涙
そもそも姉妹とはなんだろう。血が繋がっていれば姉妹なのか?
血は繋がってないが、生まれた時からいつも一緒で、姉妹同然の距離感を保つ奴らだっている。例え形式上姉妹であっても、そこに愛がなければ姉妹とは言えないのではないか?
私とユキ姉さんは血が繋がっているから姉妹なのか?
私とフウカ姉さんは血が繋がっていないから姉妹じゃないのか?
そもそも私は妹?弟?どっちになればいいんだ?
答えが出ないのは分かってる。「友達」「家族」「愛」といったものは定義で決められない。心が決めるものだ。理屈で考えたって真実に届かない。それで納得するしかない。
だが私は心というものが分からない。普通の人はまずそんな事気にもしないだろう。自分が友情を感じれば、自分にとってその人は友達。自分が家族だと思えばその人は家族。そんな感覚だろう。
そういうのは、生きていく中で自然と発生する人との関わりで無意識に覚えていくものだ。
私はそういったことを理屈で考えたがる。哲学的だとよく言われるが、それって私が変な奴ってことだろう。
当然か。実際変な奴だと自分でも思う。考え方、価値観が他の奴らとは明らかに違う。世の哲学者達も周りから変人扱いされていたのだろうか。
こういったテーマは考え出すと止まらない。周りの声だって聞こえなくなる。
当たり前のことに疑問を抱くのは大事なことだ。それで多大な業績を残した偉人はたくさんいる。視野を広げ、世界を広げる大事な要素だ。
だが人との関わりも世界を広げる要素の一つ。知識を得たいと言うなら、周りの声にも耳は傾けよう。
「ミツキ、ミツキ!」
何回意識を飛ばすのか、気づくとさとりとこいしが私の顔を覗き込んでいる。お燐の姿はいつの間にか消え、代わりにお空がいた。
「ミツキ?」
古明地姉妹の間に八咫烏も割り込んで目の前には顔が3つ。
「うわっ!」
思わず声が出てしまった。私の反応に3人も驚く。
こいしとお空は不思議そうな顔、さとりは呆れている。
「また考え事?それ自体は構わないけど、知り合いの前では控えた方がいいわよ。反応がないと心配になるわ」
アリスにもルーミアにも霊夢にも心配された。やっぱり私は皆に迷惑を掛けてるんじゃないか?皆に関わらない方がいいんじゃないか?
「あぁ~……それは違うわミツキ」
さとりが突然話し出す。また心を読まれたのか。
「確かに貴方は皆を心配させてる。それ自体は褒められるものではないわ」
やっぱりそうなんじゃないか。
「まぁ最後まで聞いて。私たちは、それ以上のものを貴方に貰ってるのよ」
ありきたりな答えだ。
「たとえありきたりでも、私たちにとってはとても大きいもの」
私にとっては小さなもの。それこそ、当たり前のことだ。
「私たちは貴方に支えられているの。だから貴方にいてもらわないと困るのよ」
私の代わりならいくらでもいるだろ。
「……いないわよ」
それもまた、ありきたりな答えだ。
褒められるのは慣れていない。故に、どんな褒められ方をしても否定出来てしまう。その気持ちを素直に受けとればいいものを、何故意地を張って否定するのか。
理由は分かっている。保険を掛けたいのだ。
相手からの称賛を素直に受け取ると、それが出来る優秀な奴だと認識される。当然周りからはもっと期待される。
だが人には限界がある。周りの期待を煽ると、いつかはその上限を越える課題が渡される。その課題がクリアできなかった時、今まで散々自分を持ち上げてた奴らが掌を返して批判する。私は何度も経験してきた。本来なら経験しなかったはずなのに。
人は過去の経験から未来を予測できる。成功するかしないか、その結果の程度……複数の選択肢の中から、自分の過去、経験、今の能力、その時の気分など、様々な要素を照らし合わせて、最も近い未来を予測する。
だが私には、選択肢が一つしかない。
だから保険を掛けたいのだ。自分をひたすら卑下し続ければ、失敗した時に言い訳ができるから。
世の中にはそれを認めない人もいる。「お前の努力が足りなかっただけだ」と。
じゃあ、認められない努力しかできない人間はどうすればいいの?
ハードルが高すぎて自分の力では絶対に越えられない。
それなら、もうハードルを下げるしかないじゃないか。
普段聞かない音は耳に入りやすい。誰かのすすり泣きで我に帰る。
すすり泣き?
慌てて顔をあげる。
さとりが泣いている!
何があったのか分からない。突然のことに、こいしもお空も戸惑っている。
私は、さとりを見つめることしかできない。
すると今度はこいしが泣き出す。二人にもらったか、お空までわんわん泣き出した。
突然視界に入ってきた不可解な現象に恐怖すら覚える。
じっとしてても分からない。取り敢えず声を掛けよう。
「さ、さとり?どうした?大丈夫か?」
さとりは私の顔を見ると、涙をポロポロと流しながら抱きしめてきた。何がどうなってる!?
思わず視線を逸らすと、その先にいたこいしとお空までくっついてきた。
頭に響く3人の泣き声。私まで涙が溢れてくる。
とっくに枯れ果てたと思っていたのに。
戻ってきたお燐は絶句。慌てて私たちに事情を聞く。
さとりも落ち着いてきた。話してもらおう。
また私の意識が飛んでいた。それを見たさとりは私の心を覗き、私の目的を知った。そして私の望み通り、いつもより深く私の心に入ってきた。
私には間違いなく心がある。だがその心は真っ黒に染まっていたらしい。
黒は本来、人の目では認識できない色。私たちが普段目にしているのは「限りなく黒に近い色」だ。
だが私の心を染めたのは、純粋な「黒」。底知れぬ闇。
そこに飛び込んできたさとりを襲う、負の感情。
断片的ではあるが、さとりは私の過去を知った。私の境遇に同情したというよりは、ただ怖かったようだ。その恐怖に耐えられず、涙が溢れてしまったのだろう。
さとりが泣くことは滅多にない。今回の件を除けば、最後に泣いたのは、こいしが自分の目を潰した時。こいしとお空は、あの日以来一度も見なかったさとりの泣き顔に、無意識に事の重大さを知り、泣いてしまった。
ある程度は自覚していたが、私の心はそんなに荒んでいたのか。
さとりたちに何度も謝る。当たり前だ。自分の我が儘で、こんなにつらい思いをさせてしまったのだから。
さとりは今まで、数え切れない心を見てきた。私と似た境遇の奴も何人かはいたはずだ。それでも彼女が泣いたのは、それだけ私のことを大切に思ってくれているからだと容易に想像できる。
その涙で、さとりが見たという「心の闇」も、少しだけ晴れたような気がした。
だが、さとりが見たのはそれだけではなかった。
私の心は真っ黒だ。だがその中に一つだけ、確かな光を感じた。私の心が闇に染まっているのは、その光が強すぎるせいらしいが、私の心に光があるのは間違いない。
さとり曰く「必要な光」だそうだ。
話を聞く限り、その光の正体は大体想像がつく。だが私が必要としてるなんて到底思えない。
これは、私が努力して努力して努力して、その努力を全部投げ捨ててやっと手に入れた幸せだ。
私の世界に、あんなものは必要ない。
私の幸せを、あいつに侵食されたくない。