会話をしない上官との会話
「あの、アストロスさん」
声をかけるともじゃもじゃ頭の男がティナの方へと向き直った。
「何?」
聞き返す声はどこか生返事のような響きで、短い音の中に関心の低さが如実に表れていた。
けれどティナとしては大問題だ。切羽詰まった声で問いかける。
「どうして私、急に外交部に同行することになったんですか?」
もじゃもじゃの男は大きな鞄をよいせと持ち上げると、猫背のままスタスタと歩き出す。
その後ろに続くティナは、焦れたようにその背中を追いかける。重い荷物を抱え上げると、荷物で前が見てなくなった。フラフラとよたつきながらなんとか彼を追いかけて、振り返りもせずに返事をする彼の声を拾い上げる。
「さあ。なんかそういうお達しが来たんだ。俺の補佐として、一人連れて行くようにって言われてね、たまたま手が空いていたティナくんにその白羽の矢が立ったというわけだ。以上」
抱えた荷物を馬車の傍まで運んでいくと、並べて置いては次の荷物を取りに戻る。なんとかそれに追随しながら返事を待つが、いつまで待ってもそれ以上の答えは返ってこず、彼の中ではこの話は終わったらしいと理解する。
大きな荷物を置こうとする度、ずり落としそうになってティナは焦る。なんとか落とすことなく荷物を横に並べては、急いで上官の元へと戻る。そうして何度も荷物を運びながら、足の速い相手に食らいついて抗議する。
「ぜんっぜん暇じゃなかったですよね!?やっとこの前から取り掛かっていた税金関係の書類から解放されたと思ったら法官から後宮内で起きた毒物混入事件の詳細を集めてくれとか言われて。一年前のやつをですよ?なんの嫌がらせかと思いましたが、今更ながらに纏めさせられて。…命がけでしたからねあの仕事。比喩じゃなくて実質的に!!それが終わったら今度は騎士団の方から必要物品を聞いては補充しろとかいう仕事を依頼されて、今は外から王宮へ出入りする商人の素性調査に奔走してました!」
ちなみに他にも小さいのがいくつもあって、このうちいくつかはまだ現在進行形です、とブラックな仕事内容を必死で報告するティナだが、アストロスは返事もくれない。黙々と荷物を運んでは、今度はそれらを馬車の中へと持ち込んでいた。
荷物は何が入っているのか大きさも重さも量もなかなかのもので、運びきった時にはティナはヘトヘトに疲れていた。抗議はあれからも続けたが、上官が聞いてくれることはなく途中からは疲労も手伝ってただ黙々と荷物を運ぶことしかできなくなった。
荷物の半分以上は外交先へと献上品となるらしいが、衣装や装飾品なんかもたくさんあった。
思わず何泊する予定の荷物なんだと抗議したくなるティナだが、そもそもこの外交に令嬢が同行するのだろうかと思い至り、そういえばこの外交の目的すらも聞いてないことを思い出す。
答えも期待せず上官に尋ねると、アストロスは意外にも久しぶりに返事をした。
「今回の外交については少し説明してあげるよ。ただし、出発まで時間がないから、出支度がすべて整ってからね」
荷物を運びこんだ次は、馬車と馬と従者の確認らしい。
出発の準備は急ピッチで進められ、多くの人が駆け回る。目まぐるしく人々が行き交うそこをティナは慌てて指示されるままに奔走した。
それから一刻ほどして、予定通り一行は王宮を後にした。
目指す先はハーバー港で、そこからは海路となるらしい。
ティナはアストロスと共に馬に乗せてもらっての移動だったが、荷物用以外でも馬車は全部で5台ほどあった。
それぞれ国の要人が乗っているらしいが、中でも真ん中に位置する馬車は特に豪奢な造りをしていた。
なんともなしにそれを眺めているとティナの背中側からアストロスの声が聞こえた。
「今回、お忍びでとある方が同行しているんだ。名前は出せないけど、ティナくんもよく知ってる人だよ。最近暗殺未遂なんかもあって上層部を大騒ぎさせた今人気沸騰中のあの人」
けれどそうして説明されるものの、まったく心当たりのないティナである。
「暗殺未遂?ちょっとわかんないんですけど」
困惑して呟くと、アストロスは意外そうな顔をした。
「え?知らない?あんなに足繫く通ってたのにあの人話してなかったのかな?…あちゃー、じゃあ今の、聞かなかったことにして」
ポリポリと頭を掻きながら、軽い調子でなかったことにしようとする上官に
「ちょっと待って下さい。すっごい気になることだけ言ってさっさと話を止めようとしないで下さい。詳しく聞きたいんですけど」
ティナは必死に抵抗した。
足繫く通ってた、というキーワードには聞き覚えがある。果たしてそれはハルの事だろうか。
他に該当する人物も思い浮かばず、けれど暗殺未遂とは。不穏な単語に聞きたくない人物の話などと構っていられず先を促す。
「いやいや、俺まだ首と体と仲良くしていたいし。とにかく同行者の目星はついたかな?その人と、あと一緒に今から向かうラッフェコルタ国のこれまた名前の言えないご令嬢が乗ってるよ」
聞きたい答えは返ってこず、代わりにまたよくわからない話題が出る。
「へ?ラッフェコルタの令嬢?どうしてそんな国の偉い人がうちの国に居たんですか?」
疑問符ばかりでどうしたもんかと思いながら、とりあえず一番気になることを問うとめんどくさそうにアストロスは顔を顰めてティナを見た。
「なんでそんな何も知らないの?」と、理不尽な事を聞かれて
「いや、普通に下働きの棟に情報なんて回ってこないんですってば。」と言い返す。
その答えにアストロスは、小さく目を見開くと「ああそうか」とひとつ頷いて
「ティナくんは配属前は官吏をしていなかったのか。どうりで無知だなあと思ったよ」
綺麗な笑顔でそう言った。その通りなのだがなんだか頷きたくないティナである。
「まぁ、そういうことです。この前の官職試験で受かったばかりなんで官吏になってまだ半月も経ってませんね」
「ひよこちゃんだね。そうかそうか。それならなんでこんな大変な視察に呼ばれたんだろうね?」
「だ・か・ら!それを私も聞いたんじゃないですか。大体、私を選んだのアストロスさんだってさっき言ってませんでした?」
憮然と言い放つも上官は思案顔でティナの話など聞こえていないようだった。少しの沈黙の後
「…まあ、何考えてるかわかんないからねあの人」
ぽそりと呟かれるのは自己完結したような言葉だ。
会話にならない相手にまたこの人は、と半眼になる。
「また一人で納得して終わろうとしてません?私さっきから何もわかんないんですけど」
「じゃあ、ちょっとだけ教えてあげるよ。これからは自分でちゃんと情報収集して欲しいけどね。まず最初にさっきちょこっと話しちゃった暗殺未遂だけど、最近何回かそれっぽいことが起きてるね。今回ももしもの事があるかもしれないからそれなりに自分で保身してね。」
「え?」
「次にラッフェコルタの令嬢は、令嬢というよりは同乗してるお忍び中の人と同じ立場だね。違うのは男か女かってだけ。誰だかわかっちゃうから令嬢ってお呼びしてるけど、粗相したらその場で首が飛ぶから気を付けて。」
「へ?」
「それから今回の外交の目的だけど、少なくとも表向きは令嬢を送り届けるってとこ。令嬢もお忍びでこの国に来てるから、今回もバレないようにこっそり送り届ける必要があるらしい。だから外交って形をとってて、たくさんの献上品も準備してるってワケ」
「はい?」
「令嬢がお忍びではるばるこんな遠くまで来た理由は不明。知りたいならお忍びのあの人に夜這いでもかけて聞いてみるんだね。わかったら俺にも教えて欲しいな。そうだね、ぜひ聞いてきて」
「えええ!?」
情報に何一つ穏便なものがなかった。
聞いたことを後悔しつつ、やっぱり自分が来る必要性がまったくわからない。たまたまアストロスが指名したって話だが、馬にさえ乗れず、両手で持ちきれない程の仕事を抱えていたティナをどうして選ぼうとなんて思ったのか。
何もわからないまま、馬はカポカポと歩を進める。
最近姿を見ないハルと、暗殺未遂という不穏な単語がぐるぐると頭を回り、不安だけを募らせるティナはまだほとんど関わったことのない上官の腕の中で居心地の悪く座っていることしか出来なかった。




