そして芽生える友情ではない何か
その腕輪には、特殊な加工が施されていた。
どれだけ優秀な職人の手でも再現できないような、複雑な細工。それを彩るように散りばめられた、ホープダイヤモンドの装飾。蠱惑的な輝きを秘めたそれらは、神が創造した唯一無二の珠玉だ。
誰もを魅了するその腕輪は、しかしティナにとって呪いのアイテムでしかなかった。
欲しい人が居るならば、是非とも熨斗を付けて差し上げたい。
外せない腕輪。GPSとしての機能。しかしそれはその腕輪の一部分でしかなかった。
それに気付いたのは強引に腕輪をつけられた翌日のことだ。
呪いの腕輪を外そうと躍起になった私は、散々自身を傷つけた。誤解のないように補足すると、自傷行為をしたわけじゃなくて、腕輪を壊そうとして失敗した挙句、あちらこちらに傷を負っただけである。
しばらく自暴自棄になったが、それはそれ。とにかく傷を治さなくてはと妖精に呼び掛けた。
けれど、妖精が応えることはなかった。いつも必ず応えてくれた、妖精たちがたったの一人も。
何度か試したけれど結局妖精が応えてくれることはなく、どうしたものかと首をひねる。
身分がバレるのを恐れて、長く魔法は使っていなかった。知らない間に愛想をつかされていたのだろうか。
困った。
困ったけれど、応えてくれないものはどうしようもない。潔く諦めることにしよう。
仕方なく、自身の魔素で回復魔法をかけようとしたその時。
腕輪が、熱を持った気がした。
火傷をするような激しい熱ではなく、気付くか気付かないかという、静かな熱。
腕輪に触れようとすると、唐突に焼かれるような熱が体を走った。
そして、まるで幻であったように一瞬で消えてしまった。
1テンポ遅れて、ようやく驚く。今のはなんだ?
さっきまでと何も変わらない、ただ突っ立っているだけの自分。
確認するようにペタペタと体を触る。
特に変化はなかった。手も足も、髪も顔も体も。どこも燃えてなどいない。―――否。
よく見れば傷が治っていた。
傷など最初からなかったかのように、少しの綻びもなく、見慣れた腕がそこにあった。
ふと、背中を汗が流れた。意味が解らない。疑問符が浮かぶ。
治癒魔法を使った覚えはない。魔素も減っていないと思う。
魔法を執行した時に来る、独特の疲労感を感じなかった。
魔素が減少したことで感じる、内臓がごっそりと抜かれたような空虚感も襲って来てはいなかった。
あの熱―――。
一瞬で消えた、灼熱。
ふと感じた既視感に胸をざわついた。
確か、そう。五年前のあの夜。
奇跡の光を降らせたあの夜の記憶。身を灼け尽くすような、神の加護。
あいつか!!
思わず、目の前にあった椅子を思いきり放り投げていた。ガスン!!と大きな破壊音がした。
よくはわからないが、この腕輪は龍神の魔力を分け与えてくれるものなのかもしれない。
…本当に?
まさか。いやでも。いやいやいやいや。だって、ねえ?
だけど、今のは…………。
考えれば考える程、けれどそうとしか思えない。なんって余計なことを!!マジで迷惑だと地団駄を踏む。
要らっない!!!
これ以上つまらない借りを作りたくない私は余計な機能を心底嫌悪した。
だから使いたくなかったんだけど。
後悔とは先に立たないものである。腕輪を叩き潰す方法を再検討したい欲望にかられながら、私は隣のヘーメヴァン伯爵令嬢に目を向けた。
ヘーメヴァン伯爵令嬢は未だ恐怖の張り付いたような顔でこちらを見ていた。
(化け物じゃないんだけど…。)
その顔に思わず苦笑が漏れる。
「えっと、詮索はなしにしましょう。私は平民だし、あなたは何も見なかった。お互い、変なことに巻き込まれないためにも、それが最善だと思うの。あなたの足は最初から捻ってなどいなかったし、私も変な腕輪なんてしていなかった。」
腕輪を見せたのは賭けだった。純粋に魔法が使えるのだとバレるのは避けたいし、魔法具だと勘ぐってくれたら儲けものだ。魔法具の説明はまだ誤魔化せるかもしれないが、正体を疑われると、最悪物語の強制力なんてものが飛び出してこないとも限らない。
まだ生きていたい。それが私の望みである。
けれど彼女の足に治癒魔法をかけたことに後悔はなかった。
黙っていてもなんでも叶えられる立場にいながら、一人で立つのだと必死にもがく彼女を助けたいと思ってしまった。毅然と、貴族の重責を果たそうと立ち上がる彼女は、秘密を守ってくれると思ってしまった。自分が投げ出してしまった責任を、抱えようとする彼女に尊敬の念を抱いてしまった。
「じゃあ、そういうことでよろしく」
ささっと腕輪に布を巻く。
時間も結構経った気がする。そろそろ出発の頃合いかもしれない。問題も一応は解決した。
よし、と息を吐くと「行きましょう」と声をかけようとして
「納得がいきませんわ」
先を越された。肩透かしをくらった気分で、思わずつんのめる。
「疑問はいくらでもありますわ。…ですけど。」
まだ話し合いが必要かと落胆しかけて、それを遮る声にふと顔を上げる。
「ですけど、今ここで議論しても仕方のないことだと飲み込んで差し上げます。また落ち着いたころに招待状をお送りしますわ。ご覚悟なさることね」
さらりと髪をかき上げると、尊大な態度でそう告げた。
執行猶予を頂いた。
逃げよう。私は心で硬く決意した。
「…あと。あの、セリウスをいう男。警戒した方がよろしいですわ」
付け加えるように、真剣な声音で彼女は続ける。
その内容が、不穏だった。
「…さっきまでくっついていたのはあなたでしょ」
「何をしても見逃さないように、一番近くで見ていただけですわ」
予想外の発言に、思わず目を瞬かせる。
「あのね…」
そして、思わず呆れた声が出てしまう。
「そもそも、一体何を警戒するっていうの?彼は私たちを助けようと尽力してくれている人じゃない」
そう言いながらも、ひっかかりがないわけではなかった。
何度か感じた違和感。知っているかもしれない顔。…もしかして、ゲームに出ていた?
思い出せない。小さな子供の頃の思い出のように、そこにあるようで掴めない。
彼女は一体、何を知っている?
「セリウスが敵か味方かは私も判断しきれません。けれど魔法石の採掘には疑わしい点がありますわ。」
魔法石の不審点!!
今回の目的でもあるキーワードに私は食いつくように彼女を見る。
ヘーメヴァン伯爵令嬢は、話に飛び付いた私に驚いた後、ふうん、と呟く。
「興味があるようですわね。タダでは教えてあげませんわよ」
そして勿体ぶるように緩慢な動作で顎に手を当てる。
「…何をすればいいの?」
私の答えに満足するように口角をあげると、
「そうね。協力して貰おうかしら。」
優位を示すように顎先を上げた。
「なぁんて…」
けれどすぐに眉尻を下げる。
「冗談ですわ。私、仁義を軽んじるような安い教育は受けておりませんの」
そして真っ直ぐに私を見た。
「…リスクを負ってまで私を助けて下さった貴方に敬意を表して、私も少し、隠し事をお話致しますわ。信じても信じなくても結構です。」
鋭く光る瞳に、迷いはなかった。
ヘーメヴァン伯爵令嬢には叔父がいた。
いつも金勘定をしているような、卑しい男だった。彼女は叔父のことがあまり好きではなかった。
にやりと笑う陰鬱な顔が不気味な雰囲気を醸し出し、出会うと子どもながらに億劫な気持ちになった。
直接何かを言われたことはなかったが、両親と言い争ってるところは何度か見かけた。
そのやり方では儲けが少ない。この商売のために協力をして欲しい。どうしてもっと関税を上げない。
彼はいつでも利益を求めた。それは、貴族として相応しい姿だとは思えなかった。
大きくなって、学園に入ると叔父と会う機会は極端に減った。
けれど長期休暇には帰省する。ちょうどそのタイミングで、叔父は伯爵家を訪れていた。
セレナは思わず私室に逃げ込んだが、壁を超えるほどの大声に、思わず父の書斎を覗き見る。
叔父は、父に何か話をしていた。けれど、父は彼女には見せたこともない厳しい表情をしていた。
話を蹴られたのだろう。苛立った様子で父の書斎を出た叔父は、彼女が居るのにも気付かず、吐き捨てるように悪態をついた。
「本当に頭の固い男だ!せっかく儲け話を持ってきてやったのに。魔法石の高騰はもうすぐそこだ。やっとだ。やっとここまで来た!こんなに苦労してお膳立てをしてやったのに、あの男!本当に無能で底が知れる!クソッタレが!!」
何を言っているのかはよくわからなかった。
けれど魔法石の高騰が起こるかもしれないことと、それにこの男が関与しているかもしれないことは汲み取れた。魔法石の高騰は領民に直接打撃を与える。見過ごせる問題ではない気がした。
父に相談しようとして、けれど何を相談したらいいのかもわからない。事態を把握しないまま動いてもよい結果など得られない。まずは情報を集めなければ。
そうして浮かぶのは、ついさっきまでに乗り気ではなかった学園でのイベントだった。
魔法石採掘ツアーへの参加。まるで図ったように都合がいい。鴨が葱を背負って飛び込んできた。
それとも採掘は関係していないのだろうか?
わからないことだらけだったが、彼女は魔法石に携わる全ての事柄に警戒しなければいけないと思った。
自分に出来る範囲などたかが知れている。けれど、出来ることがあるのにしないという手はなかった。
そうして彼女は、この採掘ツアーにスパイという立ち位置で参加することを決めたのだ。
「…というわけですわ。」
だから叔父様の手の者が、何か悪行をしているかもしれない。そう話し終えた彼女は
悔しそうに唇を噛んだ。
「それが、この体たらく。本当に情けないですわ」
魔法石採掘のための切羽にも辿り着けず、魔法石が売りに出されるまでの過程も見られず、あげく遭難。
確かに笑えない事態である。
(…そしてそれもブーメランだ。)
自分がまったく同じ窮地に立っている。私は溜息を深くした。
けれど。
興味深い話を聞けた。ここから出れたらその叔父を浚ってもらうのも良さそうだ。
結果として、収穫ゼロから一歩前進した。まったくの他力本願だけれど。
…それは考えないことにしよう。
「ありがとう。私も何か解ればあなたに伝えるわ」
素直に謝礼すると、ヘーメヴァン伯爵令嬢は驚いた顔をした。
「…信じますの?」
そしてそんなことを言うのだ。
それを意外に思うのは私だ。
「?信じない理由なんてどこにあるの?この話が嘘として、あなたが得することなんてなんにもないじゃない」
「それはそうですけれども…証拠も裏付けもありませんのよ?」
「そうね。でもあなたは見たんでしょう?」
「そうですけれども。…そんな簡単に人を信じて。痛い目を見ますわよ」
ヘーメヴァン伯爵令嬢は、呆れたように目を細める。失敬な。
鵜呑みにしていいかはわからない。けれど。
浮かぶのは、ボロボロになりながらも弱音も吐かずに進んできた彼女。
「誰でも彼でも信じるわけじゃない。あなたは、信じられる気がする。それだけよ」
ヘーメヴァン伯爵令嬢の目が今度は見開かれた。UMAにでもあったような顔だ。
百面相だな、と今度は心配になる。
こんな素直で貴族社会の荒波に立ち向かっていけるのだろうか。
「私はあなたを信じることに決めた。それだけ」
繰り返し紡いだ言葉を、果たして彼女は飲み込めただろうか。
驚愕、猜疑、逡巡、諦め。彼女の目はころころと色を変える。けれど瞑目し、次に光を灯したときには
「わかりました。それなら私も貴方を信頼致します」
揺るぎない目をしていた。
「改めまして。私、ヘーメヴァン伯爵令嬢のセレナ=ヘーメヴァンですわ。セレナとでもお呼びになって」
彼女は背筋をピンと伸ばして、気品のある動作で手を差し出す。
「…私の名前は、ティナよ。よろしく、セレナ」
それをぎゅっと握り返して、私はにやりと笑みを作った。




