在り方
人は、時々記憶を封印する事があるらしい。心の許容範囲を超える衝撃に遭った時、精神を守る為だ。本人も自覚していないため、覚り妖怪でも読めない。某裁判ゲームの黒い錠前のような感じだ。
さとりは私の心が読みにくいと言っていたが、それって私に心がないってことか?だが私は悲しみを感じる。アリスの涙を見たとき、胸が苦しくなった。泣かないでって心の中で何度も言ってた。
じゃあ、さっき言った通り記憶を封印してるのか?だがあの時のことは、まるで昨日のことのように思い出せる。逆に忘れたいくらいなのに。
やることもないし、さとりの所へ行こう。何故私の心が読めないのか突き止めてもらおう。自分のことは出来るだけ知っておきたい。
旧地獄へ。人間の出入りは許されているが、普通の人間は近寄りすらしない。怨霊が住み、鬼が社会を築き、覚り妖怪が屋敷を構える、正に地獄だ。
だが一度来てみれば分かる。ここのやつらはそんなに悪いやつらじゃない。人間によって旧地獄に落とされた奴がいるし、人間を嫌う奴も当然いるが、少なくとも私のことは歓迎してくれる。理由を聞くと、ここには以前命蓮寺の奴らが1000年も住んでたって言うじゃないか。命蓮寺の僧、聖白蓮の目的は「人間と妖怪の共存」。その下にいる妖怪に感化されたのか。だが、私を歓迎する理由はそれだけではないらしい。
「人間っぽくない」ってどういうことだ?
私は確かに人の姿をしている。鏡を見ても、友達に聞いても、自分が人間だという答えしか出ない。幻想郷には人の姿をした妖怪もたくさんいるが、私は元々外の世界の人間だ。あそこで人の姿をしている生物は人間だけだ。私がいた時は人造人間なんていなかった。技術的にはまだ不可能だったはずだ。だから私は人間で間違いないのだが……
パルスィ、勇儀、ヤマメにも聞いたが、口を揃えて「普通の人間とは何か違う」と答える。じゃあその何かって何なんだと聞くと
「……オーラ?」
「分からない」
「だから何かだよ」
まともな手掛かりはパルスィしかくれなかった。そのパルスィでさえ、暫しの沈黙から疑問符をつけて返してきた。結局真偽は分からない。私自身自覚してないし、周りの目でも分からないなら解明はできない。この問題はひとまず置いておこう。
地霊殿にたどり着く。何気に自分から会いに行くのは初めてだ。
深呼吸しつつ軽くノック。出迎えてくれたのはお燐だった。
「さとり様は忙しいから」
当たり前か。地霊殿の主だし、炉の管理をしてるお空の主人だしなぁ。
そもそもアポも無しにいきなりやってきて自分の用事に付き合わせるのはあまりにも図々しい。入れてくれたお燐に何度も謝罪をする。
「いいのよ、さとり様のご友人なんだから。歓迎するのは当然よ」
「それに、貴方が来てくれればこいし様も喜ぶし……」
「あ!ミツキだ~!」
噂をすれば。
私を名指すなり全速力で胸に飛び込んでくる少女。遠慮というのを知らないのか。
上半身に襲いかかる強烈な刺激に思わず声が出てしまう。
少女の全体重が私の胸に掛かる。別に彼女が重いわけではないが、私の非力さと判断の遅れが重なり、思いっきり尻餅をついた。
ドスン!という重い音が廊下に響く。ちょうど尾骨の辺りをぶつけてしまった。少女は苦痛の表情を浮かべる私を気にもせず、私の両脇に腕を回して思いきり抱きしめる。
古明地こいし。さとりの妹だ。
彼女も覚り妖怪なのだが、心は読めない。覚り妖怪の特徴である第3の目は閉じている。彼女も自身の個性に悩まされていたのだろう。強い個性の持ち主が蔑まれるのはどの世界でも同じか。
彼女がとった選択は、その個性を捨てることだった。
その目は閉ざされ、同時に彼女の心も閉ざされた。そのため、姉のさとりでも心を読むことはできない。
強い個性、読めない心。
私と似ている。彼女がやたらと私に懐いているのもそのためだろうか。
「お姉ちゃんに会いにきたの?」
「ああ、あと君にもね」
こいしに会う用事はなかった。私の目的はあくまでさとりだが、この子の無邪気な笑顔を見ていると、ついそんな事を言ってしまう。
嘘はついていない。私に懐いてくれるこいしに会えるのは、私にとっても嬉しいことだ。人付き合いは苦手だが、誰かから愛されること自体に悪い気はしない。
「あらミツキ、いらっしゃい」
背後から聞き慣れた声がする。
用事を片付けたさとりが、微笑みながら向かってくる。
「あ、お姉ちゃ~ん!」
ついさっきまで私にくっついていた体が離れる。気づけばこいしは既にさとりに抱きついていた。
こいしの頭を優しく撫でるさとり。微笑ましい光景だが、同時に少し妬けた。私に甘えている時のこいしは、まるで本当の妹のようだ。その妹を取られたような気がした。さとりを羨んだ。
彼女たちは本当に仲が良さそうに見える。だが二人は正反対だ。性格も、問題の対処の仕方も。
「個性を保ち、適合者を探した姉」と「個性を捨て、適合者を作った妹」
とても血の繋がった姉妹とは思えない。だが事実は覆せない。
二人は間違いなく本当の姉妹だ。
私たちは本当によく似ていると思う。
私にも姉がいる。能力も、性格も、境遇も、
何もかもが正反対の姉が。