タイトルにヒントあり
敗走する兵士とそれを追う敵兵の鬨の声が行き交い、切り裂く様な銃声と、雨のような弓矢、いくつもの悲鳴が聞こえた。
地獄の底のような不気味な暗闇をいくつもの松明が照らし、しかしそこに照らし出される景色こそがただの地獄のようであった。
腕や脚を失った兵士や事切れた者、気がふれた者などが暗闇の中ぼんやりと浮かび上がり、叫び、彷徨い、地を這っていた。
負傷者の血や汗や硝煙の臭いが混ざり合い、こびりつく様な臭気と噎せ返るような砂ぼこりが大気を満たしていた。
もはや何故彼らが戦っているのか
この戦いは一体何を得るための戦いなのか
敗戦の色濃いこの、末路の知れた悲劇に
一体なんの意味があるというのか
絶望のようにぽっかりと空いた闇が、私を飲み込んむ感覚
その中で
逃げてはいけない
強く思ったのはそれだけだった。
彼らをこうしたのは王族だ。
彼らにこの道を選ばせたのは王族だ。
彼らに苦行を課したのは、王族だ。
つまりは、私にも
この終末を受け入れる責任がある
勝手に零れていた涙をぬぐう
浅く、早くなっていた息を意識してゆっくりと吐き出す
暴れ狂ったように走り続ける心臓を胸の上から押さえつける
覚悟を決めた私はさきほどまで震えていたのが嘘のように前を見据えた
バルコニーの柵まで身を乗り出し、私は祈りを捧げる
一人でも多くの誰かの苦しみが、たったひと匙でも軽くなるように
王族のみにあらず、天帝より血を分けた尊き身分の者には魔法を扱える者が存在する
そうした魔法は精霊の力を借りることにより、より雄大な力となる
私は幼いころより治癒の魔法が扱えた
だけど私個人の力では小さな傷を治すことがせいぜい。
だから精霊にただ祈る。
どうか、どうかどうかどうかどうか
この果てしない苦しみを少しでも和らげる力を私に
「へえ?」
どれくらいそうしていただろうか。
突然、声がした
精霊は普通、声を発しない。
よほど上位でなければ姿も見えないし
ただの光としか視認できない場合がほとんどだ
だから精霊ではないと思った
精霊でなければ、敵兵ーーー
(まずいっ)
まず頭に過ったのは、魔法を絶対に成功させなければいけない、という決意だ。
慌てて声の主から逃げようと足に力をこめ、
勢い余って柵に思いきりぶつかって座り込んでしまった
私のバカー!
どうしようどうしようどうしようどうしよう
焦る気持ちが思考までも止めてしまう
ドクドクと高鳴る心音だけが響いて、緊張に凍り付く体はうまく動かない。
それでも下を向いていた顔をなんとか持ち上げ、声のした方へ視野の狭まったその目を向ける
どんな大男が自分を睨みつけているのかー
スローモーションのように進む時間の中
眩暈を起こしそうな恐怖と緊張の中。見えたのはまったくその場にそぐわない少年だった
私の視線に合わせるようにしゃがみ込み、頬杖をつき、悪戯そうににやりと笑う少年。
信じられないと固まる私を置き去りに、まるで日常の一コマだと思わせるのんびりとした態度で
「あんた、なかなか良い眼してんじゃん」
その少年は私を見返していた。
理解が追い付かないまま呆然と少年と見つめ合う。
「愚策に翻弄される国の王サマの顔をちょっと覗きに来ただけだったんだけど。掘り出し物発見って感じ」
「本当はさっさと帰ろうと思ってたんだけど、ミイヤに呼ばれてさ」
「あ、ミイヤっていうのは光の上位精霊の名前なんだけど。友達でさ」
愉快そうに話続ける少年。
まるで友達と居るような距離感で話しているが、彼とは正真正銘、初対面のはずだ。
なのに。
(・・・なんだかこの人を知っている気がする)
私は妙な既視感を覚えた。
呑気に話す少年。
敵意は感じられない。
なのに何故か、重力を感じた。
追い込まれた兎のような、言い知れぬ切迫感が胸満たす。
愉快そうに笑うその目が、侮蔑に満ちているように見えた。
この少年の態度がいつ豹変するのか、言い知れぬ恐怖が渦を巻いた。
冷静にならなくては。
散らかりそうな思考を手繰り寄せ、私は少年を見つめた。
少年は子供のようで、人ではない何かのようにも見えた。
青色を帯びた透けるような髪は長く、まるで宝石のような金色の瞳は、丸い瞳孔ではなく縦に細長い、まるで爬虫類のような印象をしていた。
自分よりいくつか年上だろうか。体つきはやや細身だが袖から伸びるその腕は筋肉質に見えた。
爬虫類――――
またも何か引っかかる。
この少年は人ではない?
でも精霊でもない。
では?
この世界に獣人などいるはずもなく―――
うん?
この世界―――――この、乙女ゲーム【龍と精霊のサンクチュ・・・・
「あーーーーー!!!」
合点がいった。
驚いたように目を見開いてビックリした、と呟く少年をそれよりももっと驚愕に満ちた目でみつめる。
精霊でないなら、そうだ。
もうひとつタイトルからでかでかと存在を主張していた伝説上の生物
「龍神様!?」
そうなのだ。
このゲームには攻略対象に龍神も存在するのだ。
ただし一巡目では攻略対象ではなくお助けキャラとして登場し、様々な助言をもんのすんごい偉そうな態度で教えてくれる。
見た目と年齢は一致しないものの(確かすごい長寿)その子供っぽいルックスから生意気な言葉ばかりを操る様を見て、クソガキだと思っていたのは、何を隠そう前世の私だ
龍神様と呼ばれた少年は驚いた眼をパチパチと瞬かせると
今度は楽しそうな光を宿らせ、おもちゃを見つけた子供のような顔で
笑った