002 シエラ
人間の大陸あるブラストル大陸、その海岸。
歳の離れた2人の男が海を眺めている。
その視線の先には、漆黒に包まれた巨大な船が数隻向かってくるのが見える。
200メートル以上先にあっても感じられる圧力は桁違い。
漆黒の船は恐ろしい程の重厚さを感じさる。
乗っている化け物の隊長格達からくる気配は、刺さるようだった。
他の乗組員、化け物達と人間達からも本気が感じられる。
そんな軍勢を前にしても、2人は余裕の笑みを浮かんべていた。
若い方の男は、この世の最強の一角。
名はリュウ。
見た目は30代後半、少し癖のついた黒髮。
かつて世界を混沌に染め、神の力を奪った人間。
現在は、リード軍事学校の教師をやっている。
年の割に童顔のその顔には、邪悪ともウキウキとも言える表情を浮かべていた。
ラフな格好の上には、隣の男に作ってもらった真っ黒の長いコートを羽織っている。
たなびくコートの下からは、同じく隣の男に作ってもらった剣がチラチラと見える。
老人の方は、最高にして最強の賢者。
名は、クラウディオ。
隣の男が持つコートと剣の作者。
見た目は60代にも70代に見える。
黒の混じった白髪で、シワの入った顔には綺麗に切り揃えられた顎ヒゲを持つ。
大戦においては、この巨大なブラストル大陸を人間の地として手に入れる上で、最大の貢献をした。
現在は、最強国家アインスの国家元首。
その顔は優しげとも冷酷ともとれる表情だった。
彼もラフな格好にコートだった。
隣の男が長くて黒く革のような素材であるのに対し、彼のものは短くグレーでモコモコとした素材だ。
他の服も年相応で、オシャレな老人という出で立ちだ。
2人とも見た目は普通の人間だが、船で向かってくる本物の化け物達も含む数千人の軍勢でも絶対に勝てない。
この2人こそ、このブラストル大陸のツートップ。
あの程度の連中では、この2人にとっては処理のようなものだ。
「じゃあ、人間の生け捕りの方は頼むぜ。クラちゃん」
「任しといてくれ。リュウ。しかし、儂もたまには強者の相手をしてみたいものだな。」
「そのうち戦えるぜ。嫌な予感がビンビンからな」
「目の前の奴らではないよな。気になるな。お前さんの予感だしな」
「まあ、とりあえずはあいつらだ。頼んだぜ」
「そうだな。人間は慎重に扱わんといけないからな。集中するとしよう」
海の向こうからはたまに軍勢が押し寄せる。
今回のような魔物達だけではない。
神の力を信仰することで、その力を借り受けて使用する神官や聖人達もいる。
魔の力を得た魔人や人間の中に稀に出現する勇者も来る。
リュウは、海外にいる知人から、こちらに向かってくる軍勢の情報を得ていた。
今回も、その情報を元にここにきたわけだが、2人は知らない。
今回の襲撃は、この2人を誘導する為の囮でしかなかった。
海外にいるリュウの知人も知る由もないことだった。
裏では、裏切り者の賢者と光の王が動き出していた。
シエラはリード軍事学校に通いながら、順風満帆な生活を送っていた。
順風満帆な生活などあり得ないと、シエラ本人も思ってはいたが、今は自分が順風満帆だと言える。
何もかもがうまくいっているというわけではないが、彼女には1人いれば十分だった。
彼女の親友のレイちゃん。
カールかかった黒髮の短い女の子。
元気で、力強さを持つ。
そんなに高い能力を持つわけでもないし、ドジなところもあるが、努力を諦めず、前しかしないといった感じの性格だ。
シエラには、ないものばかりだ。
自分はあらゆる能力は高いが、いつも世界を冷めた目でしか見れない。
何もかもがどうでもよかった。
だから、レイという少女に惹かれた。
自分にはないもをいくつも持っている。
でも、容姿だけは、自分も負けてないと思っている。
長い金髪は癖毛だが、それも似合っている美少女だと思っている。
まだ小学4年生だが、2人並んで街を歩いていれば目を引くほどだ。
幸いなことに、レイも自分に好意を持ってくれたようで、2人は親友になった。
そんなわけで、毎日レイを愛でられる、最高の生活を送っていた。
母親が寂しがっていたが、未知を求めて遠路はるばる、この学校に来た甲斐があった。
父親の顔を見てみたかったという目的は、もはやどうでもいい。
今日の昼休みもレイと一緒に楽しく過ごした。
レイちゃんは、昨夜、テレビで肉料理の特集を見たらしく、肉をモリモリ食べていた。
昨日のお昼は、栄養バランスを考えてみるなどといって、バランスの良い食事を摂りながら息巻いていたのにと思うが、忘れたのだろうか。
そんなところも可愛らしいとは思うが、レイのことを思うと、体調管理をうまく誘導できないかとも考えてしまう。
そして、昼休みも終わった。
「次の授業はなんだっけ?」
「算数だったと思うけど、忘れ物とかない?」
「大丈夫だよー。心配性だなー」
実際によく忘れているので、普通に心配だ。
「じゃあ、後でね〜」
「うん」
授業が始まるので、残念なことにレイと離れている自分の席につく。
自分が生徒会長になって、授業中の自由席を訴えてみようとも思っていた。
校長を脅迫した方が、早いかもしれない。
そんな事を考えていると、担任が入ってくる。
物腰の柔らかい中年の男だ。
この男のことは、出生から今現在までの、何から何まで調べ、1ヶ月監視したこともあった。
結果は、特に問題はなし。
レイに害をなすことはないようだ。
ただ、授業者としてのレベルは、高くない。
しかし、殺したところで、次にまともな教師が来るとも限らないので、生かしておいてある。
不慮の事故で死んでくれるくらいが、自分の心情としてはちょうどいい。
「では、算数の授業を始めます」
退屈な授業が始まる。
シエラは、学校の授業から学べることはほぼない。
見聞きしたとは、ほぼ忘れない。
母親がめんどくさがっていた仕事も、難なくこなしてみせた。
それならいつも通り、レイの後ろ姿眺めるとしよう。
彼女なら後ろ姿すら飽きない。
そう思っていたら、何故か教室の前の扉が開いた。
子供は揃っているし、他の先生が来るとしても普通は後ろの扉だ。
珍しいなと思って、シエラは開く扉を見てい
「ん?誰だ?」
教師もそちらを見る。
それは、白い短髪の白を基調としたポンチョ着ていた男だった。
小学校には相応しくない、禍々しい気配を放っていた。
彼の姿を見せてからの行動は早い。
即座に手を担任に向け、黒く輝く炎を浴びせる。
「があぁ!」
一般人並みの戦闘力しか持たない担任は、闇の炎に抱かれて死んだ。
文字どうり跡形も残らずに、消滅した。
闇と火の魔法の組み合わせによって、二重の力で消し去られた。
普段から担任が死んだらのことを考えていたので、本当に死んで結構驚いた。
次の担任は誰がいいだろうか。
優秀な教師をうまく誘導できないだろうか。
そんな事を考えていると、その男はこちらに手を向けた。
おっと、緊急時だというのに考え込もうとしてしまった。
同じクラスの子達を殺させるわけにはいかない。
特にレイは最優先だ。
何をおいても守る。
急いでその男を殺す。
火の魔法を圧縮し、転移の魔法でピンポイントで彼の元まで送り、拡散させる。
「えっ?」
ポンチョを着た男は、戸惑うだけだ。
男が光ったと気付いたのと同時に魔法が発動する。
万が一にでも生き残り、男に魔法を放たれても困る。
少し大きすぎる爆発がその男の心臓部を中心に起こる。
上半身が弾け飛ぶ。
血が前方の席の子にかかってしまっている。
しかし、その子らにも身体的な被害はない。
骨や肉は粉々になっていて、爆発の衝撃も子供に届いたのは風でしかない。
それを可能にできるほどのセンスと経験がある。
自分のクラスの子達、ちなみに4年8組は、皆が顔面蒼白であり、漏らしている子もいる。
この子らが将来この国の国防をすると思うと、少し不安だ。
「シエラちゃ〜ん…」
レイが何泣きながらこっちに向かって来る。
他の子達が動けていない中で、私のかわいいレイの神経はなかなか太いようだ。
「大丈夫。私に任せておいて」
「うわ〜〜ん!」
抱きついてくるレイの頭を撫でながら、どうしたものかと考える。
集中して周りの音を聞いてみると、他の所でも混乱が起きているようだ。
自分であれば襲撃者と戦い、多くの人を救えるだろう。
世話になっている学校だし、子供達が殺されるのもあまりいい気分はしない。
強敵がいたとしても、転移魔法の使い手である自分なら逃げられるだろう。
そうと決まれば、早くしなければいけない。
「レイ、聞いて」
「う、うん」
もう落ち着きを取り戻したようだ。
やはり神経が太い。
「私は他のクラスの子達を助けに行ってくるわ」
「えっ、でも、大丈夫なの?」
私のことは心配だが、他の子達を助けに行くのを止めるのは気がひけるのだろう。
「大丈夫だよ。私に勝てる奴なんてそうそういないし、いたとしても私なら転移魔法で逃げられるから」
「う、うん。分かった」
やっぱり、レイは強い子だ。
私のことが心配のようだが、信じて送り出してくれる。
何より、怖くて私から離れたくはないだろうに。
それに応えなくていけない。
知り合いを通じて手に入れたカードキーで、教室の後ろから入れる緊急脱出口を開く。
本来初等部では、教員か児童会の中でも一部の児童しか持っていないキーカードだ。
この学校全体を、常に囲っている魔法の壁はこの国の賢者が直接作っている。
部外者の侵入など不可能に近い。
それを信頼してしまっているので、大したことはないが、校内にも侵入者対策の仕掛けが多数ある。
侵入者に気が付いたら、即座に教師が学校内にいくつかある緊急脱出口を開く。
そのから子供と共に逃げる手はずとなっている。
逃げる先は、地下の避難所。
学校の全員が入るには狭いが絶対に他の方法でな入れない。
かなりの希少で硬い物質で作っていて、魔法で結界も張ってある。
とりあえず安全を確保し、侵入者を殲滅するというのがこの学校のシステムだ。
しかし、まさか、ここまで気付かずに侵入してくるとは、想定外過ぎる。
それでも、カードキーは生きた所有権限を持つ者しか使えはない。
登録されていない者が脱出口から先に入ると侵入を拒むシステムもある。
急いでクラスの子達を脱出口に近くに転移させ、強引に放り込んでいく。
「頑張ってね。シエラちゃん」
「任せて」
レイの首にかかったお揃いのネックレスを確認し、シエラは懐から出した腕輪をレイにかける。
「えっ?」
「外さないでね」
困惑するレイも他の子と同様に脱出口に放り込み、脱出口を閉じる。
すでに、悲鳴が所々から上がっている。
そして、シエラは一番近い騒ぎの下に転移を発動する。