復活と出発ともはや恒例となりそうな天変地異
「完全っ!ふっかーつ!!」
ティナは生気を取り戻した体を力強く広げると、両手を天へと突き上げて、腹の底から声を出した。
結局3日間も寝込んでしまった、なまくらな体に感覚を取り戻させるべく柔軟を始めると、昨日までのネガティブがバカらしく思えるから不思議だ。
まったくもって自分らしくなかった。
考える暇があるならさっさと体を動かした方がきっと良い。
ゴキッ、バキッと凄い音で軋む体を思う存分曲げ伸ばしすると、ゆっくり息を吐き出した。
セリウスの姿はなかった。
あれから目が覚めると、セリウスは居たり、居なかったりを繰り返していた。
食料や水の調達に出掛けたり、薬を手配してくれたり、体を拭く準備をしてくれたりと出掛けはするものの、長時間はずすことはなく、結構な時間をティナの傍で過ごしてくれた。出掛けるのもほとんどがティナの用事ばかりだと思えば、至れり尽くせりであったといえた。
一度、夜の闇に紛れて誰かと話してるところも見かけた。たまたま目覚めたタイミングで、窓が開いていて、声を風が拾ったのだ。
窓から外を見回すけれど、2階でバルコニーもないそこからは、結局誰も見つけられなかった。
小さくギリギリ拾うことの出来る途切れ途切れに聞こえる声を辿れば屋根の上かと推測する。ほとんど意味すら捉えられずに短時間で会話は途切れた。じゃあな、と短い別れの挨拶を耳が拾うと、慌ててベッドに潜り込んだ。瞬間、窓側からトン、と何かが着地するような音が部屋に反響した。
必死で目を瞑っていたティナは、その時のセリウスを視認することは出来なかったが、部屋へ戻って窓を閉めているのを音と気配で察知した。
彼に狸寝入りがバレていないかは未だ不明である。
あの時の相手が誰かはわからないが、淡々と報告していた様子や、相手が敬語を使っていたことからセリウスの部下ではないかと考える。
もう、外交部とはぐれて5日になる。どういう方法かはわからないが、多分既にこちらの状態を報告しており、セリウスが動けない分、代わりの誰かが暗躍しているといったところだろうか。
…セリウスの動けない、理由。
足枷にしかなっていない自分への嫌悪は何度も繰り返しては落ち込んだ。
病は気からというが、気は病からでもある気がする。
動くこともままならず一人で寝てれば無力感にも苛まれる。振り返ればバカみたいな考えも、悲劇のヒロイン気分だったと、元気な今ならそう思える。
無力感に落ち込む暇があるのなら、さっさと体を動かせばいいのだ。ティナはそうして今日までを過ごしてきたのだから。
そうしてこの一件が落ち着いた時には
彼から、離れれば良いだけなのだから。
ティナは意識して笑顔を作った。
「ただいまー」
ドアの開く音と共に間延びした声が聞こえてきた。
ドアから顔を出したのはセリウスで、朝ごはんを片手にふと合わさった目を小さく見開かせると
「お?なんだ、もう大丈夫なのか?」
と荷物を置いて、傍へと近付いてきた。
ティナはびしっとピースサインを掲げると「全快しました!」と元気に宣言した。
鼻息も出そうなくらいに気合い充分なティナの額に、外気で冷えていたセリウスの大きな手があてられると
「おお、いいな」
と太鼓判を押してくれた。
「とりあえず朝食食って、準備が出来たら町でも行くか?」
「そんな呑気なこと言ってられないわ!早く外交部と合流しないと!」
「…いきなり全開で動くとすぐにまた支障をきたすぞ?」
「大丈夫大丈夫!飢え死にしかけた時も3日目には動き始めていたし!」
「…飢え死に?」
「ティナ史大飢饉の時にね!」
「は?」
そうと決まれば急がなくっちゃ、とティナは急いで朝ごはんを食べ始める。熱々のリゾットを大急ぎで冷ましては口へと運ぶティナを呆れ顔のセリウスが見守っていた。
「あっちの予定はどうなってるの?」
セリウスの四次元ポケットにはお金も申し分なく入っているのか、滞りなく宿屋の会計を済ませた後、ティナ達は馬を調達する為街道を歩いていた。
「あっちはあっちで手こずってるみたいだな。船での情報も伝えたが、どうやらこの国の全体的な動きとリンクしてるみてえだ」
衝撃的な発言に、ティナは思わず目を剥いた。
「は?」
「うん。そうなるよな」
「………帰りたい」
「俺もだ」
ラッフェコルタ国自体が、武器と魔法石を秘密裏に調達しているということだろうか。
国単位での陰謀となると、最悪戦争を引き起こしかねない。軽い口調で語られているが、事態はかなり深刻である。
二人は揃って大きく重い息を吐き出した。
一気に重くなった足取りで引き摺るように歩きながら、滞りなく一頭の馬を買い付けたセリウスと共に、相乗りをして町を発った。
ちょっと手持ちマネーがありすぎやしませんか、と引っ掛かるものがないでもなかったティナだが、そこは多分突っ込んではいけないとスルーした。
一体馬っていくらするの?
馬での移動は相変わらず窮屈だった。腕の中に閉じ込められてる感じがどうもいけない。
病み上がりのティナを気遣ってか、常歩で手綱を操るセリウスをせっついて、駆足で馬を駆けさせる。
揺れの激しさに今度は舌を噛みそうになりながら、必死にセリウスにしがみついて、とにかく二人は先を急いだ。
そんな旅路の中、突然、竜巻のような激しいつむじ風がティナ達の周囲を吹き抜けた。
驚く間もなく馬ごと真横に吹っ飛ばされる。刹那、ぐっと腹部が圧迫され、それがティナを引き寄せるセリウスの手だと理解した時には、狙い澄ませたような激しい突風がティナの体を直撃していた。不意を突いた衝撃にするりと腹部の拘束が解けて、ティナは空へと飛ばされた。
「―――ッ!?」
風圧に声も出ない。
暴力的な轟音が聴力を占領し、セリウスの声も馬の鳴き声もかき消して、全てを巻き上げるようにただ天へと吹き抜ける。
ティナは抵抗も出来ずに上空へと投げ出され、暴風域の中を回転するように飛び回った。
けれどそこを抜けた瞬間、突然ピタリと風が止まる。
風圧による勢いを失くしたティナの肢体は、最高点から為す術もなく落下を始めた。
浮遊感が気持ち悪い。
Gがかかってぐっと胃が重くなる。
必死に見開いた視界には空と、雲と
逆さまに向いた顔が見えた。
目を見開く。
一瞬だ。見えたと思ったらくるりと景色が反転して、今度は一面の荒野が視界を占領して、その高さにぞっとした。
「きゃあああああああ!?」
肺の中がからっぽになるまでGすらはね除け悲鳴をあげて、けれど空を掻く手は虚しく何も掴めない。ティナはまっ逆さまに落っこちた。
目まぐるしく景色が移り変わる中、先ほど見えた顔が浮かんで、理不尽な暴風と言えばそうだろうと得心はするが全力で文句を言いたくなる。
恨み辛みが頭の中をただ通り過ぎていく間にも高度はゼロに近づいていった。
地面に衝突する、直前。
唐突な追い風が地面から吹き上げ背中を押し返す。けれど落下の勢いを殺しきれないまま、地面に体を打ち付けてようやく空の旅は終了した。
ぐっと吐ききったはずの息が今度こそ全て吐き出され、衝撃に目を閉じる。けれどどうやら生きているらしいと、それから目を開けるまでの刹那、ぐっと全身を押さえつける何かが上にのし掛かって来た。驚いて開眼すると、その視界をビー玉のように透き通る金色の瞳が支配していた。
あまりな近さに思わず息を飲む。飲み込まれるような強い光に、ティナは瞬きも出来ずに凝視した。
奥まで見通せるその瞳に、抑えきれない熱情が籠っているのが見て取れた。
それは、例えるなら、怒気のような熱情。
…怒っている?
でも、一体、何に、どうして?
訳も分からず当てられる怒気に、ティナは狼狽して息を詰めた。




