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官吏達の災難

「にしても毎日街に出てはやれ市場調査だ輸出入の調査だ貧困調査だって。調査調査って言われても一日身を粉にするのはこっちばっかりだし嫌になるよなー。」

「本当だよ。表立って調べてるなんてバレたら問題だから色々偽造しなきゃいけないし」

「もっと豪華な食事で歓迎してもらえる外交に当たりたかったよな」

「次のバーデンフォルトは歓迎ムードらしいぞ。温泉っていう大きなお風呂もあるそうだ。手足を伸ばしてゆっくり浸かれる国自慢のモノだそうだぞ。いいよなー次のやつら」

「俺もそっちが良かったわ」


 酒を飲み進める官吏達の口は、時間と共によく滑るようになった。

 ズラリと並べられた仮眠ベッドのうち、いくつかのベッドカーテンは閉められていたが、気にもしていないのか明け透けな言葉がちらほらと出始める。

 そのうちのひとつの仮眠ベッドを占領していたクレアは、腕に抱くティナが体を強張らせるのを体ごしにダイレクトに感じる。それは彼女の関心が、かの王族の情報収集の手段から聞こえてくる話の内容に移っていることを示していた。


「そんなに調査して一体どうすんだろうな。俺商人のフリして潜入してるけど毎日顔出しては同じことばっかり聞いてるからそろそろ怪しまれてるんだよな」

「大体、ここの役人なんかもこっちの動きを疑ってきてる気がするよな。今日も食堂で飯食ってたら隣に座ってあれこれ聞いてきたし」

「滞在期間もそろそろ限界だしな。っつっても俺ら下っ端には国の事情なんてよくわかんねえけど」


 ティナが話に集中しているのをいいことに、クレアは彼女の髪を弄び続けていた。手を滑る感覚にいくら触っても飽きないものだなと変な感心を覚えながら、頭の片隅で彼らの言葉を咀嚼する。


 この国に魔法石と武器が大量密輸されていることはハルから聞いた。

 それに加えて国情調査とくれば、内戦、外戦を引き起こしかねない国の弱みを探っているのかもしれない。

 簡単にあたりをつけると、また大きな動きがありそうだとクレアの唇は弧を描いた。


「俺の仕事は全然違うぞ。なんでも修理屋をしろって命で、よくわからんが魔法具なんかの修理を一日中ひたすらしてる。まあ外交前でも似たような仕事は回ってきてたから特に文句があるわけでもないけどな。気づいたのが、ここの魔法具ってうちからの輸出品のひとつみたいだな。まったく同じ造りだったりするから修理しやすくて助かる」

「はあ?なんでわざわざはるばるこんなところまで来て魔法具の出張修理サービスなんだ?」

「知らん。けど、不思議なことにわざわざエネルギーの循環を悪くする構造に組み替えていたり、中には放っておけば発火しそうなものもあったんだ。誰があれの輸出を担当してるんだか知らんがあれじゃ不興を買ってもおかしくないぞ」

「発火は怖ぇなあ。うちの魔法具大丈夫かな。急に心配になってきたけどこんな遠くからじゃ確認にいけねえじゃねえか」

「大丈夫だろ。相変わらず心配性だなオイフ。国の魔法具はちゃんと高い水準での検査をして市場に降ろしてるだろ?ここの魔法具も、うちのであったならそんな粗末品降ろすとは思えねえ。類似品がどっかから流出してるとかじゃねえのか?」

「類似品ねえ。それ作れるなら多少粗悪品だとしても大したもんだと思うけどな」


 彼らの話は尽きることなく酒をチビチビ飲みながらもダラダラと続いていく。

 他愛もない話からとんでもない空想話まで色とりどりに話は飛ぶが、どうにも終わりは見えてこず、クレアは欠伸を噛み殺した。

 ティナの髪の感触がなんだか眠気を増長させる。もうここで寝てしまうかと思案し始めたころに、ふと沈黙を続けているティナの様子が気になった。

 瞼が重くなるのを自覚しながら、狭くなる視線をそのまま下ろすと、ティナが真っ青な顔をして、動揺に目を揺らしているのに気が付いた。


 一瞬呆気にとられ、すぐに眉根を寄せる。

「どうかした?」

 尋ねるが、ティナは一点を見つめたまま何も反応を返さない。

 心ここにあらずといった様子で一人緊迫するティナに、疑問符を浮かべたクレアはその無防備な鼻をぎゅっと摘まむ。

 途端、ティナの体がびくりと全身総毛立った。


「なにしゅんのひょ!?」

「真っ青な顔して固まってたら何事かと思うでしょ」

「ほうよ、たいへんなの。このままだへんとうがぼっはつしたう」

「何言ってるか全然わかんないんだけど」

「ッ!だへのせいらとおもっへぶっ!!」

 声が大きくなりそうだったので枕を顔に押し付けると、ティナは沈黙して動かなくなった。

 面倒くさくなったクレアは本格的に寝る体制に入ろうとするが、枕がなくて頭が落ち着かない。

「結局なんなの?もう寝ていい?」

 とりあえず枕を取り返そうと手を伸ばすと

「落ち着け落ち着けまだそうなると決まったわけではないわむしろそうなる可能性の方が低いしただの早合点だってことも大いにありうる落ち着くのよティナ」

 その枕に呪いをかけるかのように真剣な目で何か呪文を唱えるティナが居た。こわ。普通にこわ。

「今の一瞬で枕と一体何があったの」

「クレアにちょっと相談があるんだけど」

「無視か。そしてそのパターンはもういいんだけど」

「確かにハルの好きなタイプとか浮かれていたわ。事態は刻一刻と悪い方へと進んでるかもしれないものね。安心して。今回はちゃんとしっかりとした相談なの」

 真剣にクレアを見つめるティナだが、眠気に囚われ始めたクレアは素っ気ない。

「うーん。眠いからパス」

「そんな簡単に断わ痛っ!!」

 勢いよく起き上がろうとしたティナは、髪が引っ張られて悲鳴を上げる。

 そしてようやく気付いたように

「ちょっとなんで髪掴んでるのよ」

「こんな長い髪してる方が悪いんじゃない?場所を占領して邪魔だったし、そっちが勝手に絡んできたんでしょ?」

 今更な事を言ってくるので、適当に誤魔化すクレアである。

「失礼ね!髪が長いのなんてお互い様だし大体無理やり寝かしてきたのはそっちでしょ!?文句言われる筋合いないんだけど」

「こんな窮屈なベッドに押し込めといてよく言うよね」

「それこそこんな非常識な時間にやってく―――」

シャッ!

「うっせえな!もっと静かに寝れねえの、か?」 


 突然、カーテンを開ける音と人の声が響いた。




 ティナの向こうで視界を遮っていたカーテンは完全に開放され空間の区切りをなくしていた。

 ティナは完全に硬直していて、その向こうにいる、両手でカーテンを開いたまま目を見開いた男も同じように呆然と停止しているのが見えた。

 そして落ちる沈黙。

 けれどそれに反比例するように、二人の頭はぐるぐると、現状整理に必死に働いていることだろうとクレアは他人事にも思った。


 男からすれば、どう考えてもティナがクレアを押し倒してる図に見えるだろう。

 それは動かないままにだらだらと激しく汗を流すティナと、顔を真っ赤に染める男の反応が証明していた。

 クレアだけは冷静で、そんな二人の反応を楽しむように口角を持ち上げる。

「取り込み中なんだけど」

 静まり返った空間にクレアの声が良く響いた。

 ティナがぼっと火が付いたように顔を真っ赤に染めるのと、男が慌ててカーテンを閉めてすんません!と叫び逃げ出すのは同時だった。

 その向こうでは同じように固まっていたらしい官吏達が一斉に叫び声をあげる声も聞こえてきた。

「ち、ちがーう!!取り込んでなんかないーー!!!」

 慌てて涙声を上げながら飛び出していった男を追いかけようとするティナを風で操り浮かせると、クレアはようやく硬いベッドから足を下ろす。

 カーテンを開けて出口へと向かって歩きながら、その腕の中にティナを下ろす。風の余波で官吏達の酒瓶がガシャンと音を立てていたがクレアはまったく気にせず歩を進める。

 ティナを片腕で支えられるように風力を加減しながらドアに手をかけると

「ああ、そうそう」

 悲鳴を上げながらも必死で風から机を守る彼らを思い出したように振り返る。


 官吏達は散らかった机を構う余裕もなく呆然とクレアに注目していた。

「このこと誰かに話したら、言わなくてもわかってるよね?」

 陰険な笑みを浮かべれば、男達はこぞって顔を青くする。

 張り子の虎のようにこくこくと首を縦に振るのを確認して、クレアはドアを開けて部屋を出る。


「いや、誤解を解いていってー!?」

 ティナの絶叫を最後にドアはぱたんと閉ざされた。





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