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市場にて

 単身乗り込むほど無謀者でもない私は、急いで街を巡回している警備隊を探した。

 慌てすぎて何度か人にぶつかりながら、ようやくアクセサリーなんかを売っている露店の傍で警備隊のお兄さんを見つけた。そのままだと舌を噛みそうだった私は急く気持ちを抑えて、荒れた息を整える。最後に深呼吸をひとつしてから助けを求めたけど、警備隊のお兄さんから貰えた返事は”今すぐには行けない”だった。どうやらその露店は強盗被害にあったらしく、その調査中だというのだ。それこそ後回しでいいじゃん!と思ったけれど警備隊のお兄さんは首を縦には振ってくれなかったし、露店のおじさんには睨まれてしまった。

 いつまでも食い下がってても仕方がないので、結局私は現場に戻った。先ほどと場所は変わってない。よかったと胸をなで下ろすものの、騒ぎはヒートアップしていた。長引く騒動に悪目立ちしていたが、問題事は御免だと行きかう人は遠巻きにしていて、ぽっかり5メートルくらい誰もいない。私も遠巻きの人たちに紛れて様子を伺っていたが、リディに手を上げようとした男を見て息を飲む。


「あ、あのー!ちょっと話し合いとかしませんか?」

 そして、つい飛び出してしまった。瞬間襲い来る後悔。

 先までヒートアップしていた男達は高ぶった感情のまま、あぁ!?と一斉にこちらを見た。


 強面の並列と迫力に思わずぎゃあ!と悲鳴を上げそうになりながら、私は引き攣る頬を叱咤してぎこちなく笑顔を作る。笑え私!

「その人、私の連れで、ちょっと威勢はいいけど害はないんです。返してもらえませんか?」

 リディを指さすと「誰が害よ!ちょっとティナ!あんたはすっこんでな!」と叫んでる彼女が見えたけど目を逸らすことで意識から締め出す。


 男たちは凄ませた顔を更に歪めている。どうしよう。


「あと、その子供。ぶつかったんでしたっけ?どうもごめんなさい。謝るので返してください」

 次に見知らぬ騒動の子供を指さす。

 子供は子供で「あんた誰だよ!関係ない奴はすっこんでろ!」とかなんとか叫んでる。

 私だってすっこんでいたかったよ!


「あぁ!?」

「てめえは関係ねえだろ!すっこんでろ!」

「あんたも一緒に売られてえのか!?」


 ですよね。

 想像と違わぬ答えが返ってきた。

 まったく会話にならない話し合いは早くも決裂しそうである。

 というか、誰からもすっこんでろとか言われる私。ちょっと泣いてもいいですか。


 どうしようかと途方に暮れるが正直答えは一択だ。攻撃手段のない私は問題解決の手段を選べない。

 諦めたらそこで試合終了ですよ。なんか懐かしいぽよぽよしたおじさんが脳裏に浮かんだ。

 がんばれ私。

 漏れそうになる嘆息を飲み込んで、笑顔を保つ。

「あなた方の望みはなんですか?どうすれば納得してもらえるんでしょう?」

 尋ねればまた男たちの罵声が響く。繰り返されるテンプレート。

 どうしたものか。

 見つからない逃げ口に再度途方に暮れかけた時、最後尾で沈黙していた男が、すっと前に出てきた。

 何やら叫んでいた男たちを手で制すと、辺りはたちまち静まり返った。

 小さな動作一つで場の空気が変わった。それがどれだけ恐ろしいことか。噴き出る汗を拭うことも出来ず私は男を注視した。

 

 男はひょろりとした長身の男だった。

 やせ型だが美形に入る顔。しかしその額から目尻にかけてある大きな傷がそれを台無しにしていた。

 吊り上がった灰色の目は、濁った色をしており奥が見通せない。

 興味のなさそうな顔で私を一瞥し、右手に持ったキセルを口元に運ぶとゆっくりと煙を吸い、そして吐き出した。

 長くも短くもない時間だった。

 しかしその間、誰も何もしなかった。否、できなかった。

 まるで野生の狼にでも出会ったような、緊迫した空気がそこにあったからだ。

 少しでも動けば喉を掻っ切られてしまいそうな、確かな恐怖。

 先ほどまで威勢の良かった男も女も子供も。誰も声一つ出せなかった。


「アンタは?」

 たっぷりの沈黙をもって、男はそう聞いてきた。

 どう答えたらいいのか。身元を特定されたら危険な気がした。

「・・・私は、ティナ。平民です。」

 震えないようにお腹にぐっと力をこめて声を出した。

 恐怖に震えてはいけない。精一杯の虚勢を張って相手を見据える。

 男ははっと目を見開いた。しかしこちらがそれを疑問に思う間もなくその目は伏せられる。思案するように視線は右へ流れ、またゆっくりとした動作で煙を吸った。

 緊張して目を逸らせない私は、その目がすっと細められ、それから流れるようにまっすぐとこちらへ向けられる様を見ていた。

 再度私を捕らえた瞳は、歓喜と侮蔑を混ぜた、不思議な色をしていた。

 びくりと肩が跳ねた。今すぐ逃げろと本能が告げる。

 なのに震える足は一歩も動こうとしない。


「ティナ、ねぇ。アンタでいい。他は見逃してやるよ」

 男は妖艶に笑い、一歩私へと近づく。

 はやく、早く逃げないと。

「お前ら、他は丁重にお引き取り願え」

 鶴の一声のように男たちは動き出す。

 子供も女性もリディも乱暴に放り出され、困惑する子供を抱いて女性は必死に走り出す。

 リディは「ちょっと、やめて」と震えた声を出すが男の腕力には敵わない。

 こちらを気にするリデイに私はなんとか笑顔を向ける。

 ”逃げて。そして助けを呼んできて”

 そんな思いを乗せて。

 伝わったのか伝わらないのか。けれど一人ではどうにもできない。

 しばらくの葛藤の後、私の願い通り彼女は来た道を戻るように駆け出してくれた。


「さて。・・・ティナ。本当の名前はなんだ?」

 声に視線を戻せば、男は手を伸ばせば触れられそうな距離まで近づいていた。驚きに肩が跳ねる。

 偽名だと確信しているような、疑問符のない声と隙を見逃さない、鋭い視線が私を捉えていた。

 驚きと疑問と焦燥を、私は一瞬で消す。昔教わった、仮面のような笑顔を作る。

「何を言ってるの?私の名前ははティナ。平民だからただのティナ。嘘なんて・・・っ!?

 男は身動き一つ取っていない。なのに背中を駆け上がる恐怖に私は息を詰めた。男は目の色を変えただけだ。底冷えがするほど冷たい色に。


「・・・・どうして?」

 私ができたのは、そう聞くことだけだった。

「さあな。てめぇの気配は平民のもんなんかじゃねぇ。それだけだ」

 男はなんでもないように、紫煙をくゆらす。ゆらゆらと煙は空へ消えていく。

「だけど本当に(今は)平民なの。あなたに与えられるものなんて何もない」

「・・・何か、勘違いしてるようだが」

 煙を吐き出すことで、男は一呼吸分間を開ける。

 こちらへと手を伸ばし、顎を上げられると視線が絡んだ。

「俺が欲しいのはアンタの背後バックじゃない。あんた自身だ」

 男の顔は愉悦に歪んだ。


「――――――っ!!」

 弾けるように私は男と反対側――後方へと走り出していた。

 呪縛が解けたように足が動いた。窮鼠猫を噛むというが、危機感が恐怖を上回ったのか。けれどそれに驚く暇もない。息つく暇もなく、私は姿勢を低くして、周りを囲んでいた男と男の間をすり抜けた。

 ふいを突かれた男たちは、まんまと私にすり抜けられ、数秒遅れて動きだす。

 待ちやがれ!逃がすな!追え!捕まえろ!

 口々に飛ぶ怒号が後を追いかけてきた。


 逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ


 頭に浮かぶのはただそれだけだ。

 捕まったらどんな目に合うかわからない。

 焦って何度もつまずきながら人の間をすり抜け、曲り道を曲がり、ただただ逃げる。

 足は遅くはないが、男相手に勝算も少ない。

 小回りを利かせて出来るだけ距離を稼いで、身をくらませて逃げるしかなかった。

 そうして何度目かの曲がり角を曲がろうとして

「きゃあっ!」

 髪が後方へと思いきり引っ張られた。

「捕まえたぞ!」

「このアマ!面倒かけやがって!」

 勢いのまま転倒した私に男が馬乗りになる。息が上がった私は抵抗すらできなかった。

 そうして振り上げられた手が私の顔目掛けて振り下ろされるのを見て。

(殴られるっ!)

 歯を食いしばって目を閉じた、その瞬間。



「うわああああ!?」

「きゃああああ!?」


 突如、露店も吹き飛ばさんばかりの暴風に襲われた。

 私を掴んでいた男は風に煽られバランスを崩してそのまま私を巻き込んで吹き飛ばされる。宙に舞った私は、天も地も右も左もわからず、手を必死で伸ばしてもすでに側に居た男すらどこかへ飛んでいた。あまりの暴風に呼吸すらままならず、周囲の音は轟音にかき消される。

 まったく状況を掴めないまま、時々轟音に勝る破裂音と呻き声が聞こえた。

 ふと映った景色に大きめの岩を捉え、ぶつかる!と思って。

 目を閉じても衝撃が来なくて、そうっと目を開けたら、穏やかな風に包まれていた。

 私が入るギリギリくらいの丸い風の壁が、その周りを吹きすさぶ嵐から守ってくれているようだった。

 まったく訳が分からない。これは何だろう、とその不思議な壁に手を触れようとして、しかしその前に風が唐突に止んで私は地面に落ちた。どすん、と尻もちをついてぎゃっと可愛くない悲鳴を上げた。


 そうして風が収まった時には

「大丈夫か!?そこで何をしている!?」

 警備隊が集まってきていた。



 なんだったんだろう今の。これはもしかして夢なのかしら。

 現実味のない出来事ばかりだけど妙にリアルな夢だなと、警備隊と男たちの追いかけっこを見ながらぼんやりと考える。

 私を保護してくれた警備隊の男性は私の身を案じた後、暴風は小規模な範囲に発生したものらしく、周囲一メートルくらいしか被害はなかったと教えてくれた。竜巻みたいなものかと思うが、一か所に留まる性質なんてあっただろうか?




 こうしてよくわからないまま、王子様にも会えないまま、騒動は幕を閉じた。

 ―――――と思っていた。後ろから、意地悪な美少年に声をかけられるその時までは。



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