006 高等部
リード軍事学校、高等部、2年7組の昼休みは騒がしい。
「いつもそんなに周りに人を侍らせて、何が楽しいの?」
「別にわたくしが侍らせているのではなく、この人達が勝手について来ているだけですわ。あなた、友達がいないからって、友達の多いわたくしに絡んでくるなんて悲しいだけですわよ」
「はぁ?友達くらい居るわよ!」
「そんなんですの?おめでとうございます」
そう言って、笑顔で答えるのは車椅子に座った、長い白い髪の少女。
高等部2年、アリシア・フォーサイス。
「あんたに祝われたくなんかないわよ。てゆーか、普通に居るわよ、普通に!」
そう叫ぶのは、長い金髪の少女。
高等部2年、アリス・クレア。
毎日のように行われるくだらない喧嘩に周り生徒は少しだけ関心を寄せる。
アリシアとアリスはどちらも名家の出である。
2人の家である、フォーサイス家とクレア家は商業の面でも貴族同士の派閥争いの面でもたびたび対立していた。
しかも2つの家は、隣接してると言っていい近さで、会食の席や仕事の席で顔を合わせることが多い。
アシリアとアリスも顔を昔から顔を合わせていた。
親の影響でいつも喧嘩ばかり。
ライバルと言える関係だった。
しかし、腐れ縁でもある。
周りの者はいつも仲のいいなくらいにしか思っていない。
高校では2人共優秀だったが、アシリアとアリスは圧倒的に差がある。
学習面では、アリシアが常にトップなのに対して、アリスは上位5人には入れているが1度もトップを取っていない。
能力面では比較にすらならない。
フォーサイス家はある特殊な体質を持っている。
高い魔力量を持つ代わりに身体能力がそれに応じて落ちる。
個人差があり、ほとんどの者は運動が苦手な病弱人というだけだ。
それでも、一般の人間と比べればかなりの魔力量を持っている。
フォーサイス家の歴史の中でも、若い頃から杖をついて歩く者は数える程しかいない。
しかし、アリシアは手足がほとんど動かない。
顔だけが唯一、表情豊かに動くだけだ。
だから常に、魔力で操る車椅子に乗っている。
子供の頃は少し嫌な思いもしたが、今は自分に自信を持っている。
生活する上でも不便はない。
効率の悪い魔法と言われる重量操作の魔法で、手を使わなくても物を動かせる。
入浴も排泄も1人で難なくできる。
使用人もいるが、それはできることをやらせるのがいいのであって頼りたくなんかない。
肉体に関しても、食事を完璧に計算されたものを食べ、特殊な器具と魔法で独自の運動をして美しさを保っている。
何より運動能力の代わりに得ている魔力量は、自分の誇りだ。
今の自分は、かっこいいとはっきり言える。
そんなアリシアに惹かれる者は多く、親衛隊がいつも周りに居た。
それに対してアリスは、年の割には優秀な肉体能力を持っているというだけだった。
しかも、差が埋まらないアシリアに嫉妬して、いつも絡んでいるので、痛い子扱いを受けていた。
そんなアリスをアシリアも、いつもからかって遊んでいた。
「アリス。馬鹿なことやってると飯食う時間なくなるぞ。アシリアさんもいつもすいません」
アリスとアリシアに声をかけたのは、黒い短髪の体格のいい少年。
高等部2年、アレン。
アリスとは、2人ともリュウの下で働く仕事仲間だ。
「いえいえ、わたくしはいつもアリスさんとお話しできて楽しいですわ」
「えっ?」
アリスが一瞬固まる。
「からかい甲斐がありますもの」
「ふざけんなぁぁぁ!」
それだけ言うと、アリシアは周りにいる親衛隊と共に、食堂の方に向かって行った。
それを見送ってアレンがアリスに声をかける。
「さあ、俺たちも飯に行こうぜ」
「分かってるわよ。そういえば、あいつは何組だっけ?」
あいつとは、リュウさんに友人になってくれと頼まれていたあいつだ。
「確か1年34組だったかな。しかし、本当に誘うのか?あいつ偉そうで、いまいち好きになれないんだよなー」
「良いじゃない、偉そうでも。私、自分に自信を持ってる人好きよ」
「えっ?」
アレンが一瞬固まる。
「どうしたの?」
「いや、別に。それより、誘うなら早く行こうぜ」
「ええ、そうね」
アレンは、自分のネガティヴ思考をどうにかしようと決意し、アリスと共に1年34組の教室に向かう。
リード軍事学校、高等部、生徒会室。
3人の男女が机を囲んだソファーに座っていた。
「おい、カイト。僕のカレーパン買ってこい。ダッシュでな」
そう言ったのは、長い黒髪の小柄な少女。
彼女の名は、アイリス。
リード軍事学校、高等部、生徒会会長である。
「私もお願い。チョココロネと牛乳ね」
そう言ったのは、セミロングの茶髪で少し目つきの悪い少女。
彼女の名は、ケイラ。
リード軍事学校、高等部、生徒会副会長である。
「はいはい、分かりましたよ。 」
そう答えたのは、背の高い茶色い金髪の少年。
彼の名は、カイト。
リード軍事学校、高等部、生徒会書記でる。
「じゃあ、行っています」
それだけ言うと、カイトは生徒会室を出た。
「本当に、素晴らしい小間使いね。将来、家で雇おうかしら?」
「カイトを使うのはいいが、お前にはやらないぞ。あれは、僕のだからな」
「あらあら、お熱いことで」
堂々と宣言したアイリスに、ケイラがニコニコと笑って答える。
「そういえば、転校生が来たらしいわよ」
思い出したようにケイラが言う。
「んっ、そうなのか?この学校は人が多いしな。僕はそんな事をいちいち、把握はしていないな」
「私も全ては把握はしていないけど、彼は結構有名よ。リュウさんの子供らしいわ」
「へえ〜。あいつの子供か。じゃあ、強いんだろうな。」
リュウが、強いというのは皆が知る事実だ。
その子供となれば、強いイメージが浮かぶ。
「それ分からないわよ。この学校の中にも親を遥かに超える人もいれば、遥かに下回る人もいますし」
「ふむ。それもそうか」
そんな話をしていたら、カイトが帰って来た。
「おおっ。流石だなカイト、早いな」
「あらっ。ご苦労様」
「いえいえ。それにしても2人共、少食だよな」
アイリスとケイラの昼食は、カイトが買ってきたパンだけだ。
「僕は昔からそうだな」
「私は、家で会食があることもあるから、こういうものは少なくしてるわね」
「そういや、そうだったな」
そう言いながら、買ってきた3人の昼食を出した。
カイトがアイリスの隣に座る。
「そんなに少食だったから、アイリスは大きくなれなかったんじゃないか?」
「そうなのかな。僕は、別に気にならないけど。」
2人は、幼馴染らしいので、アイリスの口調も昔からカイトといたからだろうか。
かわいいとは思うが、アイリスは口調をいい加減直した方がいいだろう。
ケイラは、2人をニコニコと眺めながらそんな事を考えていた。
いつも通りの穏やかなお昼だった。
アリスとアレンが1年34組の教室に着く。
ちょうど1年34組の教室から、長い髪を後ろで束ねた少年が出てくる。
髪の色は美しい金髪と黒髪の割合が半分で混じる。
周りを睨むような目つきだった。
彼の名は、ショーン。
リュウの実の子供。
少し前までティンバラに居たが、その国で魔法少女と呼ばれた小柄で金髪の母と、リュウの居るアインスに引っ越してきた。
それを見つけたアリスが話しかける。
「ショーン、ご飯に行きましょ」
「ああ、お前か。まあいいだろう」
「おい、先輩にその言い方はないだろ」
アレンが食ってかかる。
「自分で何もできない無能ほど、肩書きや年齢を口にする」
「何だと、てめぇ!」
アレンがショーンを睨みつける。
ショーンは、アレンを冷めた目で見下すだけだ。
「その通りね。でも、同じ学校の仲間って肩書きは使わせて。さあ、ご飯に行きましょ」
アリスが割って入る。
「そうだな、この女に免じてお前も許可してやるよ。」
「何っだと!この野郎!」
「行くわよ。2人とも」
ショーンのせいで、アレンは頭が沸騰しそうになっていた。
同時に、驚いてもいた。
なんでアリスは、こんな大人の対応ができるのだろう。
こんな対応ができるなら、アリシアとも喧嘩することがないだろう。
不思議でならないが、悩んでも仕方のない事だった。
リード軍事学校、高等部、屋上。
時間はもうすぐお昼休みが終わる時刻だ。
にも関わらず、1人の老人が優雅にタバコを吸いながら校庭を眺めていた。
銀色の髪は癖がついていて、髭も剃ってはいるが剃り残しが目立つ。
服もスーツだが、かなり着崩している。
彼の名は、エディ。
リード軍事学校の統括、学校のトップだ。
しかし、彼は特に教育熱心ということもなく、単に高い能力と実績を持った魔術師だからこの地位に就いただけだ。
普段は、自分の研究ばかりしていて、仕事はほとんど部下に押し付けている。
今も面倒ごとは押し付けて、全面禁煙にも関わらず、人気のない屋上でタバコを吸っている。
「はあ〜。やっぱサンプルが足りないんだよな〜。リュウちゃんがまた出かけてるみたいだし、なんかいいもの持ってきてくれないかな〜」
彼は現在、特殊な体質の人間の能力を、他の人間が使えるようにするための研究をしている。
同じ特殊な体質の人間は少ないので、研究がなかなか進まない。
そんな愚痴をこぼしていると、グラウンドの方から1人の少女が現れた。
長い銀髪に黒髪が混ざっている、美しい少女だ。
リード軍事学校指定の制服を着ている。
エディもデザインに口を出した、自慢のかわいい制服だ。
老人のエディですら、その少女に見惚れてしまいそうになるが、それは一瞬だった。
その少女は、見るだけで震えるほど力な感じさせる。
エディは、背筋がぞくりとするのを感じた。
冷たい汗で服が濡れていく。
1キロ以上の距離があるが、このざまだ。
それもそのはず、その少女は光の王リーン。
この世の最強の一角。
その少女が無邪気に笑いながら、エディの方に敵意を向ける。
エディは思わず漏らしそうになるが、誰も喜ばないので必死に堪える。
あの女は明らかに敵であり、攻めてきたのだろう。
それも、超級の怪物。
「ふぅーー」
エディは、覚悟を決める通信機を耳につけて同僚に連絡をする。
「ジニー、俺だ」
相手はジニー、赤みがかった黒髪の20代後半の女性。
「エディ、早く戻ってきなさい。お昼休みが終わるわよ」
「ジニー、敵が攻めていた。グラウンドだ。お前は俺専用の迎撃システムを起動して操作だ。クリフには雲を作らせろ」
「えっ?わ、分かったわ。すぐにやる」
エディは懐から貴重なサンプルを何本か取り出して飲み干す。
屋上から重量操作の魔法を使ってグラウンドに向かって飛び、ゆっくりと降りる。
リーンとの距離は既に、100メートルしかない。
エディは自分専用の迎撃システムにリンクし、リーンを睨む。
「さて、どうなるかね〜」
エディはリーンという、最悪の難行に挑む。