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そして長い一日が終わる

「それで、私が困っていたらそっと手を差し伸べて下さる方が居て。そのあまりの美しさに、私は雷に打たれたようでしたわ!会場までそっとエスコートしてくださって、正直緊張と興奮であんまり覚えていませんけれど、夢のような時間でしたわ!あの優しい眼差し。洗練された所作。紳士たる振る舞い!その尊さに失神するご令嬢も多いと聞きますが、まったくその通りだと納得したものですわ!」


 早くも答えに窮した私は早々に話の矛先を殿下のどこが好きか、というものに変えた。

 最初は照れていた彼女だが、話し出せば出るわ出るわのマシンガントーク。もはやそんな人間いないとばかりに最大級に誇張された殿下の話をただただ聞かされるまま、私はどうやって切り抜けようかと途方に暮れていた。

「――がおっしゃった話では、殿下はたいそう乗馬がお得意だとかで、この前遠駆けにお出でになられた時にはそれはも――きゃあ!?」

 そんな乗りに乗った彼女の声が、悲鳴に変わる。

 突然、視界が暗転したのだ。

 

 照明が落ちた室内は窓からの月明かりで薄明るい。暗闇に慣れない目を必死で凝らして周囲を見渡すが、ぱっと見て怪しいところは見当たらなかった。

 照明が落ちただけだろうか、と思うものの何度も命の危険に遭遇したばかりの身としては警戒を解く気にはなれない。注意深く周囲に気を払いながら、とりあえずリリムに声をかけようと息を吸い込む。

 リ、と発音したタイミングで突然腕を掴まれた。わぁ、と思わず声が出る。

 走る心拍でそちらを見れば、腕を掴んでいたのはリリムだった。

 はあぁ~。安堵して脱力してしまう。けれどリリムが怯えたように震えているのに気が付いて、そっと背中に手を当てる。

「大丈夫ですか?…一体何があったのでしょう?」

 出来るだけ落ち着いた声を心がけて、リリムの背中を擦る。しばらくそうして落ち着くのを待つが、恐慌状態の彼女は訳も分からず震えるばかりだ。

 照明を戻した方が落ち着くかもしれない、と原因を探るべく立ち上がる。

 リリムを椅子へと誘導し、こちらでお待ちくださいと手を放す。けれどリリムは必死になってその手を握り返してきた。完全にパニック状態だ。


 大丈夫です。少し照明具の様子を見てみるだけです。すぐ傍におりますから、ご安心下さいね。何度も何度も丁寧に声をかけると、ようやく落ち着いてきたリリムはその手を解放してくれた。

 どっと疲れて下がった肩をなんとか後ろへ持ち上げると 、照明の魔法具へと向かい、確認する。

 魔法石を取り出すと石は軽石のようにスカスカとなっていた。これは寿命のサインである。

「魔法石が切れたようです。新しい魔法石はありますか?」

 リリルはそれを聞いて安心したように脱力すると、びっくりしましたわ、と疲れた声を出す。

 それからその隣にある小さな備え付けの台に置かれた木箱の蓋を開けると魔法石を取り出した。

「これですわ」

 そっと差し出されたそれを受け取ると、魔法具に嵌めこむ。滞りなく照明はまた煌々と明かりを灯した。


 はあぁ~、と大きく溜息を吐くリリル。

「まったく、心臓に悪いですわ」

 疲れたリリルの背中を労るように擦る。

「さっき使用した魔法石は新品ですか?まだ使い始めてからそんなに時間も経っておりませんよね。魔法石の持続時間はこんなに短くなってしまっているんでしょうか?」

 リリムは一つ頷くと調子を取り戻したのか、けれど少し青白くなった顔で話し出す。

「そのようですわね。私もいつもは侍女が世話をしてくれてるので盲点でしたわ。確か、お父様も魔法石のお仕事をしていらっしゃるんですけれど、一度聞いてみても良いかもしれませんわね。と言っても、ご多忙のお父様に会えるのはいつになるのかわかりませんけれど。確か、今夜もお仕事でーーー」




 王宮で使用する魔法石は少なくとも二刻はもった気がする。イザベラお母様も、一晩に魔法石一つしか使用しないと言っていた。

 使用時間まで覚えていないが、すくなくとも一刻以上は効力が持続していた気がする。


 劣悪版?


 ふと浮かんだ単語に眉根を寄せる。

 今以上に多くの混ぜ物をして、魔法石の効果を落としているのだろうか。けれど、足が付くとこれ以上の混ぜ物を嫌っていたはずだ。その話を聞いたのもつい先ほどのことで、既に劣悪版があるのは矛盾する。

 けれど、この魔法石は確かに弱小化している。他の思惑が絡んでいるのだろうか。

 そうだとして、一体何のメリットがあるのだろう。

 コストの削減は見込め、量は売れるようになるかもしれないが、その分単価は安くなる。交換の手間が増えて面倒になるし、廃棄する魔法石の屑の量も増える。貯蓄しなければいけない魔法石の量が増えればその置き場所だって拡大しなければいけなくなる。

 メリットを探しているはずなのに、出てくるのはデメリットばかりだ。

 道理が通らない時には命題を疑え。

 劣悪版の魔法石がメリットを生み出すわけではなく、それが横行することでメリットが生まれる?

 そもそもデメリットこそが目的?なんのために?


 一体利益を得るのは誰だ?


 いくら考えても想像の域を出ない答えに、そっと嘆息して私は思考を止めた。






「大変恐縮にございますが、リリル様」

 いつまでも止まらない話を遮るように声をかけると、リリルはようやくきょとんとして言葉を止めた。

「リリル様のお父様の素晴らしいお話はとても参考になりました。…ですが非常に残念ですが、そろそろ時間切れのようです。楽しい時間をありがとうございました。またぜひお話をお聞かせ下さいませ。」

 そしてお手本のような礼をする。

「こちらのランタンもいつ効果が切れてしまうか些か不安でございます。もしよろしければその魔法石をおひとつ私にも分けてくださいませんか?」

 聞くとリリルは快く魔法石をひとつ手渡してくれた。


「あまり殿下のお話ができませんでしたわね。残念ですわ。次は是非、殿下ともお会いしたいものですわね。クリスティーナ様、ご協力どうぞよろしくお願いいたしますわ。」

「了解いたしました。私にそのような大役務まるとは思いませんけれども、努力はいたしますわ」

 いや普通に無理だけどね。どうしよ。

「あら?どうして?そういえばクリスティーナ様はどういったご身分の方なのかしら?」

 こてりと首をかしげるとリリルは頭の引き出しを開け始める。

「チャルチシュヴァラ様……存じあげないわ。こちらの国の方ではなありませんの?…うん?チャルチシュヴァラ様。何やら聞き覚えがある気がしますわ。」

 そうしてぱっと豆電球を点灯させる。

「そうですわ!チャルチシュヴァラ公爵様ですわ!!確か名前だけは習いましたわ。貴族図鑑に名前を連ねるものの、パーティーやまつりごとはもちろん、すべての貴族が集う王の継承式や王女のお披露目祝賀パーティーにも参加されない、謎多きお方!」


 わー。あの悪魔公爵ときた。

 そりゃ人前に出たくないだろう。あのお子様なビジュアルで公爵とかどう考えても馬鹿にされるだけだし。

 失礼な感想を抱きつつ、私はまた地雷を踏みつけたのかなとさっきから余計な情報をばしばしと全力投球してくる侯爵令嬢に温度のない乾いた視線を送った。


「あなたのようなご家族がおられましたのね!次はチャルチシュヴァラ公爵殿下のお話も是非お聞きしたいわ。謎に包まれた噂の多い殿方ですのよ。お茶会でも皆さまご興味を持たれているようで時々思い出したように話題に上がったりしますのよ。とても素敵な方だとうかがいますが、実際にお会いしたことのある方には今までお会いすることはありませんでしたのよ」




 目を輝かせて次のマシンガンを発砲する令嬢から一刻もはやく逃げようと、私はごきげんよう、とその場をそそくさと後にした。








 茶葉の話も滞りなく終了し、暇を告げるハルを名残惜しそうに何度も引き留める夫人を邪険にするわけでもなく、まるで自らも別れを惜しむように甘い言葉を囁いて、私達は漸く屋敷を後にした。


 夫人は気にも止めていなかったが、途中から姿を消したユリウスとクレア、更に言えば帰りの遅かった私に不信感を持ったのか、執事は帰り際声をかけてきた。ユリウスはさっさと馬車に戻っていたため、クレアはすっかりどこかに行方不明となったため、客間に戻ってくることはなかったのだ。


 体調不良でセリウスは先に馬車で休んでいる。彼も夫人に会うのを楽しみに無理を押して来ていたのだが、それが祟ったのだろうとハルは淀みなく答える。ついでに、美しいマダムに一目でも会いたくなる気持ちは想像に易いものだがね、と甘い言葉も添えられていた。


 途端に私の帰省本能が爆発したのは言うまでもない。


 クレアはとても内気な性格でね。今回の訪問にはあまり乗り気ではなかった。更に誘ってくれた兄貴分であるユリウスが体調を崩したことをどうしても捨て置けず、失礼にあたるとは思ったが共に馬車へと戻ったのだとやはりすらすらと説明していた。

 まぁ、私としてもマダムと他の男を引き合わせなくて済んで実はほっとしているのだよ、と以下略。

 早く帰らせてください。


 執事は未だ怪しむようにこちらを観察していたが(まぁ、私でも疑う。だいぶ黒に近いグレーではなかろうか)夫人のお気に入りである客人に不躾に物を言うような教育はもちろん受けていない。


 こうして私達は帰路に着いたのだった。

 本当に長い一日だった、と疲れきった体をもはや体裁も整える必要もないとばかりに、クッションに顔を埋めて休む。



 ゴトゴトと揺れの少ない馬車に身を委ねる私が、サリーの結婚パーティーの存在を思い出すのは王宮に着いてからのことである。




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