老婆と少女
「あ……う、だ、だれ?」
少女の初めの発言はそれだった
小屋には排泄物が積まれており、肥料にして使うつもりだったのであろうスコップを、少女は座り込んでいながらもヤマトに向けて構えていた
ヤマトは眼球に搭載された透析装置で少女を視る
「体に異常なしだが、擦り傷等が見られる。破傷風の可能性がある…こちらに来なさい」
「あなたはだれ!?」
少女は声を荒らげた
しかし、問答をしている場合ではない
清潔な水で体を洗い流さなければいけないとヤマトは思い、少女の着ていた布切れを掴む
「え、きゃ!」
「少し荒っぽいが、井戸まで行くぞ」
スコップ少女を肩に担ぎ、小屋から出たヤマトは井戸を模索する
少し歩き、とある家屋の裏手に存在する井戸が、枯れもせずにあった
「フンッ!」
少女を井戸に落としたヤマトは、急ぎ胸筋部分からワイヤーを射出する
井戸の中で勢いよく水柱を出した少女は、慌ててもがくものの、先程のワイヤーがかかり、すぐさま引き上げられる
「熱放射・レベル温風」
ヤマトは右の掌から生暖かい風を少女に送りながら、身体への傷の手当てをしていく
「少し染みるぞ、我慢しなさい」
「ゲホッ、ゲホッ…な、なに?」
少女は水を吐き出しながらもヤマトのされるがままに、じっとしていた
ヤマトは温風を出している手とは反対の指先でかすり傷に塗り薬を付けていく
「この世界には薬草が存在していた。道行く途中に拾ったものの、解析結果はまだ出ていない為、効果は不明だが傷の修復には最適だろうと判断した」
ヤマトが来る途中の大草原には所々に薬草が生えており、採取はしたものの薬草の効果自体は理解していなかった
どうなるかはヤマト自身にもわかっていなかった
つまり、ヤマトからすれば少女はモルモットである
しかし、少女からすれば見覚えのある傷薬となる薬草であった為、不安な気持ちは多少あった
多少とは────その塗るタイプの傷薬に見覚えがなかった為である
「薬草を…煎ったりしないの?」
「…煎るものなのか?」
この時点で最新兵器ヤマトは、この田舎村での時代背景を理解した
中世の頃あたりか、医学も発展していない魔法という存在を信じていた世界の歴史
ヤマトが封印される前の時代は近代兵器が盛んになり、魔法を使う者は血を受け継ぐ者でしか居なく、ヤマト自身も少数しか見たことがなかった
医学は進み、死者蘇生などと神に等しい行為をしている者まで存在していた時代
それに比べるとこの村はそういった魔法や発展した医学など存在しないと判断
ましてや都心部ともなれば切開して内臓を見るという行為そのものはないだろうと思考をめぐらせた
「薬草は煎って、すり潰して、傷口に塗り込むものだよ?」
「な、なるほど…」
ヤマトの施した塗り薬には、元々内蔵されていた様々な効能を、内臓していた遠心分離機で不廃物を分けた薬草に混ぜたもので、傷の修復はもちろん、修復速度、跡傷消滅、美肌効果、メンタル回復まで備わっていた
即死効果のある傷以外は完治できる、この世界における危険極まりない薬が誕生した瞬間である
「ま、まあ治れば問題はなかろう」
「……うん」
少女を乾かし、傷を治療しながらも、ヤマトは本題に入ることにした
「少女よ、この村で何があった?」
「…大きなモンスター達が出てきてこの村を襲ったの、私だけ逃げ遅れてこの小屋に入ってたら…しばらく時間が経ってあなたが来て…」
「なるほど、モンスターの群れが村を襲ったと」
モンスターに対しての教養がなかったのか、少女故にモンスターの名前はわからなかったらしいが、地面に残る複数の足跡、先程の骨の山、それらを見て大猿に近いモンスターがこの村を襲ったのは間違いないようだった
「モンスターへの詳細が欲しいな…」
「あ、それなら村長の家にモンスター図鑑があったはずだよ、村の子供たちを集めて読み聞かせしてもらったけど…」
「けれど、なんだ?」
「わ、わたしはお話聞かずに遊んでばっかりだったから…」
「やんちゃなことはいい事だ、恥ではない」
ヤマトは少女を1人にさせるのも危険なので、片腕でお姫様抱っこし、片方の腕で乾かしながら村長の家へと案内してもらう
「どこにある?」
「すぐそこ…その家だよ、うわぁ、めちゃくちゃになってるね」
村長の家らしき建築物は木造のようだったが、屋根はなく、暴れ回ったかのように部屋中の物が散乱していた
「何かを探していた…?そのモンスターは金品などを漁る習性でもあるのか?」
「し、知らない…」
「そう言えば“やんちゃ“であったな…図鑑らしきものを見ればわかるか」
村長の家を、眼球に搭載されているセンサーで紙媒体を見つけ出す
ほとんどの紙媒体には歯型があり、食い物と勘違いしたのか吐き出した後まである
そのひとつを手に取り、解析しながらも図鑑を探すこと数分
「これだな………?、少女よ、何をしている?」
「あ、いや、その…」
少女は何かを見つけ出し、後ろに隠すが、ヤマトの目は隠しきれないようで
「ふむ、缶詰か。モンスターは匂いで食料を探す分、缶詰には気づかなかったようだな」
「あ、上げないからね!」
「何を言うか、我は『ヤマト』。そのようなものでエネルギーを吸収はせん」
ヤマトに必要なエネルギーは、太陽光の含まれる紫外線と少量の清水で十分なので、基本的に宇宙空間と日の当たらない場所以外は行動可能なのだ
なので、水に関しては雨や雪、海は勿論、泥水や放射線による汚染された水、霧などでも行動可能だ
紫外線は1時間吸収すれば24時間稼働可能となっている
「そ、そうなんだ…ヤマトさんって言うんだね。…わたしはアクっていうの」
唐突な名前紹介されたが、ヤマトは封印される前に何百年と生きた身なので、死にゆく人類の名など覚えるだけ無駄だと知っていた
「そうか、その缶詰はよく噛んで食べるように。私は図鑑を網羅する」
少女はスプーンを手に取り、缶詰を食べる
ヤマトは手に取った図鑑を1字1句見逃さずに解析、記録していった
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図鑑を完全把握しきった頃には日が傾き、宵闇が空を埋めつくそうとしていた
ヤマトが内蔵している世界共用時間は昼頃を指していたが、あたりが夕刻となれば時間設定を変えなければいけないことに気づく
缶詰のゴミが山積みになっている手前の少女に声をかける
「少女よ、今何時だ?」
「アクでいいよ、あと“なんじ“って何?」
どうやらこの世界には時間がなかったようだ
「いや、気にしないでくれ。星を見て時間設定を更新する」
ヤマトは屋根のない村長家から空を見上げ、うっすらと輝き始める星を見る
ヤマトの眼球には超超遠距離可視化を搭載されていたが、宵闇に染る空を見て唸る
「しまったな、我の知っている星たちではない…」
爛々と輝く星は封印されていた時代とは異なり、ヤマトは時間更新に手間取ってしまった
また、ヤマトがいる星の周りを回る衛生も、月ではなく謎の星が3つも回っていたため、混乱を避けられなかった
「これではまるで、スザクが弟子の時代に読んでいた電子書籍…異世界ではないか」
封印を行ったスザクが弟子の頃、よく休みの間に電子書籍を読んでいたが、1度読むとハマるところだったので、スザクが死んで隠居生活する際に読もうと将来設計を立てたほどだった
その異世界にヤマトは立っている
その事実にさらに困惑を重ねる
「全く…この異世界の主人公に会ってみたいものだ」
「主人公…?おとぎ話に出てくる王子様?」
「そのような者だ、絵本はその主役を中心に物事が回っているからな」
あえてヤマト自身は主人公ではないと言い切るところが皮肉ではあるか
少女アクにとってはヤマトが主人公ではないと自覚はしていた
それもそのはず、少女はこの世界のことはあまり知らないが
少女にとって主人公というのはかっこよくて若くて馬に乗っているというイメージしかないのだ
ヤマトの姿はどうだろうか?
細身の身体に見たことも無い鉄で覆われており、所々点滅している
肩まで垂れる黒髪に、顔はイケメンだと思うが、鼻から下、顎全体を身体同様謎の鉄でマスクのように覆っている
腰に下げている武器はたまに来る騎士の剣に似ていた
下半身から下も謎の鉄で覆われており、変な歯車さえ見えている
口調は、若い人間が使わないような上から口調に一人称が『我』と村の年寄りが使っていた言葉に似ていた
決して白馬を乗りこなす王子様ではないのは明白だった
「話を戻そう、少女よ。お前の村を襲ったのはオークという種族で間違いないだろう」
「…?おーく?」
本当にやんちゃしていたようで、オークの名すら知らなかったようだ
「特に最下位のオークで間違いないようだ、ふてぶてしい緑の皮膚に、肉の塊に人類とは思えない筋力を持ち、大きな犬歯が特徴的な、鈍足で言葉は上から目線のモンスターだ。しかし…」
と、ヤマトは一考する
このような生物に負けるほど、この世界の人類は劣っているのかと
封印されていた時代はヤマトに肩を並べる人類が豊富にいた、その存在達がオークと呼ばれるモンスターに劣るほど弱いとなると
「時代が過ぎ去りすぎて劣化したとは考えれない…やはり、別世界なのかここは…」
否定したかったものの、星の位置や時間の差、3つの月、見たことも無いモンスターからして肯定せざるを得なかった
我は……
「ヤマト……?」
「ッ!」
少女アクに呼ばれ意識を覚醒すると、アクは不安な顔をしていた
(何も知らずにこの世界を放浪するならば問題は無い、幸い太陽光も水も異常はなかった…だが)
────目の前の少女はどうだろうか?
缶詰だけで生きていけるほど、この世界は優しくないのは理解している
だからといって放置していいだろうか?
否──────
「少女よ、この世界のことはどれほど知っているつもりだ?」
「え、え?」
突然の質問に戸惑う少女アクだったが、次に口を開いた言葉は
「む、村は田舎で、都会に行けば食べ物に困ることなく自由に暮らせる、と、思…ってます」
というものだった
知らなすぎる、分かっていなさすぎる少女にヤマトは激昴する
「っ、腑抜けがァ!この世界はそんな生易しいものでは無い!!」
最初、強く言っては泣き出してしまうかと思ったが、アクは驚きながらも言葉を待つ
「お前の村が襲われたのはオークで間違いない!しかし力を持たないものは、持つものに頼り自己防衛を劣ってしまう!それがこの結果だ!」
「で、でも村の男の人たちが必死に守ってたもん!」
涙目になりながらも反論するアクだったが、それは詭弁だとは気づかない
「それこそが“怠けている“ということだ!!守ってくれる人間が居なくなったあとのことを全く考えていない証拠だ!」
決意を決めたヤマトは、アクに“命令“する
「我がお前を強くしてやる!」
「……っ!?え?えぇ!?」
「強くなり!後継者に教えよ!この世界を生き残る術を!広めるのだ!!」
半ば強引に、少女を最強の剣士に育てることを決定づけたヤマトは少女の育成方法を練り始めたのだった
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「なぁ、進捗どんなよ?」
同僚の言葉で意識がパソコンから現実に戻される
「あ、えーと…あぁ、進捗な、中身はもう完成してるから後は外側だけだ」
「それってデザイン?」
「今作が3D格ゲーだから戦闘態勢から殴り蹴り超必全てが残ってる…あと半月で仕上げねえと」
俺は軽く説明しながら、モーションの一つ一つを確認しながら動かしていく
「ふーん…って、あれ?ヤマトと違う動きしてない?」
「ヤマトはヤマトでキャラ確立してるからな、同じもの作るのが俺の中で拒絶反応起こしてんのよ」
「なんすかそれ?笑えますね」
「だからこいつは“2号機“だ、ヤマトと同じ性能だけど性格は真逆にしてる」
「真逆、すか…確かヤマトって超絶お人好しの一人称『我』お婆ちゃんでしたよね」
「そそ、だから俺はこいつをジジイキャラに仕立てたのよ」
パソコンの画面には年寄り臭い動きをした木偶が年寄りのような動きをしながら動いていた
「設定とか大丈夫すか?主人公のスザクが封印したのヤマトですし」
「そこはやむ無しよなぁ、顧客には悪いけどヤマトは存在しない伝説となってもらうしかねぇよ」
設定はこうだ
スザクはヤマトを封印するが
2号機でもあるじじいキャラの眼前で行ってしまった為、ラストバトルが始まるということだった
「プレイヤーたちが見たら反感買うでしょうね」
「事前情報とは違うからなぁ、まぁ本部長に伝えたら『別にいーんじゃない?なんか盛り上がりそう』とか言ってたし」
「本部長は目先見えてないっすから」
談笑はそこまでにして、俺はパソコンに向かうとした
俺にはもう、しゃがみ斜め下攻撃を繰り返す老人しか見えなかった
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『━(罫線)』は創作者視点とヤマト視点による切り替え、『──(ハイフン)』は経過直後となってます