老婆とオークと少女
片腕のない全裸のオーク、少女アクの2人は、簡素なテーブルを挟み軽く朝食を済ませ、ヤマトの言葉を待つ
「……オーク、名はあるか?」
いつまでも片腕のないオークで済ませるわけには行かないので、ヤマトは名を告げさせようとした
「お、私の名はダノという名です。それ以上も以下もありません」
「しかしオークには、名の上にランク付けの意味合いでその部族の象徴的なものが付け加えられるはずだが?」
「それはご最もですが、今は生まれた親もなく、貴方様に囚われてる身です。ここはただのオークとしか言いようがありません」
「囚われているとは聞き捨てならんが、まぁいい。将来楽しみだな」
片腕のないオークはダノ、少女はアクと、互いに紹介しあったところでヤマトは本題に入る
「我はヤマトだ、まぁアクが勝手に呼んでいたから存じているとは思うが…これからのことを話そう」
ヤマトは立ち上がり、村長家にあった黒板を用い白のチョークで書き込んでいく
「まずはダノ、お前は基礎的なトレーニングを行ってもらう。アクと同じメニューだ」
メニュー内容を聞いていないダノからすれば、少女アクにも出来る内容だと思い込み、気を楽にする
地獄ではあるが
「少女アク、お前にはこれから軽く走り込んでもらい、その後戦闘技術を学ばせてやる。そして昼からは2人揃ってモンスターによる対処を教え込んでいく」
戦闘技術と聞き、アクは昨日の惨事を思い浮かべる
トラウマ並みに刷り込まれた49体のオークの死体は、身体を戦慄させるには十分な程だった
「アクよ、お前には我が最後に魅せた遠距離による斬撃を習得してもらう。それが終われば我の元を離れ、1人で生き延びることが可能だろう」
少女アクには家事炊事等でき、野営もまた適切に教えこんだので1人で生き延びることは容易いだろうと考えていた
だが少女アクはヤマトという地獄そのものから離れるというのに、不思議そうな顔をする
「え…や、やだ!なんで!?」
何故か疑問をぶつけられた
渋々と答えを返す
「先程言った通りだが、アクは独り立ち出来るほど能力を備わせている。戦闘技術においては人類が到達できる範囲内でのことを教える故────」
「嫌だよ!なんで1人にするの!!」
成程そうか、とヤマトは疑問に対する理解をした
齢2ケタになったばかりの少女
両親は死に、頭蓋骨はヤマトの持つ技術によりダイヤモンドへと変換させたが、それでも孤独は嫌なようだった
モンスターへの対処知識があろうと
悪党への対処知識があろうと
肉体的に強くなったところで、アクの心は少女なのだ
ヤマトという存在は、少女アクにとって親代わりだった
それは────考えを改めてもらわねばならない
「アクよ、我はお前の母親ではない」
当然の事だが、確認させなければ少女アクには届かない
「わかってる!分かってるけど!……1人にしないでよぉ…」
孤独がどれほど辛いのか、ヤマトには理解できなかった
封印されていた時代、『撫子』を持つ前までは独りであったものの、人の心を持たないヤマトにとって何ら問題はなかった
だが、少女アクは違う
人だ
人の子であり、か弱き少女だ
ヤマトは悩むが、それも一瞬
「1人は嫌か?」
「…」
黙りながらも、頷く少女アク
顔はもうぐしゃぐしゃになり、瞳は涙で濡れてくる
「だが、決定したことだ」
少女アクは才能がある
努力の才能でもあり、理解する速度が早い
故に
ヤマトの言葉を直ぐに理解してしまい、感情的になる
感情的になるのとは欠点であり、長所でもある
うまく使うか────
「泣いたところで決定事項は変わらん、受け入れるのだアク」
感情的な部分を伸ばしに伸ばし、いずれどこかに所属しても己のルールを曲げなくすれば……
────それで我は上手く生き残れたか?
ヤマトには思う節があった
仲間と思わしき人物たちと行動することは少なく、スザクに勧められるも最終的にはそりが合わず、仕舞いにはスザク本人に封印されるオチだ
「……しれ」
ヤマトは珍しくも何ともなく、ただ命令を告げる
しかし聞き取れなかったのか、アクは首を傾げるので
「走れ!1人と1匹!!」
怒号が響き、少女アクとオークのダノは皿を片付け、走り込みに入った
「何を考えている我は…他に目的があるのだろう!」
己に対する叱咤
強くも、悩める心を持つヤマトにとって、少女アクの独り立ちは困難を極めたのだった
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発売当日、初日から批判が殺到した
急遽キャラの変更はプレイヤー達に不満を募らせ、電話や公式ホームページを炎上させ、掲示板サイトには批判の嵐が絶えなかった
仕方ない、と言ってもいいか
ヤマトの旦那という立ち位置で、スザク率いる仲間達が応戦する
設定上はそのようにしている
しかし、ヤマト2号で、しかもヤマトよりも性能上は劣るがそれでも2ゲージ即死カウンター技を2つ3つ揃えている2号は無理ゲー扱いされて攻略に手間取られたらしい
かく言う創造主である俺もさすがにやりすぎたとは考えていた
ヤマトをベースにした2号は爺キャラで、多少重ね着した浴衣に、草履という訳分からん服装
両目を眼帯で覆う白髪キャラとなっている
人間だった頃のヤマトに惚れ、封印されるまでヤマト封印作戦を拒絶し、対立する
そのあと、2号は敗北し力を制御させる首輪を付けられて使用キャラとなる
首輪は制御装置と言ったものの、必殺ゲージ技を使う度に装置にヒビを入れ、即死カウンター技に破壊する
技が外れれば力を多少失い、鈍重になる
キャラ設定はこんなところか
我ながらキャラ変更したとは言え出来は良い
「お疲れっす、うっわ…ホームページ凄いっすね」
「他にも人気ゲームあんのに、ファンからにわかまで攻撃しまくってるよ」
「まぁ急遽キャラの変更なんて受け入れたくないでしょ」
「金返せなんて言われるけど、ヤマトとあんまし大差ないと思うんだけどなぁ」
「いやいやいや!ヤマトのビジュアルってサイボーグ系っしょ?!最近の流行っすよ?」
「流行ぉ?会社から出た記憶無いから流行りが全くわからん…」
「1ヶ月間パソコンとにらめっこですもんね…ほら、最近のファッション雑誌すよ」
同僚に渡された雑誌には、僅かに残された頭部の皮膚をメイクしたような可愛らしい顔に、上はポンチョ、下はロングスカートを着るヤマトがいた
「おい、服装云々置いとくとして丸々パクリじゃねぇか!」
「え、許可出したんじゃないんですか?」
「俺記憶にねーぞ!……いや、あるかも」
ヤマト実装ひと月前にその手の雑誌取材に来てた記憶を掘り起こした
「俺の才能に惚れてヤマト盗んだのかあの雑誌記者」
「もうヤマト盗んだ疑惑のある奴ら全員容疑者っすね…」
パソコンの前で2号を作りながらも、怪しいヤツらを脳内でピックアップしていたが全員が怪しすぎて絞りこめなかった
もはやこれまで、諦めて使用キャラする側の、2号の調整アップデートに専念しようとした瞬間
爆発音がした
「うっひゃあ!ば、ばばば爆発ですか!?」
「あ、わりぃ俺の着信音だ」
俺は、手の甲に埋め込まれた場所にあるチップを起動し、連絡相手を見る
知らない番号だ
と言うより、知らない相手には爆発音の着信音が鳴るのだが
「──…ふぅ、コノ番号ハ現在使ワレテオリマセン、ピーットイウ合図ガ鳴リ次第、手首ヲ切リ落トシテ身投ゲシテクダ……ピ━━━━━━ッ!」
電話を切った俺
最近、何故か俺の個人番号を流したヤツらがいたので知らない相手には全て上記の行動をしている
今回で10件目、迷惑にも程がある
と、思ったらまた爆発音が
「ちょ、勘弁してくださいよそれ!」
「ちっ、分かったよ…もしもーし」
知らない番号からまたもや掛かってきたので今度は趣向を変えて────
『ヤマト製作者だな?今すぐムサシを廃止せよ、さもなくば』
「……ピ━━━━━」
電話を切った
本当に何なんだ
「いいんすか?切っちゃって?」
「声いじってるかもしれねぇがダミ声で脅してきたら誰だって切るだろ」
「いや、誘拐犯とか要求聞く時切らないでしょ」
「テレビの見すぎだバカ、俺は取り敢えず仮眠室で寝てくる」
ヤマト・ムサシの創造主である俺は一眠りつくためにオフィス内にある仮眠室で12時間きっちりと眠ったのだった
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「ヤマト〜…もう身体動かない…」
「まだ日没ではない、動きを完璧に覚えろ」
ヤマトはお勉強中のオークのダノから離れ、少女アクを見る
剣の稽古といえば基礎的な型だ
ヤマトはそれを踏まえ、己に備わっている剣技の型を少女アクに習得させようとしていた
結果的に成果は乏しかった
型から振り下ろされる木剣には少女アクの我流が混じり、少しだが剣筋が鈍っていたのだ
改善の余地はあるものの、これでも良いかと思考するヤマト
己の剣技を真似ていては将来、それが枷となり、油断を招き、死してしまう可能性がある為だ
なのでヤマトは、少女アクの我流を混じえた型に調整させた
ヤマトの型が“楷書“だとすれば、少女アクは“行書“と言ったところか
結果は成功
派生のような形ではあるものの、剣筋に鈍りは無く、力の制御もある程度使えていた
「少女アクよ、型を崩したが其れはお前によく似合っている。これからも精進せよ」
ヤマトは褒め、少女アクの頭を撫でてやると、アクは目を見開いて驚き、次の瞬間には目を瞑り続きを促した
────もっと撫でてください
そう言いたそうな上目使いは、夜の男なら一撃でやられてしまうであろう可愛げ
ヤマトはそれを見、また撫でてやる
────これを褒美とすれば伸びるか?
そのような考えが浮かび、剣技である、斬撃を飛ばす技を習得した際には何を与えればいいか悩んだのだった
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一方ダノだが、図鑑によるとオークは知恵がなく、知識的欲求が乏しいと記録していたヤマトだったが…
反比例してダノへの教養は満足するものだった
まず全てのモンスターへの対処・弱点を筆記型テストにして採点した
結果は満点だった
次に土の塊を、図鑑に掲載されているモンスターの形状にし、どの部位から破壊させるかをテストさせた
元々モンスター枠のオークだからだろうか、村周辺に存在するモンスターは全て破壊した
「ヤマトさん、何故実物ではなく土塊で?」
さん付けするダノに返答するヤマト
「命にも限りがある、そして人間に仇なす物は、群れでの行動が比較的多い」
「私は群れが襲ってきても大丈夫です!」
「阿呆、貴様は鈍器しか使えぬのだ。下手に殺し損ねたモンスターが不意を打ち、お前を殺すとなれば我の計画が水の泡だ」
計画という言葉を聞き、ダノは疑問をぶつける
「け、計画…ですか?」
オークのダノは疑問符を浮かべてヤマトに質問する
ヤマトはクツクツと嘲笑し、ダノの疑問に返答する
「あぁそうだ、近いうちにアクと殺しあってもらう。仲良くするかはお前次第だ」
それを聞いたダノはそれから言葉を出すことも無く、ただただ呆然としていたのだった
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少女アクにとって、オークという種族は村人を殺し、嬲り、骨の髄までしゃぶった生物だ
当然恨みも増幅するわけであり
ヤマトが生かした『ダノ』というオークも怒りの沸点にはなっていた
「ここ、いいかな?」
時刻は夜、3つの月が綺麗な三日月を並べて見下ろす空に、オークのダノが、夜番中の少女アクの隣に座ろうとしていた
「……」
沈黙は肯定と受け取り、ダノは座る
ダノはヤマトから聞き及んだ計画について話そうか悩んでいた
せっかく生き延びたのに、殺し合うのがオチなのは嫌だ
しかし、少女アクにとってオークは殺す存在だ
ダノもまた、死ぬのは嫌なので殺そうとしなければならない
期限は言わなかったが、自然にわかる
少女アクが斬撃を習得した時だろう
そう確信していた
なのでダノは提案した
「アクさん……私は死にたくないです」
アクに対しても敬語という、人類に対してトラウマを抱えたダノは切り出す
「……」
対してアクは沈黙
ダノは言葉を続ける
「でも……いや、死にたくないから、アクさんと仲良く、なりたいです」
「…めて」
ダノは小さな声を聞き取れなかった
「…?なんと?」
「やめて、オークが話しかけないで!」
当然の反応か
だが、オーク・ダノに疑問が浮かぶ
「いや、でも…そしたら何故、座ってもよかったのです?」
座り込む=話がある、というのは誰だってわかってた
「そっちが勝手に座っただけじゃん!」
ごもっともであるが
「ならば拒絶すればよかったじゃないですか!!」
「……ッ!!」
ダノには分からなかった
いや、分かりたくなかったか
気づいてはいた
アクは少女だと
1人は、寂しいのだと
「それでも嫌!どこか行って!」
口では強く言うものの、身体は縮こまった状態のまま
ダノはさらに困惑する
ひとりが嫌なのに、何故口調が強くなるのかと
「私は死にたくない!だから!」
「じゃぁなんで死にたくないの!?」
────計画
ダノは口には出さず、脳内で幾度も繰り返した
互いに仲良くなり、互いが生命を尊重すれば、計画が有耶無耶になり、少女アク、オーク・ダノは共に生きながらえる
気楽な発想ではあるが、ハイオークになる前のダノにとってはそれが精一杯の発想だった
オークの本能が叫ぶ
────今殺し、犯し、計画ごとなくなればいい
だがそれをしてしまえば、ヤマトにミンチされても文句は言えない
「け、計画…」
「何!計画って!!」
少女アクには計画そのものを知らない
それ故に大声を上げて計画について聞こうとする
ダノは怯んだ
どう説明すればいいか、または誤魔化すか────
「け、計画とはな、ヤマトさんが仕組んだもので…」
「ヤマトが!?ろくでもなさそう…」
地獄を味わった成果が、腹黒ヤマトの印象だ
「私と仲良くして、共に冒険へ行けというものだ」
嘘をついた
オーク種族からすれば嘘八百なんぞ日常茶飯事だが
ダノからすれば、胸が痛むほどの辛い選択肢だった
「仲良くぅ?…無理無理!オークと仲良しごっこなんてやだ」
当たり前の答えに、ダノは安堵した
────これでいい、そのままオークのダノを恨み殺してくれていい、と
「でも、」
と、少女アク
「ダノとなら仲良くなれそう」
ダノはそれを聞き、衝撃が走った
困惑、混乱が募り、その次に憤怒と悲惨が迫り来る
内情、複雑な気持ちが走るも考え直せと反論する
「な、なぜ私なんだ?オークだぞ?!」
「あなたはオークで、わたしはあなたを殺したいほど憎んでる。けどね、ライバルは必要じゃん?」
「ライバル────」
オーク達と共に生きていた時は、ダノにとってライバルはいなかった
共に生き、喜怒哀楽を分かち合い、競うことは一生ないと思われた
その少女は、ライバルと
“ダノ“に向けて言った
「いっしょに高みを目指したら、ヤマトなんて手のひらクルクルさせてやるんだから!だからね────」
ダノからすれば、もうこれ以上はやめて欲しかった
だが少女アクは止まらない
オークではなく
ダノを見ていたから
「わたしと友達になって?」