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一問一答

 採掘の街エレマは採掘の山、イツラウス山脈の麓にある。人口300人未満の小さな街で、食堂を兼ねた宿泊施設があるほかには、いつくかの小さな店舗があるくらいだ。採掘の街ならではのむさ苦しい男たちが早朝に街を出て仕事に行き、都会よりも早い日没に合わせて帰路につく。

 街が宵に沈む頃には食堂の灯りが煌々と灯され、男たちの笑い声が溢れかえる。

 贅沢は出来ないが、日々の生活は送れる。そんな日々を人々は愛した。

 今日もそうして過ぎようとして、けれどそんな街道をいつもは見かけない、豪奢な馬車がガラガラと走り抜けていった。

 貴族のものだと一目でわかるその馬車は、領主の住まう街一番の豪邸へと続く道を走り抜けていった。






 その、三時間前。


「さて、時間は有限だ。下らない話はこれくらいにして、本題に移りたいのだが」

 そう切り出したのはこの中で唯一初対面の男だ。実に建設的な発言だと思い、私は頷く。


 男の目にまっすぐ見つめられるだけでなんだか据わりが悪い気分になるのはどうしてなのか。

 なんとなく不自然にならないように視線を逸らせて、備え付けられていた窓へと行きつく。差し込む日の低さと朱と藍の混じる空に、宵が迫ってきているのだと認識する。

「お互い、聞きたいことは山ほどあるだろう。そうだな、一問一答形式で話を進めようか」

 声がして視線を戻す。絵画のように完成された笑顔は、それだけで女性を落とせそうなほどに魅力的なものだった。こうして彼は人を操るのだろうかと、なんとなく食えない男の本性を探るように私は目を細めた。



「セレナは無事なの?」

 レディファーストでいこうという彼の提案によって、質問権を得た私が最初に口にしたのはここに一緒に居ない伯爵令嬢の安否だ。

「彼女は無事だよ。君が起きる前に学園まで送り届けてきた。彼女がはぐれてから大慌てだった教師達はさておき、事情も知らず学園で待っていた教師たちはそれはびっくりしていたものでね。少し笑ってしまったよ。…全身傷だらけだったが、大きな怪我もない。その点においては心配しなくていい。」


「では、私の番だ。君の名前は?」

 そうして質問権が移行する。時間が有限だと言った男は、しかし何も焦っていないように重要でもなんでもないような質問をした。

「私の名前はティナよ。平民だから名字はないわ。」

 早く話を進めたい私は、早口で簡潔に返答した。


「どうして私達は助かったの?」

「さて、どこから説明しようか。」

 男は勿体ぶるように手を顎に当てると、ふむ、と呟き考える素振りをする。

 いちいち余裕をみせるその動作に、こちらは焦燥が募る。彼の思惑に乗せられているのだろうか。

「私はもともと魔法石について色々調べていてね。今回もその一環でここに来ていた。ああ、クレアに会ったのはたまたまだよ。彼は彼で別の思惑があったのかもしれない。それで、ちょうどナハル殿を見かけたものでね。話を聞こうとしたんだが、その前に声が聞こえた。複数の声がね。最初はどこから聞こえてるのかわからなかったんだが、よくよく調べれば声は壁の向こうから聞こえていてね。しかも足元近くにはおあつらえ向きにいくつかの穴が開いていた。誘われるように覗き込んで、君たちを見つけたというわけだ。」

 そこで男は一呼吸置いた。

「悪いとは思ったが、しばらく盗み聞きさせてもらったよ。それで、ティナ嬢の知っている通り、爆発が起きた。原因は発砲時の火花が可燃性の毒ガスに引火したことだ。

爆発はなかなかに大きなものでね。壁を吹き飛ばして洞窟の一角は完全に崩壊した。普通に考えて即死だろうね。君達は運が良い。爆発のおかげで毒ガスを致死量まで吸い込むことはなかったし、いつもは無関心のクレアが、気まぐれに手を貸して防壁に守られたのだから。」

 意味を飲み込みかねて男を見ると、再度男は言い直してくれた。

「彼の得意魔法は風魔法でね。彼の生み出した風の防壁が爆発や瓦礫から君たちを守ってくれたんだ。まぁ、間に合わなくていくらか怪我はさせてしまったみたいだが。あとでクレアによく礼を言っておくことだ。私の知る中では、クレアが手を出すのなんて十年に一度あるかないかだ。と言ってもセリウスに関して言えば何も手出ししていないがね。仕方がないので私が助け出したのだが、おかげで彼が一番の重症だ。…いや、一緒にいたラウリニス侯爵の手の者は皆瓦礫に埋まってしまったね。捜索はさせているが、生存は絶望的だろう。」

 一つ解決すれば疑二つ以上の疑問が浮かぶ。セレナは気になる疑問をけれどあえて飲み込んだ。好奇心は猫をも殺す。深入りは避けたい。


「それじゃあ、次はティナ嬢が視察で知り得た情報を教えて貰おうか。」

 そうして次に出た質問は私にとって少し戸惑う内容だった。

「…私の知り得た情報?」

 果たしてそれは口にしていいものなのだろうか。ちらりとチャルチシュヴァラ卿の方を見れば、彼はセリウスに何かを言ってからかっていた。あの二人の関係も謎よね、と考えて、けれどどうでもいいことだと思い直す。

「あぁ、クレアのことは気にしなくていい。私達は協力体勢を取っていてね。それに、セリウスからも情報を回してもらっている。新しい情報があれば僥倖だが、情報の信憑性を高めるための質問だよ。」

 笑う男は信じていいのか疑っていいのかすらわからない、得体の知れなさがあった。本性が見えず、焦燥がまた募る。

 逡巡するが、クレアはこちらを気にもとめていないし、秘密にしろと言われた訳でもない。そもそもよく考えれば私が彼の事情を心配する必要なんてこれっぽっちもないはずだと思えば、自然と口は軽くなった。



「…そんな大した内容なんてないけど。」

 そう前置きして、見聞いた話を簡単にかいつまんで説明した。彼にとってもそれほど目新しい情報はなかったのだろう。感情も見せずに頷いていたが、魔法石の混入物と横流しの件においては確証が取れたと目を細めた。


「次は私の番よね。セリウスって何者なのかしら?私、殺されかけたんだけど罰することって出来るのよね?懲役50年くらいが妥当だと思うのだけれど、罪に処することって可能なのよね?」

 一点の曇りもない、真剣な目をしていたと思う。私の中では三番目くらいに重要な問題だ。あんな目に合わされて、実は味方で無罪放免でしたとか言われた日には私こそがナイフを持って彼に夜襲をかけかねない。

「セリウスがティナ嬢を襲ったのかね?…ふむ。いやなに、彼は任務遂行のためなら酷く冷酷な人種でね。躾がなってなかったようだ。すまない。彼には私から何か処罰を与えておくこととしよう。」

 彼は軽い調子でそう言った。

 正直納得いかないが、けれどここでごねても仕方ない。厳重な処罰をぜひ期待しておくことにする。


「それでは次は私の――」

「いいえ。まだだわ。彼の正体は結局何なのか聞いていないもの」

 そうして次の質問へいこうとした男に私は制止をかける。


 男はきょとん、と私を見て、笑みの種類を愉快さを含んだものに変えた。

「ああ、そうだったね。セリウスは私の部下だよ。正式には交渉官の一人で、セリウス=アムルピオス。それすら偽名だがね。彼はその中でも非合法諜報部に所属している。つまり、その存在は国家レベルの機密に相当するといって過言ではないわけだ。今回は3カ月間の予定で潜伏捜査中だった。」


非合法諜報部スパイ!!!

そこまで詳しい説明はいらなかった!地雷を踏んでしまった!!


 慎重に質問を選んでたつもりなのに、追及してはいけない藪をつついてしまったと私は激しく後悔する。

 彼が一度茶を濁そうとしたのには意味があったのだ。

 浅慮な自分を呪いたい気持ちで、「どうしてそんなトップシークレットをこんな矮小な私に言ってしまったの…」と呟くと、「続けての質問はルール違反だよ」と一蹴されてしまった。

 こいつほんと食えない狸だ。


「じゃあ、次は私の番だね。」

 そうして男は、これこそが一番聞きたかったことだというように、今まで張り付けていた笑顔を陰険なものへと変える。

「私とクレアは生まれた時から、20年来の付き合いだ。彼の人となりを私はそれなりに理解していると自負しているし、彼も私のことは憎からず思ってくれていると思っている。仲は悪いものではないだろう。けれどね、ティナ嬢。私はクレアが何かに執着するのを見たことは一度もないんだよ。二十年間、一度も。そんな彼が、わざわざこんな僻地まで足を運んだことに驚きを隠せなかった。そして彼は、君たちを風の防壁を作って守った。その意味がわかるかい?」

 私としては、呼んでもないのに出てくるイメージの強い彼だ。男の話はにわかに信じがたかった。

 けれど男の目は真剣だ。嘘を言っているようには見えない。

「君とクレアは一体どういう関係なんだろうか。下女であるティナ嬢が、クレアと一体どこで知り合うことができたのかな?」


 男の質問はひどく鋭い刃のように私の心臓に突き刺さる。

 私の核心に関わる質問だ。慎重に言葉を選ぼうとして、けれど今度こそ答えに窮する。

「……前に、街で。絡まれていた時に助けてもらって。それで…」

「以前にもクレアが人助けをしていたと?…ふむ。ますますティナ嬢に興味が湧いてきそうだ。」

 男は驚いた後、マジマジと私を見た。

 私は苦虫を噛み潰す。

 一手目から間違えた。どう転んでも分の悪い話題だと舌打ちしたいのを堪える。

 助けを求めるようにクレアの方へ視線だけを移すと、セリウスで遊んでいたはずの彼は楽しそうにこちらを観察しているのが見えた。

 その目も苦手だ。すぐに目線を逸らす。

 結局どこに視線を定めればいいのかわからず、迷いを隠しきれないまま目が泳いだ。

「彼が人助けをした理由なんて私にはこれっぽっちもわからないわ。私は貴方のように長い付き合いでもないし…」

 声だって震えてはいないが、しどろもどろでしか言葉を紡げない。もうそれだけで精一杯だった。

 けれど相手は余裕を隠しもしないでそんな私から目を離さない。

「ティナ嬢から見て、何かクレアが興味を持ったように見えたことはなかったかね。何かおかしく感じたことでもい――

「はい、ストップ。」

 そんな私達の間に割り込んだのはあどけない声だ。

「あんまティナ虐めないでくれない?ハル」

 軽く弾むような、気の張らない声。それに酷く安心感を覚えるなんておかしい。


 にっこり笑ったクレアにハルと呼ばれた男は黙り込んだ。そして少し何かを思案して、

「それではこの質問はここまでにしておこう」

 得体のしれない笑顔に戻った。



 助かった。私は安堵の息を吐いた。




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