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苦手な雨音

雨が降っていた。

ザーと大きな雨音がして、曇天だけが見えていた。

雨の染み込んだ体は冷たく、錘のように指先一つ動かない。

空腹を訴える胃袋はもう鳴く元気すらなかった。


死ぬのかな。


ぽつりと思ったのはそんなことだ。

まるで他人事のように頭のどこかでそう思い、けれどなんだかどうでもいいことのような気もした。


 顔を叩きつける雨がただただ不快だった。

 けれど、何かを洗い流してくれるような気もして、だから雨に打たれるのもいいのかもしれないと思った。

 けれどすぐにどうでもよくなって、最後に疲れたな、と目を閉じた。


 もう三日は水以外何も口にしていない。

 その前にとれた食事だって芋の蔓とか、ニンジンの切れ端とか、ろくなものじゃなかった。

 離宮でただ出されるがままに食べていた豪華な食事を思い出すと勝手に涙が零れ出た。


 人の悪意はまるで全てを喰らい尽くすみたいに何もかもを根こそぎ奪っていった。

 自分が見ていたのはなんと小さな世界だったのか。後悔してももう遅すぎた。

 子どもだからとか女だからとか、言い訳にしていたそれはただの弱点でしかなかった。

 奪われるままに奪われて、虫のように簡単に捨てられる、ただの弱者でしかなかった。

 指の一本も動かせなくなるくらいに散々こき使われて、その報酬はたった一つのパンに消えた。


 なんて生きにくい世界。

 なんて残酷な世界。


 けれど、もういい。

 もうどうせここで、終わるのだか――


「あんた、大丈夫かい?こんな雨の日にそんなとこで寝てたら風邪ひくよ。」


 声が聞こえたような気がした。

 そういえば、顔を叩く雨がいつの間にか消えている。雨が止んだのかと見上げればそうではなかった。

 ぼんやりと何かが見える。見知らぬ女性が傘を差しだしているのだと、気付くまでに時間がかかった。

 先ほどの声は、この女性からだろうか。

 持ち上げるのも億劫な瞼をぐっと押し上げて女性を見た。


「うちにおいで。温かいスープくらいならご馳走してやるよ」


 女性は慈しむような笑顔でそこにいた。






「…イザベラ、お母様」


 ふと、自分の声で目が覚めた。

 そうして夢を見ていたのだと思って、けれど何の夢だったか忘れてしまった。

 最近夢見が悪い気がする。あまりすっきりと目覚めることがない。

 

 痛む頭で見えたのは、見知らぬ天井だった。

 一体ここはどこだろうと、ぼんやりした頭で考える。

 ゴトゴトと音が聞こえて、時々ガタンと大きな音がなると振動が大きくなった。


 揺れてる?どうして?

 次に浮かぶのはそんな疑問。

 なんだか揺りかごにいるみたいで、起きたばかりなのに眠気に誘われる。

 何をしていたんだっけ?と考えて、そういえばリディが私を見つけて怒っていたのを思い出す。

 …いや?違う。それは謝って確か許して貰ったはずだった。


 思考はするすると進んでいく。サリーが結婚すると言ったのを思い出した。

 サリーは王宮勤めが長くて、だから時々騎士団の団服の回収をしていた。

 団服自体はとても取り扱いが難しいものだから、私達の服みたいに一度に洗ったりしないで、専門の薬師のところまで持っていって、染み抜きやら頑固汚れ落としやらを依頼する。

 それから私達でもう一度一枚一枚を丁寧に洗浄して、最後に繕ったり、ボタンを付け直ししたりして完了する。とても長い工程があって面倒な仕事だけど、サリーが率先して行っていたのは、意中の人がそこに居たからなのだ。

 私はまだ会ったこともない人だけれど、サリー曰く、強くてかっこよくて部下思いなんだとか。

 思わずゴチソウサマと言いそうになったけど、幸せそうに話すサリーがとてもかわいく見えた。


 それで私も結婚をお祝いしたくなって、パーティーを計画して。

 それで、それが唐突に――――。



 ぱっと、次に浮かんだのは青銀の長髪。

 それから意地悪そうに笑う顔。金色に輝く、大きな瞳。小さく噤んだ唇から紡がれる、幼さの残る声。


 わざとだよ?




「あああああーーーーー!!!!」

 思わず湧いた怒りの感情に理性が間に合わずそのまま声を出してしまった。


 そして現状を思い出す。

 採掘ツアーに参加して、遭難して、魔法を使って、命を脅かされて。

「っ!!セレナは!!?~~~っ!!!」

 慌てて起き上がろうとして、全身を走る激痛にそのまま力なく横たわる。

 痛みの中、そういえば爆心地に居たはずだと思い出し、今度はどうして生きてるのだろうと疑問が浮かぶ。


「…びっくりした。もっと静かに起きれないわけ?」

 そんな私に幻聴が聞こえた。ズキズキと痛む体に鞭打つような嫌な声だったので脳が拒否する。

 つまり何も聞こえなかった。


「ちょっとお使い頼んだだけなのにボロボロじゃん。何をどうしたらそんなことになるんだか。」


 幻聴はよく喋る。

 どうせならイザベラお母様とかリディの幻聴がいい。他の誰でもいいけど、この幻聴だけは勘弁して欲しい。


「大体俺、加工場も見て来てって行ったのに、まだ全然採掘場に居るとかさ。お使いすらまともにできてないないじゃん。しっかりしてよね」


 満身創痍で頑張った私にこんな辛辣な物言いするなんて、ますますアイツみたいな幻聴。ほんと勘弁。


「やっぱお姫様には難しすぎるミッションだったかな。本当に使えない……ねえ、ちょっと聞いてるの?」


 どこまでもムカつく幻聴は、とうとう私の顔を覗き込んだ。顔に、さらりと絹糸のような青銀色の髪がかかる。


「だあああああーーー!!!」

 ごつーんっ!!


 体の痛みも無視して全力で起き上がると額が悪魔の顔にクリーンヒットした。

 悪魔に一矢報いた私はもう思い残すことはないと心から晴れやかな気分になりながらも、尋常じゃない痛みに両手で額を押さえながら背中を丸めて身悶えた。

 不意打ちの攻撃に顔面をやられた声の主も同じようにしてうずくまっており、私達はしばらく言葉もないまま、小刻みに震えていた。




「………何やってんだか」

 第三者の声が乱入した。

 未だ涙目のまま、目線を上げると呆れ顔のセリウスと目があった。

「セリウス!!」

 セリウスも爆発に巻き込まれたはずだ。爆風に飲み込まれる感覚は簡単に忘れられるものじゃない。

 けれど私は生きているし、セリウスも生きている。なんでだろ、と首をかしげる。

「あなた、どうして生きてるの?」

「生きてて迷惑みたいに言うな。そしてそれは聞くな。ティナこそ無事でよかったな」

 セリウスは心底嫌そうな顔で言葉を濁し、大きな手をすっと伸ばすと私の頭をポンポンと撫でた。


「ふむ。どうして私に助けてもらったと、正直に答えないのかね?」


 そして更に投下される誰かの声。

 この声に関してはまったく心当たりのない声だった。

 びっくりして見渡すとセリウスの腕の向こうに優雅に足を組んで寛ぐ男性の姿が見えた。


 セリウスよりも薄い色の金髪に、切れ長の緑がかった碧眼。しっかりとした骨格に筋肉質な身体。すっと通った高い鼻に凛々しい眉。薄い唇は今はそっと結ばれており、逞しい腕が頬杖をついてその顔を支えていた。

 美形だ。


 そろそろ飽きた。面白い顔が欲しい。

 乙女ゲームに無茶振りしながら、私は男を観察する。

 男は胡散臭い笑顔を向けるとやぁ、と手を上げて挨拶をしてきた。

 どうしていいかわからず、私は会釈で返した。


「嫌われたもんだね」

 楽しそうに笑うチャルチシュヴァラ卿に、意外な顔をするのは先の男だ。

「それはおかしい。私はセリウスを目に入れても痛くないくらい可愛がっているというのに」

 それに苦虫を噛み潰したような顔をするのはセリウスだ。

「冗談じゃねえっすよ。連日徹夜で事務処理させたり、国境付近までとんぼ返りで密書届けさせたり、スラム街一か月軟禁生活をさせたりって可愛がってるって言わねぇっすから」

「有能な部下が居て、私は本当に幸せ者だよ」

 にこりと笑うその男は、どうやら食えない性格のようだ。関わり合いになりたくない。

 というか、何その鬼業務。


 …ん?あれ?

 なんだかこの状況おかしくないか?とようやくそんな疑問が浮かんだ。

「ちょっと待って。セリウスって何者?私達って敵同士じゃなかったっけ?っていうか皆顔見知りなの??ちょっと私理解が追い付かないんだけど」

 一度湧きだした疑問は次々と留まることなく増えていく。ぐるぐると混乱しながら、先程命のやり取りまでした仲の相手と仲良く同じ空間に居ていいのかと頭を抱える。

 三人の内、二人ははきょとんと顔を見合わせ、残るセリウスは視線を彼方へ飛ばす。あー、とぼやいてぽりぽりと人差し指で頭を掻くと

「なんだ、セリウス。まだ自己紹介もしていなかったのか?」

「っていうか敵ってどういうことかな?ティナに何かしたって認識で間違ってない?」

 呆れた様子の男と何故か影を濃くした悪魔に口元が引きつる。

「あ、いや。違うんすよ。色々、ほんと色々あって、誤解が重なっただけなんす。マジで!ちょっとした行きに違いと言うか…」

「………へえ?」



 チャルチシュヴァラ卿のブリザードってほんと寒いよね。


 まったく内容は飲み込めないまま、凍りついていくセリウスに私は両手を合わせた。南無。





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