質問ではなく宣戦布告
キィン、と金属のぶつかる音がして、ぶわっと激しい追い風が吹いた。
現実に引き戻されて、クレア越しにその向こうへ目を向けると、黒装束の男と、鎧を着た男が剣を交えているのが見えた。
黒装束の男が小振りのナイフを投げつけると、鎧の男は長剣でそれを弾いて応戦する。
弾かれたナイフは勢いを殺さず四方へと向きを変え、こちらに飛んで来る度に、激しい追い風がそれを弾いた。
「いい加減、疲れてきたから移動しない?」
クレアはそちらを一瞥もせずに何度もナイフを弾きながら、うんざりと顔をしかめる。
けれどまったく気張らない態度で「あー、ダルい」なんて言いながら立ち上がる様はあまりに緊張感のないもので、なんだかこちらも気が抜ける。
すぐそこでは緊迫した戦いが繰り広げられているのが嘘のように、のんびりとした動作で私達は屋内へと連れ立った。
「あれ、放っておいて大丈夫なの?」
「いいんじゃない?せっかく餌に引っかかった獲物を逃がすようなつまんない部下をハルが置いておくとも思えないし」
「あの人、配置させたのハルなの?っていうか誰あの人」
「それよりさ」
「え?」
「ずっと気になってたんだけどなんで急にハル呼びなの?一応ああ見えてハルは国の第一王子なんだって知ってるよね?」
「へ?いやそれは…あ。ひょっとしてクレア、私とハルが仲良くなって嫉妬してる?数少ない友達だもんねー。大丈夫、私はクレアからハルを取ったりしないから」
ティナはにんまりと嬉しそうに笑う口元を片手で隠しながら、空いた片手でクレアの肩をバシバシ叩く。
おばさんのような仕草に迷惑そうに顔を顰めるクレアは、遠慮のない力でティナの手を払いのける。
「誰が友達なの。しかも少ないって何。そんなくだらない事言ってるんじゃないよ」
「えー?もう照れちゃって可愛いな。それであの人誰なの?」
憮然とした顔でしばらくティナを見ていたクレアだが、にこにこと見つめ返すティナに一つ深い溜息を零すと素直に質問の答えを返した。
「…あれは騎士だね。確か三番隊の副隊長じゃなかったかな」
対するティナはびっくりと目を大きくして聞き返す。
「副隊長!もしかしてサリーの未来の旦那様!?」
「さあ?そこまで知らないけど。…げ」
「へ?」
軽快に会話をしながら部屋へと戻る二人の様子を少し後方から眺めながら、イザベラはその後に続いていた。二人の楽しそうなやりとりに思わず口元を綻ばせ、良い友達が出来たみたいだと安心して息を吐く。
けれど部屋の前まで辿り着くと、突然二人は足を止めた。疑問符を浮かべて「どうしたんだい?」と声をかけても二人は呆気にとられたように動かない。遅れて部屋を覗き込んでみれば、「あぁ」と一人納得する。
「そうなんだよ。急に大勢でつめかけてきてね。あのお兄さんが全部のしてくれたのさ」
二人が呆然と眺める部屋には、複数のいかつい風貌の男達が折り重なるように倒れていた。
なんとなく近寄り難くて、一定の距離を開けながらティナは男達を観察する。
あちこちに怪我や打ち身を作りながら、ぴくりとも動かない男達。
ティナはうん?と首を傾げる。なんだかその顔に見覚えがあるような気がしたのだ。
「あぁ、気が付いた?」
クレアも心当たりがあるようで、足で持ち上げながら男の顔を確認している。
特に気が付いてはいないが、とりあえずそれらしく頷くと、クレアはティナを呆れた顔で見返した。
気付いていないことがバレたのだろうか。
「これ、街でティナを追いかけてたガラの悪い男達だよね」
言われてそれだと合点がいく。
もちろん知っていたけれど、と神妙に頷いてみせれば、クレアの乾いた視線は温度を下げるばかりだった。なんでだ。
「ティナ、こいつらに襲われたことがあるのかい?」
心配そうなイザベラの声がして、ティナは慌てて首を振る。
「違うの、イザベラお母様。たまたま、本当にたっまたま、他の人が襲われていたところに首を突っ込んじゃっただけなの。恨みとか持たれるような関係ではないのよ?」
けれどイザベラは疑い顔だ。
「けれど、こうして家まで来ちまってるじゃないさ。ティナが何もしていないつもりでも、何か怒らせるようなことをしてしまったんじゃないのかい?」
そうは言われても、わざわざ家を調べてまで襲撃するほど執念深く恨まれることなどした覚えがない。
「うーん。勝手に逆恨みされてストーキングされても迷惑なんだけど。ちゃんと事情を聞いた方がいいかしら」
「人様の恨みを買うような道理の外れたことをする育て方はしてないよ」
「ごめんなさいイザベラお母様。身の潔白を証明するためにも、この人たちにちゃんと誠意を込めて聞いてみるわ」
「そうしな」
それでいいのかな、とクレアは困惑顔でこちらを見ていたが、すぐに興味をなくしたように、足元の男へと視線を移した。
「とにかくこいつらをどうにかしないと寛げないよね」
どうするか、と腕を組んで考えてから、一人一人と持ち上げては窓から放り出し始めたクレアは、けれど五人目でその手を止めた。
「面倒くさい」
「やめるの早くない?」
そんなことは知ったこっちゃないとばかりに、結局残ったまだ山を作る男達はそこに置き去りにしたままでクレアはまだ無事な方の窓枠へと腰かけた。
残されたティナとイザベラは手狭となった部屋の中で、寛ぐ場所も見当たらず、結局倒れた家具を直し始めた。
男達はそれからも意識を取り戻すことなく、片付けを進めるティナとイザベラの手によって部屋の隅へと押しやられた。
一応目を覚ましては怖いので、物置の奥に仕舞い込まれていたロープを引っ張り出してきて、ぐるぐるとその手足を縛っておいたが、どうにもインテリアにしておくには物騒すぎるフォルムに最後はカーテンを被せて目隠しをした。手足がはみ出すのでまったく視覚的に改善はなかったが、ティナは諦めて男達を意識から締め出した。
その頃には外で繰り広げられていた副隊長VS黒装束の戦闘も無事終わりを迎えたようで、副隊長が黒装束の男を捕まえて帰ってきた。
副部長はクレアを見ると敬礼し、事の顛末を報告していたが、その間ティナは黒装束の男をじっと観察していた。
黒装束の男は拘束されて動くことも出来ずに座り込んでいた。
じっと見ている私の視線に気付くと最初は不快そうに顰めた顔を背けたが、しつこく眺め続ける私を見て、なんだ?と目で問うてきた。
自殺防止の為猿ぐつわを噛まされた男は話すことができないのだ。
「ねえ、あなたがリディを襲った人?」
聞くが男の首は縦にも横にも動かない。ティナは構わず質問を重ねる。
「王宮に侵入したことはあるかしら?下女の控室へ入ったことは?誰の命令で動いているの?あなたたちの目的は何?」
何度尋ねても男は眉一つ動かさない。ティナはその顔を覆う黒の頭巾を強引に引っ張って脱がせた。露になった顔は見覚えのないものだった。
否。まただ。また記憶に引っかかる。
けれど彼は、街での出来事とは無関係だ。この顔は街では見かけなかった。
思い出せもしないのに、何度も既視感を覚える中途半端な記憶力になんだか苛立ちを覚えるティナである。
「ねえ、あなた。名前は何というのかしら?」
思わず低くなる声で尋ねても、やっぱり男は答えない。表情も動作も何も答えを返さない。
「私はティナよ。魔法石の採掘ツアーで、迷子になったあげく爆発に巻き込まれて、…もしかしたら裏社会でお尋ね者になってるのかしら?
平民で、下女として働いていて、お尋ね者のティナ。ねぇ、あなたの目的は、私?」
男の顔を両手で持ち上げて、目を無理やりに合わせて問いかける。
けれど男は視線こそ鋭くするものの、それ以上の変化を何一つ見せない。
しばらくそうして見つめ合ったが、反応は何もなかった。
チッと舌打ちしたそうに、逸らされる男の漆黒の目を、許さないとばかりにまっすぐに見つめ返す。
そして
「もしも私が目的だとしたら、ちゃんと私を狙いなさい。お母様も、リディも、他の下女の仲間たちも。一切手出しは許さない」
一言一言をはっきりと言い放つ。それはいつもの声音とは違う、まるで王者であるような、高潔で威かで重圧的な声だった。
男の目が見開かれる。
初めてみせる人らしい反応に、けれど今度はティナが反応を返さない。
「私は逃げも隠れもしないわ。貴方達が望むなら、ちゃんと正面から訪ねてきなさい。今後私の大切な人に、指一本でも触れてみなさい。私は何をしてでも絶対に貴方達に報復するわ。…覚悟なさい」
ただの平民の小娘に一体何が出来るというのか。
いっそ滑稽なほどに身の程知らずな発言だった。
なのにその雰囲気が、簡単に笑い飛ばすことを許してくれない。そこに居たのは平民などではない
まるでその尊顔を目に焼き付けることすら許されない至上者のようだと錯覚をする。
ティナは自覚なく、確かに男を追いつめていた。
「まぁ、貴方に言っても仕方のないことだけれど」
そう目を伏せて呟くティナに、その視線が逸れたことにどれだけ男が安堵を覚えたのか。
布の隙間から漏れ出る呼吸は、常より少し震えていた。
シュパッ
ふいに風を切る音が聞こえた。
咄嗟に体が後ろに引かれて、ちょうど目の前を何かが横切る。
身体を引いてくれたのが騎士の手であったとか、目の前を通り過ぎたのが何であったのかとかを理解する前に、
バランスを崩した体がそのまま倒れこむよりその前に、しゅううう、と言う風船から空気が抜けるような音と周囲を真っ白に塗りつぶすもやがぷわっと広がった。
投げ出されたそれが煙玉だと気付いた時には、捕らえたはずの黒装束の男は消えていた。




