Let sleeping dog lie.
「わしらの雇い主は他におってな、魔法石の採掘の他に、採掘夫とその周囲の監視もやっとるんよ」
聞いてもないのに教えてくれる親切な男は、やっぱり呑気な様子で私を見た。
先ほどまで状況も忘れて喧嘩していた私は、ちょっと申し訳ないなと反省したので、話をちゃんと聞いてますよと何度も頷いてアピールした。
それに気を良くしたのかは知らないが、男はやっぱり聞いてもいないのに話を続けて教えてくれる。
寂しがり屋さんだろうか。
「雇い主はえらい厳しい人でなぁ。一日も欠かさず報告しなだめやけぇ、なかなか大変や。監視の条件は、不審な動きはないか。秘密に触れる者はおらんか。ちゃんと働いてるか。密告者はおらんか。と言ったところやけ。今日なんか特に、取引がある言うてたけぇな。厳重に見とけってそれはきつく言われてたんよ」
不穏な言葉しか続かなそうな話だ。これ以上聞いたら死亡フラグが立ちそうである。
「あの~」
そっと話を遮るように挙手したら、それに気付いた男の一人がなんや?と聞いてくれる。私は話を止めるべく提案する。
「この話やめましょう。外に出ましょう。セレナを離しましょう」
どきっぱりと言うが、男はやっぱり呑気に笑う。
「ごめんやけぇそれは出来ん。この姉ちゃんもアンタもその兄ちゃんも、見たらあかんもん見てしもうたみたいやけぇな」
そしてまるで子供に言い聞かすみたいにゆっくりした話し方で、交渉を決裂させた。
「…見たらいけないものって?私達は別に何も見てないわ」
けれど納得などできない。解決の糸口を必死で探す。
「そんなはず無いわ。あんたらが抜けてきた道は、そもそも発掘禁止や嘘ついて人を遠ざけてたところやし。光の部屋見てしもたんやろ?」
「光の部屋って…さっき言っていた、光る鉱石があった部屋の事ですの?」
「そうや」
「あれの何がいけないの?」
「あ、俺あんま見てない。ほんと一瞬だけしか見てねえや。俺関係ないおっちゃんら俺だけでも帰っていい?」
すかさずセリウスが何か言ってる。全力で無視されてるけど。
「まあ聞き。姉ちゃん、フェアリーストーンって知ってるけ?かつて妖精を閉じ込めたとされる石や」
「知らないし聞きたくない。いい。説明しないで気持ちだけで充分」
即座に手を耳に押し当てると耳栓を作る。が、関係なしに男は続ける。やめて!
「妖精っていうんは昔はようけ居てたらしいわ。特に繁殖してたんがメディルセオ文明の時代や言われててなぁ。権力者はその力の象徴として、妖精の輝きを欲しがったんよ。妖精はすばしっこぅてな。万が一捕まえられても捕縛し続けるのは叶わんかった。それをなんとかしようって石に埋め込んだんがフェアリーストーンの始まりとされとるんよ。」
男は簡単に言うが、妖精を石に閉じ込めるなど神をも冒涜する行為ではないだろうか。
あーあー言いながら両耳を手でバシバシと叩いている私にはまったく聞こえていない話ですけど。
「その石が見つかったらなんだっていうんですの?」
幾分か低くなった声でセレナが問う。
それに危機感が増すのは私である。
聞いちゃったよセレナさん。あーーーー!!とボリュームを上げて抵抗する。
「フェアリーストーンは魔法石と比べたら魔素の量も劣るし、輝きも微弱や。そんなに注目されんかったんもそのせいやろな。けど極めて毒性が強いんよ。うまいこと加工したら毒ガスがようけ作れる。」
だからそれ言うメリットってなんなんですかね。恐ろしいキーワードばかりが並んでいく度、どんどん視界が暗くなる気がする私である。
「毒ガスは国どころか大陸レベルで禁止されてる化学兵器やけ。その材料となるフェアリーストーンもあるだけで罪に問われるんよ。わかるけ?あんたらがなんも知らんまんま口を滑らせただけで、ここにはぎょうさんの調査員が派遣されてしまういうことや」
「そんな石!一体どうなさいますの!?あっても害にしかならない石ならばさっさと国に報告して廃棄してしまえばいいんですわ!」
そしてどんどん沼に入っちゃうセレナお嬢様。バカもうそんなの悪党本人に聞いたら危険リスクがあがるだけなんだってば!
「それが、あるところではこれは爆発的に高額で売買がされるんよ。欲しい人からみたら宝の山なんやけ。コレクターなんてのもおるんよ」
「悪趣味なこったな。…それで、その取引先っていうのは?」
先ほどまで黙り込んでいたセリウスまで泥船に乗り込もうとしている。
その先は溺死だよ!
「ちょっとそれはわしの口からは言われへんけぇごめんなぁ兄ちゃん。それで、事情はわかってくれたやろか?」
兄ちゃんは知らんけど私はわからないよ。なんせ聞いてないから。あーあー!お暇して良いですか?
「姉ちゃん、なんでこんな内情を全部話したかわかるけ?」
男は私にその冷たい視線を合わせた。
そろそろマジでだめな雰囲気になってきた、と私はセリウスの後ろに隠れる。
男の視線が追いかけてくるが、完全にセリウスを盾にした私はその視線から逃げ切った。
「私なんにも聞いてませんのでわかりません。」
そして抵抗を続ける私に向けられる可哀想な目を見事回避した。
「なんにも知らんまんま死ぬのは可哀想やなって思うたんよ」
セリウスの壁の向こうから、男ののんびりとした声が聞こえた。
それにも無言を通したら、男はやがてひとつ息を吐く。
「まぁ、無駄話はこんなもんにしよけ」
そして、懐からそっと銃を取り出した。
(――――!!!)
思わず息を飲む音が二つ。
鈍く光る銃は、ただそれだけで場の空気をピりつかせた。
けれど、それを持つ男はやはりのんびりと息を吐く。
緩慢な動作のまま、その手を持ち上げると、
最初に銃口を向けられたのは、セリウスだった。
「ちょっと待て。こんなとこでそんなもん撃ったら下手したら崩れるだろうが」
セリウスはつまらなそうに半眼となったまま、冷静な声で指摘する。
銃に怯えもしない様子に男達は目を見開いた。
その後ろに隠れる私は、彼の服をぎゅと掴んだ。みすみす目の前で撃たれるのを見てなどいられるものか。屈むか、飛びのくか、突っ伏すか 。果たしてそれが間に合うのか。銃弾の避ける方法をまとめられないまま焦る私の横を、カナリアが飛んだ。
そのカナリアの羽音に心臓が飛び跳ね、どっと汗が噴き出した。カナリアの羽音だったと理解が遅れる。はっ、と短く息を吐き出して、ふと頭の隅で先の疑問を思い出す。
足りない、もの。
なにが?何が足りないんだろう?
「こんなタイミングで案内係になった自分を恨むんやなぁ兄ちゃん」
「兄ちゃん入ったばっかりやったのになぁ。残念やわ」
「ちょっと!待ちなさい!私の目の前で人殺しなんて許しませんわ!!」
慌てるセレナに対して、狙われているはずのセリウスは静かなものだった。いつの間に取り出したのかその手にダガーを握りしめ、つまらなそうに銃口を見ている。
「姉ちゃん安心しい。すぐに同じとこ行くんやけぇな」
「っ!!冗談じゃありませんわ!!」
のんびりと答えた男に弾かれるようにセレナが反発する。とうとう体までじたばたと抵抗を始め、上に乗る男は慌ててそれを押さえつけた。その加減のない力にセレナはぐっと呻いた後、絞り出すような声で叫ぶ。
「私は死ねませんのよ!大切な人を悲しませるような事はこの命にかけていたしませんわっ!!」
そして仰け反るようにして男を振り落とそうとする。足をばたつかせ、体を揺さぶり、拘束された腕に力を込める。全身で暴れるセレナに男達は更に慌てる。
「おわっ!?姉ちゃん暴れるなや!このっ」
「きゃあっ!!」
そして余裕を失くした男は、手荒くセレナの髪を引っ張り、もう一人の男が首元に添えていたナイフを見せつけるかのように勢いよくセレナの目の前に突き刺した。
けれどセレナは止まらない。暴れた反動で出来た首筋の赤い線から、ジクジクと痛みを発し、赤い滴が垂れる。
振り落とされまいと足に力を込めた男は、次の瞬間、飛びかかるようにしてタックルを繰り出した私と衝突する。
不意打ちでの勢いのあるタックルに踏ん張りきれず、男と私は後方へと転がった。
突然体の軽くなったセレナは、その隙を見逃さずナイフと反対側へ転がると素早く起き上がって距離を取る。
それを追いかけようと男が飛び出すその目の前を、黄色い小鳥が通過した。バランスを崩した男は小さな悲鳴と共に尻もちをついた。
「…このっ!!」
抵抗を始めた私達に苛立ったように舌打ちをすると、男は手中のそれを再度構える。
銃口を私へと合わせるのと、引き金に指をかけるのと、指がピクリと緊張するのがスローモーションのようにゆっくりと見えた。
そして浮かんだのは、イザベラお母様だ。
娘を失くしたと寂しそうに笑った、なにものからも守りたいと強く思った優しい顔。
アンタが来てくれて、また毎日が楽しくなったんだ。アタシに幸せをくれたのはアンタだよ、と頭を撫でてくれた穏やかな笑顔。
これ以上彼女から何も奪わせたくないと、衝動にも似た気持ちが胸を突く。
死にたくない。死ぬわけには、いかない!
瞬間瞬間を切り取るように時間が経過する。
男が引き金を引く寸前に、カナリアがまた目の前を飛んだ。羽ばたきの瞬間までゆっくりと動く。
そしてそのカナリアが通過するより早く、ふと違和感の正体に気付いた。
そうだ、カナリアは、
鳴いていなかった。
力の限り、横へと跳んだ。カナリアがその前を横断し、そして銃弾が放たれる。
ドゴオオオオーーーーーーン!!!!!
腕に焼き付くような激痛が走るのと凄まじい爆音と共に大爆発が起こるのは同時だった。
寝た犬は起こすな。
面倒なことはそっとしておくのが吉ですよー。




