優しさ
私と勇儀は友達。
じゃあ他の皆は?
今まで何も気にせず過ごしてきたが、一度こんな話題が出たら気になるに決まってる。
さとりを始め地霊殿の奴らは友達だと言ってくれた。
あとは?アリス、魔理沙、咲夜、妖夢、霊夢、紫、
妹紅
ルーミア
たった今思いついただけでもこんなにいる。
全員に確認するか?
何があったと逆に心配されそうだ。
そもそも皆はそんな奴じゃない。「当たり前だ」と返されるだけだ。気にする必要はないか。
そう言って簡単に置いておけるほど私の脳は良くできてないが。
というかその話題に気をとられ過ぎた。「私が人間かどうか」というもっと重要なことを聞きそびれた。
紫なら何か知ってるか?
私は幻想郷に来た時のことを覚えていない。来る途中で何者かに襲われたらしく、気づけば永遠亭のベッドで寝ていた。聞いた話では、死にかけの私を最初に見つけたのはルーミアだった。意識のない私を見るなり霊夢たちを呼び、妹紅の案内で永遠亭まで連れていってくれたらしい。
人喰いがなんで人間を?と聞いたら
「自分でも分からない。助けなきゃって思った」
それ以上聞いても、その答えは出てきそうになかった。
皆が私にやたらと優しいのも気になる。ありがたいことだが、その優しさには憐れみや同情を感じるような不自然さがあった。
何か関係があるのか?
私の思い込みか?
自分一人ではいくら考えたって答えは出ない。とにかく紫の元へ行こう。
「あら、貴方から会いにきてくれるなんて、嬉しいわ」
私が勝手にそう決めつけているだけなのかもしれない。
だが、その言葉に私が違和感を感じるという事実は変わらない。
「話がある。上がっていいか?」
無意識に声のトーンが低くなる。いつも通り接しているつもりでも、心はどうしても表に出てしまう。
「ええ、もちろんよ」
紫は優しく微笑む。こいつの行動は読めないといつも警戒しているのだが、こいつにハメられたことは一度もない。
やっぱり私の思い込みか?
「藍、お茶をお願いね」
「はい、紫様」
踵を返してこっちに向かってくる一人の女性。
八雲藍。
紫の式をしている九尾の狐だ。行動、思考が読めないのは主人と変わらない。
彼女がすれ違いざまに私の肩を掴んでくる。
「お前なら大丈夫だと思うが、あまり紫様を困らせるなよ」
「分かってる。私もそこまで子供じゃないよ」
藍と関わる機会はそんなに多くはない。そのため、ある意味紫よりも怖い。平静を装ってはいるが、彼女の世界はどうにも慣れない。
「それで、話って何かしら」
いつもの飄々とした態度でこっちを見る紫。その瞳に、私の心が見透かされているのではないかと怖くなる。
だが、そんな事で躊躇う必要はない。これは私の問題だ。心を見られていようが今は関係ない。
「……紫」
私の声をじっくりと聞く。
「私は……何なんだ?」
「……どういう意味かしら」
紫の表情が少しだけ険しくなる。
「そのままの意味だ。私は何者なんだ?」
「何者って……ミツキでしょ?それ以外の何があるのよ」
そうだ。私はミツキだ。
だが、私の知っているミツキとは限らない。
「私は、本当に私の知っている私なのか?ここに来る前の私なのか?」
「どうしてそんな事を私に聞くのかしら」
「紫なら何か知ってるかもって思ったんだ。私のことを気に掛けてくれてるし。」
「貴方は貴方よ。自分のことは自分が一番分かってるんじゃない?」
分からない。
だから相談しに来たんじゃないか。
「声が聞こえたんだ」
「声?」
あの時、頭に響いた声。
「お前が求めているのは力だって、ハッキリ聞こえたんだ」
「……!」
紫の表情が一瞬だけ曇ったのを私は見逃さなかった。
「何か知ってるなら教えてくれ」
「何故そんなに知りたいの?」
知りたいという欲は抑えられない。
たとえ、それで何かを失うことになったとしても。
「自分のことが分からないって、怖いんだよ。だから知りたい」
「知らなくていいこともあると思うわよ?」
「自分のことならいずれ知る時がくるだろ。それなら今知っておきたい」
「……」
考え込む紫。初めて見た気がする。
「…本当にいいのね?」
「そこまで言われて今更引き下がれるか」
「……分かったわ」
呼吸を整える紫。その様子に、私も心の準備をする。
「ミツキ、貴方は……」
「人間じゃないの」
薄々感じてはいた。
地底の妖怪たちの言葉に対し、あらゆる可能性を考えていた。
勿論、その可能性も。
だが記憶に全くない。故に、一番可能性が低いと思っていた。
冷静に考えればそんなことはない。ルーミアが見つけた時の私は、既に満身創痍だった。私の命をこの世に留める為に、何かしらの措置がとられたことは間違いない。
しかし、どうやって?
ショックよりも理解の不足で言葉が出ない。
「ルーミアが見つけた時の貴方は、既に一刻を争う危険な状態だったわ。あの子が見つけていなかったら、貴方は今ここにはいない」
「意識を失っていた貴方を霊夢たちが永遠亭まで運んだのよ」
それは知ってる。記憶にないが、永遠亭の医師、永琳から聞かされた。
重要なのはその先だ。
「治療はすぐに行われた。でも、血が足りなかったの」
「血か……でも今私がこうして生きてるってことは、適合者がいたのか?」
疑問はまだある。ここまできたら全部ぶつけるしかない。
「来たばかりの私に血を提供するような奴がいたのか?それで私が人間じゃなくなったってことか?」
「察しがいいわね。今にも死にそうだった貴方に、ルーミアの血を輸血したの」
あり得ない。質問の答えが返ってきても、そこから新しい謎が出てくる。
「私の血液型はA型。それ以外の血は受け入れないはずだし、そもそもルーミアは妖怪じゃないか。凝固反応どころか輸血という行為自体馬鹿げてる」
「でも、貴方はその馬鹿げた行為に助けられた……そうでしょ?」
言葉に詰まる。こればかりは紫の言うとおりだ。
「永琳も最初は驚いたそうよ。解決の糸口が見つからない永琳に「私の血を」って名乗り出たのがルーミアだったの」
「それで助かったのか?妖怪の血を受け入れたのか?私の中で何が起きた!?」
質問が止まらない。いや、止めない。
そうしないと理性を保っていられない。今の感情を表に出したら紫に迷惑がかかる。
自分が知りたいと言ったんだ。それだけは避けねばならない。
しかし頭では分かっていても、行き場のない感情が声と顔に出てしまう。
「それは永琳にも分からないみたい。妖怪の血を受け入れた人間は初めて見たそうよ」
「だから貴方にはルーミアの血、宵闇の力があるわ」
「待ってくれ!何故それを教えてくれなかった!なんで黙ってたんだ!」
「言えるわけないじゃない!」
紫の言葉に怒気が混じる。
「……ごめんなさい。でも、貴方に余計な感情を与えたくなかったの」
そうだ、落ち着けミツキ。
こっちに来た時、私はまだ高校にも上がっていない年齢だ。そんな奴に事実を伝えられないと思うのは当たり前のことだ。
これは、紫たちの優しさなんだ。
「いや、謝るのはこっちの方だ」
重い空気に耐えられない。まだ知りたいことはたくさんある。
「じゃあ、私が聞いた声は……?」
「貴方には強い執念がある。何にそこまで執着してるのか、私たちには分からないけれど……」
「私の中にあるルーミアの闇の力が、私の闇と結びついた?」
「断定はできないけれど、その可能性は十分あるわ」
「貴方はルーミアの血を受け入れて半妖になった。だからルーミアと同じ闇の力が使えるはずなのよ」
今まで気づかなかったのは何故なんだ?
何故今になってあの声が聞こえたんだ?
「……最近、過去に関わることをした?」
「ん?ああ……さとりに心を見てもらったんだ。それが関係してるのか?」
「貴方の闇はルーミアとは違う。あの子のような自然の闇ではない、心の闇が力になってるのかもしれないわ」
「今になって顕著に表れたのは、過去を思い出して執念が強くなったからか……」
「……随分冷静ね」
正直頭の中はパニック状態だ。この短時間で得た情報が多すぎる。だが、それを表に出して解決するようなものじゃない。
整理に時間が掛かる。とにかく理解しようと必死の私を、紫は心配そうに見つめている。
「ねぇ……ミツキ」
「ん?」
「一人で抱え込まないで」
心の殻が割れる音が聞こえた。