最重要問題点の迷子
「あのー、いいかげん腕、離してもらえませんか?」
挙上しすぎて血の気がなくなってきた腕を取り返すように力を込めると、「あ、あぁ。」とセリウスは素直に腕を解放してくれた。
意外にも簡単に返してもらえたので拍子抜けしながら、急な血流に痺れ始めた左手を右手でよしよしと撫でる。
毒気の抜かれた態度はどういう心境の変化だろうか。思わずマジマジと見てしまった。
いや、待てよ。
今なら逃げられるんじゃないだろうか。
ふと思いついて息を潜めると、バレないようにじっくりゆっくりと後退する。慎重に距離を稼いでいると、私とセリウスの間をカナリアが通り抜けてビクリと肩が跳ねる。
慌ててセリウスを見れば、彼はそれにも気付かない様子で本格的に何かに悩みだしていた。
俯いた額を拳で支えながらうーんとかあーとか言っている。
一体なんなんだろう。攻撃したら爆発でもすんのかなこの腕輪。
もうなんだかどうでもいいから逃げよう。
結局問題を放り出した私は、未だうつ伏せたまま動かないセレナに視線を向ける。
彼女を抱えて逃げるのは不可能だ。ならば助けを呼びに行くべきだろうか。
けれど出口も分からない今、彼女だけを危険人物の傍に置いていくなど、裏切り行為にも等しい行為だ。
逆に私がセリウスを連れて離れた方がマシかもしれないと、考えてすぐにげんなりした。
どれも嫌だ。
なんとかセリウスを撃退する方法はないものか。
元凶を仕留めるのが一番だと武器を探し始めたころ、ようやくその元凶が声をかけてきた。深慮の旅は終わったらしい。
「なあ、結局ティナって何者なんだ?」
困ったように頭を掻きながら訪ねるセリウスに
「何者って言われても…ただの庶民よ。他に表現方法なんてないわ」
同じく困った顔を向けて私達は困惑した。
「うーん、じゃあなんか、最近生意気で偉そうで性格悪そうなガキに会わなかっ」
「会ったわ」
そうして尋ねてくる質問に思わず半眼になる私である。ダントツで該当するヤツ居るわ。
セリウスは大きく深刻な溜息を吐くと、肺の息をすべて出し切ると
「ビンゴかよ…」
と呻いた。もしかして知り合いなのだろうか。
「ってことはあれか。殺して終わりって訳にはいかなくなったってことか?マジかよ。面倒なことになっちまった」
そして嘆きながらのボソボソ独語タイムである。本当にさっきから訳が分からない。
途方に暮れる私の目の前をまたカナリアが飛んだ。
さきほどからクルクルとせわしなく飛び回っているカナリアだ。それを目で追いかけ、ふと疑問に思う。
(あれ?なにか変…?)
カナリアを見てからずっとなにかぴったりとハマらない感覚があった。
カナリアは元気に飛び回っているが、何かが足りない気がするのだ。
「ねえ、あのカナリア…」
セリウスに声をかけてみると、彼は呟いていた嘆き事を中断して「あ?カナリア?」と初めて気づいたようにカナリアに目を向ける。「うおっ、いつの間に?!」とか言ってびっくりするが、それがどうした、とすぐに興味を失くす。役に立ちそうもないな、と失礼なことを思いながら「何か変じゃない?」と一応聞いてみる。
「あー?」と生返事が返ってきただけで終わったので、仕方なく再度カナリアを観察する。
どうやら彼はそれどころではないらしい。
私も後退を再開しよう、と足を何歩か踏み出した時、
「おーい!ここけー!?」
突然、第三者の声が響いた。慎重を期していた私は思わずぎゃあ、と声を上げた。
「誰かいるかー?」
どっくんどっくん心臓が響く中、声は続く。どうやら細道の方から響いているようだった。
「助けに来たでー!無事かー?生きとるかー?」
救助の人が来たらしかった。反響して響いていた声は、細道を抜けたのを境に小さくなった。
果たして細道から出てきたのは三人の男だった。
いずれもヘルメットのようなものをかぶり、ヘルメットには照明の魔法具が取り付けられてある。
私達を見つけた男達はわっと歓声をあげて喜んだ。
「いやー、見つかって良かったけ。しっかしよくこんな奥まで来たね。ケガはねえけ?なんだこっちの姉ちゃんは傷だらけじゃねえけ」
そばに寄ってくる男が心配そうに手を伸ばすが、私はそれを回避する。
痛いから触らないでほしい。
「あ、大丈夫です。ありがとう」
「こっちの姉ちゃんは生きとるけ?」
倒れているセレナの方にも別の男が近寄り、声をかけているのが見えた。
安否どころか生死の確認をされながら、起きろ起きろと肩を叩かれる。
「…え?っ!?きゃーーー!!?あなた誰ですの!?ちょっと離してちょうだい!!私に勝手に触れるなんて、なんて無礼なの!?」
目覚めた瞬間叫び声をあげるセレナ。それを他人事のように見つめながら、私は元気いっぱいの彼女に安心した。
その後もセレナは今度はセリウスの顔を見るなり殺人鬼だなんだと大騒ぎをしたが、セリウスは涼しい顔で惚けた。男達も本気だとは受け取らず、なんや怖い目にあったんなぁ。可哀想になぁ。と同情的な視線を向けていた。それに余計に火が付いたセレナは地団駄も踏みそうなくらいに怒り狂っていたが、しばらく攻防を続けた後、どれもこれも煙に巻かれて撃沈した。暖簾に腕押し。ぬかに釘。
私がどうせ正面からやり合っても勝てないと慰めて、なんとか落ち着いたセレナは警戒は解かないまま帰路に着くことを優先した。
しばらくそれを見守っていた男たちは、持参の水筒でお茶休憩を取りながら呑気に世間話に花を咲かせていた。
「姉ちゃんら、ここ来るまでになんか珍しいもんとか見んかったか?」
気を取り直して、早く戻ろうとする私たちをよそに、救助に来た男たちはまだまだのんびりしたものだった。焦燥感が緩む。
「え?珍しいものですの?…道が悪すぎてそれどころではなかったですわね」
げんなりとセレナが答えるともう一人の男が大変だったなぁ、と声をかけた。
「けんど、最初のとこで待っとったら良かったのに。なしてこんなとこまで来ることになったと?」
「地盤が緩いから、崩れる前に避難しようと思って」
「姉ちゃんらみたいな若い子らがよくこんなとこまで来れたもんだわ」
「ボロボロになってて可哀想やけんどな」
どっと笑う三人はまるで家で寛いでいるような呑気さだ。状況わかってるんかなこのおじさん達。
助けに来てもらった恩も忘れて失礼な疑問が浮かぶ。
「まあ、もう大丈夫だけ。わしらが来たけえな」
バシバシと豪快に背中を叩くおじさんに、満身創痍の私はたまらず逃げだした。
「姉ちゃんはなんかおもろいのん見よらんかったんけ?」
なんでもない会話の延長上で、またそんなことを聞かれる。
「なんかって言っても、真っ暗で何も見えなかったし…」
早くここを出たいと思うが、けれど助けに来てもらっておいて、疲れているかもしれない男たちに早く行きましょうとは言いづらい。
どうしたもんかと愛想笑顔を向ければ、男も笑顔でこちらを見ていた。
けれどその目が笑っていない。
(…え?)
思わず背筋がぞわりとした。
「あ、そういえば」
セレナが思い出したと声を上げると男達はそちらを注目した。なんや?なんか思い出したけ?と続く声は穏やかなものだ。
さっきのは勘違いだろうか。
胸騒ぎがして、けれど深呼吸で落ち着ける。
改めて注視してみると、世間話をしている男の、誰もが真剣にセレナを見ていた。
「途中でとても綺麗な場所がありましたわ。夜空の星のように、キラキラと輝く鉱石がたくさんありましたのよ」
「へえ!そら凄い!」
「どこで見たんけ?」
男達はセレナを囲うようにして話を促す。必死に映るのは気のせいだろうか。
「どこでと言われましても。向こう側にも道がありますのよ。そちらから私達は来ましたの。ここからでしたら、急勾配で登れませんけれど。」
うーん、と悩みながら説明するセレナに男達は身を更に近くする。
「抜け道があるんけ?何処にや?ちょっと行って教えてくれんか?」
「…別にかまいませんけれど」
セレナも何かを思ったのだろうか。すこし表情が曇るのが見えた。
そうしてセレナが案内するのを男たちが続く。
離れていくそれを見ながら、私はそういえばセリウスが静かだな、とふと彼の様子が気になった。
セリウスは私に並ぶように立っていた。
事の成り行きを見守っているようで、静かに視線だけを男達に向ける。
朗らかな目でも、冷徹な目でもない、観察する目だと思った。親しい相手に向ける者ではない。
そういえば男達はまだ一度もセリウスの名を呼んでもいないのだ。
彼らは仲間ではないのだろうか?
「ここですわ」というセレナの声が聞こえて、男たちとまた何か話している。
聞くともなしにそれらを聞き流しながら、その向こうにカナリアが羽ばたくのを見送った。
そういえば、カナリアも連れて行ってあげないと。
ふとそう思って、いや、外への抜け穴があったなと思い直す。けれど、そうだ。小鳥は危険を察知してくれる。連れて行かない手はないだろう。
さてどうやって捕まえようかと思案しかけて、疑問が浮かぶ。
どうして男達はカナリアを連れていないのだろう。
「セリウス」
呼び掛ければ、彼は顔も向けずになんだと返事をする。私も男達を見たまま別の質問を投げかける。
「あの人たちって採掘夫?」
「そうだな。実際に一緒に仕事をしたことはないが、顔は何度か見かけたことがある」
「一緒に仕事したことがないってどういうこと?」
セリウスの声は平坦としていた。
「そのままだ。俺らは普段いくつかのグループに分かれて働いている。担当場所が決まっていて、それぞれ役割に分かれて作業するんだ。グループは固定じゃなくてその時々で変わるみたいだが、俺がこの仕事を始めたのは最近になってからだから、まだあいつらと働いたことはない」
意外な言葉に目を瞬かせる。
「え?最近始めたばっかりなの?」
「まあな。ちょっと事情があってこっちに引っ越してきたんだ」
「前の仕事は?」
「さてな。それで、なんでそんなことを聞く?」
「いや、だって…」
セリウスが彼らを歓迎してないようにみえたのだ。
他にもある。
カナリアを連れていないこと、他と比べればあまり頑丈だと言えなさそうな細いシルエット、危険と隣り合わせの仕事をしているとは思えない呑気さ。
上げればキリがなさそうだが、どれも決定的な否定要素ではない。答えあぐねいていると
「きゃあっ!ちょっと何をしますの!?」
突然セレナの甲高い声が響く。
男がセレナを押し倒していた。もう一人の男はセレナの両手を後ろに組ませて上に乗る。
「セレナ!」
流れるような手際で組み敷かれるセレナに慌てて飛び出そうとすると、最後の一人がセレナの首元にナイフを突きつけた。
「姉ちゃん、…兄ちゃんも。動かないでじっとしててくれんけな」
先ほどまで呑気だった男達は、やっぱり同じような呑気さでそう言った。
「セレナに何をするのよ!」
突然の出来事に混乱した私の叫びも男はにやりと笑うだけで終わらせた。
一体何がどうしてこうなった。
この洞窟には敵しかいないのか!孤立奮闘を極める私はいい加減頭を抱えたくなる。
敵その1セリウスは興味なさげに敵その2男達を眺めると
「渡りに船だなー」
と呟いた。
敵の敵は味方ではないんですね。やっぱり全部敵なんですね。
降りかかる現実はけして私に優しくない。
「ちょっと、そんなこと言わずにどうにかしてよ!いいの?あんな訳わかんないおじさんのさばらせといて」
向こうに聞こえないほどの声で怒鳴るとめんどくさそうにセリウスは目だけでこっちを見る。
「俺の寛大な心にはあんなおっさんの一人や二人ひっかかりもしねえよ」
そして尊大にそんなことを言ってくる。腹立だしくなってつい声のボリュームが上がってしまう。
「寛大なそのお心でセレナ助けてくれたらいいじゃない!」
「いや、お前俺の事情忘れてないか?」
「そもそもセリウスの事情なんてこっちはこれっぽっちも知らないのよ。結局なんで私達は命を脅かされているのよ」
「んなもん、自分の胸にでも聞いてくれ。…まぁ、もう俺はティナは殺せなくなったんだが」
「は?何それ意味が分かんないんだけど。そういえばこの腕輪見てから様子が変よね。一体これが何だっていうの?」
「その腕輪こっち向けんじゃねぇよ。俺は腹黒おチビと関わる気なんてこれっぽっちもねぇんだから」
「腹黒おチビって誰のことよ。…もしかしてあんた、あの悪魔の知り合いなの!?」
今度こそ完璧な四面楚歌だ!生きていくのが難しすぎる!!
嘆く私にセリウスこそが嘆いて
「だっっっれが!あんなチビの知り合いだ!!口には気をつけろよティナ!この世には言っていいことと悪いことってのがあんだよ!!」
「何を急にブチ切れてるのか知らないけど、怖いから怒鳴らないでよ!」
「なんでもいい。とにかくあれだ!ティナお前、俺に会ったことは金輪際一切口にするな!!」
「はあ!?一体全体何様のつもりなの!?」
ぎゃあぎゃあと言い争いを始める私達の間から
「あの~…」
「何!?」「なんだ!?」
困惑した声と、8つの呆れた目が向けられた。




