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吹き抜ける神風

 生まれる場所が違えば育つ環境も違う。そもそも種族までもが違ってしまえば、寿命も価値観も遺伝子も違う。

 おおよそ同じところを見つけることの方が難しい相手を理解し合うことなど不可能で、同じ立場に立つことも同じ目線で見ることも、しようと思うことすらあり得ない。

 神とは孤高の存在で、どうしたって人間は見下ろすような存在だった。

 かつて興味を示した青年だって、肩を並べて横に立ち、時間を共有していたわけではない。

 いつだって少し上からそれを眺めて、絶対的な立ち位置で、当たり前に優位に立ってそこにいる。

 そのあり方を揺らがせたことなどありはしないのだ。



「可哀想にね、チャルチシュヴァラ卿。貴方は愛を知らずに来たのね。」



 まさか、哀れまれることなどあり得ない。



「貴方が愛を知らないのなら、私が貴方を信じてあげる。」



 クレアに何かを与えようなどと傲慢な考えを持つことなどあり得ない。



 けれど不思議と不快はなかった。

 長く生きてきた中で、それでも新しい感情があるのだと知っただけだ。

 愛などと下らないモノを大層に語る詰まらない相手だと、一蹴できない自分に驚いただけだ。


 だからクレアは風を操る。

 部屋を飛び出したティナをも巻き込み、自由に吹き荒ぶ神風が、天も地も関係なく歓喜でもするかのように踊り舞う。

 まるで生まれ変わったように、その色すら変えられた世界の中を、浮き立つ体でクレアはただ真っ直ぐと目的地へと向かうのだ。









 魔法石とフェアリーストーン。

 様々な思惑を飲み込むその石の秘密に、少しでも関わりを持ってしまった人物を捨て置くことなど出来はしない。

 多くの陰謀が絡むほど、より多くの目が裏切り者を、計画を破綻させる者はいないかを注意深く探り疑う。

 黒幕は必ず刺客を放つだろう。邪魔者たちの命を断つために。


「セリウスはもちろんだけど、ハルは自分の身すら囮にして、炙り出しをしている」

 あれから落ち着いてベッドに腰かけ向き合うと、クレアはそんなことを言った。

「その意味がわかる?」

 そして試すように笑ってみせた。



 すぐに答えをくれないクレアは、思考を止めることを許さない厳しさと、疑問も感じず服従する愚か者にならないように導く正しさを持っている。

 全部を自分でしろと突き放すのではなく、ちゃんとヒントをくれては見守りながら。

 気付かなければただの意地悪も、裏を返せばわかりにくいだけの優しさだ。クレアが言う表と裏は、こんなに簡単に愛に変わる。けれど彼は気付かない。それが少し勿体ないとティナは思う。


 けれど形のないものは、言葉にした途端に陳腐に歪む。だからティナはなにも伝えられないまま閉口し、代わりにその言葉の意味を咀嚼した。

 彼が囮になる必要性。それを見極めるキーワードは何か。


 そもそもツアーに参加して、表立って動いていたのはセリウスだ。

 非合法諜報員スパイである彼は、もちろんその為の訓練も積んでいるはずで、対峙して命を狙われた時に身を持って体験しているティナとしては、それは疑いようもない事実だ。

 つまりセリウスならば、ちょっとやそっとの襲撃くらい自力でどうとでも出来るということだ。相手を誘い出すにしても、その的は彼一人の方が監視を付けやすく護衛も最小限で済む。その後の動きも取りやすいとなれば良いことづくめのように思われた。その分セリウスの危険度だけはただただ高くなる事に目を瞑れば。

 囮として十分な働きが望めて、それを餌に罠も張れる。彼ほどの適任はいないと言える。


 問題は、そこにわざわざハルが混ざる必要はあっただろうかということだ。

 けれどあれだけ頭の回る人だ。無駄なことをわざわざするとは思えない。

 そもそもハルは、最初は裏方に徹していたはずだ。魔法石の採掘にも、ツアーにも、セリウスが予定外のハプニングに巻き込まれた時ですらその気配を見せなかった。

 それをわざわざ、餌まきも終わって撤収して良いようなタイミングで、ラウリニス侯爵夫人へのアポを取りつけて、無理に予定を捩じ込んでまで表舞台へ姿を現した。

 表舞台への顔出しイコール、囮として自分を売り込むことになるとわかった上で。


 タイミングが不自然な気がするのだ。

 それなら最初から顔出ししていれば済むことだ。ラウリニス侯爵夫人との予定も、当日に申し込むなど相手への印象を悪くしかねないことなどするだろうか。あの用意周到そうな人が。

 それだけ親しい間柄だったのか、夫人も侯爵と共犯で、証拠を隠されるのを懸念したのか。否定要素はいくらかあるが、今考えてみれば、まるで途中で予定を変更する必要があったかのような、強引な参戦だったとも言える。

 予定外の出来事があって計画変更を余儀なくされた?

 その日、予定外の出来事があったのだろうか。


 ティナは息を飲む。

 あった。ティナとセレナが遭難するというトラブルが。

 敵か味方かも判断できない状況で、セリウスは手っ取り早く私達を消してしまおうとした。

 けれど私達は生き残ってしまった。つまり、囮が三人に増えてしまったのだ。


 それならティナ達を囮として使えばいい。囮が三人に増えたとして、セレナはともかくティナはただの平民であるし、命の重さなんてたかが知れてる。王族であるハルが、囮に混ざることこそがバカな行為だと思わないか。

 囮の数を増やすメリットは?

 さっきの反対だ。監視対象が増え、必要な護衛の数が増え、敵の出方が読みにくくなり、


 危険度だけは分散されるかもしれない。


 そのために?まさか、ハルの首を賭けるにしてはメリットが少なすぎる。そんなつまらないことにこんな強引ともいえる無謀な行動をする人だとは思えない。けれどそれなら、一体メリットはどこにあるというのだろうか。


 ハルがティナに要求したことは、官職試験を受けて官吏になること。

 官吏の中に飛び込ませることで囮として使おうとしたのだと考えれば、辻褄が合う。

 けれど、それだとクレアが言ったヒントが引っ掛かる。


「ハルはティナが大事なのかな?気付かせない為に色々工作してるみたいだね」


 何を隠しているというのだろうか。囮として使っていること?けれどそれだと”大事なのかな?”がイコールで結べない。

 それに襲撃はすでにあった。誰かを探していた黒装束の男。今にして思えばそれがティナではないとは思えない。つまり自分は立派に囮としての役目が果たせるはずで、監視をつけて放り出せば、それこそ関係者の入れ食い状態だったかもしれないのだ。


 それなのにハルはティナを王宮へと囲った。警備を強化して、犯人の侵入を困難にして。

 その意図は?

 まるでティナを守っているようにすら見える行動の、意図は?


 …あれ?ちょっと待って。

 ティナは何か思考に引っかかりを覚える。何が違うのだろうと考えて、すぐに重大な事実に気付く。

 そうだ、軟禁生活の三日目。自分は一体何をした?



 イザベラお母様に会いに、家へと帰った。



 動揺に心臓が踊り出す。汗が吹き出て、頭が回る。

 違うかもしれない。全てが仮定だ。自分は狙われてもいないかもしれないし、まだ見つかっていないかもしれない。軟禁されたのだって本当に官吏に仕立て上げたかっただけなのかもしれないし、毎日迎えに来てたのだってただ受験勉強から逃亡するティナを監視するためだっただけかも最悪ただの気まぐれかもしれない。


 だけどもし万が一でも、それがイザベラお母様を巻き込まないためだったとしたなら。


 ティナを追えば、その悪手が誰に伸ばされるかなど火を見るより明らかだ。ティナの大切な人、大切な場所はつまりはティナの弱味となる。利用価値はあるだろう。王宮に侵入するより遥かに手軽で簡単だ。

 居場所を吐かせるためでも、人質にするためでも、脅しとして殺すためでもいい。


 彼女に何かあったとしたら、それの原因が自分にあったとしたら、ティナは一体どうすればいいというのか。



 思考も疲れもすべてが吹き飛んで弾かれるようにティナは部屋を飛び出した。

 ドアにぶつかり壁にぶつかり人にぶつかり、まったく冷静ではいられないままでがむしゃらになってただただひた走る。王宮の奥の方まで来ていたことに舌打ちして、早く早くと出口を目指す。王宮から出てしまえば、道中自分が襲われる可能性が高いことなど頭からすっ飛んでいた。

 早くここを出て、市場を抜けて、住宅街に入って。焦燥に吐き気が止まらず、どろどろにかき混ぜたみたいに腹の奥がぐちゃぐちゃになる。早く、早く、早く早く早く早く!


 ようやく王宮を出たと思えば、後ろから激しい突風が吹き上がった。背中が押され、足を取られ、信じられないことにティナの体ごと空中へと持ち上げる。

 あ、と思う頃にはティナの体は上空へと放り出されていた。眼下に小さな街の明かりが、キラキラとまるで星空のように輝いて見え


 がし、と腕ごと胸を拘束される。

「正解。よくわかったね」

 耳元から声がして、けれど背を押す風はまだまだ勢いを増すばかりでうまく頭が働かない。

「ご褒美に送っていってあげるよ」

 働かないままに翻弄される。風はまるで意思があるみたいに二人の体を遠くへ運ぶ。





 ――――神風みたいだ。


 ティナは心地よい体温に身を任せ、巻き上がる風も気にせず、目指す何よりも大切な人を探すように前方へと目をを向けた。


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