お義父さんと呼べなくて…
世間って狭いですね…(;^ω^)
今、俺は窮地にたたされている。
冷や汗をだらだら流しながらも辛うじて営業スマイルを浮かべているけど内心では心臓がバクバク激しい鼓動をしててね…えっ、何の話をしているのかって?あのね、馴染みのお客様のところに営業に来たんだけどね…その営業マンの人と話をしていたらね---。
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俺の名前は梶原真悟25歳、とあるブラック企業で営業マン一年目なんだけど今、非常に不味い状況に立たされてるんだ。
「ねぇ、梶原くん聞いてるかな?」
「はい、もちろんです」
目の前にいるのは本当に営業マンか?って思うほど柄の悪い人がスマホ片手に娘の写真を見せてくれている状況。
その娘さんは緩くウェーブのかかった茶髪を肩まで伸ばした可愛らしい女子高生で目鼻立ちも整っていてもろに俺の好みの子だ。
その写メを見せながら柄の悪いその人はデレデレとした表情で娘自慢をしていて俺は笑顔で相づちを打っている。
それが今の状況。
「もうね、目に入れても痛くないぐらい可愛いんだよ♪見てよ、うちの娘ってアイドルみたいにちょー可愛いでしょ♪♪」
「そうですねぇ--」
親バカっぷりの目の前の人に俺は一年間で鍛え抜かれた鋼の営業スマイルで対応していけれど…内心はかなり焦ってる。
なぜかって?それはね…今、見せられている娘さんを俺は物凄~く良く知っているからなんだ。そりゃあ、もう食べ物の好みから何から何までね。
---というより俺の彼女だ。未成年だったかぁ…。
この場で頭を抱えたいのを堪えながら俺はバレないように必死で演技をしている今の状況。
バレたら目の前の柄の悪い人に殺される。
「あれっ?梶原くん、どうしたの?」
俺の青ざめた顔色を見て柄の悪い…いや、もうこの際お義父さん(仮)でいこう!が尋ねてくるが本当の事を言えるわけもなく。
「いえ、少し体調を崩していまして」
「そうなの?ここ、少し冷房が効きすぎてるからねぇ。あっ、それは良いんだけどさぁ。最近ね、娘に彼氏ができたみたいなんだよ…」
額に青筋を浮かべ眉間にシワを寄せながら低い声で呟くお義父さん(仮)。
怖い怖い怖い--御免なさい、俺です。
「へ、へぇそうなんですか?これだけ可愛らしいとやっぱりモテるんでしょうねぇ」
なんとか会話を紡ぎ出すが少し声が震えてます。
「うん、そりゃあねぇ。思春期だから彼氏ぐらい出来るのは良いんだけどさぁ。まぁ、同年代なら半殺しで認めてやろうと思ってたんだけどさぁ…」
同年代なら半殺し…社会人なら殺されるのか?
「社会人みたいなんだよねぇ…どう、思う?」
俺を見つめてくるお義父さん(仮)の目がギラリと輝きを放った気がする。これはあれか、カマをかけられているのか?もしかして、彼氏が俺だとバレているのか?
「そ、そうなんですか?」
はい、ヘタレです。俺ですと言えませんでした。
「社会人が未成年の娘に手を出すなんてふざけてると思わない?しかもさぁ、どうやら俺より少し下のおっさんなんだよ」
うん?ちょっと待って…お義父さん(仮)。
「お幾つぐらいなんですか?」
「32歳って娘が言ってた」
うーん、ちょっと整理しようか…俺は今25歳で自慢じゃないが童顔でよく年齢より下に見られる。
だから間違っても32歳と言われない。
あれっ?おかしくない?
「あのぅ、すいません。ちょっとお手洗いをお借りしてもよろしいでしょうか?」
怪訝そうな表情を浮かべるお義父さん(仮)でもね、早急に確認しなきゃいけない事案が発生したのですよ。
「うん?あぁ、そう言えば体調悪いって言ってたもんね。そこを出て突き当たりにトイレがあるから」
話が中断されて不満そうながらもトイレの場所を教えてくれたので俺はそそくさと立ち上がる。
「はい、失礼してお借りします」
少し早足になるのは仕方がないだろ?
個室に入り鍵をかけると直ぐ様、スマホを取り出し彼女に電話する。
「どうしたのぉ~?」
聞きなれた甘い声が俺の耳を刺激する。
うん、負けそう。だってさあ、可愛いんだもん。
けれど、聞かなきゃいけない。
「あのさぁ…」
「うん?なにぃ?」
その声に小首を傾げている姿が脳裏に浮かぶ。
覚悟を決めるために小さく深呼吸して--。
「浮気してるだろ?」
ツーツーツー。
はい、電話が切れました。確定です。
耳に響く通話の切れた音を聴きながらガックリと肩を落とす。かけ直す気力も浮かばない。
とりあえず戻ろう。
トイレからでた俺はお義父さん(仮)いや、顧客の営業マンの元へと戻ると待ってましたとばかりに俺へと話しかけてくる。
「体調は大丈夫かい?顔色が悪いみたいだけど」
ええ、あなたの娘さんのお陰でどん底ですよ?
「はい、大丈夫です」
心の中で深い闇を覗き込みながら血の涙を流していますが表面上は鋼の営業スマイル。
「でね、さっきの話なんだけど梶原くんはどう思う?俺は許せないんだけどねぇ」
さっきまで青筋を立てていた顧客の営業マンが悲しそうに小さくため息を漏らしてるけど…泣きたいのはこっちですからね?
何が悲しくて彼女の父親から浮気相手の存在を知らされなきゃならないんですか?うぅ、もういいや。
「私は恋愛は自由だと思いますよ。確かに未成年って部分はありますが節度を守ったお付き合いなら認めてあげて良いと思います」
その言葉にガックリと肩を落として小さく頷きながら俺の方をちらちらと見つめてくる…何ですかねぇ。
「うん、そうだよね。ちょー可愛い娘から嫌われたくないし、でもなぁ…梶原くんが娘の彼氏だったらよかったのにねぇ」
その言葉は浮気相手が出る前に言われていたら今頃は『お義父さん!』って呼んでいましたよ?
でもね?確認したら電話を切られたんですよ?俺の精神がゴリゴリ削れていますからね…今さら、そんな言葉を出さないで。
そして----数年後。
娘ちょー可愛いと言っていたお義父さん(仮)は孫ちょー可愛いと言うお爺ちゃんになるのでした。