色気のない密談
「は?」
カーテンで仕切られた窮屈な簡易ベッドの上で、クレアは乾いた声を上げた。
「しーっ!静かにって言ったでしょ!?皆そろそろ帰ってくるんだから」
すぐ隣で慌てて人差し指を唇に当て、ジェスチャーで小声を要求してくる少女は、クレアを呼び出した張本人である。
小声で精一杯の叫び声を上げて、こっちにとっては知ったこっちゃない都合を押し付けてくるその少女に、クレアは思わず呆れた視線を送った。
「なんなの?大体、相談があるっていうからわざわざ出向いてあげたのにさ。なにこの狭くて硬いベッド」
スプリングのほとんど利いていないベッドは官吏達に準備された素気のない代物だ。
休まるものも休まらない高反発で、まったく体が沈み込まない。
逆に何で出来てるかもわからないそのベッドは、情緒も何もなく事務的に並べられており、そのひとつひとつにカーテンが設置されているのがせめてもの救いだった。
外交からこっち、官吏のプライベート空間はこの狭い空間にしか用意されていないらしい。
「そんなの、こんなタイミングで来る方がおかしいのよ。私だって慎みある女性としてこんな時間にこんなところで二人きりになりたくなんてなかった」
うんざりと呟く少女は、このところハルのことばかりを聞いてくる官吏である。
なんでもいいから情報が欲しいというので、嫌がらせのように欠伸の回数や溜息の回数なんかを教えてやったらそれすら嬉々としてメモしていた。
この数日で少女に一体どんな心境の変化があったのか少し気になるクレアである。
「だったらこのカーテン開けてそこのまだマシなソファに行けばいいだけの話でしょ」
「そしたら帰って来た上官達に大注目されちゃうじゃない。やっかみがこれ以上増えたらと思うだけでも胃が死ぬの。クレア達の部屋は私が立ち入り禁止になってるし、手短に済ませるからちょっとだけ我慢してよ」
「人に見つかりたくないならなおさらおかしいと思うんだけど。誰か来た時点で俺帰れないよね」
「え!?そうなの!?クレアだから瞬間移動とか出来ると思って」
「出来ないからね。出来たら今すぐ王宮の自室のフワフワのベッドに帰ってるから。ちょっと口突き出して拗ねた顔しないで。ぜんっぜん可愛くないから」
「………。じゃあどうすんのよクレア帰れなかったら私の寝るとこないじゃない。ダメだ、やっぱり日を改めるから今日は帰って」
「そこ俺の心配じゃないわけね。良いけど、ハルの好みのタイプを教えて欲しいとかいう戯れ言を聞いた今、次の機会は永遠に訪れないから諦めてよね」
「なんで!?大事な問題なんだって!」
「アホらし。俺がそんなこと知ってるわけないでしょ気持ち悪い」
「知らなかったら聞いてきてよ」
「絶対嫌。悪いけど帰るか」
がちゃっ。
ら、の音はドアの開閉音にかき消された。
永遠に続きそうだった口論は唐突に終わりを迎える。
咄嗟に勢いよく口を押えられ、見ると自分の口もしっかりと手で覆っているティナが見えた。
緊迫し、目を大きくさせるティナとは対照的に、クレアは目を半分にして呆れ顔でティナを見る。
そうしている間にも人の気配はぞろぞろと部屋の中へと入ってきて、疲れたぁ、やっと寝れる、など複数人の声が簡易ベッドの前を通り過ぎていった。
ティナに合わせてしばらく口をつぐんで成り行きを見守っていたクレアだが、官吏達が談笑を始めたところで、口を覆うその手を払うと極小の声で苦言を呈した。
「ほら、ティナがバカなことしてる間に人が来ちゃったじゃん。どうすんの?」
ティナは顔を青くして
「どうしよう。とにかくなんとかして外に出てもらうように仕向けてくるから待ってて」
とベッドから降りて出ていこうと足を下ろす。
瞬時にどう考えてもややこしい事態にしかならなそうだ判断したクレアは、ティナの腰に腕を回して引き止める。想定外の勢いの良さにティナの呼吸がぐっと詰まった。
咳込みを止めようと顔を真っ赤にして耐えるティナを見下ろしながら、クレアは小さく嘆息する。
「考えなしが考えなしに出て行っても碌なことにならないっていい加減学習しなよね」
「っ、失礼、なっ…だけど、…ぐっ。それなら、どうするのよっ」
「まあ、ちょっと様子見て寝静まった頃に帰ればいいんじゃない?」
適当に返事をするが、ティナは聞いているのかいないのか、ぐっ、ぐっと咳を噛み殺すのに躍起になっていた。しばらくして、なんとか咳が収まったらしいティナははあー、と深く深呼吸して向き直る。
「あの人たち毎日晩酌してるのよね。いつ寝るんだろ…」
困った顔で口元に握りこぶしを当てて考えて、そっとカーテンの隙間からティナは外の様子を伺う。
ティナの後ろに位置するクレアも、そのカーテンの隙間から外の様子を盗み見る。
言葉通りにソファに座り込んだ官吏達が酒盛りをしている光景が見えて、クレアはうんざりと考えるのを放棄する。
「さあ?…それで、聞きたいことってそれだけなの?」
「それだけなの。うーん、好みを知らないならこれまでの女性遍歴とか」
「仮にも一国の王子があっちこっちの女に手を出してるわけないでしょ」
「手を出してないわけないでしょあれで」
「口説くことはあっても手は出してないよ。逆にあれをカウントするなら上げだすとキリないよね」
「なんて無節操な!」
頭を抱えるティナを眺めながら、あまりに下らない話に辟易する。
相手が彼女でなければ、時間を無駄に浪費させた報復すら考えてもおかしくない。
いい加減窮屈に小さく座っていることにすら嫌気がさしてきて、飽きたクレアはごろりとベッドに転がった。
途端端へと追いやられたティナが、身動きすら取れずに狭いと文句を言い始める。
それを無視して腕をぐいっと引っ張ると、小さな悲鳴を噛み殺しながら、簡単にクレアの横へと転がった。
「ちょっと」
「これなら文句ないでしょ。ちゃんとベッド半分こだし」
「文句しかないわね。淑女としてありえない体勢だわ」
「ハイハイ」
吐息がかかるほどの距離だというのにティナは照れた様子のひとつも見せない。
女としての感情が欠落してるのか完全に人外扱いもしくは子ども扱いされているのか。そもそも話題が他の男の嗜好についてである。
面白くないことばかりで、クレアはひとつ息を吐く。
どうすれば目的を達成できるかと何やらブツブツと呟いてはうんうん悩み始めたティナをぼんやりと眺めながら、そっとその髪に唇を寄せる。
「そもそもなんでそんなこと知りたいの?」
ひとり悩み続けるティナは、クレアの行動に気付きもせずに返事を返す。
「キューピット役を強引にも押し付けられているからよ」
自信満々に告げてくるよくわからない答えに、あれを落とすのは不可能だろうと容赦なく結論づけるクレアは、鼻を抜ける優しい香りをそっと目を閉じて確かめる。
本当に下らない用件で呼び出されたのだなと、半分以上予想していた事実に少なからず落胆しながらも、それならそれで満喫すればいいと思い直す。
シーツに広がるその髪をそっと一房掬い上げると、その感触を楽しみながら、何度も何度も髪を梳く。
光の強弱に合わせて白になり、銀にもなるその髪は、艶が美しく滑らかだった。柔らかい髪質であるにも関わらず毛先までまっすぐと癖のないその髪は、指を通すと何の抵抗もなくするりと抜ける。絹糸のような肌触りのよさに髪を梳く手が止められないまま、クレアは悩み続けるティナがふと我に返るまで、その感触を楽しむことに集中した。




