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採掘ツアーその3

暗闇の中、最初に聞こえたのは両親の声だった。

呼んでみたけど、返事はなかった。

しばらく暗闇を見続けて、それから聞こえたのは兄弟の声だ。

呼んでみたけれど、やっぱり返事はなかった。

なんだか無性に寂しさがこみあげてきて、侍女や護衛の名前も呼んだ。

けれどやはり、誰の声も聞こえなかった。


否。

小さく、声が聞こえた。とっさに振り返る。

すると暗闇の中、ぼんやりと照らし出されたのは腕を失くした誰かの影だった。

影は真っ黒で表情は見えない。けれどその目はどこまでも深く、真っ暗闇な穴がぽっかりと開いている気が した。恐怖に駆られて逃げようとすると、次は片足のない影が立っていた。息もできないままそれを避けると次は頭のない影が。振り返ると胸にぽっかりと穴を開けた影が。半身をなくした影が。

 どんどんと増え続ける影はどれもが陰鬱に揺れており、私に縋るように手を伸ばす。

 ひっと息を飲む。離して、と言おうとして、けれども奥歯がガチガチと音を立てるだけで声は出なかった。

 計り知れない恐怖の中、私は影を振り払って走り出す。闇に沈むそこは暗くて何も見えない。影はついてきているのか、それすら見えなくてわからない。けれど今度は声がした。

 まるで直接頭に響いているような声だ。耳を塞いでも逃れられない。何人もの声が恨み言をただ繰り返す。お前のせいだ。許さない。痛い。苦しい。呪ってやる。死ね。死ね。死ね死ね死ね死ね。

 声が、死んでいったカンターバラ軍のものだと私は理解していた。それを疑問にも思わない。

 とにかく足を急がせる。けれど走っても走っても声は追いかけてくる。ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

 数えきれないくらいの謝罪を私は繰り返す。こんなことになってしまってごめんなさい。巻き込んでしまってごめんなさい。救ってあげられなくてごめんなさい。何の力もなくてごめんなさい。

 けれど声は執拗に私を責め立てる。

 責めても悔やんでも取り戻せない過ちの罪を問うてくる。

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい


「ごめんなさ―――!!

「ティナ!!!」


 突然割り込んできた声に、私は目を開けた。

 心臓が躍っている。荒れた呼吸が耳につく。

 ぼやけた視界の中にセリウスが覗き込んでいるのが映った。

 訳もわからず、私は彼を見返す。

 果たしてセリウスはほっとしたように息を吐いた。大丈夫か?と優しい声。

 何が大丈夫ではないのだろう。瞬きすると頬に暖かいものが流れて、視界が少しクリアになった。

 それをセリウスが拭い取る。私は自分が泣いていたのだと気付かないままそれを見た。


 呆然としたまま、今度は周りに視線をうつす。

 薄明りに照らされた岩壁が見えた。

 しばらくぼんやりと見ていて、自分は魔法石の採掘ツアーに来ていた、そんなことをやっとで思い出す。

 次に仰向けに寝転がる自分をようやく自覚し、起き上がろうとして、ふと気付く。

 柔らかくて暖かいものに包まれている感覚。よく見れば、それは―――


 「――――ッ!!!」

 一気に意識が覚醒する

 私は座り込むセリウスに横抱きにされ、力なく足を投げ出していた。


 一体何がどうなってこうなった!?

 慌てて抜け出そうと全身に力を込めれば、拘束がぐっと強くなった。まだ動かねえ方がいい。低い声が体に直接響く。


 なんなのーーー!!?

 私は声にならない悲鳴をあげた。




 状況を確認すると、どうやら私は爆発に巻き込まれて吹っ飛ばされたあげく、頭を打ち付けたらしい。

 小道のどこかから可燃性のガスが漏れ出ていたようで、ランタンが落ちて散った火花を誘因に、結構な規模の爆発が起こったのだそう。

 爆発の衝撃で地盤の緩かった小道の岩壁は崩れたが、私はその爆風で空洞の奥に吹っ飛ばされて助かったのだそうだ。九死に一生ってやつだ。自覚すると恐怖で動けなくなりそうなのであまり深く考えないようにしよう。

 出口はきっちり封鎖されてしまったため、身動きが取れなくなってどうしようもなくここで介抱していた。というわけらしい。岩の隙間を吹き抜ける風が、酸欠の心配を払拭してくれたのは不幸中の幸いといえよう。

「あれ?ヘーメヴァン伯爵令嬢は?」

 爆発の状況を大体把握した私は、追いかけていたはずのヘーメヴァン伯爵令嬢の事を思い出す。

 爆心地より奥に居た彼女も助かっていると思いたいが、姿が見えない。聞けばセリウスはちょっと困った顔をした。

「うん。セレナ嬢は先に目が覚めたんだけど…」

 ふと投げられた視線を追いかけると彼女はすぐ近くで座り込んでいた。

 纏う空気はどんよりとしていて、いつもの自信に満ちた高慢さは欠片もない。

「えっと…どしたの?」

 声をかけるとヘーメヴァン伯爵令嬢は鬱々とした視線をこちらに向けた。


「起きましたの。よかったですわね。」

 感情の欠片も見当たらない声色だった。実際他の問題でいっぱいだと顔に書いていった。

「…庶民の貴方には想像もつかないことでしょうけれど。わたくし、今猛烈に落ち込んでおりますの。わたくしは、幼少の頃よりずっと厳しく育てられて参りましたのよ。…常々淑女らしい振る舞いをするように自分を律して参りましたの」

 はぁ。重くて深く息を吐き出す。

「ヘーメヴァン伯爵家は何百年もの歴史を持つ、気高い一族。その末裔であるわたくしは誰よりも美しく、誇り高く、清廉でなければいけない。なのに!」

 ばんっ!と床を叩きつける。

「なのにわたくしはしたなくも取り乱し、あげくの果てにはこんな騒ぎを起こしてしまって!」

 きっと私を睨み付ける。

「あなたが巻き込まれたのはどうっでも良いんですけれど!むしろせっかくセリウスと二人きりになるチャンスでしたのに、本当にお邪魔虫ですわね」

「………はい?」

「しかもそんな間の抜けた怪我まで負って。足手まといにならないようお気をつけなさい」

 「…………。」

 あまりの物言いに、思わず半眼になる私である。


「とにかく、このまま何の撤回も出来ないまま指を咥えて生き恥を晒す訳にはいきませんわ!」

 そんな私を置き去りに、なんだか闘志を滾らせ始めるヘーメヴァン伯爵令嬢は、乱れた髪をさらりと押さえつけると、威厳を持った声で尊大に告げる。

「あなたがみっともなく気絶してる間に反省会は終わりました。ここからは行動あるのみ!わたくしこれより退路の確保に参ります!」

 ぽかん、と見守る以外に私に出来ることなんてなかった。


「いやいや、ちょっと待て」

 今にも駆け出しそうな彼女に、制止をかけたのはセリウスだった。

 彼は困惑した顔で

「退路っつったってここは地盤も緩いし、さっきの爆発で崩れてる場所がねえとも限らねえ。どう楽観的に見繕ったって、危険だ。気持ちはわかるが、ここで大人しく助けを待った方が良い」

 爆発時反対側にいた生徒たちがどうなっているのかはわからない。けれど、より爆心地に近い私達もこうして生きているし、何よりあちらの方が地盤も固い。無事に助けを呼びに行ってくれている可能性は高いと思う。

 説得するが、けれど彼女は頷かない。

「いいえ。貴方はここの地盤が緩いと仰ったでしょう。それは、瓦礫を退かせるにも崩落の危険があるのを意味するのではなくて?」

 意外にも的を得た意見だ、と感心する私の横でセリウスは目を鋭くする。

 それに。

 ヘーメヴァン伯爵令嬢は両手で腕を擦った。暗闇に紛れ分かりにくいが、よく見れば顔も青白い。

「ここでこうして留まっていては凍えてしまいそうですし。」

 セリウスの体温で暖められていた私は気づかなかったが、天井から垂れる水滴やじっとりと湿った風、剥き出しの岩肌に囲まれたここは、底冷えのする寒さだった。

「それに、ずっと風が吹いてますわよね。風上があちらだとお気付き?」

 彼女の言葉通り、風は瓦礫側ではなく奥から吹いていた。

「セリウス。この奥は行き止まりになっているのかしら?」

 真っ直ぐにセリウスを捕らえ、毅然とした面持ちでヘーメヴァン伯爵令嬢は聞いた。対するセリウスは動揺するように視線を逸らせる。


「…そのはずだ。」

「本当に?」

間髪入れずに彼女は問い返す。

「…………。」

 果たして沈黙したのはセリウスだった。

 ヘーメヴァン伯爵令嬢の目は少しの動きも見逃さないと固定され続けている。居心地の悪い視線を一身に浴びたセリウスは、少し逡巡した後、嘆息する。

「わかんねぇ。ここは先人が採掘した道だ。道具もまだ未発達だったから道幅だって狭い。実は最近調査したばっかだが、結局地盤の緩さが原因でそれもあんま進んでねえ。安全の確保ができないって理由で放置されたままだ」

「なら、行ってみる価値はあるわね」

「いや、危険だと言ったはずだ。奥は未調査のままだし、今はカナリアも居ねえ。マスクも爆発で吹き飛ばされちまったし、そもそも本当に出られる保証なんてどこにもねえ。明かりだってこれひとつしかねえし」

 セリウスが持っているのはさっきの爆発でひしゃげたのか、歪な形のランタンだ。光の角度はおかしいが、光量としては問題なさそうだった。

「こんなところでうだうだしているよりよっぽど建設的ですわ。わたくしはもう決めました。貴方がここに居たいとおっしゃるのなら、わたくしは止めたり致しませんわ。けれどわたくしは奥へ進みます。」

 それが賢明な選択なのか、お粗末な浅慮なのか。私にはわからない。

 けれど、ただのお貴族様の我が儘だと一蹴できないものだと彼女を見て思った。


 はぁ。

 セリウスの嘆息が密着したままの体に響いた。見上げて見えた彼は、苛立ってるようにも困惑しているようにも見える。

「…ここに、怪我人だって居る。無理したら悪化するかもしれねえ。ちょっと冷静になって考えろ」

 そうして引き合いに出されるのは私のことだった。私は拘束されていた腕を、彼の胸板を押すことで緩める。それに気付いたセリウスは目線でなんだと聞いてきた。

「降ろして」

 端的に用件だけを告げると彼は訝しみながらもそっと私を降ろしてくれた。立ち上がるとふらりと眩暈がしたが、足を踏ん張って背筋を伸ばす。


わたくしは冷静ですわ。先ほど反省会も致しました。もう心は決まっています」

 ヘーメヴァン伯爵令嬢の目は揺るぎない、澄んだ琥珀色をしていた。決意した目だ。

 嫌いじゃない。私は知らず、口角を上げた。


 足を踏み出すと、左足にズキンと痛みが走った。思わず力が入るが、息を吐き出すことで痛みを逃がす。

 捻ったかもしれない。けれど構わず、私は彼女の横に歩み寄った。

 反対を続けるセリウスに、私も視線を合わせる。

「私の怪我なんて、たいしたものじゃないわ。ヘーメヴァン伯爵令嬢の言ってることも的外れだとは思わない。私も彼女に賛同するわ」

「ッ!?ティナまで何言って―」

 驚いたのはセリウスだけではなかった。隣に並ぶヘーメヴァン伯爵令嬢もぎょっとしたように私を見た。

「あなたは足手まといだからここに待機していなさい!庶民と一緒に行動する気なんてこれっぽっちもありませんわ!」


 …ひくっと唇が痙攣した。なんか私って、基本的に誰からも歓迎されない星の下に居ないか?


「…あー、痛い。誰かが暴走してくれたおかげで爆発に巻き込まれて体のあちこちが痛いなぁ。立派な淑女がこんな馬鹿な真似するとも思えないし、とんだトラブルメーカーは一体誰なのかしらね?」

 悲しくなった訳ではないが、思わず反撃してしまった私は悪くないと思う。

 無事、ダメージを与えることもできたようで、ぐぬぬっ!と唸るヘーメヴァン伯爵令嬢である。


「わ、わかりましたわよ。貴方も特別に一緒に行かせて差し上げますわ。」

 絞り出したようなその声音が、何よりも彼女の心情を表していたが、私は気にせず微笑んだ。


 「いや、待て。だが――――」

 セリウスは、決めあぐねいているようだった。

 というか、少し焦ったようにも見える?

(…………?)

 なんとなく、腑に落ちない表情だった。奥に行かれては困る、何かがあるとでもいうような…?


 はぁーーー。

 胸いっぱいの吐息をすべて吐き出すような深い溜息を吐いて、セリウスは立ち上がった。

「わかった。女の子二人だけで行かせる訳にもいかねえ。俺も一緒に行く。ただし、俺の指示には必ず従ってもらう。これは譲れねえ。わかったな?」

 諦めた顔でこれだけはとセリウスは呻く。ヘーメヴァン伯爵令嬢はしぶしぶといった様子で頷いた。

 それに倣って私は頷きながら、内心ぺろりと舌を出した。

 知らね。


 こうして突然降って湧いたダンジョン攻略RPGは始まった。






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