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3.




 「シスネ」となってから初めてピアノに触れた日の、午後。現在、私はお屋敷の敷地内にある訓練場へとやって来ていた。当初の予定通り、魔法の訓練を行うためだ。


 屋外にあるだだっ広い訓練場は、周りをぐるりと囲う高い石壁と、それをドーム状に覆う結界によって外部と遮断されていた。こんな施設が敷地内にあるなんて、クロメンティール公爵家って実は凄いお家柄なのかな?


『クロメンティール公爵家は、魔族の王族の血を色濃く継ぐ家系であり、サリオラ王家に次いで王位継承権を持つ由緒正しい貴族の家柄です。シスネの実母であるアルカエリスと貴方の白銀色の髪は王族の血筋特有のものです。

 なお、シスネの実父であるセヴェリスはアルカエリスと大恋愛の末にクロメンティール公爵家に婿入りしました』


 …なるほど。果たして最後の情報はいま必要だったのか甚だ疑問だけど、つまりクロメンティール公爵家はサリオラ王家と深い繋がりがあるお家柄というわけだ。だったらこんな訓練場があるのも、お屋敷の建物がやたらと大きいのも納得だ。


 というか今さらだけど、このサポート機能はどの程度までの疑問に答えてくれるのだろうか。


『「シスネ」が元々記憶していた情報の他、世間一般的な常識や人々に広く知られているような事柄について答えます。また、創造神システィアからのメッセージ等も随時知らせます』


 うーん、聞き間違いかな?創造神からメッセージが届く、みたいなことをいま聞いた気がするんだけど?


『創造神よりメッセージを受信しました。メッセージを再生します―――「こんな感じで時々連絡するから、とりあえず異世界ライフを楽しんでいってね!あと、≪付与魔法≫と≪錬成魔法≫以外の魔法スキルはレベル1だけど、私の加護の効果でスキルの成長は速いから、あんまり気にしなくて良いからね!」―――メッセージの再生を終了しました』


 脳内に響いた聞き覚えのある女性の声に、私の思考は一瞬止まった。…今の声は、転生前に私が出会った神様のものだ。やっぱりあのひとが創造神だったのか…。というか、私のようないち個人にメッセージを送ったりしても良いのだろうか…いや、良いのかな?彼女こそがこの世界を創ったのだし…


「―――シスネ様?いかがされました?」

「っ…ううん、なんでもない。あの、さっそくまほうについておしえてほしいのだけど…」


 クレインの声に、思考の海から現実に引き戻される。心配そうな顔をしているクレインにちょっと申し訳なく思いつつも、強引に話題を変える。脳内音声と会話してました、なんて言えるわけがない。


「ええ、それはもちろん。ですが、もし体調が優れない時はお早めに私めにお教えくださいね?」

「はい、わかりました」


 私が素直に頷くと、クレインはホッとしたような表情をみせてから、それをすぐに家庭教師の顔に切り替えた。


 そして、いよいよ魔法についての授業が始まった。とはいえ、授業は実地方式で、訓練場内にクレインが土属性魔法で用意した土人形に向けて実際に魔法を放っていく、というもの。魔法の基礎知識について「シスネ」は既に習っていたらしく、サポート機能が教えてくれた。


 曰く、魔法とは全ての源たるマナを用いて現象を起こす技術の総称で、火・水・風・土・光・闇・無の7つの属性魔法の他、先ほど神様が言っていた≪付与魔法≫と≪錬成魔法≫という2つの特殊魔法が存在する。なぜ魔法を使うのに『魔法使い』ではなく『魔術師』なのか、と思ったら、"魔法という技術を扱う者"だから『魔術師』なのだとか。紛らわしいことこの上ない。


 話を戻そう。


 物質の内にあるマナを『魔力』と呼び、魔力によって体外のマナを操作することで魔法を発現させる。この魔力はステータス上では『MP』と表示され、魔法を使うと消費するが、呼吸や魔力回復薬等でマナを摂取すると回復するらしい。


 ちなみにマナを食事として直接取り込めるのはエルフ族とドワーフ族、そして魔族のみで、中でもマナ以外の栄養を必要としない魔族はかなり燃費が良いのだとか。それに魔族、という種族名からも分かる通り、私達は他種族よりもかなり多くの魔力を有していて、また保有する魔力の濃度も段違いに高いらしい。魔力の濃度が高いとより少ない魔力で強力な魔法が使える上に、高度な魔法も使えるようになる、とのこと。


 凄いな魔族、種族自体がチートじゃないか…なんて考えながらも、クレインに教えてもらった魔法を次々と土人形へとぶつけていく。全ての属性魔法をひと通り実演してみせたところで、本日もう何度目かも分からないクレインからの称賛の言葉を大人しく聞いた。おそらくだけど、これ武術の訓練でも聞かせられるのではないだろうか。


 褒められるのは嬉しいけれど、この力、神様からもらったチート能力だからなあ…素直に喜べない。でもまあ、神様からは「異世界ライフを楽しめ」と言われているし、あまり気にしない方が良いのかもね。


 結局、元々は30分間の予定だった魔法の訓練も10分足らずで終了してしまったために、このまま続けて武術の訓練に移ることになった。


 私は≪剣術≫≪刀術≫≪槍術≫≪弓術≫≪体術≫≪投擲術≫、と6つの武術スキルを持っているけれど、今日の訓練ではある意味武術の基本ともいえる体術について学ぶことになった。


 まず最初に教えられたのは、戦闘を行う上で基本となる自己強化の技術についてだった。無属性魔法に≪身体能力強化≫と≪肉体硬化≫という比較的簡単な魔法があり、それを自身に使いつつ戦うのだ。それによって戦闘能力が飛躍的に向上し、さらには攻撃を受けた際にも怪我をしにくくなるとのこと。


 教えられた時は難しそうだな、なんて思ったけれど、実際にやってみると意外と簡単だった。でもそれはやはりというか普通ではないらしく、またもやクレインに絶賛されてしまった。


 うーん、この世界の基準が分からない…。






 その後。武術の訓練を予定通り30分間行って――訓練内容はだいぶ前倒しになってしまったが――、さすがに疲れを感じ始めていた私は、これまた当初の予定通りお昼寝をすることになった。


 自室の前でクレインと別れて室内に入り、天蓋付きベッドに寝転がって、ふう、と息をつく。ベッドサイドに置かれたベルを鳴らせば、いつでもクレインが来てくれるらしい。当家の執事長の弟である彼が私の専属執事だと知ったのはつい先ほどのことで、それを教えてくれたのは当然の如くサポート機能だった。


「…あ、そういえば」


 ふと思いついて、私は≪ステータスオープン≫、と内心で唱えた。すると目の前に、まるでゲームのようなウインドウが表示される。


 だが、そうして表示されたステータスを見て―――私は自分の目を疑った。



――――――――――

名前:シスネ・ディア・クロメンティール

性別:男性

種族:魔族

年齢:3歳

立場:クロメンティール公爵子息


<基本>

HP:2500/2500(1000UP)

MP:30000/30000(10000UP)


<称号>

祝福されし者、世界の寵愛を受ける者、転生者


<武術スキル>

剣術:Lv1、刀術:Lv1、槍術:Lv1、弓術:Lv1、体術:Lv1→3、投擲術:Lv1


<魔法スキル>

火属性魔法:Lv1→3、水属性魔法:Lv1→3、風属性魔法:Lv1→3、土属性魔法:Lv1→3、光属性魔法:Lv1→3、闇属性魔法:Lv1→3、無属性魔法:Lv1→5、付与魔法:Lv10、錬成魔法:Lv10


<技能スキル>

鑑定:Lv10、隠蔽:Lv10、アイテムボックス:Lv10、魅了:Lv10、ピアノ:Lv10、歌唱:Lv8、作曲:Lv10、芸術:Lv8、料理:Lv10、裁縫:Lv10、家事:Lv10


<加護>

創造神システィアの加護:Lv∞

――――――――――



 …いやいやいや。これはおかしいよね。いくらスキルの成長が速いからって、これはないよ。あとHPとMPの上昇率もおかしい気がする。普通の魔族の子供って、こんな感じでHPMPが上がるものなの?


『いいえ、シスネの成長率の高さは創造神の加護によるものです。なお、世間一般的な魔族の3歳児の平均HPは150~250、平均MPは500~1000です』


 そっかー、そうだよねー、私、神様にチート能力を授かったんだものねー。ていうか今さらだけど、≪創造神システィアの加護:Lv∞≫って。そりゃあ成長率にブーストが掛かるわけだよね。


 …うん、もう気にしないことにしよう。いちいち気にしていたらキリが無いし、シスネとして強くなること自体は良いことだと思うし。ここは素直に、神様に感謝しておこう。


 それから。寝入るまでの時間を、私はサポート機能を駆使した技能スキルの確認作業に使った。結果、分かったことは次の通り。



≪鑑定≫…人や物など、様々なものを鑑定するスキル。高レベルになればなるほど鑑定結果が詳しくなる。また、レベルが対象の≪隠蔽≫のレベルよりも高ければ、ステータスに掛けられた≪隠蔽≫を見破り本来のステータスを見ることができる。


≪隠蔽≫…自身のステータスを偽装するスキル。


≪アイテムボックス≫…ステータスと同種の専用ウインドウを介して、異空間で物を管理するスキル。高レベルになればなるほど高性能になり、レベル10になると異空間内の時間を操れるようになる。


≪魅了≫…対象を魅了し、意のままに操るスキル。対象の魔力が多いと弾かれ易くなるが、使用者のスキルレベルに応じて弾かれる確率が変わる。


≪ピアノ≫≪歌唱≫≪作曲≫≪芸術≫≪料理≫≪裁縫≫≪家事≫…その技能を持つことを表すスキル。当然、高レベルになればなるほどその技能が優れていることを表している。



 技能スキルが軒並み高レベルだったのは、神様からもらったチートもあるのだろうけど…きっと、前世で培った経験も多分に反映されているのだろう。ピアノはもちろんのこと、料理や裁縫、家事などの技術についてもけっこう自信があるし。というか趣味だったし。


 そういえば、今日はお昼寝のあとはもう予定が無いんだよね。元々予定していた武術の訓練が先に終わってしまったから。せっかく≪裁縫≫スキルもあることだし、刺繍でもしてみようかな。レース編みとかも良いかも、いやでもパッチワークとかも捨てがたい……なんて、つらつらと考えている内に、私は夢の世界へと旅立って行ったのだった。






 寝入ってから1時間ほど経った頃、私は自然と目を覚ました。まだ陽は高く、室内は明るい。なおこの時に、この世界の時間等については次の通りだと、サポート機能が教えてくれた。


・24時間=1日。7日間=1週間。6週間=1ヶ月。14ヶ月=1年。よって、1年は588日となる。

・月は1月から順に、「1の月、2の月…14の月」と読む。

・週は第1週から順に、「レム、イフリート、シルフ、ウンディーネ、ノーム、シャドウ」と読む。

・曜日は週初めから順に、「(白、赤、緑、青、黄、黒、無)の日」と読む。

・以上のことから、例えば4月1日ならば、「4の月・レム・白の日」と表す。


 それと、春夏秋冬はこの世界にもあるらしい。1の月~3の月が春、4の月~7の月が夏、8の月~10の月が秋、11の月~14の月が冬、という分け方になっているとのこと。私は冬生まれで、「13の月・レム・無の日」が誕生日。つまり地球風に言うと、「13月7日」が誕生日だ。…うん、ちょっとややこしいけれど、まあその内慣れるだろう。


 ちなみに、今日は「2の月・シルフ・赤の日」である。春真っ只中で、日中は暖房が無くとも暖かくて過ごしやすい。夜はまだ冷えるようだけど。


「…と、いけない。このままだとまたねちゃいそう。おきなきゃ」


 春のぽかぽか陽気にあてられて二度寝しそうになるのをぐっと堪えて、私は身を起こした。それから、ベッドサイドのベルを鳴らす。すると数秒後に部屋の扉が開かれて、クレインが室内に入ってきた。え、来るの早すぎじゃない?


『そのベルには≪伝達≫の魔法が掛けられており、対象者が何処にいようと呼び出しの意思を伝えることができます。また執事クレインはシスネに呼び出された際、≪転移≫の魔法を使用してシスネの部屋の前まで移動しており、結果このような速度で呼び出しに応じることが出来ています』


 おおう、けっこう驚きの方法で来てたな。それって執事としては普通のことなの?


『いいえ。執事クレインの能力は他に比べるとかなり突出しています。そのため、前述のような方法を用いることが可能です』


 なるほど。クレインも割かしチートなのね。なんとなく、そうじゃないかと思っていたけれど。そんなことを考えながら、私は彼に声を掛けた。


「クレイン、おはよう」

「おはようございます、シスネ様。さっそくですが、これからのご予定はどうなさいますか?」

「うん、それなんだけどね、ちょっとししゅうをしてみようかとおもって」

「刺繍ですか。それでしたら、今から必要な道具などをひと通りお持ちしますので、少々お待ちくださいませ」


 きちんと一礼してから、クレインは瞬時に姿を消した。おそらく≪転移≫の魔法を使ったのだろう。それでも、少ししてから戻ってきた彼は直接室内に転移することなく、扉から戻ってきた。その手に何も持っていなかったことを疑問に思うも、その疑問はすぐに解決した。


「お待たせいたしました。それでは、此方に道具等を広げさせていただきますね」


 そう言って、クレインは窓際の明るい場所に円型のテーブルと椅子を出した。その上には何色もの刺繍糸や布が綺麗に収められたカゴと、刺繍針などの刺繍に必要な物が入ったカゴが置かれている。それらが一瞬の内に現れたのを見て、クレインは≪アイテムボックス≫を使ったのだな、と納得した。


 にしても、≪アイテムボックス≫ってテーブルと椅子まで入るのか。容量とかどうなっているんだろう。


「それではシスネ様、どうぞ此方へおいでください」

「うん、ありがとう」


 クレインに促されて、私は今しがた設置された椅子に座る。するとクレインが私の傍に静かに立ったので、彼を見上げて気になったことを尋ねてみた。


「もしかして、わたしがししゅうしているあいだ、ずっとそこにいるの?」

「はい。その方が、万が一シスネ様がお怪我などをされた場合にすぐに対応できますから」


 その言葉を聞いて、私は自分が3歳児だったことを思い出した。そうだよね、普通こんな小さな子供に監督無しで針を持たせたりしないよね。というかそもそも、刺繍をさせてくれること自体が驚きだよ、有り難いけれど。


「ねえクレイン、もしよかったら、いすをもってきてすわってくれない?ずっとそこにたっていられるのはきになるから」


 それと絶対、刺繍している時間が長くなるから、立ったままでいられると罪悪感が酷くなりそう…と、そちらの理由は話さずに、渋るクレインを半ば強引に説得して椅子に座らせることに成功した。


 よし、これで心置きなく刺繍に集中できる。さーて、どんな模様にしようかな。鼻歌でも歌い出しそうなくらい上機嫌になった私は、脳内で色々と構想を練りながらいそいそと準備を始めた。




 そして、数時間後。段々と陽が落ちてきて辺りが薄暗くなってきた頃、クレインがおもむろに魔法でランプに明かりを灯した時に丁度良く模様が完成した。


 今朝方、朝食の席で用意されていた花々の内の一輪。一番綺麗だと思った花を、白いハンカチに刺繍してみた。その花は小振りな薔薇で、色は深みのある青色だった。ただ、それだけでは少し寂しかったので、銀色の糸で縁取ってみたり、数種類の青系の糸で花びらに濃淡を付けてみたりと色々手を加えてみた。


 結果、そこそこ手の込んだ作品が出来上がったけど…うん、なかなか綺麗に出来たんじゃないかな。私は内心で自画自賛しつつ、隣に座っているクレインに完成したハンカチを広げて見せた。


「どう?けっこうきれいにできてるでしょ」

「ええ、上品で、とても美しいです。…しかし、今日はシスネ様に驚かされてばかりですね。勉強に、魔法や武術の腕前もそうですが、ピアノの演奏や刺繍の腕前まで素晴らしいだなんて」

「そうかな…」


 なにやら感心しきりのクレインを見て、今さらながら「ちょっとやり過ぎたかも」、なんて考えたけど。すぐに「どうせいつかはバレることだし、それが少しくらい早まっただけだよね」、と思考を切り替えた。自慢じゃないけど、私はけっこうポジティブなのだ。


 そのあとは、仕事から帰ってきた両親をお出迎えしたり、家族でお茶しつつまったり過ごしたり。やたらと立派な大浴場でゆっくりしたりしてから、自室に戻って就寝した。


 第二の人生は始まったばかりだけど、今のところ大きな不安とかは無い。むしろ、既に色々と楽しみ始めているくらいだ。明日はどんなことをしようかな、と期待に胸を膨らませつつ、私は瞼を閉じた。






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