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咸陽 (2)

「咸陽で足がかりを得るには、中庶子ちゅうしょし蒙嘉もうか殿を訪ねるのが一番だと思います」

 薊城けいじょうを出る前に、太子丹は荊軻にそう語っていた。質子ちしであった太子の逃亡で人脈がずたずたになった現状では、唯一話せる人物というだけなのかもしれない。しかし、中庶子といえば、王室や王族に関わる諸問題を処理する官吏である。ならば、秦王やその周辺の人々の心の機微にも通じているに違いない。しかも、秦王の寵臣だという。


―― 謁見が許されるか否か、未だ確たる返答を貰えていない今、これほど頼りになる人物は、他に居ないかもしれない。


 荊軻は、そう考えた。

 関塞まで迎えにきた士に、そのまま案内されて入った客殿は、咸陽宮を取り巻く宮殿群の一角にあった。周囲の建物と比べれば、特別立派ということもないが、薊城での荊軻の屋敷に比べれば、はるかに大きい。調度品も贅を凝らしており、青銅あるいは漆の什器がふんだんに使われていた。玉器や金器・銀器さえ頻繁に使われる。使用人たちの教育も行き届いており、荊軻たちは、何ひとつ不足を感じることのない待遇をうけた。しかし、やはり卿によるもてなしは無かった。下大夫さえ、いまだに出て来ていない。このまま手土産だけ巻き上げられて追い返されては、これまでの三年が全て水泡に帰す。それだけは、避けなければならなかった。


―― 俺自身、この咸陽に、他に知り合いが居るわけでもない。ここは、蒙嘉という人物に賭けてみるしかないだろう。


 そう考えた荊軻は、千金という金をまいないとして蒙嘉に送り、面会を求めた。千金といえば、庶民の中程度の家、何十軒分かの財産にも相当する。それほどの大金を投じても、蒙嘉が会ってくれれば安いものだった。何といっても、太子との因縁がある上に、風前の灯のような燕の使者なのだ。少々の金では、関わり合いになることを恐れ、断られるかもしれない。断られる度に、小金を出して頼み込んでもあまり意味はない。むしろ、はじめに大金を積んだ方が、相手に驚きを与えられる。その驚きが好奇心となり、会おうという気を起こさせるかもしれない。そう考えての行動である。しかし、これだけの金をつぎ込めば、後がない。それは賭けだった。結果として、荊軻は、その賭けに勝った。運命は、荊軻に味方しているようだった。


 面会の約束のその日、荊軻は、道案内と少数の供回りだけで蒙嘉の屋敷を訪れた。目立ちたくないということもあったが、荊軻は、秦舞陽を連れて来たくはなかった。


―― 王の寵臣であり、大金をも平気で受け取る男なら、恐らく尊大であろう。そんな男を相手にするとき、なにより肝要なのは忍耐。どれほど横柄な態度に出られても、辞を低くして秦王への取り次ぎを頼むしかない。


 荊軻はそう思い、副使とはいえ、短気な秦舞陽は伴わずに来た。どれほど待たされようと、会うまでは絶対に帰らぬ決心だった。ところが、意外なほどすんなり姿を見せた蒙嘉は、尊大とは程遠く、好々爺という感じのほっそりした老人だった。

 荊軻は、当惑しながらも、席を避けて立ち上がった。

「本日は、中庶子殿には相見しょうけんをお許しくださり、恐悦至極にございます」

「おお、遠路はるばると、ご苦労でございましたな。荊卿でございますな。燕の太子様の右腕として、貴君の御令名は、咸陽にも届いておりますよ」

 蒙嘉の言葉に、荊軻は少し安堵した。


―― 思惑通り、俺の名前は知られているらしい。上卿などという、似合いもせぬ地位にいた甲斐があったというものだ。


 相見の礼を一通り尽くすと、二人は席に着いた。蒙嘉の物腰は、始終柔らかだった。

 荊軻は、席に返ると、あらためて蒙嘉の様子を窺った。物腰に違わぬ、柔らかい表情。敵国の使者を迎えるという固さは、どこにも見当たらない。


―― 真正面から、話してみるか。


 荊軻は、その表情に誘われるように話し始めた。

「中庶子殿もご存知のように、先日、趙を討伐なされました貴国の大軍が、そのまま我が国の境界付近に駐屯しておられます。我が国の王は、貴国の大王様の御威勢に恐れ慄いております。されば、兵を以って大王様の軍勢に手向かいいたすなど考えてもおりません。燕の国を挙げて大王様の臣下として、諸侯の列にお加え頂けないものかと申しております。貴国では各地に郡県が定められ、それぞれの郡県が、大王様の御為に職を奉じておられるとのこと。燕国も郡県のように大王様にお仕えし、代々の宗廟祭祀そうびょうさいしだけは、お許しを頂いて存続できますならば、これ以上の望みはございません。これが、燕王の心の内なのですが、大王様の威徳を畏れるあまり、自らこれを御前にて述べることもならず。ただただ、樊於期はんおきの首と督亢とくこうの地図を函に封印し、燕王自ら拝送の儀を執り行い、使者の私にお預けになられました。私は、くれぐれも大王様に衷心よりの願いを伝えてくれるようにとの燕王の命を受け、ここ咸陽の都までまかり越した次第でございます。されど、語るも心苦しい事なれど、先年、我が方の太子が、貴国の法を破り、無断で関塞を越えてより、我が国の者で、大王様の御前に出ることを許された者は、まだおりませぬ。どうか、中庶子殿のお力添えを賜りまして、この荊軻が大王様の拝謁を賜って、主君の命を果たせますよう。我が燕王の衷心よりの哀願を、大王様に奏上することが叶いますよう何卒お取り計らいくださいませ。どうぞお願い申し上げます」


 途中「うむうむ」と、穏やかに聞いていた蒙嘉が、急にぎらりと目を見開いて荊軻を見据えた。まるで短刀の切っ先を突きつけられたようで、荊軻は一瞬どきりとした。

 蒙嘉は、目の光はそのままに、言葉は柔らかく切り込んできた。

「御口上、真にもって痛み入ります。しかしながら、ひとつ得心が行きませぬな」

 荊軻は、再びどきりとしたのだが、面には一切出さずに、

如何様いかようなことでございましょう」

と問い返した。

「他でもない。燕王におかれましては、我が君の威勢を恐れ、敢えて自ら述べることを避けたとのことでございますな。しかし、国を挙げて我が国に内附ないふしたいというほどの願い。仮にも一国の王たる者、本来なら、ご本人がお出ましになられ、我が方の王と盟約を交わすべきではございませぬか。既に、韓・趙の二国が盟約の信義に背きましたがゆえに、やむなく我が君は、この二国を誅滅しております。悲しいことに、盟約の信義が軽んじられている昨今、信の固さを証明するには、燕王御自らの行いが肝要なのではないですかな」

 言葉遣いは柔らかいが、そこには剣で切りつけるような、厳しい気迫がこもっている。好々爺という、はじめの印象が嘘のようだ。荊軻は、はるか子供時代の剣術の稽古を何故か思い出した。打たれるのを嫌がって、無理に避けようとしては、かえって劣勢に立たされてしまう。


―― さて、どう切り返すか。


 そう思ったとき、自然に口が動いていた。

「まことに仰せの通りでございましょう。しかしながら、燕王は、死にたくはないのです」

 言ってしまって、自分でも驚いた。自分の主君をけなしていると取られかねない。あるいは、そのような言動を、蒙嘉は不快に思うかもしれない。


―― どうするか。


 一瞬迷った。


―― ままよ。


 そのまま、流れに乗った。

「韓王が捕まりました上に、今や趙王まで国を失っております。もし、燕王が大王様の御前にて内附を懇請し、それで許されなければ、その場で死を賜うやもしれません。失礼を省みず、敢えて申し上げれば、趙を誅滅されました後の大王様のなさりよう。これを仄聞すれば、その恐れなしとは私も申せません。燕王は、それがどうしても恐ろしかったのです。王としては、責められるべき事かもしれませんが、人としては仕方なき思いでございましょう。臣従を許すと、大王様に御裁可を頂ければ、燕王も安心して御礼言上おれいごんじょうに参ることでございましょう。どうか、ここはひとつ、謁見を賜りますよう、げてご助力ください。何卒お願い申し上げます」

「かわりに、荊卿、貴君が誅殺されるやもしれませんぞ」

 蒙嘉は、重ねて厳しく問うて来た。

「だれかが参らねばなりません。ならば私が行こう。そう思っただけです」

 これだけは、嘘をつかずにすんだ。刺客である以上、仕方ないとはいえ、好々爺の蒙嘉を騙さざるを得ないことに、内心忸怩じくじたるものがあった。それで、嘘を言わずにすむ答えが嬉しくて、荊軻は思わずにこりと笑った。


 荊軻のその笑顔を見た途端、蒙嘉の目が和らいだ。

「よくぞ申されました。荊卿のお覚悟、見事にございます。承知致しました。我が君への執り成し、この蒙嘉が責任を持ってあたりましょう」

 刺客である荊軻は、確かに、覚悟をしてきた。しかし、意味が違う。これは蒙嘉の誤解だった。しかし、荊軻には、その誤解を解くことは出来るはずもなかった。


 蒙嘉の方では、すっかり荊軻が気に入ったらしく、宴席をもうけようと言い出した。荊軻としては心苦しくはあるが、願っても無い機会である。


―― 俺にこの国が止められるのか。


 その疑問が、咸陽に入って以来、ずっと心にかかっている。荊軻は、何とか答えを得たかった。そのために、秦国内のこと、政治や経済や民のこと、宮中のことをもっと知りたかったのだ。


 ややあって、蒙嘉は、酒肴の準備が整った別室へ荊軻を案内すると、まず窓辺へ誘った。

「少々寒うございますが、まずは窓を開けて、咸陽の街をご覧下さい」

 蒙嘉の言葉にうながされて、荊軻は窓を押し開けた。そこには、西日を受けて淡く輝く街がいっぱいに広がっていた。寵臣の一人である蒙嘉は、高台に屋敷を拝領している。そこから見る街は、息を飲むほど美しかった。北から来た荊軻には、咸陽は異国そのものに見えた。

「素晴らしい」

 我知らず、荊軻の口から感歎の言葉が漏れた。

「そうでしょう」

 蒙嘉が嬉しそうに答える。

「私は、咸陽が大好きでしてな。いや、どの国の人にとっても、故郷は愛すべきものなのでしょうが」

 そういって笑う蒙嘉は、巨額の賂を平気で受け取るような人物には見えなかった。


―― 案外、内向きの事を取り仕切る家宰かさいあたりが、独断で受け取ったのかも知れんな。まあ、その家宰の心を動かしたとすれば、まずは千金の投資も無駄ではなかったということか。


 荊軻は、そんなことを思いながら、蒙嘉に語りかけた。

「本当に美しい街ですな。そして何より活気に溢れている。例えるなら、若々しい力に満ちた美しさと申せましょう」

「それは、我が君の若い覇気がもたらしているのかもしれませんな」

と、蒙嘉は答えた。

 窓からは、微風が吹いてくる。まだ春には遠い時期とて、乾いた風は冷たかった。

「気候の良い頃なら、ここを開け放って、咸陽の街を眺めながら飲む酒は格別なのですが、まだ寒いのが残念ですな。さあ、窓を閉めて、酒で温まりましょう」

 蒙嘉は、そう言うと窓を閉め、荊軻を席へと案内した。


 宴席に供された酒も料理も、秦という異国の雰囲気を充分に感じさせるものだった。二人は、そうした秦の風俗など、当たり障りのないことを話しながら杯を重ねた。茶を煮て飲む習慣も、秦が蜀の地方を従えたことで、蜀の風習が中原に広まったのだと蒙嘉は語った。そう語る蒙嘉は、嬉しそうだった。長く中原の文化に憧れてきた秦人しんひとにとって、そのように秦から何かの習慣が広まるというのは、誇らしいことなのだろう。そうした精神の誇りは、たとえ兵を以て中原諸国を征服したとしても満たされぬものらしかった。


 そうやって時を過ごし、蒙嘉の頬にはっきりと酔いの赤みがさしてきた頃、荊軻は、そろそろ探りを入れてみることにした。


「先ほども申しましたが、ここ咸陽の活気は凄いものですな。まだ到着して日も浅いのですが、新しい建物が建ちかけているのを幾つも見ました。貴国の豊かさを思い知らされます」

「全ては、鄭国渠ていこくきょのお陰でしょうな」

 蒙嘉は、嬉しそうに答えた。

「鄭国渠ですか」

「そうです。この咸陽を貫流する渭水には、北から幾本かの河が流れ込んでいましてな。そうですなあ、十年ほど前になりますか。我が君が、その支流を東西に結ぶように、一本の河を開削なされました。そのお陰で広大な土地に水が行き渡るようになって、本当に豊かになりました」

「なるほど。それで新しい建物も次々に建つというわけですか」

「まあ、それは、我が君の普請好きの影響も大きいでしょうな。今も、討伐した韓や趙にある有名な建物を、そのまま真似てこの咸陽に建てるとかで、北の方で工事を進めておられるそうです。いずれ天下の名建築を、みな集める勢いですよ」

 荊軻は、蒙嘉の言葉が引っ掛った。


―― 天下の名建築を集めるということは、趙や韓に止まらず、遠からず秦が天下を平定すると、蒙嘉殿は考えているということか。


そう思ったが、口には出さなかった。

「それは、また豪儀な話ですな」

そう言う荊軻に、蒙嘉は苦笑交じりに答えた。

「ええ。はじめは、私も我が君の普請好きには、多少の危惧を感じていたのですが、あの方は、常人とはあまりに異なっておられる。物の考え方も行動も、私の常識とは懸け離れておられます。しかし、実際に鄭国渠の例もあり、陛下の仰るとおりにして、秦は驚くほど発展しております。陛下は、私などには見えない、未来の形を見ておられるのかもしれません。だとすれば、私のような凡人の小さな枠にはめるわけにはまいりません。そう思って以来、もう年寄りが口を挟むのはやめましたよ」

 

―― それほど、秦王に心酔しているのか。


 荊軻は驚きを感じた。その信頼は、蒙嘉など一部の寵臣に限られるのか、それとも臣下の多くがそう思っているのか。是非、確かめたいと思った荊軻は、少し水を向けてみることにした。

「しかし、ここのところ、貴国では出兵が毎年のように続いていますが、それに民草が従っているというのは、やはり大王様の聖徳の賜物でしょう。我が燕などでは、同じ事をしようとすれば、民草の不満が爆発して、とてものこと立ち行きますまい」

「まあ、我が君に、並みの王とは違う徳が備わっているのは確かでしょう。しかし、それだけではありませんよ。秦の民を評する言葉に、難に安んじ死を楽しむというものがあります。元々秦の民には、そういう尚武の気質があるのです」

 酔った蒙嘉は、少し饒舌になり、愉快そうに笑って続けた。

「それにですな。東へ向うというのは、何も陛下おひとりの考えではないのです。西に興った我らが祖先は、幾度も都を東へと遷してまいりました。あるとき、遷都の吉凶を卜しましたところ、後に子孫は黄河の水を馬に飲ませることができるであろうという結果を得ました。以来、東へ向かうことは、先祖代々の願いとなっておるのです。ですから、連年の戦に民草が耐えうるというのは、陛下の聖徳と、代々の先王の御加護の賜物でありましょうな」


 蒙嘉のこの話の意味するところは、秦王に喜んで従っているのは、決して、一部の寵臣のみではないということだった。しかも、寵臣であるとはいえ、文官である蒙嘉が、連年の出兵に一言の不満も漏らさない。これには、さすがの荊軻も、驚きを禁じえなかった。しかし、酔った蒙嘉は、荊軻の驚きには気付かなかったようだ。そこで、荊軻は、もう少し、突っ込んだ質問を投げてみた。


「しかし、こう申しては失礼かもしれませんが、大軍を連年国外に出していて問題は無いのでしょうか。先年、趙の廉頗れんぱ将軍が、更迭こうてつを不満に思って兵を率いて国に叛くという事がございました。貴国では、そのような危険はお考えにならないのでしょうか」

「その点は大丈夫でしょうな。我が国では、出兵のたびごとに将軍を任命するのです。常任ではありません。そして、王の与える割符が無ければ、決して兵を動かすことが出来ない決まりになっております。ですから、軍が将の私兵となる可能性はほとんどございません。それが、我が国で行われている法家の統治なのです。そういう意味では、法家とは、人を信じない学問なのでしょう。もちろん、法律そのものは、万能ではありません。外に居る将軍にしても、抜け道はあるのかもしれません。しかし、人の善意すら信じぬ法家の精神は、恐るべきものです。荊卿は、法家の学者として著名な韓非という方をご存知ですかな」

「はい。存じております」

と、荊軻は答えながら、かつて、薊城けいじょうの居酒屋で高漸離こうぜんりと交わした会話を思い起こしていた。一緒に飲みながら、太子の逃亡の話をしていた折、韓非のことが話題に上ったのだった。

 蒙嘉は続けた。

「その韓非が著した書物に、このような話がありました。昔、韓に昭侯しょうこうという君主が居られました。その昭侯が、ある日酔って寝ていると、冠を司る典冠の役人が、寒かろうと思って衣を掛けたそうです。目を覚ました昭侯は喜んで、この衣は誰が掛けたのかと問いました。側仕えの者が、典冠の者ですと答えると、昭侯は、衣を司る典衣の役人だけでなく、その典冠の役人まで罰したそうです。その理由は、典衣は職務の怠慢で、典冠は職権を越えたからだということでした。昭侯とて、典冠の行いが嬉しくなかったわけではないでしょう。しかし、敢えて典冠を罰しました。韓非は、それでこそ賢明な君主であると称えているのです。法家の考え方は、例え善意による行動であり、それが結果として人や国の利益になったとしても、法を犯せば決して許しません。我が国に法家の学をもたらした、宰相の商鞅しょうおう様以来百年、その考え方が、この国にも人にも染み着いております。生半なまなかなことでは、国に叛くことは出来ますまい」

 蒙嘉は、そこで初めて表情を曇らせた。

「ただ、その商鞅様は、人の情を縛りすぎて、そのせいで自らも身動きできなくなり、滅びてしまわれた。それだけが、不安といえば不安ではあります。まあ、全ての物事に長所と短所があるのは当然のこと。我が君も、このことはご存知の上でまつりごとを行っておられます。大きな成果を挙げているのも事実ですから、私の感傷に過ぎぬのかもしれませんな」

 蒙嘉は、少し苦い笑いを浮かべて酒を含んだ。


 荊軻は、警戒心を刺激しないよう、それ以上探りを入れるのをやめた。後は、淡々と酒を酌み交わし、暗くなって蒙嘉の屋敷を辞去した。

 去り際に、蒙嘉の方から、

「謁見の事は、確かに承りました。近日中に良きお知らせが出来るでしょう。御裁可を頂き次第、使いの者を遣りますので、心安くお待ちになってください」

と言ってきた。深く頭を下げた荊軻は、複雑な思いにとらわれて、なかなか頭を上げることが出来なかった。


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