リスク
宴はまだまだ続く。
とっくに日付は変わったのに騒がしさは全く変わらない。眠気もシャレにならなくなってきたのに、こんな環境で寝られるわけがない。私もアルコールに呑まれればもう少し楽しく過ごせたかもしれないが、私はまだ19だ。ギリギリ飲めない。勿論それはあくまで日本の法律。ここではそんなの関係なくどいつもこいつも酒を飲んでる。私が飲んでも社会的な問題はないだろうが、そもそも飲もうとは思わない。あんまり美味しくないって聞くし、何より酒が入った自分が何をしでかすか分からない。
周りに流されやすい私でもシラフだけは貫き通す。外的要因で精神状態を変化させ、心の中をさらけ出すなんて死んでも御免だ。
眠気との闘いが続く。正直負けたい。眠欲に身を委ねたい。だがここは宴の会場。アルコールに踊るイカれたやつらがいるところで無様な寝顔なんか晒してみろ。目が覚めた時どうなってるか、想像もしたくない。
妖夢なんかは特に危険だ。手の掛かる主人を持つ苦労人のくせに文句一つ言わない。普段はおとなしいがああいう奴ほど反動が大きい。
あ、酒が入った。近寄るのはやめておこう。
チルノやてゐ、クラウンピースなんかも要注意。
酒は飲まないが元の性格に難がある。関わると次の日は大体筋肉痛に襲われる。近寄るべきではない。
眠気覚ましに何か出来ないかと境内をフラフラと歩く。足元がおぼつかない。いわゆる鉄欠乏性貧血だ。他は全く問題ないのに赤血球だけが絶望的に少ない。体力がないのも半分くらいはこれが原因だろう。
貧血で顔が真っ青になってる私を心配そうに見つめる咲夜。頼みがあるとこっちに来たはいいが、私が介護される側になってしまった。
「…頼みってなんだ」
「もういいの?」
「ああ、用件を」
咲夜はまだ心配そうにしていたが続けた。
「追加の宴会料理、作るの手伝ってくれない?」
「そういうのは妖夢に頼んだ方がいいんじゃないか?」
「今の妖夢が料理なんかできる状態だと思う?」
さっき妖夢の口に酒が入ったのを思い出した。ふと見ると、妖夢が顔を真っ赤にしてみょんみょん文句を言ってるのが見える。
「しょうがないね」
咲夜と二人で厨房に向かう。
料理はできないことはない。咲夜や妖夢には遠く及ばないが、食べた人は皆美味しいと言ってくれる。悪い気はしないが、どうしても世辞にしか聞こえない。それが嫌であまり料理はしない。
「…ミツキ」
咲夜に呼ばれ、意識が現実に戻ってくる。
「ん?」
「最近…どう?」
「なんだその接し方の分からない父親みたいなフリは」
「だって貴方最近紅魔館に来てくれないじゃない」
「来て欲しいのか?」
「貴方がいると本当に助かるのよ」
咲夜との付き合いは結構長い。頼み事をしてくるのはほとんど彼女だ。内容は勿論、紅魔館の家事全般。図書館の掃除は勿論のこと、美鈴を叩き起こしたり、お嬢さんに料理を作ったりもした。フランの遊び相手をした時はいよいよ死ぬと思った。
今となってはどれもいい思い出だ。最初は素っ気なかった咲夜も、今では「住み込みで働け」とか言い出す。賄ってくれるのはありがたいが、紅魔館の色に染まりたくはない。
私は私だ。それ以外の何物でもないし、それ以外の何物にもなりたくはない。
永遠に続くかと思われた宴も、次第に勢いを失っていく。ほとんどのメンツは大の字になって爆睡中だ。大小の寝息が集まって、ド田舎のカエルの合唱みたいなやかましさ。ここにいるやつらが全員女だなんてとても思えない。女性はもっと清楚であるべきじゃないのか。いや、固定概念に囚われるのはよくない。そもそも男か女か以前に人間ですらない。吸血鬼はともかく、お淑やかな鬼なんて想像できない。皆が皆、自分の世界、自分の価値観の中で生きている。口出しする権利なんて私にはない。
だが、後片付けを促すことくらいしてもいいだろう。霊夢のことだ、片付けにも私を使うに違いない。自分が出したゴミは各自で片付けてもらいたい。そうすれば、私の仕事は格段に楽になる。
とりあえず、寝ている奴を全員起こそう。
まずは妹紅たち竹林組かr……
やっぱり、何一つ変わっていない。
手が震える。動悸で呼吸が荒くなる。体が固まって、手が妹紅の肩まで届かない。
すぐ目の前には、気持ちよさそうにすぅすぅと眠る妹紅の顔。目を覚ましてほしくない。この、現実から解放されたような寝顔を歪めたくない。
分かってる。妹紅は寝起きが悪い方ではない。ここで私が肩を揺すって起こしても、不機嫌になるようなことはない。
でも…できない……
万に一つでもその可能性を考えてしまう。
嫌われたくない。
そんなリスクを負うくらいなら、私が我慢した方がマシだ。
伸ばした手を引っ込める。立ち上がり、黙って片付けを始める。まだ誰も起きていない。
起きてるのは私一人だ。
今日の宴はいつも以上に盛り上がったらしい。霊夢や魔理沙は勿論、普段は生真面目な慧音や聖でさえ酔い潰れてる。慧音はともかく聖がなんで酒なんか飲んだのかと思ったら、霊夢たちに無理矢理飲まされたようだ。
夜はとっくに明けた。いつまでも鳴り響く寝息に頭を痛めながらゴミ拾い。途中で目を覚ました妖夢が
「手伝います」
と言ってきたが、私は断った。ゴミ拾いがしたかった訳じゃない。ただ、妖夢の手を借りたくなかった。妖夢の時間を奪いたくなかった。
妖夢に、嫌われたくなかった。




