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無力感と庇護欲

ティナは仁王立ちをしてドアの前に立ち塞がっていた。

対峙するセリウスは困った顔で頬を掻く。

そして何度目かになるやりとりをもう一度繰り返した。

「ティナ、そこどけ?」

「お断りするわ」

回数を重ねる毎に短くなる攻防が、最短記録で終了する。

セリウスはてこでも動こうとしないティナを困惑顔で見返した。


「いや、あのな。ティナはもう体力も限界だろ?ゆっくり今日は休んどけって」

「あんな傷を作っていた男がよく言うわ。セリウスの方こそさっさとそこのベッドに転がりなさいよ」

「それはティナのおかげですっかり良くなったって何度も言ってんだろ。ほら、良い子だから我儘言うなって」

「我儘を言ってるのはセリウスだわ。魔法では体力までは戻らないのよ。いいからさっさとベッドに入って」

「わかってるって。すぐに寝る。ちょっと外の様子だけでも偵察してくるだけだ。追手がいないとも限らねえだろ?」

「それは私がするんだってば。怪我人はさっさと床に就く!」

「埒が明かねえな。子守歌なしじゃ寝れねえってか」

「…っそうね。セリウスが傍に居ないと眠れそうにないの。お願いだから一緒に寝ましょう?」

「は?」

かくして攻防戦を勝ち抜いたのはティナであった。


「いやでも、とりあえず周囲だけでも探ってこねえと」

言うが早いかさっさとベッドへ誘導されるセリウスだが、抵抗を止めない。

「そう言って帰ってこないつもりでしょ?」

ぴしゃりと言い捨てるとセリウスに先を譲って同衾する。

そこにあるのは確かな使命感のみで、羞恥心も戸惑いも、常識観すらも欠けていた。

セリウスからしてもティナは子ども扱いをする相手であり、抵抗などないはずだ。

ひしっと掴んだセリウスの服を離さないとばかりにぐいと引っ張るとティナはその背中にひっつくようにして寝転がる。

「寂しくて寝れないって言ったじゃない。傍で寝てて絶対に離れないでね」

「絶対そんなキャラじゃなかったろ」

「まだまだ私もお子様だから、お化けが出ると怖いでしょ」

「……根に持ってやがんな」

絶対に放さない、と掴む力を強くしてティナはさっさと目を閉じる。

同じベッドに拘束されるセリウスも、溜息を一つ吐いて静かになった。

いつ逃げ出すとも限らない相手を絶対に眠るまで見届けてやると決意して、ティナは寝るフリをしながらそれを見守る。けれど疲れ切った体ではすぐに意識が途切れ始めた。

慌てて開眼してはなんとか意識を繋ぎ止めるが、何度も何度も瞼が落ちる。結局ティナの抵抗虚しく知らぬ間に意識は霧散していった。







ふと、暑苦しさに目を覚ます。

暗闇に沈む部屋に細い月明かりが頼りなさげに差し込んでいた。

熱く気怠い体で寝返りを打つ。ベッドの上にはティナ以外の姿は見えなかった。

ぽっかり空いたその空間にそっと手を這わせると、ひんやりと冷たい感触がした。

まるで最初からそこには誰も居なかったように、無機質なシーツだけがそこにあった。


彼がベッドを出て結構な時間が過ぎたらしいと、そんな事実を確認する。

耳を突くような沈黙が、1人なのだと知らしめる。

出ていったその人を止められなかったと思うと、それだけで胸が苦しくなった。


お酒を飲みに行ったのなら良い。女を買いに行ったのなら………それでも、良い。

けれど本当は、ほんの少しだけ、ほんのひと欠片だけ…寂しい。

だけど彼が楽しむ為の、何かを満たしに行ったのならそれでいいのだ。

ティナが、胸を疼かせるくらいならひっそり耐えていれば良いだけなのだから。

けれどもし、彼が夜の街を探索に行ってしまったのだとしたら。ティナ一人を安全地帯に置き去りにして危険な場所へと身を寄せてしまっているのだとしたら。


足手まといだと、悔しさに歯を噛みしめる。


追いかけようとして身を起こすと頭痛と眩暈に襲われた。熱と倦怠感がまとわりついて、重い体は思うように動けない。

カラカラに渇いた喉が痛くてどうにかしたいと思うけれど、すぐ傍に準備された水差しにすら手を伸ばせなかった。

なんて役立たずな。


思考はどこまでも悪い方にしか働かなかった。


熱が、上がったかな。

窮地に暴力に水浸し。様々な出来事に免疫力が落ちただろうか。

…また、なにも出来ないお荷物だ。

無力な自分に吐き気がした。

下らない感傷に、じんわりとまた視界が歪む。早く朝になればいいのに。

ティナは今度は寒さに震えだした小さな体を精一杯縮こませて、夜が明けるのをただひたすら待ち続けた。







「あー、こりゃダメだな」

次に意識が浮上したのは、まだ夜明け前の薄暗い時間だった。

ひんやりとしたセリウスの手が、ティナの額を押さえていた。

ぼんやりと見上げたら、セリウスは優しく笑いかける。

「無理したもんな。出発はゆっくり休んでからだな」

優しい声が紡がれる。果たして用事は終わったのだろうか。いつもと変わらない彼の姿にティナがどれほど安堵したかなんて、そんなこと彼にはわからないだろう。


今、出発を遅らせると言っただろうか。

鈍い思考でようやくそんなことを理解する。

そんなわけにはいかない。一刻も早くセリウスを元の任務へと返さなくては。

怠い体でゆっくり首を横に振ると、セリウスは大丈夫だと頭を撫でる。

何も大丈夫じゃないと、ティナは首を振り続けた。けれどセリウスは、ただ、笑顔でティナを見ていた。


無力な自分に嫌悪感だけが増していった。










セリウスは、ようやく眠り始めたティナを見つめた。

この小さなお姫サマは一体何を抱えているのか。

精一杯虚勢を張って、一人でなんでもしようと空回りして、人のことばかりを守ろうとして、自分の事には無頓着で。

本当は守られていい身分なのに、何故か全力でそれを拒否する。手を伸ばしたら弾き返すから、おちおち助けてもやれない。

今だって熱に魘されながらも、立ち止まっていられないと先を急いで、休めと言えば顔を曇らせる。

正直、見ていられないと思う。

第一王子殿下もチャルチシュヴァラ卿も、よくもまあこんなか弱い少女を手加減もなく振り回してくれるものだ。

こんな小さな体で、逃げる術も知らずに翻弄されて、けれど擦れるでもなく、恨むでもなく、真正面から受け止める。健気でひたむきなその様が、より彼等を引き付けるとも知らないで。


未熟な少女。

物事の裏を知らないまだ真っ白なままの無垢な少女。

どうかその尊さを失わないで欲しいと思うのはエゴだろうか。

号泣して、まるで彼女こそが痛みに耐えるように謝罪を繰り返したその姿を思い出す。

守られることに、罪悪感を抱くように。

誰かを巻き込むことに、背徳感を持つように。

悲痛な声で紡がれた謝罪をこれ以上続けさせたくないと強く思った。

けれど堰を切ったように涙を溢れさせるその姿に、セリウスは確かに大きく感情を揺さぶられた。

初めてその腹の底を見せてくれたような、取り繕わないありのままのその姿に、胸を満たしたのはなんであったか。

「不謹慎、だよな」

自嘲する。

暖かくて、くすぐったくて、妙に心が浮足立って、そわそわとして落ち着かない。


その感情を愛しい、と言ってもいいのだろうか。

そんな彼女を守りたいと、思ってしまってもいいのだろうか。


「…簡単に守らせてなんて、くれないんだろうけどな」


呟く言葉は誰の耳にも入らぬまま、そっと朝焼けへと溶けていった。

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