宴
午後7時。
博麗神社は既に妖怪やら神やらでお祭り騒ぎ。魑魅魍魎とはこのことか。
時間ピッタリに来たはずだが既に酒が回ってる奴も……と思ったら萃香と勇儀。二人に挟まれた被害者はパルスィだ。
他にも覚り妖怪やら現人神やら亡霊に半霊に吸血鬼まで……地獄絵図だ。
「おお!ミツキじゃないか!」
ひきつった顔の私に声を掛けてきたのは藤原妹紅。ルーミアに次ぐ私の親友だ。
「珍しいな。お前が宴会に来るなんて」
「珍しいもなにも初めてだよ」
宴会にはいい思い出がない。そもそも半径3m以内に人が居ること自体が嫌なのにそれを余儀なくされる宴会なんか楽しめる訳がない。
でもそれは過去の話だ。私はもうあの頃の私とは違う。友達だってできた。まだコミュ障が完治したわけじゃないが、流れに便乗して宴会を楽しむことくらい出来るはずだ。
自分のペースで、少しずつ馴染んでいけば……と思った矢先妹紅が私の手を引いて、止むことを知らない騒音の中に突っ込んでいく。人、しかも女の子に手を握られるなんて随分久し振りだ。妹紅の手は暖かかった。彼女は炎を操れるのだから暖かいのは当然なのだが、それとは違う、満たされるような温もりを感じた。
私が来たのがよほど嬉しかったのか、慧音や輝夜に私のことを話しまくる。想像すらしなかったほど饒舌だ。私のことを話す妹紅は初めて見たが、いつもクールな妹紅が可愛らしい笑顔で口を動かす。私を好いてくれるのは嬉しいが、正直恥ずかしさの方が何倍も大きい。
いよいよ耐えられなくなって席を外す。すると今度は周りの話し声が響いてくる。会話の内容が嫌でも頭に入ってくる。
やはりこういう場は本当に苦手だ。帰りたい思いがどんどん強くなっていくが、まだ始まって1時間も経ってないのに自分だけそそくさと帰るのは気が引ける。結局私は周りの機嫌をとることしか出来ない。少しは変われたと思ったが甘かった。
私は私のままだ。なにも変わっていない。
私のような弱い人間が変わることなんて出来ないのかもしれない。
「貴方は変わらなくていいのよ」
いつの間にか隣にいた少女、古明地さとりが突然話しかけてきた。心を読まれたか。
「自分自身を見失うことになる。そんなの誰も望んでないわ」
「アンタたちの為に変わろうとしてるわけじゃない。私が変わりたいと思っているんだ」
「……どうして?」
「読んでみろ」
少し挑発してみるが相手は覚り妖怪、心理戦で勝てるわけがない。
「私だってやたら他人の心を覗くのは好きじゃないの。それに貴方の心は本当に読みにくいわ。だからこうやって友達になれたんじゃない」
心を読める覚り妖怪だけあって周囲からはいい眼で見られていなかった彼女。読めない相手は気遣いがいらないと、私には少し心を開いてくれたようだ。本当は心を読まれた上で友達になれるのが一番なんだろうが、私はそんな関係になる気はさらさらなかった。正の感情なんてとっくに忘れた。本心なんか読まれたらすぐに縁を切られる。
覚り妖怪の相手は本当に疲れる。いつ覚られるか気が気でない。だがさとりは私に気を遣ったりしない。私が気遣いを嫌うのを知っているからだ。
ありがたいことだが、どちらにしても私にとっては体力の浪費でしかない。適当に話を終わらせて、逃げるようにその場を離れた。
「ミツキ、幻想郷の生活には慣れた?」
今度は誰だと振り向くが、こっちを見ている者は誰もいない。
気のせいではないだろうと考えるのも束の間、背後に気配を感じる。反射的に拳を作り、振り向きながら肩関節を思いっきり外転させる。
パシッ!
止められた。
「いきなり殴りかかるなんて」
「背後に立ったアンタが悪い」
また面倒な奴に絡まれた。私が彼女にとって特別な存在なんじゃないかと思うほどしつこく(といっても彼女にしては、だが)絡んでくる。
「何故そんなに私のことを気にかける?」
「だって貴方の事が好きだから」
「冗談は年齢だけにしとけ」
「あら、幻想郷を見守る者として、幻想郷に存在する全てを愛するのは当然のことでしょう?」
八雲紫。
境界を操る能力を持つ大妖怪だ。
幻想郷に来たときはこいつの仕業かと思っていたがそうではなかったらしい。私が幻想郷に来たのは想定外のアクシデントだったようだが、ここにいたいと言った私を快く迎えてくれた。この幻想郷にいるたくさんの恩人の一人だ。
「で、どうなの?生活は」
「特に苦は感じていない」
「…本当に?」
「感じていたとしても、それは私の問題だ。アンタにどうこう出来るもんじゃない」
「貴方はその問題を解決出来るの?」
「さぁね。解決しなきゃいけないのか?」
誰だって問題は抱えている。私も、紫も。
自分が抱える問題なんて人それぞれ。相手のステータスに対してどういった問題を見いだすかも人それぞれだ。同じ一つのステータスでも、ある人はそれをプラスに、ある人はマイナスに捉えることだってある。万人から「あいつは非の打ち所がない、完璧な人間だ」と言われる人間なんていない。中には、その人を評価しているのではなくただ嫉妬しているだけの者もいるだろうが、このご時世他人からの評価が全てだ。嫉妬だろうがなんだろうが、誰かから「あいつはダメなヤツだ」と言われたら、自分は「問題のある人間」なのだ。
だから問題を抱えているということはなんら不思議なことではない。さっきさとりも言ってたが、無理に変わる必要はないのだ。自分を批判するごく少数の他人の評価を得るために今の自分を捨てるなんてただの愚行だ。変わるなら、自分の為に変わるべきなのだ。
だが周囲からの評価が全て。周りに嫌悪感を与えるような変化は当然いいとは言えない。自分を変えようとするなら、周りの評価も変化する事を考えなければならない。自分が変わる、ということは、周りに影響を与えると共に、莫大な時間と労力が掛かることでもある。変わりたいと思うのは勝手だが、実行に移すのが難しい。私も変わりたいと言ったが、実行する気はなかった。
話が脱線したが要するに私が言いたいのは、人間は問題を抱えてて当たり前、紫ならそんなことは百も承知のはずってことだ。
「私は別に解決しなくてもいいと思うけれど、貴方はどうなの?」
「出来るのならとっくに解決してるさ」
そう、出来るのなら。
「……紫」
「ん?なぁに?」
「私……ずっとここにいてもいいのかな?」
「どうしてそんなこと聞くの?」
自分でも分からない。突然不安になったのだ。
きっと、皆が私の存在をどう思っているか気になったんだと思う。私が皆にとって邪魔な存在なら、今すぐにでも皆の前から消えようと思ったのだろう。
「質問に答えてくれ」
「当たり前でしょ」
当たり前、か。
私はそうは思えない。自分の存在価値が分からないから。