緊迫した状況とのどかな船旅
ティナは隠れるように、積み荷の隙間に身を潜めていた。
ゆらゆらと不安定に揺れる中、一際大きな揺れが起きるとガタン、と大きな音を立てて積み荷の一つが板張りの床へと落ちた。
底に穴が開かないかと思わずぞっとしながら、それでもその場を動かない。
蓋を押し上げて出来た隙間からすっと目を細めて、落ちた積み荷を覗いてみれば、ずだ袋の口が開いてその中身が零れていた。
落下の衝撃で床に叩きつけられても、たったの一欠片も欠けていない漆黒の石。それは、町に出回っているものでも、いつか見た劣悪版のものでもない、純度の高い魔法石だった。
こんな純度の高い魔法石があったことにまず驚く。それから、一体それがどこへと運ばれていくのか。運び出すのは誰なのかと疑問符が頭に浮かぶ。
忍び込んだ不審船は明らかに核心へと迫る秘密を持っている。つまりは大きな切り札になる。確信したティナは、確かな手応えを感じて船に潜伏し続けていた。
「普通、こんな逃げ場のない場所まで飛び込むか?俺だったら絶対保護してもらうけど」
「うるさいわね。そこには破滅しかないんだってば」
「それがわからん。身分が保証されたらどうとでも囲うことだって出来るし、身を守る手段が増えるだろ」
「飼いならされた忠犬のような男ね。いけないわ。世の中悪意で溢れているんだから、もっと危機感を持って生きないと」
「ティナは一体どんな人生を送ってきたんだ」
呆れた顔で見つめられるティナは、けれど大真面目にしっかりと頷く。
セリウスが呆れた顔をまた一段と呆れさせて、俺の周りにはよくわからんヤツしかいないのかと心外なことを呟くので、類は友を呼ぶというありがたい言葉を教えてあげた。
「大体、セリウスは残れば良かったじゃない。勝手に別行動して、帰ったら大目玉じゃないの?」
「あー、言うな。考えないようにしてるんだから。ティナだって似たようなもんだろ」
「言わないで。そっちも問題だけど、それを遥かに上回る大問題が発生したから仕方がないのよ。実害しかないのに着いてきたセリウスの方がよっぽど向こう見ずだと思うわ」
「雛鳥の背ぇ比べってな。俺だって着いてきたくなかったけど仕方ねえだろ。そういう命令なんだよ」
「出た命令。それ以上喋らないでね」
「へいへい」
軽口の応酬をしながらも、ティナは注意深く周囲を見渡す。船内は静かなものだった。
襲撃が鎮静してから少しして、船に残っていた船員が砂浜へと訪れた。事切れた仲間を見つけると、すぐに犯人探しを始めたが、それは淡々としたものに見えた。
仲間がやられたというのに、叫ぶこともなければ、取り乱す者もいない。冷静に動く姿は不気味であり、その冷徹さは途方もない脅威に感じた。
彼らの目を掻い潜って船へと近づくティナは、犯人探しをする船員、船に残る船員、荷物を運び込む船員などを確認して、隙を見て運び込まれた荷物の中に身を隠した。いくつか空箱が転がっていたので、そのひとつに身を潜める。呆れた様子でそれを見ていたセリウスも、何故かティナの後に続いた。
そうしてそれほど時間を待たずに、船は滞りなく出港された。
浜辺に野晒しにされていた遺体は放置されたままなのか、それとも回収されたのか。
船に乗り込んだティナには把握のしようもなかったが、誰かが弔ってくれていれば良いと思う。
船員達はしばらくは警戒体制を維持していたが、船が軌道に乗り出した頃には、誰からと言わず酒盛りを始め、そのうち結構な騒ぎとなった。酔っぱらいが歌を歌い、話に花を咲かせ、時に乱闘を始める。ティナはその目を盗んでそっと空箱から抜け出した。ずっと気になっていた荷物の中身を検める。
硬い結び目を開くと、中には大量の魔法石が積まれていた。
ビンゴだ、と息を飲む。
交渉するには極上の餌が必要だ。ティナはなんとしても敵を出し抜かなければいけない。その為の情報収集に手を抜くことなど出来るはずもなく、慎重に魔法石に手を伸ばす。
石は、市販されているものよりも深い色をしていた。
果たしてそれが、どれほどの純度なのか。
簡単に判断する方法としてその強度が基準とされるが、ここで叩き割る訳にもいかない。
仕方なくそのひとつをポケットにねじ込んで、ティナはそっと蓋を閉じた。
そうして日が昇るまで、息を殺して身を潜め続けた。
夜遅くまで騒いでいた彼らは、夜明けにはお気楽にも眠りについたようだった。静まり返った甲板の上をカモメのような鳥が飛んでいく。天候も申し分なく、晴れ渡る空と太陽を反射する水面の青が綺麗である。
平和だ。そののどかな光景に、思わず気の抜けるティナである。
そっとドアから外を伺うと、高見台の上に見張りを見つけた。
自由に動き回るのは難しそうだと思案するティナの横を何の躊躇もなくセリウスが通りすぎた。
「え?ちょ、ちょっと待って。」
思わず服の裾を掴んで引き留めると面倒くさそうな顔が振り返る。
「んだよ?」
「どこいくつもり?」
「こんなとこでじっとしててもしょうがねえだろ?ちょっと適当に探索してくんだよ」
「いやいや、セリウスさん。いくら船員達が寝静まったとは言え、あそこに見張りもいらっしゃいますよ?」
「大丈夫大丈夫。ティナはちょっとそのまま大人しくしてろな」
「え?え?本当に行くの?ちょっと見つかっちゃうって」
「大丈夫だって」
セリウスは雑にティナの頭をぽんぽんと叩くとそのまま掴まれた裾を引っ張り抜いて部屋を出て行った。えええーーー?と一人取り残されたティナは汗をかく。そんな堂々と出ていって、どう見つからないというのか。最悪巻き添えで彼らに捕まる未来まで浮かんでティナの顔はさあっと青ざめた。
けれど、追いかけるわけにも行かない。ちょうど部屋へと近づいてくる足音に、慌てて空き箱の中へと逃げ帰った。
狭い箱の中で不安と心配ばかりを増やしながら、耳だけを大きくして成り行きを伺っていたティナは、けれどやがて何事もないまま、陽気な気候に誘われて、重くなる瞼と格闘する。ウトウトと襲い来る眠気に抗って、寝てはダメだと言い聞かして、慣れない馬での長時間の移動から、徹夜を乗り切った自身を叱咤した。
「ティナも大概大物だよな」
ふと意識が浮上したのは、そんな呟きを拾ってだった。
気づけば、蓋を閉めて真っ暗になっていたはずのそこに、光が差し込んでいる。起き抜けの眩しさに思わず目を細めながら、一体何をどうしたんだっけかとぼんやりと考える。
「こんな敵地で寝るとか。ほんと真似出来んわ」
覗き込む彼の顔には今は大きなバンダナが巻かれており、それだけで随分と印象を変えていた。
「え?どしたのそれ」
思わず目を瞬かせる。よく見ると、服装一切も見事に違っていた。
胸元をだらしなく開けたブラウスに裾の大きく開いたパンツ。大きめのベストのボタンは全て外されており、船乗り達と見間違う様相だ。
これがまた、意外にも様になっている。船乗りに転身してみたらと聞けば、黙ってジト目で見返された。
「ティナがお気楽に眠こけてる間に色々調べてきてやったぜ。」
ニヤリと笑うセリウスに、ティナは顔をしかめる。
「短い時間で体力を回復させてたのよ」
ぶすりと言い放つとセリウスが笑った。ハイハイ、とおざなりな返事をして頭をぽんぽんと叩く。ますます機嫌の悪くなるティナである。
「今惰眠を貪ってる男らを含めて、船に乗ってるのは34人。昨日襲ってきた奴等を合わせたら60は越えるな。こんな大所帯がどうして今まで見つからなかったかと言えば、どうもこいつら、航海毎に1から収集される定職を持たない荒くれ者どもらしい。」
きっちりとした情報を口にするセリウスに、どうやってこの短時間でそんな詳細まで知り得たのかという驚きと、彼の優秀さに舌を巻く。さすがスパイと言ったところか。
しかし、随分と大きな船だとは思っていたが、そんなに大勢の人が関わっていたとは。
60人を秘密裏に収集する方法もわからなければ、そんなに大勢で何をしようとしているのかもわからない。
魔法石を運ぶだけで、これだけの人数が必要になるとは思えなかった。
振り返ってみると、男達は仲間がやられても悔しがるような素振りは見せなかった。むしろその後でも酒盛りをするような淡白さである。
目的のために収集された、一時的な仲間と考えて良さそうだった。予定外に、仲間の頭数が減ったことに関してもそれほど問題視しているようには見えない。
ならばそもそもこんなに多くの仲間を集める必要があったのだろうか。
集めれば集めるだけ、報酬も食料費も諸経費も嵩む。
統率だって取りづらくなる。魔法石だけではない思惑がそこにはあるような気がした。
けれどそれが、何なのかまではわからない。
ティナは、更なる情報を求めてセリウスに視線を向けたが、セリウスは曖昧に笑うだけだった。
「これ以上は有料だな」
「へ?」
「俺は親切なだけのパトロンじゃねえぜ?」
「そりゃわかってるけど。………ここの情報ってハルに」
「そりゃ当然報告するわな。遊んでたと思われたら俺の首も危ないし」
「ダメだって。なんで私が危険を犯してこの船に乗ったと思ってんの?」
「有益な情報を元手にお偉いさんと交渉するため?」
「わかってるのに邪魔をするの?」
「邪魔をしたいわけじゃないが、そこは先に俺との交渉次第じゃねえか?」
「…仲間だと思ってたけど違ったようね」
「そこはお互い様じゃねえか?」
「それ貸して」
「は?」
ティナがセリウスのバンダナをむしり取ると、ブチブチと髪が千切れる音がした。悲鳴が上げるのも無視して、パンパンと埃を払うとそのバンダナを自分の頭に巻き付ける。
「もういいわ。自分で探すから。ここの人達が寄せ集めの大所帯なら、一人くらい見知らぬ顔が居たって気付いたりしないでしょ?」
「おま、痛えだろうが。こういうのはプロに任せた方が良いと思うぞ」
「プロに任せてたら気付いた時には詰んでそうだわ」
「だからそれを俺と交渉すればいいだろ?」
「情報全部タダでちょうだいって?」
「交渉下手すぎか。…あんなぁ。ティナは何を差し出せるんだ?」
「私が差し出せるものなんて、富も名誉も何もないわ」
「あんだろ、1つ」
言われてもわからず、ティナは首を傾げる。
「ティナしか知り得ない情報が」
「…私の正体ってこと?悪いけど、交渉は決裂だわ。そもそもそれを守るために私は情報が欲しいんだから」
「なにも全部包み隠さずとは言わねえ。どこの姫かとか、クレアとの関係とか、どうして身分を隠してるのかとか」
「ひとつも話したくはないわ。早く服を貸して」
「は?いやいや、俺の服はどうすんだよ。裸になっちまうだろうが」
「またどっかで調達したらいいでしょ?安心して。下着だけは残してあげるから」
「アホか!こら、ボタンをはずすな!ズボンを下げんな!お前淑女としての謹みをどこで捨ててきた!?」
「女子じゃあるまいし恥ずかしがらずにさっさと脱ぎなさいよ。平民に淑女の心得なんて必要ないわ」
「女として既におかしいんだよ!」
陽気な朝の日差しについ居眠りをする見張りと、それを見下ろすカモメの群れと。
航海はおおよそ順調である。




