誰からも歓迎されない
自分は奪う側だと思っていた。
自由を奪い、希望を奪い、その命までをも奪う。
与えるものなど絶望ばかりで、恨まれ、蔑まれて当然の存在だと。
出来ることなど些少で、どうにか命を賭けたところで些細な罪償いが関の山だと思っていた。
「荒んだ心まで洗われたようだ」
「辛いことや、悲しいことがあった時には、私、その姫君のことを思い出しますの。それだけで驚くくらい前向きになれたりしますのよ。」
与える側に、なれるなんて考えてもみなかったのだ。
夜更けの道を迷子になって歩く子供が、灯の燈る我が家を見つけたような、安心感。
豪雨の中で、傘を差しだされたような安堵感。
母親の胸に抱かれるような充足感。
まるで解放されるように、視界が開けた気分だった。
暗闇が、冷たいものだと思ったのは何故だろう。母体の中でいたその時からそれは傍にあったはずなのに。
確かな暖かさで、包んでくれていたものなのに。
周りを囲んでいた気がしていた影は、もう気配を消していた。
まぁ、そんな人ばかりではないのだろうけれども。
冷静になれば、そう突っ込む自分も確かにいた。
けれど、そういう問題ではないのだ。たった1人でも救うことの出来る人間になれるなら、それは充足した人生だったと大往生できるはずだ。少なくとも自分はそうだと思う。
そう。つまりは。
絶対に、身元がバレてはいけない。
手を引かれ、急いだ細道を今度はゆっくりと引き返しながら、固く誓う。
目の前の伯爵令嬢は庶民を指標にしていたなどと知れば、投身しかねない。もしくは私が許せなくなって始末されかねないなとも思う。
彼女の為にも、私の為にも、この秘密は墓まで道連れにしなくては。
決意も新たに、慎重に足を進めながら、立ち止まっては人が居ないかと耳を澄ます。
暗闇の中ではたった一歩すら慎重を期さねばならず、微かな音にすら心臓が高鳴った。
気の遠くなる作業だが、そもそも歩いてきた距離が距離である。元居た空間に戻るまで、そんなに時間はかからなかった。
先頭のセレナが広間の手前で慎重に顔だけを覗かせて見回したが、ちょうど細道の出口が隠れた場所にあるため死角が多い。
しばらく声を潜めて様子を見たが物音ひとつ聞こえなかった。
「…セリウスは居なさそうですわね」
呟いて、ようやく細道から広間へと出る。
あとに続こうと足を踏み出した瞬間、セレナの後頚部に手刀が落とされた。
「ーーーっ!?」
倒れ込むセレナを慌てて抱き止めると、体を引く間もなく自身に向かって手刀が襲う。
思わず飛び込むようにして前に倒れ込むことでギリギリそれを避けた私は、セレナ共々地面に落ちた。
「おかえり」
声が降ってくる。
ちょうど死角となる場所から顔を覗かせるのはセリウスだ。
笑顔でひらひらと手を振る姿は、緊張感の欠片もなかった。
ずっとこの場で待っていたのだろうか。私はギリッと歯を食いしばった。
「…余裕ね」
苦々しい気持ちでセリウスを睨むが、やはり彼は意にも介さない。
「思ったより早いお帰りだったな。暗闇の中の散歩はどうだった?」
「さあ。ガイドがいないから迷っちゃったわ。出口まで案内してくれないかしら?」
「俺としても、美人の言うことは聞いてあげたいんだけどな」
こっそりとセレナを見るが、彼女は完全に気絶してるようだった。虚脱した体は支えるだけで精一杯である。
「それなら、セレナだけでもお願いしたいわ。とびっきりの美人だもの」
目だけはセリウスから離さずに、そっと抱き締めていたセレナを床へと横たえる。
セリウスは動かない。壁に肘をついたまま、気楽な態度で笑う。
「けど、俺も偉い人には逆らえない身の上でね。秘密を漏らされたら恩人に迷惑をかけちまう」
細められる目。その鋭利さに緊張が襲う。
「誰にも言わないと誓えば良い?」
「その必要はねえよ。なぜならティナは、ここで」
死ぬからな。唇が動く前に私は飛び出した。
体当たりをして体勢を崩させて、ナイフを奪う、と脳が体に指令を出し
けれどその分厚い胸板はまったく揺らぐことなく私を受け止めた。せめてもと伸ばした手をいとも簡単に捕まれる。伸ばした左腕を持ち上げられる形で拘束された私のその頭上で、カラン、と腕輪が振動に揺れた。
けれど何も起こることはなかった。
絶体絶命のピンチに抗うすべもなく、うんともすんとも言わない腕輪が恨めしい。
何かしても何もしなくても腹が立つなんて、本当にあるだけで迷惑な腕輪だと現実逃避にも考える。
そして。無慈悲に命を脅かす男は――――
腕輪を凝視していた。
そしてそのまま時が止まったように動かない。
今にも殺されると恐慌状態だった私も、目を見開いたまま停止した彼の様子を見て、止まる。
(……………はい?)
一体どうしたと言うのか。摩訶不思議アイテムの腕輪が時間を止めたのかと思ったが、バサリと聞こえた羽音がそれを否定する。
羽音?
止まる彼から視線を外し周囲を見回すと、どこから入ってきたのか、一羽のカナリアが目に映った。
(…カナリア?いつのまに?どこから?)
思わず今度は小鳥を凝視してしまう。黄色いその鳥は、羽をせわしなくばたつかせながら飛び回っている。
止まることなく飛び続けるのを見ながら頭の隅で、そういえば外に通じる穴があった、と侵入経路を予想する。
「………え?ちょっと待て。これ、なんだ?」
混乱した声が聞こえた。
はっとして、慌てて視線を戻すと、セリウスは変わらず腕輪ただ一点を凝視していた。
何かおかしな点があっただろうか?
こてりと首をかしげる。
確かに自分にとってはかなり忌まわしい腕輪だが、装飾品として見ればそれなりに魅力的な腕輪だと認めなくないけど、思う。
「なぁ、ティナ。その腕輪どこで拾ったんだ?」
そして聞くのはそんなことだ。こんな豪奢な腕輪がそこらへんに落ちている訳がないだろう。
意味がわからない。
「大変不本意なんだけど、それは無理やり押し付けられた腕輪よ。本当ならお金をいくら積まれたって拾ったりなんてしないわ」
そうして返事をしても、答えを聞いているのかわからない、先と変わらない固まったままの顔をしている。
いや、心なしか、セリウスの顔色が白くなっている気がする。
「押し付けれたって、誰に?…いや!いやいやいや、やっぱり何も言わないでくれ。これ以上は聞きたくない」
そうして即座に否定される。
もしかして、本当に呪いの腕輪なのかもしれない。言われてみれば、なんだが禍々しいものに思えてくる。
捨てても捨てても戻ってくるとか?うわ、想像しただけで恐ろしい!やめて。
「一体、この腕輪がなんだって言うの?」
思わず聞いたが、聞いた瞬間には後悔した。
はずれない腕輪のオカルト話なんてどう作用したってマイナスしか産み出さないじゃないか!
「やめてくれ。口に出すのもおぞましいんだ。」
かくいうセリウスも口に出すのを拒んだ。
それはそれでまた怖すぎる。もうなんなんだこの腕輪!!
疲れように頭を抱えるセリウスが、途方にくれた顔で遠くを見る。
そしてそんなセリウスを見て、ただただ不安が膨れ上がってくる私。
沈黙して呆然と佇む二人をカナリアだけが見ていた。




