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嫉妬とは”嫉む”に”妬む”と書く

どんだけねたむんだって話ですよね

 ところで、後宮の掃除はどうなったのかというと。

 どうにもならなかったので、結局ティナはリディをなんとか説得して、コソコソと後宮へと戻ってきたのである。

 恐怖が先立とうと、犯人追及の必要があろうと、怒れる指導係にそれどころじゃないと怒声を浴びせられようと、ティナにはこの仕事をクビになるわけにはいかない事情があるのだ。


 もちろんどれだけコソコソしていようと、殺気立ち、もはや怨念の対象にまで格上げされた件の下女を血眼になって探していたご令嬢方がティナを見つけないなんて奇跡は起きるはずもなく、これまでがどれだけ可愛らしい嫌がらせであったのかを心の底から理解する恐ろしい体験と、問題を起こした張本人扱いで上女中からのお説教のフルコースを頂戴するはめになった絶命寸前のティナは、全ての恨みをいずれこの国の最高位へと上り詰めるであろう腹黒狸へと叩きつけた。

 住む国を変えたい。マジで。


 けれどおかげで当分の間、後宮関係のローテーションからはずされたので、上女中のお説教は怪我の功名であったと言えた。





 閑話休題。

 そうして日々の業務をこなしながら、ティナはリディに引きずられながらもお化け探し改め黒装束探しに奔走することになる。

 怪異と思われた現象が本当に彼らの仕業であったのか、その証拠を探し回ったティナ達だが、結局その足取りは追えなかった。けれど関係ないと思われた、街での通り魔事件の聴取に被害者の家を訪ねたところ、女性は困惑しながらも貴重な証言を提供してくれた。


 その日は月も細い闇の深い夜で、女性は帰路を急いでいた。昼は露店が立ち並び賑わいの絶えない大通りも、夜になれば静まり返り、不気味な雰囲気を醸し出す。急いでそこを抜けようとした女性の背中に、突然風が吹きつけた。次の瞬間、首に腕が回されて、同時に膝裏を蹴られる衝撃がした。衝撃に折られた膝は勢いのままに地面にぶつかり、膝立ちをする形で頭の位置が下に下がると、拘束する腕が首をぐっと締め上げた。訳もわからないまま咄嗟に両手でその腕をはずそうと爪を立てるが、息すら止めかねない強さで拘束してくるその腕を外すことはかなわない。そして、回すこともままならない顔を首ごと折りかねない強引さで持ち上げられた。

 酸欠に霞む視界で必死で相手を確かめようとするが、暗闇も手伝いほとんど顔の判別もつかず、見上げる相手の黒い頭巾に覆われた顔が、妙に高い位置にあったことだけが記憶に残った。乱れた息で呻き声をあげようとすると喉が痛みで悲鳴を上げる。朦朧とし始める意識の中、通り魔の冷たい声を耳が拾ったのを最後に、女性の記憶は途切れていた。遠くで聞こえたその声が、落とした言葉はとても短い一言だけ。

「違う」

 それはティナ達が聞いたものと、寸分違わぬ言葉であった。


 妙なところで事件が繋がった。

 共通する発言に、やはり彼らは特定の女性を探しているのではないかと推測が立つ。

 被害者の女性の特徴といえば、およそ平均的な身長と腰まで伸びた赤毛の髪。平均的な顔に健康的な色の肌。リディとの共通点を探すとしたら、身長くらいのものである。

 女性はその日、夜勤の父へ荷物を届けるために城門までお使いに出ていたそうだ。

 もし王宮での仕事帰りだと犯人が勘違いしていたのなら、王宮勤めの女性がターゲットになっている可能性もある。


 けれど捜査はそこで手詰まりとなった。


 そもそもの情報が少ない上に、探偵役がリディとティナである。だからといって黙ってこのまま引き下がれるような可愛さなど持ち合わせていない二人は、今度は城下の外の事件にまで目を向けてみた。

 窃盗、殺人、トラブルなど手を変え品を変え、今度は事件が溢れ返り、まとめることすら難しい。辟易しながら情報を整理して、関連性の高そうなものを抽出するべく、的を黒装束と女性と王宮関連に絞って検索する。そしてそこで、ひとつ気になる事件を見つけた。


 国内屈指の城下の最西部に位置する貴族の通う誉れ高い学園で先日襲撃事件があった。その目撃者の情報から犯人は黒装束の長身で、リディ達が襲われたあの男達と同じ特徴を持っていた。

 唯一違う点としては、その犯人は誰かを探している素振りもなく、躊躇なく一直線に被害者の女性が狙われたということだった。

 その被害者の名前は学園側の一貫した黙秘により明らかとされてはいないが、女性は怪我を負ったものの命に別状はないということだった。


 詳しく調べに行きたい事件ではあるが、いかんせん距離がありすぎる。次の休みを利用すれば出来ないことはないが、それにはまた別の問題が顔を出すのだ。

というのも、今のティナの自由時間が脅かされ続けている大きな障害が関係する。






「こんばんわ。今日もお勤めご苦労だったね。疲れただろう。早速紅茶でも入れさせよう」

 うさんくさい笑顔で、今日も仕事を終えたティナを迎えに下女控え室へ訪れたのは、この国の王位継承権一位という、平伏す以外何も許されない天の上に位置されるやんごとなき殿方である。

 そのご尊顔が周知されていないがために、使用人の棟ではすでに馴染みの貴族扱いで、敬意は示すものの慌てたり驚いたりする者はいない。本人の希望で挨拶も許され、来るか来るかと待ち構えては用事もないのに居残りする下女も増えた。おかげで今日も夜になる頃には、下女の控室は混雑する程の人で溢れていた。


 というのも事件が起きてからこっち、終わる時間もバラバラであるにも関わらずティナが仕事を終える頃、必ず使いの者が迎えに来るようになったのだ。そして、帰宅も許されずに泊まり込みでの受験勉強へと強制連行される。3日目には決死の覚悟で逃亡を果たしたティナだったが、結局すぐに王宮の者が追ってきて、何事だと驚くイザベラに事情を説明して、王宮へと強制送還されることになった。

 イザベラにされた事情の説明で、ティナがとてもやる気でその姿勢に感化された上官の心優しい措置だと言われた時には殺意を覚えたが、イザベラに心配をかけたくないティナは騒ぎ立てたりはしなかった。とにかくその日はドナドナされて、その翌日からは迎えが狸本人になってしまったのだ。暇なのかこの国。


「いいえ。今日こそは帰るわ」

 固い意思でそう返事をするが、ハルは聞こえていないようにティナをひょいっと抱き上げる。

「今日はティナ嬢の気に入りのハーブティを用意させた。ぜひそれだけでも飲んでいきなさい」

 小さな悲鳴と共に抱き上げられたティナは、抵抗するように腕を突っ張って仰け反るが、ぎゅっと拘束が強くなるだけだ。問題のない足取りでハルはさっさと控え室を後にする。出る間際、下女達への挨拶も忘れない。黄色い声をバックにそのドアが閉められ、危なげなくティナは連行された。

「ちょっ、せっかくのお誘いだけど私イザベラお母様不足でもう倒れてしまいそうなの。どうか家に帰してほしいわ」

「なんと、ティナ嬢はその年でまだ親離れが出来ていないのか。刺激が足りない生活なのかもしれないね。私が楽しいことを教えてあげよう」

「全っっっ力でお断りするわ!帰っても勉強は出来るでしょ?っていうか、私試験を受けるなんて一言も」

「私はお茶に誘っているだけだよ。お茶請けには贅沢にバターを使用したクッキーを準備しよう。女性は夜中のカロリーが何よりも魅力的なのだと聞いたことがある」

「だから、それを断ってるのよ。試験も受けないし」

「さて、生憎もうエントリーも済ませてしまってね。一度受け付けたものを取り消すことは出来ないし、その結果によっては今の仕事にも影響を及ぼすことになるだろう。まして欠席なんてしたら、責任感の欠如だなんて理由で解雇の対象になりかねない。ティナ嬢の弱味を必死で探しているご令嬢方も多く居ることだしね」

「………っ!!!!」



不毛な話し合いに勝てた試しなどないティナは、こうして今夜も収容所へと連行されるのである。



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