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港町と子ども達

 道中特にトラブルもなく予定通りの夕暮れ時に、ハーバー港を所有する港町へと辿り着いた。

 漁業と貿易の街とされるそこは、商人や漁師が集うイースト地方でも特に活気のある町だ。

 けれど時間帯もあってか、今は帰り支度をしている商人がちらほらと見える以外は人もまばらで、通りは閑散としていた。

 すでに本日分の船も全て出航してしまっており、ティナ達はここで停泊するのだそうだ。


 道中で説明を聞いていたティナは、馬から降りると、すぐに作業に取り掛かる。

 馬の世話、荷物運びと下働きに休む暇などあるはずもなく、日が落ちるまでにすべての作業を終えるようにと簡単にとんでもないことを命じる上司は、さっさとその姿を消していた。

 ティナは共に来ていたらしい他の官吏たちとと共に夕焼けに染まる街並みを忙しなく往復し続けた。




 ようやく作業が落ち着いて、馬車に乗っていた要人たちを町で一番の宿屋へと送り出した時には日は完全に沈んでいた。

 ここからは侍女たちが食事や湯浴みやと甲斐甲斐しく働く番なので、ティナの仕事は特にない。

 指示を仰ごうと上司の姿を探して回るが、一体どこに隠れたのかその姿は一向に見つからず、ティナは疲れ切った体で意味のない歩行を余儀なくされた。


 疲労感に重くなる体であてもなく、地理の明るくない町を民家の明かりを頼りに歩を進める。

 迷子になってはいけないと宿屋のある通りをまっすぐに進んでいたティナだが、ふと小さな声を拾う。

 声はどうやら路地裏から聞こえているようでそっと覗きこんでみるが、すっかり光源を失くしたそこは闇に閉ざされよく見えなかった。

 否、奥に小さな明かりが見える。やはり誰かがいるのだと、ティナは路地裏へと足を踏み入れた。


 耳を澄ましているとやはり小さく声が聞こえてくる。トーンの高さにそれが子どものものだと推測すると、こんな時間に子どもが出歩くなんて危険ではないだろうかと疑問が浮かぶ。声をかけるべきかと躊躇する間にも子どもの声は続いていた。


「――沖に、今夜噂の幽霊船が来るらしい。お前ら、準備はいいか?」

「新月の夜に現れるんだよね?でも危なくないかな?幽霊に襲われたりしない?」

「ばっかねディスク、幽霊がいるから面白いんじゃないの。怖がりの根性なしは家に帰ってママに抱っこしてもらってさっさと寝るのね」

「ばかにしないで!僕だって勇敢な船乗りの息子なんだからね!」

「それじゃあ一度解散して、親が寝静まった後例の船着き場に集合な」

「りょうか

「ねえ」

「ぎゃあ!!」「わあ!!」「きゃあ!?」


 作戦会議の最中で、突然聞こえた別の声に、こっそりひっそり忍んでいた子ども達は悲鳴と両手を同時に上げた。

 それに同じく驚いた、子ども達に声をかけた張本人であるティナは、子ども達と目をまんまるにして見つめ合った。


「驚かせてごめんなさい。私はティナ。貴方達はこの町の子ども達かしら?」

 いち早く復活したティナが子ども達に尋ねると、子ども達は身を寄せ合ってティナから少し距離を取った。

「そうだけど…あんた誰?見たことない顔だな」

 先頭のリーダー格らしい男の子が代表して口を開く。ティナがしゃがみ込むと、男の子の顔は少し見上げる位置になった。

「今日ここにたくさん人が来たのは知ってるかしら?私もその付き人なんだけど、明日には船でここを出る予定なの。今夜は近くの宿屋で泊まるわ」

「ここには旅行だとか商売だとかで毎日いろんな人が出入りする。いちいち人の顔なんて覚えてられないし、あんたの事なんか知らねえよ。大体、俺たちに何の用だ」

「面白い話をしていたから気になって。ねえ、その話私にも教えてくれないかしら?」

「えー?よそ者には関係のない話だぜ?」

「そんなこと言わないで。そうだ、それならお友達になりましょうよ」

「は?友達?」


 大の大人が一体何を言ってるのか、と言った顔で、少年は訝し気にティナを見る。

 ティナが笑顔で首を傾けると少年の頬が赤く染まった。

「どうしたら仲間に入れてもらえるのかしら?まずは自己紹介から始める?そうだ、さっき夕食用にリンゴをもらったの。四人で仲良く分けましょう」

「わ、リンゴ!美味しそう!!」

「お姉さんありがとー!!」

 すぐに警戒を解いた子ども達がティナの傍へと群がった。これまで癖の強い人のばかりを相手にしてきたティナは、その素直な反応に癒される。

 リンゴに簡単に懐柔される二人をニコニコと眺めて、それから未だ顔に力をぐっと入れて何とか踏ん張っているリーダー格の少年にも声をかける。

「ねえ、名前を教えてよ」

「私はアンナよ!それでこっちがでディスクでこっちが」

「ばかお前!簡単にばらすんじゃねえよ!このおばさん信用していいかなんてわかんないだろ!?」

「いいじゃない名前くらい。ケチ臭い男ね。」

 警戒を解かない少年と勝気な少女がぎゃあぎゃあ言い争うのをもう一人の気弱な少年がおどおどと見守る。なんとなく三人の関係性が見えてきて、ティナはますます癒される。


 刃物がないのでリンゴを丸々手渡すと、アンナがそのままがぶりと齧り付いた。シャリシャリと良い音が響いて、それを見ていたリーダー格の少年が唇を突き出した。

「ところで」

 声をかけながらそんな可愛い顔をそっと両手で包み込むと、きょとん、とこちらを見た少年と目が合った。ティナは笑顔に凄みを含ませる。

「ティナ”お姉さん”って呼んでね、坊や。じゃないと可愛い顔がぺったんこになっちゃうわよ?」

 ぐぐぐっと両手に力を加えた。急に顔を潰されそうになった少年は、慌ててティナの両手を掴んで抵抗する。

「おばさんをおばさんって言って何がわる…わっ、ちょっとわはったはら放へよおばはん!…~~~っ!!ああもうわはったはら!わはったはらお姉ひゃん!!」

 おおよそ手加減という手心を加えられることなく潰れていく顔に慌てる少年は、アンナの馬鹿じゃないの、という冷たい視線を受けながら、なんとか言葉を紡ぐ。

解放されると憮然な顔をしながらも、自身の頬をよしよしと撫でて労わる少年を今度はディスクが心配そうに覗き込んだ。なんとも可愛いトリオだった。


「それで、幽霊船が出るの?」

 順番に回しては齧られるリンゴのしゃりしゃりという小気味良い咀嚼音を立てながら、子ども達とティナはきゅうきゅうに身を寄せ、円陣を組んで座っていた。

「そうなの。この町にはある噂が流れてて」

「新月の夜は絶対に外に出てはいけない。幽霊船が迎えに来るから。幽霊船はそれは大きなボロボロの船で、緑色にほの暗く光ってるんだって。」

「幽霊たちはいつも自分たちの身代わりを探していて、子どもを見つけては自分の代わりに幽霊船に閉じ込めちゃうの。それで、身代わりを見つけた幽霊は、解放されて町に残る。残った幽霊は、今度は町で悪さをするんだって。」

「僕が聞いた話だと、長い船旅のご飯にされてしまうっていうのもあったよ。あと、過酷な船旅の仕事の一切を押し付けるとか。色々なパターンのお話があって、共通するのは全部子どもを連れて行ってしまうんだってこと」

「だからこの町の子どもは新月の夜には絶対に外に出ないの。子どもが間違えて外に出ないように、大人たちもその日だけは早く家に帰ってくるわ。だから今夜はとても静かな夜になるの。」

「僕のお父さん、いっつもお店でお酒を飲んで帰ってくるんだけど、今日は多分もう帰ってる」

「私達もそろそろ帰らないと怒られちゃう。お姉さんも気になるなら今夜船着き場に行ってみると良いわ」

「僕ら、その幽霊をちょっとだけ見てみようって話になって、今日はその船着き場に集合する計画なんだ。…本当はちょっと怖いけど」

「だから怖いんだったら家でママに抱かれておねんねしていなさいよ!」

「やだよ!だってケントもアンナも行くんでしょ?」

「前回も前々回も寝過ごしちゃってダメだったんだから。チャンスは月の満ち欠けする長い時間の中で一度しかないのよ?今日こそは頑張らなくちゃ!」

「だったら僕も行くよ。二人だけで行って何かあったら心配だもん」

「そうよ、あんた男なんだからちゃんとレディを守ってくれなくちゃ。…ところでケント。あんたも捻くれてないでちょっとは会話に混ざりなさいよ」

「…うっせー」


リーダー格の少年はケントという名前らしい。というか、ケントよりアンナの方がリーダー格なのかもと認識を改め始めたところで、リンゴも食べ終えた子ども達はいい加減時間がまずいと立ち上がった。


「じゃあまた後でね!お姉さん!」


そろって手を振る二人の横で、ケントは両手を頭に組んで、振り返りながらティナを一瞥すると歩きだす。

家路を急ぐ三人を微笑ましく見送りながら、ティナは先ほどの話に裏はないかとぼんやり考えるのであった。



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