潜入と失敗
餅は餅屋。蛇の道は蛇。
所詮素人がプロに敵うはずもなく、ティナの戦利品はバンダナとベストだけに落ち着いた。不満足だが、これだけでも目眩ましになるかと着込んでみる。逆に悪目立ちする気もした。
途中でどうにかして調達しようと決意して、日がだいぶ高くなってきた頃ティナはようやく荷物置き場から抜け出した。
出てみると、夜に飛び込んだ時とは雰囲気が異なっていた。あんなに恐ろしく見えた船内もこうしてみればごく普通の造りである。波も穏やかで、船の揺れに足を取られることもなかった。
「こっちは船員達が寝てる。あっちが倉庫や食料庫で、見張りはあそことあそことあそこに3人」
後ろからのんびりとした声がした。
情報をくれたりくれなかったり、置いていったり着いてきたりする相手に、一体何がしたいんだと文句を言いたくなるが、どうせ無駄だと閉口する。先ほど取っ組み合いをして負けたばかりである。
とりあえず船員の寝室と見張りのいる場所を警戒しながら倉庫へと向かう。着替えがあれば万々歳だと考えながら。
倉庫には無事いくつかの洋装が収納されていた。
セリウスに渡されるまま滞りなく着替えを済ませたティナは、奪ったベストとバンダナを返して、履いたスカートに辟易する。
「なんでこれ。パンツがいいわ」
「ばかお前、これが男の浪漫だろ」
「意味がわかんない。パンツをちょうだい」
「パンツはティナにはでかすぎるんだよ諦めろ」
「そもそもなんでスカートあんの」
「ああ、なんかこの船の船長、女みてえだぜ?」
「え!?何それ凄い。かっこいい!」
「だよな。そのせいか、他にも何人か女の船員もいるらしい。でも数は少ないから、バレないように気を付けろよ」
「男装した方がよくない?」
「したら浪漫が減るだろ」
「ワケわかんない」
「そんな顔の男が居たら逆に目立つって。ほら、行くぞ」
納得いかずに衣装棚を漁ろうとして、その腕を引かれる。ふと横に積まれた荷物が気になって覗いてみると、今度はティナに腕を引かれたセリウスが何やってんだと顔をしかめた。無視して中身を確認すると、そのままティナは絶句した。
「あ?…あぁそれ、俺もさっき見たけど、物騒だよな」
そこにあったのは、おびただしい数の武器である。規則正しく並べられており、船員が使うものというよりは、密輸目的である気がした。無言で隣の荷も確かめる。そうして大きな木箱が15個分、銃や銃弾、大砲の鉄球などの武器を積めているのを確認する。
「………これって」
一体何のための。まるで今から襲撃を掛けようとでも言うかのような大量の、武器。
今ここにあるものは、大量の魔法石に大量の武器。大きな船に、定職に就かない荒くれ者。
そもそも、定職に就かない理由はなんだ?
本人の意思?就きたくとも就けない?
だとしたら、理由は?
ティナのように未熟な年齢でなおかつ女だというなら、煙たがられる理由はわかる。
男達はどうだった?少なくとも見た目だけで言えば、豪胆な肉体を持ち、年齢的にも申し分なさそうだった。
出港前の荷運びや出港準備の手際の良さから言っても仕事が出来ないとは思えない。
けれど、彼らはこの船で一体どこに向かうのだろうかか。向かう先が国外であるならば、事情は少し変わってくる。
ヴィルシュタット王国はそもそも豊かな国なのだ。望めば仕事に就け、食料も水も十分にある。
けれど国によってはその前提条件が変わってくる。
もしも彼らが異国民で、定職に就けないほどに荒れた故郷を持つとしたら。
裏家業で稼ぐ?武器を手に取り、逆賊となる?
そもそも、彼らは雇われ船員だとセリウスは言った。
つまり、首謀者がいる。彼らがどれだけ事情を理解し協力しているのかはわからないが、仲間に頓着しないところからみても志を共にしている仲間だとは思えない。
金で繋がった絆だと言われた方がしっくりくる。つまり首謀者を探さなければ、詳しい情報は得られないかもしれない。
ただ、どう転んでも秘密が暴露することは彼らにとってかなりの痛手だろう。慎重に行動しなければ、明日には海の藻屑になる。知らず流れた一筋の汗を拭うことなく、ティナは黒光りするそれらを見つめた。
「ちょっとアンタ何してんの」
それから船の構造を調べていると、突然声をかけられた。びくっとオーバーに肩が跳ねる。
「え?あ、私?」
「そうだよ。この忙しい時間にサボってんじゃないよ!」
「え?いや、違うって言うか、なんていうか」
「もうすぐ皆起きる頃だろ。向こうの空も雲行きが怪しくなってきてるし、今のうちに体力付けさせとかないと嵐になったら大惨事になるんだ。さっさとこっち手伝いな!」
「えええええ」
汗をだくだくとかきながら、突然現れた船員のお姉さんに引きずられるように連れ去られる。
慌ててキョロキョロと周りを見回すが、セリウスは隠れたのか姿がなかった。身代わりにされたか見捨てられたか、とにかく裏切られたと逆恨みに胸中でセリウスに恨み言を唱えながら、ティナは食堂へと引きずり込まれた。
「姉ちゃん!こっちにもスープくれ」
「こっちはみっつだ」
「俺にも入れてくれ」
気付けばスープ係になっていたティナは、次から次へと声を掛けられてはスープを手渡す。スープを手渡してはまだか早くと急かされて、目の回る忙しさに考え事の余裕もない。逃げる算段も立てられないまま、ただただ単純作業を繰り返した。
ようやく全員分が行き渡る頃かと思えば、次はおかわりに帰ってきた船員達が乱入し、また人が殺到する。
息つく暇もなくただただスープを配り続けて船員達の食欲に圧倒されるティナである。
「アンタら、ちゃんと一列に並びな!ほらそこも!横入りするんじゃないよ!」
けれどそれに負けずにさっきの女性の渇が飛んだ。
女性は肝っ玉母ちゃんと言った風貌で、ふくよかな体に似合わず仕事の手際は目を見張る速さである。飛ばす渇にもどこか愛情を感じさせて、男達は素直に彼女の言葉に従った。
四方から声をかけられる事態を脱したティナは、ホッと息を吐くと落ち着いてスープを配る。
「どうぞ、お待たせしました」
一人一人に丁寧に声をかけながら手渡していると、ふいに、食堂の入り口付近でざわっとどよめきが聞こえた。
何だろうかと目を向けると、誰かが食堂へ入ってきたようだった。
ひょろりと背が高い男だ。船員たちの間から突き出て見えるその顔には、額から目尻にかけて大きな傷が見てとれた。
見覚えのある顔だと、思うより先に鳥肌がたった。
カタカタと手が震えてスープをこぼしそうになる。
目の前の船員がティナの様子に顔を傾げたが、それにも構っていられない。
以前街であった男だと、遅れて頭が理解した。
第一王子を探しに街へと降りたあの日、子どもに絡んできた男達。その、後ろに控えていた、向かい合うだけでむせかえるような緊迫感と重圧感を感じさせた男だ。
あの男はまずい。
もう一度対峙する勇気もなければ、顔を見られて誤魔化せる相手だとも思えなかった。
彼はこちらへと向かってくる。逃げなくては。だけど、この状態で目立たないで自然に逃げるってどうやって?
「ご、めんなさい。ちょっと気分が悪いわ。代わってもらえないかしら?」
奥へと向かって声をかけると食器を洗っていた女性がぎょっとしてティナを見る。
「あなた顔が真っ青じゃない。船酔いでもした?ここはいいから部屋に戻って寝てきなよ」
「ありがとう。忙しい時間にごめんなさい」
顔を伏せて、エプロンを脱ぐのに急ぐ。その間にも男がこちらへ迫ってきてるかもしれないと思うだけで手が震えた。うまく結び目が外せなくて気ばかりが焦る。
「なんだ、どうした?」
近くで声がした。それだけで息が止まりそうになる。
「いや、この子が調子悪そうだからさ」
「だ、大丈夫です。部屋で休みます。後は宜しくお願いしま―――っ!?」
頭を下げて後ろへ退がる。なんとか脱げたエプロンを畳む体で顔を伏せたまま足早に奥のドアへと足を向ける。震えずに声を出すことは出来なかった。どうか体調不良によるものだと思ってくれればと考えて、けれど“す”と発音するよりも前に、その手首を掴まれた。
びくりと全身が粟立つ。
「てめえは」
男の声は静かなものなのに、何故かはっきりと耳に届いた。マズイと、逃げなくてはと思うのに体が言うことを聞かない。
「っ、離して下さい」
ほとんど力の入らない腕を引き戻そうとするが、拘束はぐっと強くなるだけだ。汗が止まらず、心臓が痛いほどに跳ねる。
ぐっと顔を鷲掴みにされ、乱暴に男へと持ち上げられた。正面から目を合わせた男の顔は愉悦に歪んでいた。
ティナを見て、小さく目を見開く。
「ティナじゃねえか」
くっと口から漏れる声。そこに含まれるものが喜びなのか侮蔑なのか嘲りなのか、わからないままティナは見つめる。
「何してんだこんなとこで。俺に会いに来た訳でもないだろう?」
男は目を細める。鋭さを増した眼光に全てを見透かされるような錯覚が襲う。
「何を調べてる?街で会ったのも偶然じゃなかったって訳だ」
街で会ったのは完全なる偶然だ。首を振って否定しようとするが、男に抑えられた顔はちっとも動かない。
「ちが…」
代わりに声をあげようとすれば、掠れてほとんど音にならなかった。男はそれを楽しそうに見ている。
「まぁ、話は向こうで聞いてやる。こっちへ来い」
瞬間、無我夢中で男へと体当たりする。掴まれた腕ごと全身を使って男の体を押し退けると、必死で腕を引き剥がして、一目散に走り出す。
なんだ?おいまて、お前誰だと口々に船員達の声が飛び交い、ティナを引き留めようと手が伸びるが、身を引いたり屈んだりしながら掻い潜っては食堂を飛び出す。
逃げないと、としか考えられないまま甲板へと飛び出して、けれどどこへ、と頭の片隅で疑問符が浮かぶ。逃げる場所などない。四方を見渡せば広がるのは海、海、海。ここは海のど真ん中なのだから当然だ。けれど逃げなくては。あの男にだけは、捕まってはいけない。
結局ティナは最初に居た荷物置き場へと戻ってきた。
追っ手はまだ来ていない。それがどうしてかもわからないまま空き箱へと潜る。息を潜ませようとして、けれど両手で口を押さえてもうまく呼吸を逃がせない。荒れ狂うまま早くなる呼吸を手で無理矢理に抑えつようとすればするほど、その呼吸は乱れていく。漏れでる呼吸音が恐怖を絡ませる。
「なんだ。また鬼ごっこか?」
ふいに、声がした。
全身が縮み上がる。一気に心臓と呼吸が激しさを増して、汗がどっと吹き出た。
「それともかくれんぼか。下らん遊びだが、てめえとならしてもいいかもな」
悪魔のような声だ。一音一音が心臓を突き刺す鋭利な刃物のような鋭さで放たれる。
ティナは震える体を必死に小さくして両手で口を覆う。どうか気付かないで通り過ぎてとあり得ない願いを繰り返す。
果たして、木箱の蓋が口を開けた。
ガタン、と木がぶつかる音がいやに大きく響いて聞こえて、恐怖に震える肩がまた跳ねた。
「ティナ、来いよ」
ゆっくりと恐る恐る見上げると、凶悪な男の顔が見えた。そして、その後ろに
静かに宙へと身を踊らせる、冷徹な空気を纏ったセリウスの姿が。




