表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/76

潜入捜査なう

「通行証のないものはここをお通しできません。お引き取りください」

野太く低い声が、建物内に反響した。

ティナは怯えるように立ち竦む。

奥へと通ずる唯一の扉の前には、巨体の甲冑が二体立ち塞がっていた。


その眼光を鋭くして、殺気立っては威圧してくる相手に思わず声が漏れそうになるが、必死で息をも止めて食い留まる。

カタカタと体を震わせながら、どうして気付かれたのだろうと必死に頭を働かせるが、恐怖心と動揺と混乱と軽いパニックと。様々な要因が集中力を途切れさせる。

結局走り回るような心音ばかりが忙しなく頭に響き渡り、ろくに思考も働かないままとにかく出直すしかないと後ろずさりをした。


「通行証など必要ない!俺様は、偉大なるディオノス公爵家嫡男のコンラッド=ディオノスである!!頭が高いぞ!無礼者め、控えろ」

振り返ったその目に、ディオノス様のよくわからない自信に満ち満ちた顔が見えた。

ティナが恐怖に身を竦ませる相手を目の前に、物怖じひとつせず立ち向かうその姿はある意味では脱帽である。彼が居たことも合わせてその無謀と呼べる勇敢さにティナは驚愕して目を見開いた。

「ディオノス公爵令息。貴殿に許可は下りておりません。どうぞお引き取りください」

門番はやはり威圧的に、腹に響く低音で彼の訴えを拒絶する。けれどディオノス様も一歩も引かない。しっかりと門番を見据えて、堂々たる態度で訴え続ける。

「そんなもの必要ないと言ってるだろう!いいかれ早くそこを通せ!!」


やり取りをいくら続けても、彼の理屈は何一つ筋が通らない。相変わらずアホそうな男児である。何が彼をそうさせるのだろうかと、ティナは思わず半眼になった。


ディオノス様の用事が何かは知らないが、ティナの用事もこの扉の向こう側にある。

ドアが空くまでは身動きも取れず、ティナは殺気立つそこで成り行きを見守ることにする。

とりあえず自分が見つかったわけではなさそうだと胸を撫で下ろしながら、そっと彼らを結ぶ直線上から体を横に外れさせた。


「どうしても通せないと言うのか!?ならば仕方ない、外交国の代表に話があるのだ!ここに連れてこい!!」

不毛な繰り返しをしていた会話が、その一言で風向きを変える。

ディオノス様の目的がはっきりと見えて、ティナは更に呆れ返った。

幼馴染みとの恋愛の行方が心配で居ても立ってもいられぬ彼は、ティナと話していても埒が明かないと、とうとう本人のところへ直談判に来たらしい。

果たして彼の頭の中に、国の印象を悪くする=王女に不利益をもたらす、という図解は入っているのだろうか。

本当にこの男児どうしようもないな、と溜め息を吐きたくなるティナだが、そんな姿に違和感を覚える。

傍に遣える従者はおらず、つまり彼を諌める人間はいない。その愚かさに気づくことなく今も彼は現在進行形で彼は単身門番と戦っている。


やっぱりなんかおかしくない?

疑問符は浮かぶが、どれだけ首を捻ろうと何の情報も持たないティナでは解決の糸口すら見つけられない。

もっと上からの指示がなければそのような行為は無礼にあたる。

出来ないと断られては食い下がるやり取りを始める彼らを尻目に、ティナは正面突破を諦めて外庭へと通じる出口を探すため結局来た道を引き返し始めた。





それから滞りなく外庭へと出れたティナは、城の外周をうろうろと廻ってみたものの、窓は見事に飾り格子が掛けられていて入るほどの隙間がなかった。

綺麗に整備された色とりどりの花壇の傍には大きな硝子扉があったが、こちらも鍵が掛かっていた。

見上げれば潜入すらできないまま、太陽はどんどんと高い位置へと昇ってきていた。

まずいなぁ。

進展のない現状に、ティナは大きな溜め息を吐いた。


音さえ出さなければ魔法の効果は1日続くと聞いたが、ティナには一応官吏としての仕事がある。

本日のノルマは他の官吏達の集めてきた調査内容を資料にまとめるというものである。

昨日の官吏達のぼやきと照合すると完全にそれはカモフラージュ用の資料で、やる気の半減する内容ではあるが。


いっそ岩でもぶつけて壊してしまおうかと物騒なことを考えて、けれど騒ぎになったらややこしいかと一応他に方法はないかと模索する。

悩むティナの視線の先に、ふと硝子戸の向こうの人がを捉えた。

慌てて扉へ近寄ると、盆にのせた水差しを片手に、メイドがそのドアの鍵を開けていた。


すばらしい幸運にティナは心中で親指を立てて、キラキラと目を輝かせる。

そしてタイミングを合わせると、ドアを開けて庭へと出てきたメイドと入れ替わるように、ティナは大急ぎで城内へと身を滑り込ませた。

その背中にポツリと呟く声を拾う。

「…これではダメね。色が変わってしまったわ」

水差しの中身を捨てているような水音が聞こえて、ドアの閉まる音が響いて、無音と帰る。

なんとなく気になって、硝子戸ごしに振り替えると、メイドは用事を終えたのか、すぐに踵を返して戻ってきた。


ぶつかって何かの拍子に魔法が溶けたら目を当てられない。

ティナは慌ててその場を離れる。

がしゃん、とドアの鍵を閉める音を聞きながら、そういえばこれ帰りどうしよう。と一抹の不安が頭に浮かんだが、もう閉まってしまった扉に引き返すことも出来ず、帰る時に悩むことにしようと頭を振って先を急いだ。



建物内は政治の関わる場所とはいえ、使用人が多く活気づいていた。

ティナは慎重に体をずらしては衝突を避けながら従者の後をつけていく。途中でメイドの会話を盗み聞いたり、補佐官のような男に張り付いては要人達の居場所を探っていく。


なんとか要人達が会議をしている部屋まで突き止めたティナは、けれど今度は最後の関門のそのドアが開けられず、部屋の前に立ち尽くす。

便利なようでなんとも不便な魔法である。

すり抜け効果も付与してくれと嘆きながら、誰かトイレにでも中座しないかと待っている間に、会議はさっさと終了してしまい、ドアこそ開いたが肝心の要人達がぞろぞろと出てきてしまった。


うまくいかない。

がっくり肩を落として、けれど今度は誰かの後をつけようと気を取り直して彼らを観察する。

誰が何者だかさっぱり見当もつかないまま、途方にくれかけていたティナは、その中に見知った顔を見つけて思わず二度見した。

(……ハル!)

慌てて後を追いかける。

彼の足は急いでないように見えるのに、どんどんと距離が開いていく。

ティナは彼を見失わないように、慌てて小走りに足を絡ませる。小さくつんのめりながら、彼の足の長さに理不尽な怒りを覚えつつ、ふといつもは共に歩くのに困らなかったと思い至る。


歩調を合わせてくれていたのか。

気付いた事実に目を見開く。

女性の扱いを心得ていながら、さりげなく気付かせないスマートなやり口。

さすがはタラシだと賞賛するが、全部計算ずくなのだろうと思うと感心するより畏怖が先立つ。

またひとつ彼への警戒レベルを高くしながら、ティナは精一杯足を急がせハルの後ろを追尾した。



ドアの開閉は物凄く速かった。

最低限しか開かれず、おかげでティナの入る隙間は欠片もなかったが、すぐに侍女が紅茶の準備に来てくれたので助かった。

ようやく目標のひとつでもある、ハルの執務室への潜入に成功した。

長い道のりだったと、成績の悪い綱渡り状態の潜入に精神は既に疲労困憊状態である。

けれど気を抜くわけにはいかない、とティナは部屋の隅へと身を潜ませた。


「ありがとう。会議の後は甘いものが欲しくなるね。何か口に放り込めるものを用意してくれないか?」

紅茶を受け取りながら侍女にそう伝えると、畏まりました、と綺麗な礼をして侍女は退室した。

部屋自体はそれほど広いものではないが、ハル一人になると妙に空間が余る気がする。

ティナが所帯なさげにキョロキョロと内装を観察している間にも、ハルは湯気のたつ紅茶をぐいっと一気に飲みきると、鍵の付いた引き出しを開けて書類をひとつ取り出した。


取り扱いの慎重さに重要書類だろうと予想する。

躊躇いはしたものの、ここで引き返しては来た意味がない。

思いきってその書類を覗き込もうとハルの傍まで近づくと、ふいにハルがティナの方へと視線を移した。


ピタリ。

硬直するティナに、ハルは見たこともない鋭さで眼光を飛ばす。

否、それはピッタリと重なり合うことはなかった。


見えてはいない、はずだ。大丈夫。

ごくりと生唾を飲む。

ハルは油断なく鋭い視線をさ迷わせたが、血の気の引いた真っ青なティナの顔を捉えることのないまま

「気のせいか」

と、小さく呟いたのを最後に書類へと視線を戻した。


詰めていた息をはぁー、と力なく吐いて、硬ばっていた肩の力がどっと抜けるティナである。

思わずへなへなと座り込む。

心臓に悪い。

前世からゲームですら潜入ものはダメだったとそんなことを思い出しながら、震える体に渇を入れると、再度立ち上がって、今度こそ先の書類を覗き込んだ。





そして、息がまた止まりそうになる。


落ち着け落ち着け、と何度も自分に言い聞かせた。

ハルが真剣な目でその文字の羅列を目で追いかける。

そのどの字も見覚えのある文字だった。簡単に解読できる文字列。けれどティナは混乱する。

なぜならそこに並んでいたのは、懐かしい母国の言語であったからだ。


戦後傘下に下ったカンターバラは、今は王を立てず、ヴィルシュタットの国王こそを王と崇める。

言語を取り上げたりはしなかったが、こと政治の場面においてカンターバラが出てくることなどあり得ない。

つまりこんな、国々の思惑が入り乱れる猜疑まみれの政治の中枢に、国政を投げ捨てた国が紛れ込むということはあり得ない。

一体どういうことだろう。

訝しみながらそれでもティナは急いで書類に目を通す。

書かれていたのはカンターバラの王族のリストと簡単な経歴と生死の有無。それから5年前の戦争にまつわる発端と国益と――――


コンコン

突然のノックの音に肩が粟立ち、だけど音を立ててはいけないと慌てて息を止める。

肺が悲鳴を上げてきゅっと締めつけられるような痛みが走ったが、それすら飲み込んで、ティナはとにかく音を出さないことに全力を注いだ。


「入れ」

一瞬誰の声だかわからなかった。

入室を許可する、低く温度の伴わない声。

それがハルのものだと理解して、けれど受け入れられないまま、ティナは彼を凝視する。

初対面ですらもっと、暖かい声をしていた。

その優しいそつのない態度が上っ面だと思ったことが皆無だといえば嘘にはなるが、実際こんな凍りつくような声を聞くと信じられなくて体が勝手に硬直する。


入室してきたのは初めて見る役人である。

狐のようにつり上がった細目が印象的だった。

「失礼致します。今日も会談お疲れ様で御座いました」

「ふん。あんな下らぬ化かし合い、いい加減省略したいものだな。仲を深めたいなどと見え透いた嘘で意のままにこちらを操ろうと思っているバカどもには本当に頭が下がる」

「随分しつこい物言いで御座いましたね。若輩者と見くびって上っ面ばかりの浅はかな発言ばかり。わたくしも聞いているだけで不愉快で、筆を折らないのに苦労しました」

「わざと怒らせようとしている節もあるがね。それで、一体何の用だ」

「失礼致しました。実は、お耳に入れておきたい情報がございまして」

話の流れで、狐目の男は恐らくハルの部下だろうとと検討をつけながら、ティナはそのピリピリと張り詰めた空気の中緊張に身を竦ませる。

何より別人のようなハルの姿にぐっと腹の底が重くなる。

「泳がせていたウサギが尻尾を出しました」

「!………確かかね?」

「十中八九間違いないかと。如何しましょう?捕らえて吐かせますか?」

「いや、監視を続けたまえ。100%になるまで手を出すなよ」

「畏まりました。…仕掛けますか?」

「そうだな。こちらとしても時間がない。任せていいかね?」

「ご冗談を。確認など要りません。ただご命令下されば良い」

「ならば必ず言い逃れ出来ぬ状態で捕まえろ。この件は貴殿に一任しよう。まかせたぞ」

「はっ!」


にやりと、薄気味悪い笑みを浮かべると狐目の男は速やかに退室した。

彼らの会話にまったくついていけないままに、ティナはただ呆然とその様を見守っていた。




遅くなりました。すいません。

オフがこのところバタバタしてまして、しばらく更新不規則になりそうです。すいません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ