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大人でも子どもでもないお年頃

ようやく落ち着くと、今度は気まずくてセリウスの顔を直視できなくなってしまった。

泣き腫らして真っ赤になった目を隠すことも出来ないまま、ティナは起き上がることでセリウスから離れる。

くっついていた時には暖かかった胸腹部が途端にひんやりと冷気を纏ってぶるりと全身が震えた。


「ティナ、これ着ろよ」

セリウスが、自身の着ていたベストを脱いで手渡してくるのでティナは慌てる。

「大丈夫、セリウスの体が冷えちゃうから、それはセリウスが着ててよ」

「いや、俺こそそんなやわになんて出来てねえから大丈夫だって。」

そもそもボトボトで保温効果はねえだろうし、という呟きにどうしてそんな物を手渡すのかとティナはことりと首を傾げる。

「ダメだって。セリウスが倒れたら私抱えて移動なんて絶対に出来ないし」

「だから倒れねえって。ほら」

「でも、私は本当に大丈夫だし。ほら、この通り元気だし」

「………あのな」

はぁ、とセリウスが大きなため息を吐いた。

なんだか自分がものすごい我儘を言っている気分になって、だけどこれ以上セリウスの負担をたったの一つでも増やしたくないティナはどうすればいいのかわからない。

セリウスは、少しの逡巡の後、

「………見えてんだよ」

気まずそうにぼそりと呟く。

意味がわからずセリウスを見返すと、呆れた顔がこちらを向いていた。なんだか、少し頬が赤い?

「中途半端な胸が、見えてるっつってんだよ。俺としてはもっとボリュームの欲しいところだな。そんなガキ臭いモン見せられてもどうって感想もないが」

言われて慌てて視線を落とすと、濡れて張り付いたブラウスから水色の下着が透けて見えていた。思わず両手で胸を隠す。

「きゃあ!セリウスのバカ!」

「いいからさっさとこれ着ろよ。そんなでもあんまり人前に晒しておくと迷惑になるだろ」

「失礼!まだ私13歳なんだから、そんなサクサク育つわけないでしょ!?」

「うわ、ガキだと思ってたけど13歳。本当にガキだった」

「~~~!早くそのベスト貸してあっち向いて!」

「ヘイヘイ。最初から大人しく言うことを聞いてりゃ良いんだよったく」


羞恥に熱くなった顔もそのままに、慌ててベストを受けとるティナは、前もしっかりと閉じてそれを着る。水を含んだベストはずっしりと重かったが構ってなどいられない。

「先に服を乾かさないと風邪引くな。町に入るにも目立つし、洞窟でも探すか」

セリウスはまったくの通常運転である。変に照れられても困るが、そんなになんとも思わない身なりだとしたら、女としては少し落ち込む。

「……セリウスはここがどこかわかるの?」

「ああ、一度来たことのある場所だ。上手くすれば外交部の連中とも合流出来そうだ。良かったな」

「!そうなんだ…凄い幸運」

あんな嵐の中を小舟一つで乗り気って、土地勘のある場所に辿り着いて、更に合流も可能とは信じられない奇跡である。

「もともと、潮の流れがこの辺りに流れ着くようになってんだよ。」

潮の流れ。ティナには思い付きもしない知識だ。彼はそれすら考慮してあの船を大海原へ飛び出したのだろうか。

「まぁ、波に呑まれなかったのは確かに幸運だったけどな」

言われて海へと視線を投げるが、小舟は大破したのかどこにも見当たらなかった。やはり、どう考えても九死に一生くらいの出来事だったのだと思うと今更ながらに肝が冷えた。自分一人ではどうすることも出来なかっただろうと思うと、セリウスには感謝の気持ちしかない。

「着たか?じゃあ行くぞ」

けれどそれを恩に着せることもなく彼は当然のように受け入れる。…仕事だからだろうけど、と思うとなんだか少し胸が痛んだ。


寂しい、のかな?虚しい?彼が、当然だと思ってることが、そんな人生を歩んで来ていることが?

自分の感情がよく分からない。ティナは大きく息を吐き出すことで、胸に巣食うそれを逃がした。



手を引く彼の後ろを黙ってぽてぽてとついていく。

あまりに歩みが遅いため強制的に引っ張られているだけなのだが、繋いだ手がなんとなく、気まずい。

誤魔化すようにキョロキョロと周囲を見渡すが、ティナに土地勘などあるはずもなく、今歩いているのが西に向かっているのか東に向かっているのかさえわからない。

太陽の位置で方角を定めようとしても、時間すらわからない状況では難しかった。

結局彼に大人しくついて行くことしか出来る事はなく、ただただ気まずいティナは、足を動かすことに集中する。

しばらく歩くと小さな洞窟が見つかった。

そこで待つように言われて、セリウスは今度は隣接する林の中へと姿を消した。

すぐに枯れ木を持ち帰ってくると、腰にぶら下げた革のポシェットから何かの魔法具を取り出した。

魔法具を振ると、ぼっと枯れ木に火が着く。思わず目を瞬かせるティナである。

「その鞄、何が入ってるの?」

興味津々になって聞いてみるが、セリウスになんでも、と適当に流される。

なんとなくムッとして

「なんでも入るわけないでしょ。そんな小さな鞄」

と悪態をつく。彼はけれども軽く答える。

「なんでも入るんだよ。これも魔法具だから」

その答えに目をまんまるにするティナである。

「え?それも魔法具なの?そんなタイプ見たことない」

「そりゃまあ、一応国宝級のヤツだしな。ナイフとかも全部ここに入れてあんだよ」

言われてみれば、確かに無尽蔵に湧いてくるナイフを保持できそうなものなど見当たらない。

「契約しないと使えない厄介な魔法具だ。取っても無駄だぞ」

「取らないわよ」

一体どんな人間だと思われてるんだとティナは呆れてジト目になる。

けれど興味がないとは言い切れない。その鞄を見せて欲しいと願おうとして、見えた光景に悲鳴を上げた。

脱衣を始めるセリウスが、その大声に顔をしかめる。

「な、な、な、何して」

「干して服を渇かすんだよ。ほら、ティナもさっさと脱げって」

「いやいやいやいや、ちょっとそれは難しい相談だわ」

「恥ずかしがってる場合じゃねえだろ。世話のかかるヤツだな。ほら、万歳」

「せめて自分で脱ぐからあっち向いて!」

「だったらいいからさっさと脱げよ」

うら若き乙女を捕まえてなんだこのぞんざいな扱いは。

なんだか腹が立ってきたティナは力任せに服を脱ぐ。

「こっち向かないでよ!」

「ハイハイ。誰もガキの裸見て興奮なんかしねえって」

「口も閉じてて!」



結局服が乾く頃には日がだいぶ傾いてきていた。

あれから、脇腹の傷が塞がっている事に驚いたセリウスにお礼を言われて誤魔化したり、何処かから拝借してきたというシーツを投げ渡してきたセリウスと小競り合いをしたりと忙しかったティナである。

セリウスこそが使ってとシーツを突き返すと、女を裸にして自分だけ使えるかとセリウスが投げ返してきて、男女差別反対、いいから使え、セリウスこそ使いなさいよと揉めに揉めて、結局二人で仲良く身を寄せあってくるまる事態となったという小さな事件以外は何も起きることはなく、無事に着衣を終えて町へと歩きだしていた。


…小さな事件なんてものじゃないけど。

裸に近い男女が身を寄せあってシーツにくるまってるとか人生における重大事件だと思うけど。

ティナは思わず火照る両頬を手で隠しながら熱を逃がす。

誰も洞窟に訪れなくて本当に良かった。あれを見られた日には二度とお天道様の下を歩けない。

けれどセリウスにとっては些細な問題であるらしく、まったく気にした様子もなかった。

完全なるお子様扱いである。

おかしいな。彼はスカートを差し出して男の浪漫だとか言ってなかったかと思わないでもないティナだった。


「今日は町で一泊して、明日は早朝に出発して外交部と合流するぞ」

予定では外交部と別れた翌日には彼らは目的地に着いているはずである。ティナ達は2日遅れでの合流を目標に計画を立てる。

「にしても、アイツ知り合いか?」

「へ?」

「あの、襲ってきたヤツだよ。ティナ見て狂喜してたじゃねえか」

「やめて。前に一度絡まれたことがあっただけよ」

「それにしては執念深そうだったけどな。ティナって厄介なタイプに好かれるよな」

「ほんっっっきでやめて。断崖絶壁に飛び込みたくなるから」


二度と会いたくない男を思い浮かべるのも嫌で、ティナはパタパタと想像しようとするふきだしを扇ぎ消す。

結局あの男は何をしようとしていたのだろうと考えて、そもそも街に居た経緯まで遡る。

王子を探して街に出たティナだったが、結局出会ったのはあの男だった。


なんだか頭に引っ掛かりを覚えないでもない。


街で何をしていたのだろうか。王子とあの男が街を訪れるだけの何かがあっただろうか。あの男を王子が追っていた?もしくはその逆で、王子をあの男が追っていた?

普段王宮を出ないクレアが街に居た理由は?彼の好奇心を満たす、出来事があった?もしくは誰かに着いてきていた?それは、もしかしたら、ハルに?


「もしかして、ハルはあの男を追ってる?」

唐突な質問にセリウスは目を瞬かせる。

「うん?さあな。俺はアイツに関しての命令を受けたことはねえな。なんでそう思う?」

「いや、なんとなく、そんな気がしたから」

答えてもセリウスは納得していない顔でティナを見る。

先を促すように視線を寄越すので、ティナはかいつまんで街へ行った理由と男に会った経緯を話した。

「…なるほどな。まあ、あり得ない話でもねえな」

セリウスもティナの意見に同意して、それから何かを思案するように沈黙した。

ティナとしてもあまり突っ込まれたくない話なので、特に声をかけることなく、しばらくそうして歩き続けて日没前には町へと足を踏み入れた。



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