アスファルトの陽炎
家から出て右手に真っすぐ、10分くらい歩いたところに神社がある。
元々人気の少ない神社だった。
最近は日が暮れると『怖い人たち』のたまり場になってしまっているらしい。
夜には神社に近づかないようにしましょう。
先生の言葉を思い出しながら地面を踏む。
ザリッと小石のすれる音がした。
わたしだってできれば来たくなかった。
時刻は夕方。またの名を――黄昏。
神社には立派な鳥居が迎える表参道とは別に、裏口と呼ばれるけもの道が通じている。
国道に面したその裏口は門柱も看板もなく、ひっそりと木々に埋もれている。
怪しい赤みを増していく木漏れ日の中、わたしはその裏口に足を踏み入れた。
「たまぁ。どこ?」
飼い猫のたまは元捨て猫で、すきをみては神社へ散歩しに行く。
暗くなる前に探さないと行方不明になってしまうかもしれなかった。
静寂。さっきまで響いていたセミの声も、高速で走り抜ける車の音もぴたりと止んでいた。
ザリッ、ザリッと音を立てて、足音で自分を勇気づけながらわたしは進む。
やがて前方に奇妙なものが現れた。
道の真ん中に札がたっている。
『立ち入り禁止』。
わたしが足を止めたのは、あやしい札に従ったからではない。
いまこの立て札、急に現れなかった?
それで、文字も白い札に後から浮かんでこなかった?
まるで私が近づくのに合わせたように。
イヤな汗が流れる。でも。
ここは境内への近道なんだ。後もうちょっとで着く。
さっきからやぶ蚊も集ってきて、早くこの場を去りたい。
わたしは不吉な予感を無視し、立て札の横を通り過ぎた。
視界が開けてわたしはほっと息をつく。
境内に着いた。しかも誰かいる。『怖い人たち』ではなさそうだ。
りりん、と軽やかな金属音が響いた。
境内にいた数人が一斉にこちらを向いた。
わたしは自分の考えが間違っていたことに気づく。
数人、じゃない。明らかに異様な存在が混じっていた。
三角の耳と毛むくじゃらの体、そして長いしっぽ。
ネコだ。しかも普通の数倍はありそうな巨漢。
顔周りはぼたぼた、お腹にはどっぷりと段が入っている。
見覚えがある。そのネコは子供たちからこう呼ばれていた。
「ぶたくまさん?」
近所のボスネコだ。
改めて考えるとヒドイ名前。
だけど私が付けたわけじゃないし。
ヤダ、ぶたくまさんたら服着てるカワイイ。
二足歩行してたくさんのしっぽフワフワなのカワイイ。
しんどいのに平気なフリして膝プルプルしててカワイイ。
――じゃなくて。二足歩行!?たくさんのしっぽ?
ぶたくまさんは二本足で立ち、青白い炎のついたいくつものしっぽを揺らしていた。
左手に杖を持ち、杖に付いた鈴がりりん、と鳴る。
ぶたくまさんの横にいた数人がこちらへ一斉に顔を向けた。
異様な光景だった。ぶたくまさんもその周りの人々も、全員が和装。
何かの儀式の途中みたいな。
「構わん。いつもの子だ。飼い猫を探しに来たんだろう」
ぶたくまさんは一歩前へ出て右前足――右手を水平に掲げた。
わたしを警戒しているらしい周りの人たち、彼らをけん制したみたいだ。
「せっかくだ、少し話していかないか?
お嬢さん、お名前は?」
同時だった。
「――教えるな!」
「しおり、です」
わたしが名乗ったのと、ぶたくまさんを囲む数人から男の子が身を乗り出したのは。
男の子は表情を険しくする。
まるでわたしが取り返しのつかない失敗をしたみたいに。
そうか、とぶたくまさんは目を細めた。
「――出て行け!今すぐ帰れ!」
「な、なに?」
「出口が閉じてしまう。早く!」
男の子が一方的にわたしへ命令し、数人に抑えられる。
訳の分からないまま、わたしは男の子の言葉通り引き返そうとした。
「慌てることはないよ、しおりちゃん」
ぶたくまさんに呼ばれた瞬間、足が重くなった。
靴の裏に強力な接着剤を貼られたみたいだ。地面に縫い留められる。
男の子が拘束を抜け出し、わたしを庇うように前に立った。
「止めろよ、趣味悪い!」
「ほんの戯れじゃ。のう、しおりちゃん」
ぶたくまさんが優しい声でなだめると、わたしの足は自由になった。
何が起こってるのか分からない。
ただ、今のぶたくまさんがとても怖い存在だということと、男の子が助けてくれていることは分かった。
「あの。あなたは?」
わたしの問いに答えようと男の子が口を開くと、
「その娘に名を教えるな!」
ぶたくまさんが口を挟み、男の子は笑みを浮かべた。
「おれはアマトだ」
とっておきのイタズラが成功したような顔。
「このはねっ返りが……!」
心底忌々しそうにぶたくまさんが吐き捨てた。
八つ当たりのように杖でどん、と地面をたたく。
りりん、と鈴が鳴った。わたしは顔を上げる。
夕闇が濃くなっていることに気づき、急に不安が膨らんできた。
「ぶたくまさん。わたし、帰らないと」
「残念だが帰れないねえ。
しおりちゃんの魂は下っ端妖怪にとってはごちそうなんだ」
ごちそう。身をすくめたわたしの前で、男の子――アマトくんがぶたくまさんをにらんだ。
わたしは慌ててポケットを探り、中のものを掴んでぶたくまさんに見せた。
「お。おやつもってるの。これあげるから、帰してくれない?」
「おお。それは、液状になっているとんでもなくうまいやつ。
さがれ、お主ら!わしのものじゃ!」
ぶたくまさんが目の色を変えた。食いつきはばっちりだ。
わたしはポケットに残っていたもう一本を加えてダメ押しする。
「カツオ味と鳥肉味、今なら2本セットで!」
「ふおおおお」
頭を抱えてぶたくまさんはもだえ苦しむ。その時。
「いいぞ、しおり!」
男の子――アマトくんが。ぶたくまさんに。膝かっくんをした。
「ふおお!?」
ただでさえプルプルしていたぶたくまさんの足はあっさり崩れる。
その隙にアマトくんは駆けだした。
「逃げるぞ!」
わたしはその言葉に従ってアマトくんの後を追う。
ちらっと振り返ると、周りの大人たちがぶたくまさんを助け起こしているのが見えた。
「うまくいきそうだったのに」
「そんな交渉受けるかよ。おやつ取られてしおりも帰してもらえないだけだ」
そんな、と口にしかけた抗議をわたしはひっこめた。
ぶたくまさんの迫力。
近所の気のいいボスネコとして接しているときとは全く違うものに思えた。
化け物、みたいだった。
「境内まで来るのは楽だったかもしれないけど、帰りはそうはいかない。
一度捕らえられた網の中を抜け出す形になるからだ」
――行きはよいよい 帰りはこわい――
童謡の一節が頭をよぎった。
「はぐれるなよ、しおり」
アマトくんはわたしの背を軽くたたき、走るスピードを上げた。
逃げる必要があるのは理解した。
したけど、だからって。
なんで山の天辺まで登らないといけないの!?
神社は山――というか丘の中腹にある。
アマトくんがざっと語った道は、一旦丘の頂上まで登ったうえで、回り道をしながら山から出るというものだった。
当然ながら、参道を通って神社へ行く真っすぐの道に比べ倍近くある。
「バカ正直にまっすぐ出口向かったら捕まるだろ。
今網にとらわれている状態だから、ゆっくり回り道して解いていく必要があるんだ」
ってことだった。
アマトくんは山登りが得意らしく、しゃべりながら登っているのに息は乱れていない。
ふわり、と白い服が膨らむ。
後に残るのはトン、と地を蹴る足音だけ。
トン、トン、と、体重を感じさせず登っていくその動きは、まるで羽が生えているようで。
わたしは今まできれいなものをたくさん見てきた。
人、景色、絵や写真。
でも初めてだった。
人の動作そのものをきれいだと思ったのは。
森の薄闇に人影が飲まれていく。
同化して消えてしまう。
「――待って!!!」
アマトくんが足を止めて振り返る。目が合い、わたしはほっとした。
「何だおまえ、遅いな」
「何だ」と「おまえ」と「遅いな」、全部に打撃を受ける。
返事ができないでいると、ほら、と顔の前に上から手が差し出された。
え、と目を丸くすると、彼の足元にあったわたしの手を掴まれる。
「よっと」
引っ張られ、わたしは大人しくその力に従った。
体がいくらか楽に上がり、わたしは大岩をよじ登った。
アマト君はわたしの手を握ったまま歩き出す。
これはアレだよ。
犬が散歩する時のリードみたいな。
転びやすい人の杖みたいな。
泳げない人の浮き輪みたいな。
要は危なっかしい人に対する安全装置であって。
特別な意味なんて、無い。それなのに。
つないだ手のひらからどんどん熱さが広がる。
クスクスと友達の笑い声が頭によみがえる。
小説か紅茶かネコの話ばっかだね、あんた。
好きな人ができるといいのに。
――何で今思い出すの?
わたしの内面の嵐なんて知りもせず、アマト君はぼそっとつぶやいた。
「重かったー」
わたしは静かに手を放した。
違う、ショルダーバッグを持ってるからその重さも入って――
そこでわたしはバッグの存在を思い出した。
中からスマートホンを取り出す。
「圏外、だよね」
画面の表示を確認し、またバッグの中にしまう。
他に入っているのは、財布とハンカチとティッシュと家のカギ。
この状況で役に立ちそうにはなかった。
「そうだ。スマホ持ってない?」
もうアマトくんは急いでいなかったので、わたしは話しかけるゆとりができた。
「スマホって、さっきいじってた板か?」
板って。その答えで持っていないことは分かった。
考えてみれば、着物だし袴だし距離感近いし、彼はどこか変わっている。
「アマトくんはここに住んでるの?」
「は!?何でそうなるんだ」
「ここら辺子ども少ないから、引っ越ししてきたらすぐウワサになるの。
でもアマトくんを見たのは初めて」
アマトくんは間の抜けたと言うか、呆気にとられたような表情を浮かべ、
「そういうことか」
何かに納得したらしくため息とともに肩から脱力した。
「おれも人間じゃない。妖怪……の見習い」
「人間、に見えるよ。見習いってどういうこと?」
「妖怪になる予定で、まだ保留中なんだ。
おれはさっさとなりたかったんだけど、ジジイが頑固だから」
わたしは改めてアマトくんを見た。
白い着物と袴。わたしと同い年くらいの男の子。身長はわたしより少し低い。
どこからどう見ても。
内心の結論を遮るようにアマトくんが断言した。
「今しおりが見てるものはウソだらけだ。
ぶたくまが恐ろしく見えたならそれは騙されているだけ。
あいつはただのジジイネコだし、ここはただの山道。
おれたちの世界としおりの世界が混ざり合う時間と場所だから。
目で見えるものがゆがんでしまってるんだ」
どう返事していいか分からず、わたしはだまってうつむいた。
それをどう誤解したのか、アマトくんは、
「人間だって妖怪候補になれるかもしれないぜ!?おれみたいに。
実際なったやつらの話も聞いたことある」
見当違いな励まし方をしてきた。
「……例えば?」
別に目指しているわけじゃないけど、話を合わせておいた。
アマトくんは「んー」と思い出しながら指を一本ずつ曲げる。
「男にフラれて思いっきり恨むとか。
まだ小さい子どもを亡くすとか。
年取って家族に捨てられるとか」
「……やめとく」
選択肢がいろいろとヒドイ。
わたしは頭の中で連想し、やがてぶたくまさんの姿にたどり着いた。
「ぶたくまさんも妖怪って言ってたよね。どうやってなったの?」
「この神社がどうしてできたか知ってるか」
知らない、と答えると、アマトくんはどこか得意げに地面を指した。
「昔ここで鬼が暴れまわってたんだよ。
それを武士が退治して、鬼を鎮めるためにこの神社を立てた。
ジジイはその戦いに参加した。千年くらい前の話だ」
「そんな長生きなの!?」
「大したことねえよ。
鬼の手下のネズミを狩りまくってたら勝手に感謝されて勝手に祭り上げられたんだ」
「十分すごいよ……ぶたくまさん」
ただの大きなボスネコだと思ってたのに。
わたしが感心していると、アマトくんは面白くなさそうに大きめの石を蹴った。
やがて何か思いついたらしく、いたずらっぽい顔になった。
「そうだ、おまえに言っとく」
誰もいない中でアマトくんは耳打ちしてきた。
少し緊張したのは内緒だ。
「ぶたくまジジイの本名は獅子丸だ」
「ぶ!?」
吹き出したわたしに、アマトくんは「似合わないだろ?」と笑った。
頂上に着いた後はだいぶん楽になった。
かなり迂回しているけれど、基本的には下り道だ。
日は陰っていく。昼から夜へ。こちらとあちらへ。
世界が明け渡される。
お父さんとお母さん、心配してるかな。
そう思い、思った自分を自嘲した。
2人とも仕事だ。まだ帰っていない。
特に最近は忙しいらしくて、家にいる時間はほとんどない。
このまま私が帰らなかったらいつ気づくかな。
思考が暗い方へ流れかけ、わたしは首を横に振った。
だめだ。弱気になってる。
木立が途切れて拓けた場所で、アマトくんは急に立ち止まった。
かなり視界が広く、下の方には道路の一部まで見えている。
「なあ、しおり。この先にはおまえの知りたくないことがあるんだ」
アマトくんは震える声でそう言った。
表情が影になっていて見えない。
「なに、それ」
わたしは笑おうとして失敗した。
アマトくんやっぱり真剣な顔のままだった。
「心はウソをつく。
目を曇らせて、耳をふさいで、都合の悪いものを除けようとする。
おまえの恐怖がくさびになってここへ迷い込ませてしまった。
ここに来る前に見たはずだ」
ここに来る前。神社に着く前。
わたしは不安で仕方なかった。
――ここまで来て引き返すわけにはいかない――
――引き返したらもっと怖いものが――
わたしは一体何を怖がっているの。
だって、アスファルトの上に。
「動くな!」
突然声を上げ、身をすくませた私の横の地面にアマトくんはとびかかった。
いつの間にかわたしの足元で灰色の塊が動きまわっている。
アマトくんはそれを拾い上げ、
「ネズミだ。来たか」
アマトくんは塊――ネズミを放り捨て、道の先をにらんだ。
「ここは通さぬ」
淀んだ声と共に、無数の毛玉が地面を這って行った。
ざわっとした触感が足元を撫でていく。
灰色の毛玉には白っぽいひもが付いていて、わたしは正体を悟った。
ネズミだ。全身がすくむ。
行く手を遮るように黒い山がうごめきながら立ちふさがった。
現れたのはいびつな球体で、目と口の位置にくぼみが三か所、鼻の位置に隆起があり、ちょうど人の顔に似ている。
ただし頭の横に2本のツノが生えていて、それが人の顔ではありえないことを物語っていた。
この神社は鬼を鎮めるためにできたんだった。
「貴様の持っている宝をよこせ」
化け物が低い粘着質な声でわたしたちを脅す。
アマトくんがとっさにわたしの前へ回り込む。
彼の身構えた腕が、少しだけ震えた。
「アマトくん。怖い?」
「はあ!?怖くねえよ!」
アマトくんは自分を奮い立たせるように言い切り、黒い山を改めて見据えた。
先に動いたのは鬼の方だ。
地面から腕をはやし、こちらに叩きつける。
アマトくんはわたしを抱えて横へ飛んで避けた。
「動くなよ」
わたしにささやくと、巨大な腕をくぐって鬼の真ん前まで駆けた。
そして地面を蹴って鬼の目の部分に飛びかかる。
鬼の口が裂け、笑った――ように見えた。
次の瞬間目の部分が大きくくぼみ、アマトくんは宙で空振りする。
そのまま口の部分へ落下しそうになるところを、ツノを掴んで体を持ち上げて離れた地面に着地した。
鬼は腕を何度も振り、アマトくんはぴょんぴょん飛び跳ねて軽快にかわす。
どうしよう。アマトくんを助けなきゃ。
焦りで狭まった視界に大きめの石が映った。
わたしはその石を両手で持ち上げ、鬼の方に投げた。
石はそのまま鬼に直撃し――吸い込まれた。
「え!?」
石を飲み込んだ後頭部が一瞬欠け、瞬きの後には元どおり修復されている。
こちらに気付いた鬼が顔を向けてきた。
楽しそうに口の両端を釣り上げている。
こ、こわい。止めておけばよかった。
体が動かない。鬼が腕を大きく引いた。
「伏せろ、しおり!」
真横を一陣の風が飛びすぎていった。
りりん。
なつかしい金属音が響く。温かい腕。
永遠のような一瞬の中で、わたしはようやく悟った。
そうだったんだ。
いつもあなたは助けてくれてた。
恐怖が収まり、心の中が凪いでいった。
目を開けると、鬼は腕を振り終え、アマトくんはわたしの横に倒れていた。
ケガはないみたいだ。よかった。
「何やってんだよ。動くなって言っただろ」
ごめん、と小さく謝り、わたしは体を起こした。
そして前へ進み、『恐ろしい妖怪』に向かってそれを掲げて見せた。
「宝って、もしかしてこれのこと?」
「そーれーだー」
思わず笑みがこぼれた。
大丈夫。かたちに惑わされたりしない。
ここで見るものにはまぼろしが混じる。
心はウソをついて人を騙す。
「こんなもの怖くないよ――獅子丸!!」
鬼が割れた。無数のひびが入る。
「ありゃ。ばれてしまったか」
耳に届いたのは間抜けな声。
鬼の形が崩れ、中にびっしりと詰まっていたネズミは蜘蛛の子を散らすようにあちこちへ逃げていった。
道の先に西日が差していた。裏口に合流したのだ。神社の出口はすぐそこ。
「なあ、しおり。おれを見つけたのがおまえで良かった」
アマトくんは穏やかな笑顔を浮かべていた。
何かを受け入れたような、何かを諦めたような、悲しくなるくらいの。
わたしは出口へ向かって一歩ずつ進み、最後の一歩、神社の敷地から外に出た。
視界が開ける。
地面に黒いものが落ちている。
ようやく直視できたそれは、またたきの間に輪郭がぼやけていく。
「アマトくん――たま」
わたしがふり返って彼の本当の名前を呼ぶと、男の子の姿が消えた。
代わりに、彼の足元辺りの場所に一匹の黒猫が現れた。
ずっと寂しかった。両親は仕事で忙しくて、近くに同年代の友達もいなくて。
神社の隅、ひっそりと置かれた段ボール箱。
消え入りそうなほど小さな泣き声。確かに呼ばれている気がした。
「あなたを見つけたのがわたしで良かった」
薄闇の中、左右に伸びる国道は暗い色を増していた。
アスファルトの上の黒い塊。
たまは車にひかれて死んじゃった。
わたしはここに来る前にそれを見たはずなのに。
目をそらした。見なかったことにした。
「一緒に居られて楽しかった。
側にいてくれてありがとう」
もう少し一緒に居たかったな。
あえて伝えなかったけど、わたしの気持ちなんてきっとお見通しだ。
たまは真顔でじっとわたしを見つめる。
やがて目を和らげてきびすを返し、そのまま夜の闇に消えてしまった。




