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悪い職場環境が更に悪化しました

 突然降って湧いたと思われたお化け騒動は、下働きのメンバーの中では割と知れ渡っている話のようで、もともと情報通のリディの手にかかれば、数刻もしないうちに結構な量の情報が集まった。

 大体は同じような内容だが、目新しいものといえば、仕事を終えて帰路に着くような夜も遅い時間帯に、下女が通り魔に襲われた、というものがあった。

 けれど、確かに時期としては一致するが、現場は街中で宮殿内ではないことや、明らかに人が関わっていることから今回の事との関連性は薄いようにも感じられた。

 ポルターガイストのような現象においても、そもそもポルターガイスト自体、人為的なものが原因で起きるとされる説もあり、悪戯や無意識下でのサイコキネシスの可能性もある。

 お化けの可能性は低いんじゃないの、とリディに進言すると、彼女は気分を害したようにつまらない、と顔に書いて「それじゃあ、今日一日見張っていましょうよ」と恐ろしいことを言い出した。


 そもそも今日は休みではない。一日働き続けなければ終わらない下女の仕事をどうするのだと説得を試みたが、彼女の意思は固かった。

「当番制にして誰かの目があるようにすればいいんでしょ?皆不安になってるし、早い解決が肝心だわ。そうと決まればタイムスケジュールを組むわよ!」

 熱く宣言する彼女の目は完全に据わっていた。彼女を止められるものなど何もない。この世界には周囲巻き込み型の人間しかいないのかな、と思わず遠い目になるティナである。

「そうだ!霊感がある知り合いが居たわ!その子にも声をかけるわね!」

 巻き込まれる犠牲者がまた1人追加されたようだ。生き生きと二十四時間を分割し始めたリディに乾いた視線を向けながら、ティナは誰かもわからぬ相手に同情した。





 そうして始まった丸一日耐久交代監視計画。最も奇異の多い下女控室を対象とし、一人ずつ監視に入ってはその抜けた穴をペアの相手がフォローするというシステムだ。発案者が言い出したら突っ走る節のあるリディということもあり、割と反対する者もなく順調に事は運んだ。もしかしたら本当に皆不安だったのかもしれない。

 ちなみに巻き込まれた霊感保持者は、なんと運悪く夜勤明けだったらしい。

 長時間に渡る夜勤の労働を終えたと思ったら、待っていたのが下らない長時間に渡るお化け探しだなんて不憫すぎる。

 思わず同情の目を向けるとその相手はそっけなく、あからさまに視線を逸らした。腹の居所が悪いらしい。そりゃそうだとやはり同情する。


「もう、態度悪いわね!ちゃんと挨拶くらいしてよね。」

 巻き込んだ張本人は、悪びれるでもなく顔を顰めて相手を諫める超人だ。アンタこそお礼くらい言いなさいと言いたい。

「ったく、こっちはさっきまで仕事で疲れてんだよ。しょうもない問題に巻き込みやがって」

「あら、そんなこと言って良いのかしら?良いわよ私は。ネルマがこーんな小さな時におねしょがなおらなくて毎日泣きべそかいてたことを噂で回してあげても」

「ばっ!お前そんな昔の事今更ほじくりだすんじゃねぇよ」

「じゃあ、最近彼女にフラれてヤケ酒に付き合ってあげた時の話でもしましょうか?」

「すべべっ!お前本当にいい性格してるよな!」

 思わず舌を噛んで謎の呪文を発している青年に、冷たい視線を向けるリディを見ながら、リディの一番の被害者はきっとこの青年なのだと理解した。

 喧嘩のようで実は仲の良いその掛け合いはそれからもしばらく続き、そろそろ始業時間だという頃になってようやく彼の紹介を聞くことができた。


「彼は私の幼馴染で、小さい時からお化けを怖がって泣いていた、霊感もちの十八歳よ。4日ほど前に彼女にフラれたばかりで、新しい恋を絶賛募集中のネルマ=ハミルトン。ハミルトン子爵家の三男よ。あんまりお勧め物件ではないわね」

 横に並ぶネルマは色々物言いたそうにリディを見つめていたが、やがてぶすりとこちらを見ると「…よろしく」と軽く会釈した。なってない態度にリディがその頭を叩いていたが、そろそろ見切りをつけたティナは「こちらこそよろしくね」と会釈した後、二人を置いて本日の分担場所へと足を向けた。







 残念なことに、本日の担当も後宮の掃除である。

 後宮は最近特に大きなイベントもなく、暇を持て余した令嬢達の巣窟と化している。進んで行きたい場所ではなく、担当の割り振りを決める上女中が連日ここを指定してくることに、なんだか悪意を感じるティナは、けれどいつものように掃除を開始した。


「…あら、こんなところに埃がついていませんこと?まったく、毎日いらして掃除婦は何をなさっているのかしら」

「本当ですわよね。ああ、つい手が滑って水差しを落としてしまったわ。片づけをお願いしてもいいかしら?」

「それにしてもみすぼらしい恰好ね。生まれが知れるったらないわ。あら、ちょうど零れた水で綺麗になったじゃない。よかったわね。」


 案の定、さっそくティナを見かけた令嬢や侍女たちが、嫌味を飛ばしてくる中、ティナは淡々と掃除を進める。零された水差しの水は、なみなみと入っていたのか床一面どころかティナまでもをびっしょりと濡らした為、歩く度に水滴が足跡を残す。仕方がないので無言でスカートを絞っていると、こちらに水滴が飛ぶでしょう。本当にどんな教育を受けてきたのかしら、とまた嫌味が飛んできた。嘲笑がいくつも続いて、それからまた次の嫌味が飛ばされる。早くどこかへ行かないかな、と濡れた床を拭き始めた時、


「おや、ティナ嬢じゃないか。今日は後宮の掃除かな?…服が濡れているようだね。大丈夫かい?」


 上から声が下りてきた。

 つい最近聞いたばかりのその声に、どうしてここに。っていうか後宮に入って来れるってどういうことだと、まずそんなことを考えて、瞬時に思考を停止させる。これ以上を考えてはいけない。


 代わりにきゃあ、と嬉しそうな声音で侍女たちの黄色い声が上がったのを聞いた。

 そして歓声に交じって、ハロルド殿下、お久しぶりにございますね、寂しかったですわ等々と口々に甘ったるい声が続くのを、迂闊にも拾ってしまった。


(あああぁぁぁ~……)


 とうとう出てきたキーワードに、顔を覆って小さく蹲る。見るな。顔と名前を一致させたら終わりだとこれ以上動くことができなくなった。

「まあ!ハロルド殿下の御前で、なんと無礼な。その薄汚い恰好も目汚しです!はやくお下がりなさい。」

 横に避けて顔を伏せるのが正しい使用人としての態度だ。それを諫める令嬢の声に我に返った私は、慌てて廊下の端へと身を寄せると、申し訳ありません、と頭を下げる。

 そして令嬢の言葉通りその場を離れようとして、けれど手に、下から支えるように添えられる誰かの手が伸びてきて邪魔をした。

「待ちたまえ。すぐに替えの服を用意させよう。…こっちへおいで」

 やめて。全力で逃げたくなるティナである。


「まあ、いけませんハロルド殿下!そのような者に手を貸すなど、その尊い御掌が汚れてしまいますわ」

「私も、零れた水がかかってしまったようですわ。どうしましょう困りましたわ」

「さすがはハロルド殿下、なんてお優しいのでしょう。そんな下賤な者にまで気にかけて下さるなんて。あなたは勘違いしてないで、さっさと自分の巣へとお帰りなさい」


 途端に叫ぶような非難だなんだが降り注ぐ。恨み妬みの嵐にもはや青ざめるティナである。

「お気遣い恐れ入りますハロルド殿下。ですがどうか、御前を辞去する無礼をお許しください」

 とにかく頭を下げたまま、どうにか撤退しようと手を引き抜こうとするが、拘束するその手の力がぐっと強くなり叶わない。

「このっ無礼者!その手をお放しなさい!」

「お前などがハロルド殿下のその尊きお名前を口にするなど恥を知りなさい!ミクトラントリ第一王子殿下と尊厳を込めてお呼びしても、頭を垂れて平伏しても図々しいと言うのに!」


 言われて初めて気付く無礼に今度こそ血の気が引いた。動揺して思わずその名を口にしてしまっていたらしい。不敬罪で裁かれても仕方のない発言に、真っ白になった頭を精一杯下げる。

「大変失礼いたしま」

「おや、つれないね。いつものように、ハルと。愛称で呼んではくれないのかね?」

 慌てて謝罪する声に被せるように、殿下はその美声を響かせた。その衝撃的な内容を理解する前に、ショートした頭は処理をやめた。


 フリーズしたティナと同じように、取り囲んでいた令嬢達も意味を理解しかねたように先ほどまで止まる事のなかったその口をぽかんと開いた状態のまま止めた。

 けれど彼だけはその美貌を甘さを含んだ笑みに変えて、ティナをエスコートするようにして歩き始める。

 はっとした令嬢達がまた口々に悲鳴をあげ、殿下を呼び止めたが、彼は爽やかな笑顔をそちらへ向けると、また来るよ、とその場を去った。


 意識をどこかへ飛ばしていたティナは、何も考えることができないまま、まだ処理の追い付かない頭で促されるままに歩くことしかできなかった。



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