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魔法付加

 細工が細かく、はめ込まれた宝石が光を四方八方へと散りばめる。蜜色に輝いていたそれは、今はアメジストのような輝きに色を変えていた。

「本当にこれで魔法付加されてるのよね?」

 ティナは腕輪を眺めながら、こてんと首を傾ける。

 クレアの言うことを信じるならば、これで潜入は可能となるはずだった。

 そしてティナは彼を無条件だ信じることに決めている。


 行くしかない。

 人通りの減った城門の前で、ティナはぐっと拳を握りしめると気合を入れてそれを天へと突き上げた。

「おー」







 昨夜。


 見事最悪の形で官吏達にクレアとの密会を目撃されてしまったティナは、連れ出されるまま再度あの官吏達の居る部屋に戻る勇気もなくドナドナされていた。

 明日からもどうすればいいのかわからない。

 最初に絡んできた官吏達の想像通りの噂が流れる前に、彼らの頭をかち割りに行くしかない。

 危険な思考にまで飛んで、抱き上げられていた体に思わずぐっと力が入ると、その重みにクレアが数歩よたついた。

「わっ。…なに?重いんだからじっとしてよ」

「重っ!?…降ろして。私今から殺らないといけないことが」

「字体おかしくない?」

 とりあえずティナを下ろしつつも、歩みを再開するクレアにどこに行くかと尋ねると、彼は事も無げに、自分の部屋だと答えを返してきた。

 そこは立ち入り禁止区域にあたる。思わず顔を顰めるティナである。


 回れ右をしようとするティナを今度は手を繋いで拘束すると、クレアは大丈夫大丈夫と軽いノリで足を進める。

 変な権限でも持ち出されたら、さらに目立つ事態になると頑なに首を横に振るティナに、クレアは溜め息を一つ吐くと雑な扱いで腕輪ごしにティナの腕を掴んで持ち上げた。

 なにす、と文句を言いかけたところで腕輪がぱあっと光り出す。ティナの手首にじんわりと熱が伝わった。

 びっくりして腕を引こうとするが、クレアの手がそれを許してくれない。

 そうこうしている間にもあっという間に光が収まり、腕輪は紫白色に変化していた。

「何したの?」

「魔法付加」

「え?なにそれ?」

「ティナの腕輪の効果をひとつ増やしてあげたんだよ」

「………。その説明聞きたくないな。この話題終わろう」

 多分聞いたらまたややこしいのに巻き込まれるやつだとティナは話をぶった切る。

 クレアはティナのその揺るぎないその信念に、半眼になった目で呆れてみせた。

「ティナって本当に好奇心底辺だよね。普通ワクワクするとこじゃない?」

「好奇心は猫をも殺す。余計なことに首を突っ込まないのが幸せに生きる近道なの」

「なにそれ?なんで猫が死ぬの?」

「え?…猫の魂は9つあるって言われててね?簡単に死なない動物なの。それでも、持ってる好奇心が旺盛だと命を落とすっていう意味で」

「どうして猫が9つも魂を持ってるのさ?」

「うん?だから、それはなんかあの~、魔女の魂も9つあるからだとか大昔の神様が9柱で、猫は神の化身だとか…えっと…なんだっけか忘れちゃった」

「はあ?わけわかんない」

「私も訳わかんなくなってきた。もういいよなんでも。とにかく好奇心は身を滅ぼすの」

「ふうん?つまんない生き方だね」

「それが最高の生き方なのよ放っといて」

 話はどこまでも脱線する。

 結局何の話をしてたんだっけと首をかしげて、ティナは腕輪に視線を戻す。

 クレアがティナの険しい表情に苦笑して、さっきの説明の補足をする。

「付加した魔法は使いきりだからそんな警戒しなくていいよ」

「ちなみに何の魔法なの?」

「不可視の魔法だね」

 不可視?クレアの答えにティナはパチパチと瞬きをする。

 よくわからないと視線で問うと、クレアは興味出た?とニヤリと笑う。

 なんだか妙に癪に触る表情になんとなく悔しくなりながらも、その通りなのでこくりと頷いた。

「姿はもちろん、気配も消せる魔法だよ。ただし発動中は絶対に声を出してはいけない。くしゃみや咳もダメ。音がなった瞬間に効果が切れるから気をつけて」

「え!?何それそんな魔法あるならさっきさっさと使えば良かったんじゃないの?」

「なんで俺がソコソコ隠れるようなことしなきゃダメなのさ」

「あんなややこしい事態招くくらいならなんでもないでしょそんなこと」


 今更言っても仕方のない事だが、ティナは納得いかずにほっぺたを膨らませる。

 可愛くない、と横やりが入ってますます口がへの字になる。

 ブサイクだとまで言われて、知ってると憮然と返すとクスリと笑う声が聞こえた。

「まあ、それでしばらく不可視化してて。柔らかくて広いベッドを提供してあげるから」

「…それってもちろん一人で寝れるって前提よね?」

「なんで俺の部屋にベッドが二つもあると思うわけ?大きなベッドだから心配しなくても落ちたりしないでしょ」

「いやいや、なんで私がなんの抵抗もなく一緒のベッドに寝ると思うわけ?別の部屋を用意してよ」

「びっくりするほど図々しいな。なんなの?そんなちんちくりんのくせに一人前に淑女のつもりなの?」

「どっからどうみてもお年頃の乙女でしょ。察してよお爺さん」

「誰が爺さんなの。…あぁ、そういえば俺の正体知ってるんだっけ?ねえそれなんで?」

「…ッ!!!寝ます!文句言わずおとなしく寝るからさっさと魔法の発動方法を教えてください!!」


 そうして魔法の発動方法は念じるだけだと教えてもらい、けれど結局誰ともすれ違うことなくクレアの部屋へと辿り着いた。それはそれで警備とか大丈夫なのかと心配になったが、クレアはあえて護衛を置いていないと説明した。そもそも訪問の予定もなかったためにお忍びもお忍び状態の彼は、極力存在を消したいらしい。

 …行動をみるにそうとは欠片も思わないのだが。


 あとは僥倖にもベッドの下に簡易ベッドが常備されていたことに気付いて、無事喧嘩もなく就寝したという流れである。

照明を消して、布団に潜り込み、微睡み状態のティナがふとそういえばハルの好み全然収集出来てない。と思い至って。

というかそれどころじゃない、このままだと国がヤバいんだって、と大慌てに今更なことに気が付くのがその後で。


飛び起きてクレアに抗議すると、もう半分以上夢の世界へ意識を放り投げていた彼は、鬱陶しそうにティナの腕輪にもう一度魔法付加をかけた後

「それで勝手に自分で探って来なよ」

と投げやりな答えをくれた。

彼はまもなく完全に眠りに落ちて、相談事が出来ないとティナは頭を抱えたが、そうだ。確かに人に話すにはまだ確証も何もない、と冷静になると信じてもらえる確証もない事に気付く。

とにかくこれからの行動を頭の中で整理に励んでいる間に知らず眠りにつき


そして今朝。


魔法付加のおねだりをしてなんとかクレアの部屋から抜け出したティナは、恐る恐る朝の点呼に官吏達の前へと姿を見せる。

結果から言えば、昨日の出来事は誰の口からも洩れることなく、ただ何人かの官吏から怯えたような視線を向けられるだけで終息した。

というかクレアの存在を把握しているのはかなりの上層部だけらしいので、あの場に居た官吏達はなんか偉そうな少年に因縁を付けられた、といったところなのだが、それでも怯えた顔でティナを見ていたのが妙に引っ掛かる。

ティナが寝た後クレアが何かしたのだろうかと首を捻ったが、生憎魂のひとつしか持ち得ないティナは賢明にも口を閉ざすことにした。



ちなみに魔法付加は理を無視した結構な反則技らしく、短時間に何度も使用したクレアは疲れたとどこかへ姿をくらませてしまった。

何度もお願い出来そうにないチートらしい。

なんとしてもハルの好みと今回の外交の裏を知らなければ、とティナは行動を開始する。

そして冒頭に戻るのである。




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