主役を置き去りにしての恋愛事情
それから何日か経過した。
毎日携えていく情報は本当につまらないものばかりで、本日の殿下の予定であったり、健康状態であったり、ちょっとした小話であったり、時々外交部の動きであったりした。
殿下の情報については、主にクレアがティナに構いにきた時に教えてもらうので、クレアこそが伝達係をするべきだと訴えたが、あの娘には興味はないとにべもなく一蹴された。解せぬ。
日を重ねるごとに、王女殿下との距離は近くなった。
恐れ多い事ではあるが、恋バナをするまでの仲である。
恋する乙女とはこれ程愛らしいものなのかとそれだけでも正直ノックアウト寸前なのだが、加えてこの十二分に愛らしい容姿である。
最初はなんたる苦行かと敬遠していた伝達係にティナは心から感謝した。合掌。
「遅い!何をぐずぐずしていたのだ!!」
それはそれとして、幸福の副産物としてこのところ謎の男児に絡まれていた。
今にも唾を撒き散らさんばかりに突っかかったきた男児へと目を向けると、鋭い視線がこちらを睨みつけていた。面倒くさい、とティナは小さく息を吐く。
男児と言ってもティナより少し高い身長に声変わりが始まったようなかすれ声。丸みの残した輪郭には凛々しく端正な顔が配置されていた。
そのアンバランスな雰囲気が、思春期真っ盛りといったところだろうか。
纏う衣は上等だと一目で分かる立派な生地で、ラッフェコルタの貴族か王族だろうと検討は付くものの、どう扱えばいいのかよくわからないとティナは途方に暮れる。
「貴様、また余計な事をアナシフィアさんに吹き込んだんじゃないだろうな!?」
ただ、びっくりするほど言動は酷かった。
ティナが彼を男児と称するのにもこの言葉遣いが起因する。
今日みたいに、大体ティナが王女への定期報告を終えた後に現れるのだが、同じ場所を通る度にきゃんきゃんと吠えるその姿が小型犬を連想させていた。
報告とは名ばかりの御使いは、その日の話の弾み具合で滞在時間が毎日違う。
帰るタイミングが一定ではないにも関わらず、もれなく姿を表すということは、普通に考えて待ち伏せているということで相違ないだろうか。
(…暇なのかな?)
ハルに待ち伏せされた時は、方法こそわからないもののなんとなくティナの行動を把握した上で、タイミングを見計らっては会いに来ていた気がするが、この少年においてはただひたすらに待ちぼうけをしているような予感がする。
毎日毎日ご苦労な事だが、一体何が彼をそうまでさせるのだろうとつい同情の視線を送ってしまうティナである。
「おい!聞いてるのか!?返事も出来ない愚か者が!俺様が貴様のようなブスに声をかけてやってるだけでも感謝してひれ伏すのが常識だろう!」
そういえば一人称俺様というのも初めての遭遇である。
かの俺様キャラであるクレアですら一人称は俺だった。なんとなく珍獣でも見つけたような気分だが、ティナは無感動に距離を取る。
「無視をするな!!さっさと通りすぎようとするな!残念そうな顔をするな!」
勢いだけは良いのだが、どうにも小者っぼい言動がいけない。子どもであるため、まだなんとなく愛をもって見れるというのが幸いだといえばそうだが、早急に、一日でもはやく自分の姿を客観視して、何か手を打つべきだと思う。
「不敬罪でしょっぴくぞ!顔を伏して礼を取れ!」
うーん…。どうしたものだろうか。
「ごきげんよう、パピヨン様。今日も息災そうで何よりにございます」
ティナが改めてにこりと笑って会釈をすると、パピヨンは威嚇するように更に鳴き声を大きくした。
「誰がパピヨンだ!なんだそのヘンテコの名前は!?バカにしているのか!!俺様にはコンラッドという崇高な呼び名があるのだ!無礼にも程があるぞ!!」
ビジュアルといい、臆病にキャンキャン吠えまくる様といい、昔の飼い犬に瓜二つだとティナは思わず懐かしくなった。ああでも、うちの子はこんなバカじゃなかったな、と失礼な事を思い直す。
「申し訳御座いません。コンラッド様とおっしゃるのですね。お会いして四日目になりますが、初めてお名前を伺うことが出来ました。我が国では初対面で名乗るのが礼儀だと学んでおりましたが、こちらではこうして、逢瀬を重ねて初めて名乗りが許されるものなのですね。存じ上げずに先に名乗りを上げてしまったこと、心よりお詫び致します。申し訳御座いませんでした」
「…ぐっ!!」
もちろんそんなわけがない。
無礼者はどちらだと遠回しに指摘されたコンラッドは、ぐさりと何かが刺さったように胸を両手で押さえつけた。
「……ふん。俺様の寛大な心で、先程の無礼は許してやろう。そんなことより、貴様一体どうなのだ!?」
「どう、とは?」
「とぼけるな!アナシフィアさんに何を報告したかと聞いただろうが!」
「大変申し訳ございません。私の伝達に関する情報におきましては全てが極秘にとの命を受けて御座います。それが朝食の内容であれ、会議での欠伸の回数であれ他言する事は許されておりません」
「下らな!!そしてそれもう口外してると同意だからな!?大体、あの男一体いつになったら帰るのだ!ダラダラダラダラと優しいアナフィシアさんの好意に胡座をかきやがって、滞在してもう10日になるだろう!いい加減迷惑だと察することもできない程に貴国の司令官はアホなのか!」
「口をお慎み下さいコンラッド様。聞くものが聞けば問題発言と取られます。かの御人は、人に迷惑をかけることをなんとも思っていないどころか、喜びすら感じる歪曲な心をお持ちになっていらっしゃるだけなので御座います。決して察せない方では御座いません。察して、あえて最高の品質でもってそれを提供することに信条を置いているだけなのでございます。」
「ビックリするほどたちが悪いな!?じゃあもう帰らないんじゃないか!?どうするんだ!!」
「母国をいつまでも空ける訳にもいきません。用事が終わり次第、すぐに帰還されることでしょう。けれどその中で為せる、最高級の嫌がらせをご覚悟為されておいた方がよろしいかもしれません」
「貴様今嫌がらせって言わなかったか!?それは具体的に形にしていい言葉なのか!?というか、俺様のアナシフィアさんに一体何をするつもりだというのだ!許せぬ!!貴様ぐずぐずしてないでさっさと調べてくるがいい!!」
「申し訳ございません。見知らぬ者の命令は、例え高貴な方であれ、反逆者の危険もあります故聞いてはいけない決まりになっております」
「~~~!!ディオノス公爵家嫡男のコンラッド=ディオノスだ!これで知り合いだ文句ないだろう!早く行け!!」
「!公爵家の方で御座いましたか。それは失礼致しました。それで、ディオノス様はアナシフィア王女殿下とどういったご関係でいらっしゃるのでしょう?」
「幼馴染だ!昔はよくアナシフィアさんの屋敷に忍び込んでは共にイタズラをしたものだ。あの優しい笑顔を見ると胸が熱くなって、無防備なお姿にどうしても抱き締めたくなってしまって途方にくれたこともある。お忍びで街へ出掛けた時には手を繋いだこともある。あの柔らかく滑らかな手に触れたと思うと食事も喉を通らず、思い返すだけで幸福感に胸が疼いて眠れぬ夜を過ごしたものだ。…わかるか貴様!アナシフィアさんが、どれほど尊き女神のような女性であらせられるのか!!あんなよくわからんぱっと出の馬の骨の目に写るだけでも御身が汚されてしまう!!どんな手段を使ってでも許す!!なんとかしろ!!」
あまりに熱烈な物言いに、恥ずかしげもなく訴えるその姿に、ティナは思わず後ろずさりをする。
「羞恥心というものをご存じで御座いましょうか?」
「全力で失敬だな貴様!!!」
王女に恋心を抱くのは微笑ましい。
あの容姿にあの色気。小さい頃からだったかはわからないが、幼心に憧れを抱いてしまう気持ちは想像に難くない。
難くないが、それに巻き込むのはどうかご遠慮いただきたいとティナはひとつ嘆息する。
何かの手違いで、後ろに控えている我が国の第一王子の矛先が、万が一にでもティナの方を向いたらどう責任を取ってくれるというのか。
そもそも公爵家嫡男というくらいなのだから専用の従者の一人や二人いるだろうに、なぜわざわざティナに絡んでくる必要があるのか。
疑問がどんどんと浮かんでは怪訝に眉根を寄せるティナだが、ふと過る思考にはっと目を見開くと
「もしかして、従者にすら鬱陶しがられている…?」
「ああ!?」
つい漏れてしまった呟きを拾ったコンラッドが般若の勢いで火を噴いた。
「…というわけで、最近寂しそうにされておられます。どうか、一度お声をかけてあげてはいかがでしょう?」
翌日、報告のついでになけなしの同情心と多大な迷惑事を回避したい本音で王女に進言してみると
「ふふ、あやつもあれで可愛いところがあるものよ。けれどもし、万が一にでもハロルド殿下に誤解されてしまってはと思うとのう。後何日共に過ごせるかもわからぬのだ。変な誤解が生じるのは避けたい。あやつには悪いが、外交が終わるまでもうしばらくは我慢してもらおうかのう」
それでは遅い。というか、外交が終わった後ならば正直フォローしなくても全然問題のないティナである。
「でしたら、手紙などしたためられてはいかがでしょう?煩わしいとおっしゃられるのでしたら私が代筆いたします。たったの一言でも構いません。どうか哀れな少年に王女殿下の慈悲をご配慮下さいませ」
「ふふふ、そなたもあやつの相手に疲れが出てきていると見える。仕方がないのう。…そうじゃ。殿下の秘密ひとつと交換というのはどうじゃ?」
「え?殿下の秘密でございますか?…恐れながら、私のような下官では、そのように大それたモノ何一つとして持ち合わせてはおりません」
「それならば調べてくればよかろう。そうだのう、前から聞いておるハロルド殿下の好みがよいな。頼んだぞ」
「いえ、本当に拝見する機会すら持ち合わせていないのです。好みを聞き出すなど逆立ちしても不可能です」
「それならば諦めよ。ついでにわらわとの謁見もしばらく控えてもらおうかの。そなたの任務も達成されぬが仕方がないのう。しかし第二王女とはいえ国の代表。報告が滞ってしまってはわらわも進言しないわけにもいかぬ。親睦を深める外交が、逆に亀裂を生むことにならねばよいが。困ったのう」
「っ、そんなに殿下のお好みをご所望で御座いますか?」
「当たり前じゃ。少しでも好きな者に好いて貰いたいと思う気持ちはそなたにもわかるであろう。けれどそう思っていると知られるのは恥ずかしい。絶対に勘付かせてはならぬぞ」
王女がその赤い唇をにやりと細く引き伸ばすと、それだけで妖艶に美しさが際立った。
眼福な光景ではあるが、ティナはげんなりと肩を落とす。
やぶ蛇になってしまった。
先の発言を取り消したいと願うが、覆水はいくら待っても盆に帰って来てはくれない。
「……………承知いたしました。努力は致します」
承服できないが、しないわけにもいかないのだ。
とりあえずなるようになれと、半ば投げやりになりながらティナは了承するのだった。




