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恋する乙女

ティナは途方に暮れていた。

やんごとなき身分とか、理不尽とか、多忙とか、命の危機とか、色々な耐性が付いてきたと思っていたが、国を越えてとなると話は別である。

一応それなりにこの国の礼儀も知識としてないわけではないが、急な参加であったために予習復習など行う暇は全くなく、異文化という大きな壁を前にただ困窮する。

目の前に優雅にも鎮座されるメクネシエル第二王女殿下は、そんなティナの事情など気にも止めずにその美髪を後ろへと流すと尊大に話しかけてくる。

「次はわらわの髪を整えておくれ。いつ殿下が訪れられるかもわからぬ。最高の仕上がりに結い上げよ」

「わ、かりまし、た…」

出た無理難題に思わず返事か固くなる。

本日付けで何故か唐突にメクネシエル第二王女殿下の伝達係に任命されたティナは、己の不運をひたすら呪うより他なかった。



前任の伝達係が、姫の不興を買ったらしいのだ。

というのも、王女殿下はやんごとなき我儘娘らしいことが起因する。

伝達役とは何ぞやと言わんばかりの関係のない命令ばかりを繰り返し他国の、しかも下仕えでもなんでもない上官に依頼したあげく、気に入らない、無礼者、役立たずと散々罵っていたらしい。

なんとか体裁を整えていた上官だったが、つい昨日とうとう堪忍袋の尾が切れて、怒鳴り声をあげ、晴れて即刻クビを仰せつかったということらしい。


無理もない話である。

伝達係とはいえ、王族と対顔するお役目を適当な官吏が行うわけにはいかない。

それなりに身分の高い役付きなんかの上官が、常識の欠如した子供の我儘に付き合いきれず、なけなしのプライドを侮辱されたと憤慨するのは想像に難くない。

結局三人目のお役御免のタイミングでたまたま迷子から無事帰還したティナにお役目が回ってきたというわけである。


いや、おかしくないか?

相手はやんごとないお姫様である。ひよこのひよこっこがしゃしゃり出て良い場面ではないだろう。

上司より下された命令に抗議すると、プライドの高い上官では役に立たないんだと告げられたので、礼儀作法のない平民官吏も役に立たないでしょう!と反論する。

いくら平民も官吏になれるとはいえ、それは高い教養もなく就ける職業では決してない。貴族出身の者がほとんどで、わざわざティナを選ばなくとも候補はいくらでもいるはずだ。


しかし今度は性別の差が壁を作ったのだと上司は告げた。

第二王女殿下は、三人もの度重なる失態にもう殿方は嫌だとの条件付きで、今回の解雇に踏み切ったと言うのだ。

もちろん女性上官もゼロではない。

しかし長旅に加え、乗馬の経験が基本絶対条件の外交に着いてきた女性など数えるほどで、その中で一番手の空いているのがティナだと言われればもはや反論の手はなかった。

ひよこっこのティナには、そんな切磋琢磨された女性上官の代わりなど務められるはずがなかったのだから。


とはいっても、伝達係の仕事などそれほど大したものはない。基本的に大切な決め事は主上の仕事にあたるし、重要な情報はほとんど下には回ってこない。

だからこそ残念なことに、上官達はつまらない我儘に振り回されたわけだが、伝達事項がないにも関わらず、何故か毎日の伝達を第二王女は所望した。

結果、ティナに任される仕事のほとんどは、第二王女の話し相手であり、今もハルの素晴らしさをひたすらに繰り返し聞かされる事態に陥っていた。


どうやら第二王女はハルの事を心酔しているらしく、一言目にハロルド殿下、二言目にハロルド殿下。三、四も殿下に五も殿下といい加減一日目なのに既に耳たこ状態である。

狸でお腹が一杯になってきたティナはそろそろ退室したいと逃げ道を探し続けていたが、冒頭の一言が落とされる。ティナを襲う無理難題に汗が一筋滴り落ちた。


結い上げよ、と言われても編み込みがギリギリ出来るかもしれないレベルのティナにとってなかなか過酷な注文である。

けれど失敗して一日目から不興を買うわけにもいかない。

ごくりと生唾を飲み、静かに部屋の隅に控えていた侍女に視線を向けるが侍女の顔は伏したまま微動だにしない。救援は望めないようだった。

ティナは仕方がないと腹をくくる。首になるにしても前のめりだ!と謎のポジティブさで気合いを入れると櫛を取った。


「御髪を整えさせて頂きます」

そっと王女の髪に櫛を通すと、ただそれだけで髪は艶々と光り、触れると滑らかな感覚にうっとりした。

「とてもお綺麗な御髪で御座いますね!羨ましく存じます!」

思わずするりと弾んだ声が出てしまい、すぐにしまったと我に帰る。女子としては憧れずにはいられない美髪についテンションがあがってしまった。

はしたなかっただろうかと、王女の反応を待っていると、王女はぐるりとティナの方を振り返った。

「そうであろう!?この髪には毎日一刻ほどケアに時間をかけておる。わらわ自慢の美髪であるぞ」

ふふん、と聞こえてきそうな得意顔で、王女は髪を一房持ち上げる。

「古代天帝の髪色を知っておるか?それは綺麗な黒髪であったそうじゃ。わらわは、この髪を心から誇りに思おておる」

髪は揺れる度、光の角度を変えながら滑らかにしなる。一刻かかる丁寧なケアを裏打ちするような美しさにティナも思わず釘付けになった。

けれど、それを愛しそうに眺めていた王女は、ふと表情をふと曇らせる。

クスリ、と侍女が笑い声を漏らした気がした。

「それを、下らぬ令嬢は哀れだと罵りおる。そなたの前に伝達をしておった男も頂けないなどと言い捨ておった。絶対に許せぬあのハゲめ。我が国の役人であったならば、あんな男、縛り首にしてやったものを」

途端に不穏に空気を変えた王女にティナは慌てて口を挟む。

「それは、我が国の官吏が失礼をして申し訳御座いませんでした。見る目のない者でしたのですね。御令嬢様も、嫉妬に苛まれていらっしゃるのかもしれません。私は王女殿下のその御髪、とても素敵だと思います」

怒りに震えていた王女は、ティナの言葉に幾分機嫌をを持ち上げる。

「そうであろうそうであろう。けどの、天帝の珠玉とされる生涯唯一愛した女性を知っておるか?その女性の髪は、白に近い淡色であったそうじゃ。殿方にとって、黒とは力の証。珠玉の女性と詠われるのは、淡色の髪色を持つ者だ。そなたのようにな。この国にとってわらわの髪は、男のように勇ましく蔑みの対象となるらしい」

 王女に面と向かって不評を買いにいく者など居ないだろう。それでも聞こえてくる悪態。そして、先程からまったく彼女の御髪を整えようともしない侍女。

 もしかして、彼女は一人で戦っているのだろうか。

 何か背景があるのかもしれない。国の情勢を把握していないことに今更後悔を覚えながら、けれど視線を上げると同情を許さない、王女の凛とした美しさに目を奪われた。


 何をも恥じることなく背筋を伸ばし、前を見据えるその瞳には強い光を宿していた。



「王女殿下、ご存知で御座いましょうか?漆黒に近しいほどにその秘めたる魔力が膨大であると聞いたことが御座います。きっと王女殿下は、立派な魔法使いになられるのではないでしょうか」

 もとが日本人であることも起因するのだろうか。

 ティナは黒い髪に憧れていた。セレナの漆黒の髪も本当はとても羨ましかった。

 自身の白銀の髪も嫌いではないが、魔力に関して言えば最弱だと言わしめる色だ。

「王族には魔法が扱える能力が宿るというあれか。そうさの。わらわも多少の魔法は嗜んでおる。」

「きっと王女殿下の魔法はとても強力なものなので御座いましょうね。…失礼致します」

 椿油をワックス代わりに小さな編み込みをいくつも作る。手をつりそうになりながら、そこは根性で切り抜けた。ひとつひとつを丁寧に編み上げていく。


 愛しいひとに綺麗だと思われたいという感情は、異世界も異文化も身分も立場も関係なく共通だろうと共感する。

 全身で好きだと言える素直で可愛く美しい人。それはティナにはない純真さだと思う。

「今日もミクトラントリ第一王子殿下がお訪ねになられるとよろしいですね」

「ふん、そなたが心配するようなことではないわ。下らぬ戯れ言はよいからさっさと髪を結い上げよ」

「あまりにお綺麗な御髪ですので、緊張してしまいます。どうぞお手柔らかに、ご容赦下さいませ」


 結い上がった髪は、王女に65点と酷評された残念な仕上がりであったが、ティナとしては可愛く結い上げられた自信作である。

 つまらなそうにその髪を眺めながら、けれど侍女にやり直しを所望することも、ティナを咎めることもなく、王女はティナに退室を許した。





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