001 レオンとリード軍事学校
1人の少女が、広大な敷地と巨大な校舎がいくつも並ぶ学校の前にいた。
「ふふ〜ん!楽しみだわ〜!」
人間離れした美しい顔した少女が、満面の笑みで鼻歌を歌っている。
美しく長い銀髪に黒色が少し混じっていた。
見た目は16、17歳ほどだろう。
服装は、可愛らしい制服だ。
彼女の名は、リーン。
彼女がここにいるのは、無鉄砲な彼女らしくない、計画された作戦に則った理由だった。
かつて世界は、彼女にとって遊び場だった。
全てのものは、彼女にとっておもちゃだった。
好きなように、何もかもを壊し、奪っていた。
それが許される立場だった。
世界の均衡の一部を担っていたから。
そして何より、均衡を皆が守ろうとしたから。
しかし、それを破壊した者がいた。
世界のシステムが変わり、今まで許されていたことができなくなった。
許せない、私の幸せを奪った者。
しかし、彼は簡単には倒せない。
彼個人もそうだし、仲間もいる。
そうだ、彼がやったように私もやればいいんだ。
世界を混沌に染める。
私だってできる。
彼のいる大陸に協力者も作り、軍団もいくつか作った。
これからやる事は、小さな火種を1つ、大きな世界に入れるだけのことかもしれないが、楽しみで仕方ない。
上を見上げて、遥か上空に控える自分の軍勢に頰を緩まる。
彼は、驚いてくれるだろうか。
そして、火を投げ込む先である学校を見る。
リード軍事学校。
今度は、私が覇者となってみせよう。
彼女が着ているのは、リード軍事学校指定の制服。
あまりにウキウキしていたので、彼女はちょっとしたイタズラ心で、リード軍事学校の制服を盗んで着ていた。
結果的に、襲撃が30分ほど遅れてしまった。
しかし、強者たる彼女に文句を言えるものなど、そこには誰もいなかった。
小学校から高校までの一貫校であるリード軍事学校の初等部の廊下を、スーツを着た1人の男が歩いていた。
名はレオン、歳は30前半、くすんだ金髪で顔は整っているが、若干くたびれたような表情の男であった。
リード国立軍事学校は、周辺国と戦争状態あるアインスという国において最重要拠点である。
ミサイル攻撃と魔法壁の技術は日々進歩していたが、設置さえしてしまえば、魔法壁が貫かれることはない。
そんな世の中において重視されているのが、一騎当千の人である。
弾丸をかわしながら切りかかったり、魔法一つで建物を焼き尽くしたりする怪物たちを敵地に派遣できれば大きな成果を得られる。
敵からすれば大きな被害なのだが。
そんな連中を育成しているリード国立軍事学校には、様々な理由で来た万を超える子供が通っている。
孤児も多いが、進んでくる者をとても多い。
戦争が日常化している世において軍部で成果を上げて高い地位につければ人生の成功者といえる。
そこに配属される教師は、教育にのみ長けた者もいるが軍事経験者も多い。
レオンは、初等部に配属されるにしては少し過剰すぎる力を持った元暗殺者であった。
理由は高等部、大学部などといったより実戦に近い訓練を担当するためのやる気がないためであった。
彼が暗殺者になったのは、単に才能があったからであって、殺し合いが好きというわけでもない。
それなりに暗殺者として成果を上げて、金もそれなりに入った。
これからは人生はのんびりと教師をやってみたくなった。
別に初等部でなくても良かったのだが、他の高校などより軍事学校の方が自分の評価が高い。
知り合いに紹介してもらうこともできるので、結果的に軍事学校の初等部を担当することにした。
国の最重要拠点というだけあって、人材は質と量の両面から見ても充実している。
担任をやっているのだが、授業作りなどは他の教育のプロ中のプロがかなり支援してくれる。
雑務をやってくれる人もいる。
結果、彼の目論見通り、のんびりとした教師生活を送っていた。
ふらりと教室から現れた小さな女の子がレオンの手を引く。
肩にかかるくらいの黒髮のニコニコとした女の子。
学校指定の制服を着ている。
「レオン先生、一緒にご飯食べよう」
「俺も、俺も」
それに答えたのは、レオンではなく同じく教室から現れた男の子だった。
黒髮の短髪で、活発そうな表情をした男の子。
同じく学校指定の制服を着ている。
「コウちゃんは私の気持ちが分かるんだね」
「うん」
言葉だけ聞くと意味不明だが、要はレオン先生とご飯を一緒に食べたい同士を見つけたのだろう。
「これ置いてきたら行くから、先に行ってて下さい」
「分かったー」
それだけ聞くと、女の子、シオちゃんはコウくんと一緒に食堂に向かった。
自分を慕ってくれる子供たちに、少し頰を緩ませつつ、教務室に足を向けた。
「お疲れ様、レオン先生」
途中で、養護教諭のカレン先生に会う。
20代後半の長めの茶髪の元気な先生だ。
白衣と眼鏡がよく似合っている。
若い教師が少ないので、何かとレオンに絡んでくる。
レオン自身もそれは理解している。
しかし、カレンぐらいの歳の女は暗殺者時代のある 後輩が理由で、ちょっとしたトラウマだった。
そんなレオンを癒してくれたのは、子供達だった。
なので、若干レオンはロリコンになりつつあった。
今のレオンにとって、カレンは鬱陶しい年増に思えていた。
「お疲れ様です…」
分かりやすく気の無い返事をする。
彼女は先生としては先輩にあたるが、年下であるし、彼女自身も先輩風を吹かしてはくるが、レオンにとっては可愛らしい後輩という感じだ。
他のベテラン先生を相手にするようにわざわざいい顔をしようとは思わない。
「どうしたの?元気ないなあ。そうだ、私が一緒にご飯を食べてあげるとしよう」
「いえ、私は子供たちと食べるので」
「そうなの。相変わらず人気だね」
「カレン先生もかわいいって子供たちに人気だったと思いますよ」
「何言ってんの、レオンくん〜。そんなこと言っても何も出ないぞ」
彼女の容姿は年の割には幼く見えるし、整った顔立ちであるので、こんな態度もかわいく写る。
しかし、流石に20代後半の女性がやると少し引いてしまう。
「そうですか…では私はこれで」
「ちょっと〜。私とごはんたべないの?」
「さっきも言いましたが、子供たちにと食べようと思っているので」
「私も一緒に食べたい〜」
「では、一緒に行きましょう」
「うん」
まあ、なんだかんだ彼女のことは嫌いではない。
彼女は研究者でもあり、レオンも多種多様なカリキュラムが組まれるこの学校では予定が週ごとに変わる。
それでも、彼女の方から会いにくるので結構頻繁に会ってはいる。
しかし、食事の時間が合うのは月に数回なので、時間が合えば一緒に食べるようにしている。
毎回のウザい絡みに自分も乗っかってしまっている。
自分も丸くなったと思いながら、彼女と一緒に子供たちが待つ食堂に向かった。
食堂はバイキング形式だ。
栄養が偏り、子供に悪影響が出るという意見も出たが、ヘルシーなメニューも選べるので食育の一環として成り立つよう学校で指導も行ってる。
生物学の研究者であるカレンもそれを担っているのだが、一緒に食べるとなると若干めんどくさい。
「みんな、ハンバーグとか唐揚げとか好きかもしれないけど、子どもは特に脂質の取りすぎに注意しないといけないんだよ」
「「はーい」」
私の素直な教え子たちは、小学3年生にもかかわらず、少しお腹周りが気になりだした30代前半のおっさんよりよっぽど食事を気を使う。
「ほら、レオン先生も揚げ物を控えて」
「いや、たまにしか食べてないですよ」
「嘘だよ。レオン先生、昨日も食べてた」
シオちゃんは、優しい教え子であるのだが、時に容赦ない。
「はいはい、分かりましたよ」
カレンとの食事の時くらいは、健康的な食事をしてもいいだろう。
前も揚げ物を食べていたので、毎回食べてるイメージがついたらしい。
まあ、その通りなのだが。
ちなみにカレン本人は、研究に熱中することが多いので、栄養ドリンクだけ日が続く事もあるらしいが、面倒なので何も言わない。
仕方なく、揚げ物は取らずにみんなと席に着き食事を始める。
「なんか、俺たち家族みたいだね」
コウくん本人は何気なく言ってるが、彼は孤児である。
カレンと夫婦なんて嫌だと思うが、文句を言い難い。
「きゃっ!私、レオン先生のお嫁さんなの?」
「違うよ。レオン先生は私と結婚するんだよ」
シオちゃんはともかく、いい歳をしたカレンにはちょっとイラっとした。
しかし、頭の中がお花畑な女性陣のおかげで、雰囲気が和んだままなことに感謝する。
しばらく、他愛ない会話をしながら食事をして、食後もテーブルで会話を続けた。
「最近、軍部の動きはどんな感じなの?」
「さあ、どうでしたかね。最近やってるのは技術の奪い合いらしいですけど、軍に所属してないと詳しいことはあんまり…」
「俺、知ってるよ。リュウって人がティンバラって国で暴れたんだって」
「そうなの?」
「うん、超強いんだよ」
コウくんが語りだし、シオちゃんが聞く。
ちなみにリュウという人物は、この国のみならず多くの人と国があるブラストル大陸全土に名を轟かず、我が国、アインスが誇る正真正銘の怪物である。
他の大陸では、人間以外の化け物が支配する国ばかりで人間は支配される側らしい。
よって、世界最強の人間と言われている程の人物だ。
「賢者様より強いの?」
「それはそうだよ。ティンバラって国のライアンとは何度も殺し合ったライバルらしいよ」
「ライアン様と、すごーい」
賢者というのは、悠久の時を生きる特殊な人物たちである。
世界に10人もいないらしく、今まで人類を導き、恩恵を与えてきたらしい。
今は国家元首となっている。
賢者が国家元首出ない国もあるが、うちのアインスという国の国家元首は賢者である。
ティンバラという国の国家元首もライアンという賢者らしい。
賢者は尊ばれる存在で、様を付けて呼ぶような存在なのだが、敵国の人間となってからは変わり、人によって違くなった。
軍部の人間は敵国の賢者を様付けで呼ぶことは、ほぼない。
たが、シオちゃんのように直接的に戦争に関わってなければ敵国の賢者でも、未だに様付けで呼ぶ人もいる。
「リュウさんかー。ここ数日、あの人見てないわねー。あの人たまにいなくなるよねー」
思い出したようにカレンが言う。
「まあ、一番仕事をしてると言っても過言ではないですし、見ない事もあると思いますけど」
「いやー。あの人すぐに仕事終わらせちゃうから、いつもはいるんだよねー。基本的には高等部の教師だし」
「そういえば、私も結構頻繁に一緒に飲みに行きますね。」
「そうそう、でも違くてさ。たまに1週間くらいいなくなるんだよね。それなのに、何の報告も入ってこないんだよ」
「確かにありますね。何しに行ってるんでしょうかね。」
「間違いなく、やばい仕事よ。だって帰ってきたらラボが急に忙しくなって、私にまでデータの処理が回ってくるだから」
ラボと言うのは国の実験施設である。
様々な実験を行っているが、一番盛んに行われているのは人体に関する実験だ。
当然、実験体として人も運ばれてくる。
それが忙しくなると言うことは、おそらく他国で大量に人を攫ってきたと言うことだろう。
「なるほど。でも、リュウさんなら普通にありそうですね」
「でしょうね。でも何処からなのかしら…」
「ねぇ。何の話なの?」
突然、シオちゃんが聞いてきた。
「えっと、まあ、大人の話ですよ」
軍に所属するなら、いずれは知るだろうが、小学3年生で知らなくてもいい。
「ふーん」
不満そうだったがこれ以上追求する気はないようで安堵した。
「それよりも、前にも言ったけど、会わせてよ、リュウって人に」
次はコウくんが口を開いた。
「あの人も忙しいから、難しいかな」
と言うよりも、わざわざ会うために時間を作ろうとは、あの人は思わないだろう。
でも、かわいい女の子が好きらしいから、シオちゃんに会うためなら来るかもしれない。
一緒にコウくんがいても怒らないだろう。
しかし、あの人は恐ろしい一面もある。
今のところは会わせる気はない。
「ふーん」
シオちゃんと同じような態度だっだ。
時計を見ると、そろそろ休み時間も終わりなので、授業の準備をしなくてはいけない。
「じゃあ、私は先に行くので」
「後でね〜」
シオちゃんの声を聞きながら、職員室に向かった。
職員室で準備を整え、教室に向かう。
同じく教室に向かう子が多く見える。
これから起こる、リード軍事学校始まって以来最悪の悲劇がこれから起こることなど、まったく感じさせない穏やかな午後だった。