは素敵な計画ね。一体何をするつもりか知らないけれど、無駄よそんなの。私は彼をおびき寄せる餌にはなり得ない。彼は私をなんとも思っていないのだから」


何度彼を訪ねても、その心は頑なだった。

その冷徹な目が、穏やかに緩むことなど一度もなかった。

どれだけ言葉を重ねても、その声は底をつくような冷たさだった。

ただ私だけが一方的に切望して、彼を知りたいと願ってしまっただけだった。

たった一目その姿を見つけただけで、心を充足させているだけだった。

彼を思うのはいつでも私で、彼は憎らしいほどその無関心を揺るがせることなどしなかった。

まるで片想いのような切なさが、自覚もなく積を増していっただけだ。


つ、と雫が頬を伝った。

彼を思い浮かべるだけで、カラカラに乾いていたはずの心に、何かが満たされ溢れ出る。

その涙の意味もわからず、ただ渦巻く感情を持て余す。

寂しい?虚しい?切ない?苦しい?

ぴったりくるようでどれも違った。


彼の足枷になりたくなどなかった。

人が醜い化け物に見えた。

ここでのうのうと息をしている、自分こそが醜悪で。

彼だけが汚れなく、どこまでも気高く美しかった。


どうか彼に幸せが訪れますように。

そう願うことすらも傲慢で欲に汚れた想いが、彼を汚すようで怖かった。

けれど願いは生まれてしまった。


出来る事ならその幸福は、自分で与えてあげたかった。

禍しか差し出せない自分がどうしようもなく憎かった。

祈ることしかできないけれど、それすら烏滸がましいかもしれないけれど。


「決行日はまだ決まっていないが近日中となるだろう。それまで短い余生をせいぜい楽しんでおくことだ」


彼が愚かな人間の取るに足りない戦略に嵌められる可能性などたったの1%もないと知りながら

どうか来ないようにと祈るだけだ。

それこそほんの僅かでも、最期にその顔を見たいなどと、傲慢な願いを打ち消しながら。


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