お貴族様と庶民の私
よくよく考えたら今日ってサリーの結婚お祝いパーティーの日だよね。
そう気付いたのは目が覚めた後だった。慌ててポスターを見直したら社会見学は夕方までだった。パーティーは皆の仕事が終わってからだから夜も更けた頃に始まる。終わってから向かえば余裕で間に合うはずだ。よかった。
安心した私は胸をなで下ろして、乗り気ではない任務に向かうことにする。昨日あれからどうやって回避するか悩みに悩んだ末、報復が怖いという理由で腹をくくることにした。ヘタレとか言うな。とにかくやるからには楽しくしたい。特技無理やりポジティブシンキングの時間である。
これは深窓の王女サマだった私が民の暮らしの実際を知る良い機会だと思う。王族だった私は、国のためにと尽力する親を見て、それに仕える宰相や参事官を見て育った。歴史が父を愚王と罵ろうと、私にとっては誇らしく素晴らしい王だった。ああ有りたいと、今でも思う。
昨日チャルチシュヴァラ様に言われたことは、魔法石の採掘と加工の過程を見学する予定だということと、その実際を見てこいというもの。王女の時には見れなかった、国民たちの生活。移民の現実も平民の苦労も見てきたけれど、私にはまだまだ経験が足りない。
もちろん、再び王族に返り咲くことなんてない。無駄な行為かも知れない。けれど知りたい。何も知らない間に人が死に、無力に泣くのはもうたくさんだ。
大変遺憾ではあるけれども、チャルチシュヴァラ様の身分は高いもののようだった。っていうかアイツ龍神のくせに国に携わってるって何なの?そんな設定ゲームにあった?如何せん舞台が学園だったもんだから役職なんて触れてなかった気がする。確か生徒として普通に出てきてたけど。
とにかくチャルチシュヴァラ様が国を動かせる身分にあるとするなら、その末端として私が見て聞いたことは国を良くする材料として使ってもらえるはずだ。すっごく不本意ではあるけれど、微力ながら彼に協力したい。
よしやる気出た。頑張るぞ。おー。
早朝の静かな空に私の声が溶け込んだ。
集合場所に着くと、すでに学生たちが集まり始めていた。学生と言ってもお貴族様ばかりの学園なので、爵位に合わせて付き人や取り巻きなどが固まりになっており、前世のような馴染みやすさや和やかな雰囲気といったものは感じられない。
正直なんでこんな人たちが社会見学をしているの?って感じなのだが、魔法石は身分も年齢も関係なく誰もが利用するものなので、基本的な知識はあっても困らないというところなのだろう。公爵様クラスともなれば、自分で魔法使えるかもしれないけど。
そんなお貴族様の団体の中、庶民の自分は大層浮いていた。ジロジロと不躾な視線が刺さり、ヒソヒソと嫌な感じで内緒話をされて、なんだかとっても居心地が悪い。なんだよ庶民ばかにすんなよ(涙)
お貴族様と平民の壁をまたひとつ知った私は、良い国づくりの為の改善点だなと、頭のメモに書き足した。
「汚い庶民の娘が私の視界に入らないで頂戴。」
ひそひそと小さな声が行き交っていた中、突然の大声にびっくりする。
振り向くと、豪奢な扇子で顔半分を隠しながら、ゴミでも見るかのように見下した視線だけを覗かせて、一人の女性が立ってた。
腰まで伸びたクセのない真っ黒な艶髪に、陶器のような白い肌。妖艶な眼差しは鋭く光り、他の生徒とお揃いのはずの制服は何故だか洗練されて見えた。
すっごい美人来た!
思わすテンションの上がった私だが、向けられるその目は侮蔑に歪んでいた。あれ?私何かしたっけ?
「聞いていらっしゃるの?」
「えっと。聞いてましたけど…。」
何と答えたらよいものか。
貴方があっちに行けば良いのでは?と素直に口にするのを躊躇する。
「それならいますぐお帰りなさい。今日に限ってここは、貴方みたいな庶民が来て良い場所ではないの。」
傲慢な態度だ。なまじ顔が整ってるだけに余計に威圧を与えてくる。
美人は大好きだが、ちょっとムッとしてしまう。
私としても、はい喜んで!と潔く帰りたいところだが、さすがにそういうわけにもいかない。
報復とかいう呪いの言葉が脳裏をよぎる。
「帰りたいのは山々なんですけど、私にも帰れない訳があって…」
憂鬱な気分でごにょごにょと言い訳を始める私に毛虫を見るみたいな悍ましい眼差しを向け、綺麗なお姉さんは耳すら塞ぐ。
「いやだ、庶民がこの私に口答えしようとしているのかしら?声を聞くだけで耳が汚されてしまいそう。早くあっちに行かないかしら」
そしてしっしっと、扇子を虫を払うように振ってみせる。
腹立つな。…いやいや悪魔に比べれば可愛いものだ。
揉め事を起こして目立ったりしたくない私は首を振る。なんでも最悪を経験しておくものである。
何が彼女をそこまで庶民嫌いにさせているのか。貴族は皆こうやって庶民を嫌うのだろうか。
頭をもたげる問題に私はこっそり嘆息する。
「あっちに行くのは良いですけど、私も見学しないと帰れない、のっぴきならない大問題があって。ちょっと家には帰れません」
きっぱり言う私に、眉を吊り上げるお姉さんだが、隣に居たらしい付き人の男性が何やら耳打ちすると落ち着かせるように息をついた。
おお。居たのか付き人。
お姉さんの眩しさにすっかり影が薄くなっていた付き人に、私は小さく動揺した。
お姉さんは、何かを思案するように知的なその目を横へ流す。
「…庶民は働かないと生活もままならないもの。きっとこの哀れで小汚い庶民の娘も今日明日のご飯に困って、決死の思いでここに来たのでしょう。それを追い返すのはあまりに心ない行為かしら。…ここは偉大なるヘーメヴァン伯爵家である私が寛大なる心で譲ってあげるべきなのかしら」
心の声が漏れてますよ。
賢明な私はこれ以上話をややこしくしたくないので黙って聞き流すことにする。隣の付き人も心得ているようでただ黙して控えている。
綺麗なお姉さん改めヘーメヴァン伯爵令嬢は、見下す視線はそのままに
「…まあいいわ。それならさっさとあっちの端の方にでも退がって頂戴。くれぐれも私の視界に入らぬようお気をつけなさい」
とかなんとか言って、優雅な足取りで去っていった。
嵐のような人だった。綺麗で目の保養にはなるけどもう関わらないようにしよう。
私はひとり決意した。
隅の方に隠れるように移動した私だが、それからもしばらく不躾な視線は続いた。集合がかけられた時にはなんだか疲労困憊な気分だったが、実はまだ採掘ツアーは始まってもいない。長い一日になりそうだ。
私は今日何度目かになるため息をついた。
全部で100人くらい居ると思われた生徒だが、執事や侍女を抜けば、半分くらいに減少した。それでも人数が多いので、何組かのグループに分けるそうだ。
グループ分けは事前に参加希望を募った時点で決められているらしく、名前を呼ばれた人から順に並べられていく。
応募順に呼ばれていくためのんびり待っていた私だが、ほどなくして名前を呼ばれた。
驚きながらも慌てて前へと出て、どういうことだと勘繰ってしまう。このツアーの申し込みがいつ始まったのかは知らないが、昨日今日ということはあり得ない。もしかしなくても、結構早い段階で私をこのツアーに強制参加させることを決めていたということだろうか。
果たしてその仮定は正しいように思われた。否定する要素も特に浮かばない。こんな直前に突然告げてきた悪魔の顔が浮かび、私は思わず青筋を立てる。わざとだよ、と幻覚が笑った。殺す。
般若の顔で列に並ぶ私だが、それを見た令嬢が
「まぁ!あなたと同じグループですの!?」
と聞き覚えのある甲高い声を上げた。嫌な予感がする。顔を上げたくない。
運命の悪戯に私はこうして敗北し続ける。
案の定、私を虫だと思って見てるヘーメヴァン伯爵令嬢を視界に捉え、私は溜息をついた。
…………めんどくさい。
とうとう本音が零れ出たのは仕方がないことだと思う。




