勝利と敗北
この世界には魔法が存在する
魔法とは魔力を用いて出現させる不思議な現象のことで、万能ではない。
よく魔法少女がステッキを振ったら奇跡が起きたり、コンパクトに呪文を唱えたら変身したりするがそういった奇跡はこの世界には存在しない。
自然界には魔素と呼ばれるエネルギーが存在し、それを体に取り込み変換することで熱量を得、魔法を使うことが出来るのだ。
しかしその現象はとても脆弱なもので、例えばそよ風を起こしたり、ちょろちょろと水を出したり、ほんのりと明るくなったりする程度である。
その他の方法として、これが一番ポピュラーな手段なのだが精霊の力を借りて行う魔法がある。
精霊魔法と呼ばれ、精霊の属性や力によって起こる現象も威力も変わってくる。
諸説あるが、精霊にはそれぞれ好みの魔素があり、その魔素を持つ人に引き寄せられると言われている。
そうして彼らに自らの魔素を与えて、その代償として魔法を出現させるための魔力を提供してもらういわば、ギブ&テイクの関係である。
夢もへったくれもないとか言わない。
ロマンチストでもなんでもない私にとっては実にわかりやすい関係なのである。
その都合上、傍に居る精霊によって使える魔法の属性も力も決まるわけだが
例外がある。
そう。
そうした関係を超越した、規格外な高エネルギー所持生命体が、今目の前に鎮座する龍神なのである。
龍神は魔素を必要とせず、また精霊とは比較にならない力を持つ。
なんせ仮にも神様だ。現象や法則を超越した無敵状態。いわゆるチートというやつだ。
存在自体も伝説となっていて、ただのおとぎ話や実在しない空想物であると考える者がほとんどである。
(私は居ると知っていたけど・・・。)
なんせ前世のゲームの知識があるから。
でもだからって出会えるとは思っていなかった。
物語は今から8年後に始まるわけだし。
龍神だってネタバレは更に先で、しかもそれまで存在が確認されていない設定だった。
それがこんな目の前にちょこんと鎮座してるなんて。
一体全体何がどうしてそうなった!?
私は頭を抱える。
前世の記憶だとか気づけば戦場真っただ中だとかいきなりラスボス級の出現だとか、情報量が絶対おかしい!
怒ればいいのか怖がればいいのか喜べばいいのか驚けばいいのかまったく状況が飲み込めないまま
でも、最優先事項だけはわかっていた。
目の前の龍神は驚いた顔はもうしておらず、やっぱり面白そうににやにやと私を見ていた。
私は、どうやってこの龍神を口説き落とせばいいのか、その一点に思考を切り替える。
すっと立ち上がると正面に竜神を捉え、
「ごきげんよう、龍神様。お初にお目にかかります。私ラクシュマナフ王家が第一王女、クリスティーナ=ラクシュマナフと申します。お会いできて幸栄ですわ」
お手本のようなお辞儀をして、龍神様でお間違えないかしら?と確認する
突然態度の変わった私に、龍神はきょとんと眼を大きくした
「私の名前は覚えていただかなくてかまいません。どうせすぐにいなくなる存在ですもの」
声は震えないように細心の注意が必要だった。
ぎゅっと握りしめた手は努力の甲斐もなく震えが止まらない。
気づかれないようにそっと後ろに隠した
「龍神様のお好みを存じ上げなくて、本当にごめんなさい。精霊様は魔素を欲されると学んだのだけれど。
私、今持ち合わせているものもほとんどないの。お望みならばそうね。」
この命くらいしか。
声がかすれた。
足がすくむ。龍神はゲームではただ生意気なキャラクターだった。
でも、それはヒロインの前での龍神の姿だ。
本当はわからない。どんな残酷さを持ち合わせているのかわからない。
確か、媚びる人間は嫌いだった。
だから助けを求めてはいけない。
これは交渉だ。背中をまるめるな。下を向くな。
王家の威厳をもって優雅に笑え!
「そんなものはつまらないとおっしゃるかしら?ならこの瞳はどうかしら?珍しい色でしょう?
アメジストの宝石だと謳われたこともあるの」
精一杯の虚勢だと自覚しながらも、絶対にそれを悟らせはしない。
先のわからない私に差し出せるものなどこの身一つしか思いつかない。
だけど、命を賭してでも救いたい命があるのなら
龍神はふぅん、とつまらなそうに吐息をもらす。
興覚めしたような、それでも品定めするような視線を向けていた
「何?逃がしてほしいの?」
「いいえ。」
「じゃあこの戦争をひっくり返したい?」
「いいえ。」
「俺が欲しいとか?」
「それはもうこれっぽっちもまったく」
「・・・・・・・・・・」
あ、ちょっとすねたような顔した。
思わず可愛いなぁと心の隅で和んでしまったけれど、今はそれどころではない。
「じゃあ、なんなの?」
そうして褒美を強請れと、またにやりと挑戦的な笑顔になった
「どうか龍神様。お力を貸して頂きたいのです。
この愚かな決断により起きてしまった、戦争による犠牲者を守るためのお力を」
私は、治癒魔法を得意とさせて頂いております。
誰一人として傷つけることなど望みません。どうか、癒す力を。
この戦争を終わらせ、今手の届く人々だけでも救う力は欲しいのです
その為ならこの命、捧げることも厭いません
どうせストーリーが進めばなくなる命だ。
この地獄を救う為に使えるなら本望だ
だが、そう思う別のところで言い知れぬ恐怖が蔓延っていた。
体の震えは止まっていない。
それでも笑顔だけは崩さない。余裕を感じさせる、優雅な笑顔だけは
これは懇願ではない。交渉なのだ。
「・・・・・・・・ふぅん。」
龍神はすっと立ち上がると、私のすぐ傍まで身を寄せた。
顎を持ち上げられ、細めた目はずっと私を見ている。
「ところでなんで俺のこと知ってたの?」
吐息が顔にかかりそうな距離に飛びのきそうになる
それでもぐっと足に力を入れる
「伝説と謳われるあなた様のことを知らない人間など私、存じ上げません」
そういうことじゃない、と顔を歪ませる龍神は、しかし私の一切崩れぬ笑顔に結局は嘆息ひとつ落とすだけだった。
「まあいいや。そんなに知らない人のことを助けたいの?」
「いいえ。私の世話をし、国を守り、勇ましく立ち上がった愛しき民だから、私は救いたい」
「それであんたが死んでも?」
私は笑顔のまま沈黙する。
その沈黙はいかほどであったか。
根負けしたように龍神はまた嘆息する。
はいはい、と興味が失せたように返事をすると
「――――――っ!?」
急に体が熱くなった。
まるで内側から妬け尽くされそうな熱さで、意識が遠のきそうになる。
それでも私は理解していた。これこそが、龍神様のご加護であると
そうしてカンターバラ王国に光が降った
雪という者もいれば、花弁だという者もいた
空から舞い降りたそれは、人を覆い地を覆い、触れた者は人であれ草木であれ動物であれ、すべてを癒した。
幻想的な光景の中、カンターバラ国王の首は撥ねられた。
転がった頭は、けれど苦痛に歪んではいなかった。
長き争いの終結に、勝利に、敗北に、人々は叫び、歓喜し、涙した。
なおも続く降光がその終結を彩った。
そうして戦争は終結したのである