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6

クラウスは早足でいながら、王子様と会うのは難しいのではないか、と少し思った。

何故ならば、そちらの道を行くほどに、女性たちの声が多くなっていったからだ。

どうやら、乙女たちが王子様と会うべく待ちかまえているらしい。

その中の一人、それも追いかけたような感じになる自分は少し、淑女として問題があるような気がしたのだ。

「フィフラナさん、もういいよ」

彼女はそういって声をかけた。

「王子様は順番に会いに来てくれるはずだもの、わたしから追いかけてあう必要はないよ」

「あなたはそこらへんが消極的すぎますよ。あなたの順番は、月に一回もないのですよ。次の満月の時までに、一回しか会えなかったらあなたがどれだけすてきな人でも、王子様の目には留まらないのですよ」

「王子様じゃないでしょう。妃候補を選ぶのは。王室の審査の人たちじゃないですか。確かに王子様に気に入られた方が、もしかしたら妃候補として有利かもしれないけれど」

わたしはそれを望んでいないのに、と彼女は誰が聞いているかもわからない庭園ゆえに、もごもごと喋った。

そんな彼女を叱咤激励するように、年上の小間使いが言う。

「それでも、あなたがすばらしい女性だという評価があれば、あなたの家の評判だってあがりますよ、少し考えればわかるでしょう」

「確かに、この家の候補はすばらしいという評判があれば、そうかもしれませんが」

それでも自分は、家名を名乗る事だって許されていない子供だ。

とても外にでたからといって、家の評判をあげる事にはならない。

世間にとって、その家の血筋ではないのだから。

その一瞬の言葉を考えた瞬間、彼女の胸は少しばかり、痛いものがよぎった。

何度か体験して、そのたびに飲み下している物だ。

自分が世間にとってあの家の住人ではなく、使用人だというのは重々承知だったのだが。

思ったよりも、それをきちんと考えると痛くなる心臓があったらしかった。

「わたしは」

彼女は言葉を続けられないまま、フィフラナの手を払おうとした。

その時だった。

「次に会うのはどなたでしたか、オックス」

そういう声が響いたのだ。

その声に思わず、足を止める二人。

庭園の

迷路のような木々の陰から現れたのは、明らかに身分の高い弾性だった。

そして彼は、クラウスを、二つの意味で驚かせた。

「っ! ぷろー」

はじめに、いきなり現れた事にクラウスは驚き、立ち止まって体がよろめいた。

それを何とか支え、彼女は目を見開く。

プローポス、と彼女はあの蛍の夜に出会った、家名すら知らない男の名前を呟きかけたのだ。

しかし。

「クラウス様、ウィリアム王子殿下ですよ」

隣のフィフラナが小声で、その男性の素性を囁いたので、途中でその言葉を飲み込んだ。

たしかに、プローポスとは違う。

彼女は言い掛けた名前を飲み込み、すっと視線を下に向け、当然の礼儀で頭を軽く下げた。

身分の高い、それも王族ほどの相手をまじまじと観察するほど、彼女は無礼な教育を受けてきていなかった。

さらりと下げられた頭、軽くうつむいた視界に、彼の立派な衣装が見えた。

見事な衣装だ、プローポスもとても立派な衣装を着ていた、とどこかで思う。

気のせいではなく、思ったのだ。

あの二晩だけの友人は今、どうしているだろうとどこかで思った。

何かにつけて思い出し、あの蛍の光景を思い出し、そのたびに彼の事を思っていたが。

これほどはっきり、相手の顔を思い出したのは久しぶりだ。

記憶の中のプローポスの顔は、蛍の明かりの結果かどこかぼやけ、その瞳の赤色が強烈に忘れられない。

それ故に、彼女は目の前の王子とプローポスが違うのだと、わかった。

眼の色が違う。

彼は赤かった。

しかし、王子は。

「顔を上げてください、私はウィリアム・ヨーク・マチェドニアです。あなたのお名前は?」

言われて顔を上げ、クラウスはああやはり、と感じた。

彼と王子は違うのだ。

なぜか。

プローポスは髪の毛が長かった。

しかし王子は、髪の毛がとても短い。

そして何より、眼の色が決定的に違った。

あの、炎の瞳を名前にする彼の赤々とした瞳ではなく、深く濃い藍色だったのだ。

「クラウス、と申します。こちらの彼女はわたしの小間使いのフィフラナ・フォーリ・バイツツヴァルト嬢です。以後、お見知り置きを」

顔を上げたクラウスは、よどみなく言葉を並べ、ゆるりと頭を下げてドレスのスカートをつまみ、一礼をした。

たったそれだけの事に、王子とフィフラナが息をのんだのがわかった。

その理由がわからないまま、彼女は顔を上げる。

ああ、似ている。

目鼻立ちなんて、記憶の中の彼とそっくりだ。

これほどそっくりだというのならば、プローポスはいったい何物なのだろう。

ふっと思った少女は、次に問いかけられた言葉を聞く。

「レディ・クラウスは家名をお持ちではないのですか?」

「ええ、持っていませんよ」

彼女はためらいなく、そう口にした。家名を名乗る事を許されていないのだから、持っていないと同じ事だ。

「そうでしたか。……あなたと会うのは初めてではない気がしますね」

「このような、どこにでもいる顔立ちの娘ですから、どこかで通り際に見かけた娘と似ているのでしょう」

彼女はさらりと口にする。自分などどこでもみる娘の一人だと。

「そうでしたか。そうだ、この庭園はいかがですか?」

「わたしが暮らしていたお屋敷の庭園とは、趣が違うものだな、と思っています」

「そうですか」

わずかに、王子の目の色が変わったような気がした。

「レディ・クラウスのお屋敷の庭はどのような様式でしたか? 古代様式? 古典様式、東方様式、前衛様式、一風変わった蛮族様式……様式は数多あります。そこでどのような植物を育てていましたか?」

王子がそのまま彼女の手を取り、こころなしかきらきらと眼を輝かせて問いかける。

クラウスはその答えになる物を思い出そうとし、その時だ。

「殿下、そろそろ次の令嬢の面会時間が来ております」

「そうでしたか。それでは、レディ・クラウス、次にお目にかかる時に、あなたのお話を聞ければと思います」

「わたしも、覚えている限り、思い出したいと思います」

クラウスの言葉はありきたりな返事だ。

だが彼はうれしそうに微笑む。

そして彼はするりと手を離し、侍従を隣に置いて歩き始めた。

それを見送り、クラウスは自分の手を眺めた。

手が同じ温度だった。

そして、プローポスと同じ所に、何かで切ったような傷の痕があった。

これはどういう事だろう、とクラウスは考えてしまった。

「もしかして……」

「すごいですわ、クラウス様。殿下があんなに楽しげにおしゃべりをするなんて、滅多に無いですよ」

彼女の呟きは、興奮気味のフィフラナの言葉に覆い隠されてしまった。

プローポスは……




「影武者?」

「クラウス様、びっくりしすぎて変な事言ってませんか?」




「友達が殿下にそっくり!?」

流石に頭の中身が信じられなくなったクラウスは、部屋についてすぐさまフィフラナに相談した。

言葉はとても簡単に分かりやすくし、結果。

【最近できた自分の友人が、とても殿下に似ている】

という事だけを伝えるにとどまってしまった。

これが蛍の飛び交う世界でのワルツだのなんだのを語れば、なんだか話が大げさすぎて信じてもらえない気がしたのだ。

「そうなんだよ、確かにこの世界って似たような人が三人はいるっていうんだけれど……なんだか心の整理ができなくて、殿下にとても失礼な態度をとってしまったらどうしたらいいんだろう、不敬罪になってしまうでしょう?」

少女は自分の頬に手を当てて、これから起きるかもしれない事に青ざめていた。

対するフィフラナはと言えば、頭を抱えたくなっていた。

その理由が分からなかったクラウスだが、目の前で自分と同じだけ難しい表情になってくれている彼女に、問いかける。

「やっぱりできるだけ、目を合わせないように、出会わないようにした方がいいよね、その方が賢明だよね、変な態度をとるよりはずっと」

「確かにそうかもしれないけれど……あなたは本当に、そのそっくりさんに会ったのね?」「うん」

クラウスは年上の小間使いに、真顔でこくりと頷いた。それを聞くと何を思ったのか、彼女はうめいた。

「どうしたの?」

「どこに堂々とつらさらして遊び惚ける影武者がいるのよ……あのかんがえなし……」

「え、フィフラナさんはもしかして、プロ―ポスの事知っているの?」

娘はいかにも小間使いが、その相手を知っている口ぶりであったために、身を乗り出した。

「やっぱりこのお城に仕えている人なんだ……プロ―ポス、もしかして呼びつけで呼んじゃいけない立場の人なのかな。すごく失礼な事してるよね今も……」

「クラウス様、安心なさってください、とにかくその、プロ―ポスがあなたに失礼だのなんだのという事は、ありえませんから」

「本当に?」

「物の道理はわかっている男だと、私は思っているわ。少なくとも常識はわかっているもの」「よかった、いくら妃候補として失格になるためって言っても、上位の貴族に失礼な事をして、外れたら家の恥だもの」

安堵の息を漏らしたクラウスに、フィフラナはなんとも言い難い視線を向けてくる。

「ねえ、クラウス様。あなたはもしも、プロ―ポスが殿下の影武者だったとしたって、友達でいたいかしら」

「うん。あのね、プロ―ポスの事を考えると、胸のあたりが温かくてほわほわするんだよ。幸せなあったかさで、お義母様たちに抱きしめてもらった時みたいになるの」

とんとん、と己の心臓部分を指さした娘は、照れくさそうに笑った。

事実、こんな事を話すのは照れくさいのだ。

自分の心の内を語る事は、クラウスにとって何時でも気恥ずかしい物がある。

「幸せだな、こんな幸せなら相手にも感じてほしいなって思うんだよ」

「……あまり、世間の人からは認識されていないどころか、存在する事も秘密にされている相手でも」

「それはプロ―ポスを問題にしてしまうの? 彼のあり様に問題があるの? だって、影武者は王国にとって絶対に必要な存在だよ。今みたいな少し世界情勢が安定している状態でだって、王族はいつでも暗殺の危機にさらされているのに。もしもプロ―ポスが影武者だったら、あの人は英雄だよ。この国の裏側の立役者だよ。すごい人だよ。ちょっと世間から認識されていないだけで、彼の瑕になるの?」

彼女の問いかけに、上位貴族の養女は息をのんだ。

その深い緑青の瞳はじっと相手を見つめ、問いかけてくる。

「わたしだって友達は選ぶけれど、そんな理由でプロ―ポスを友達じゃなくしたりしないよ。あの人の人格に問題があったのなら、ちゃんと怒ってしかって、何度だって間違いだって言い続けるのだって友達だよ。ただ仲良しこよしで、相手の事を認めるだけが友達じゃないもの。それにわたしの会ったプロ―ポスは、そんな問題のある性格じゃなさそうだったし」

「……まいったわ。なにもあなたに言い返せないし、止めようもないわね、あなたがそんなに考えているのならば。……私はプロ―ポスと名乗る男に会った事はないけれど、あなたが彼を友人だと思っているのは伝わってきたわ。もしもどこかで会ったのならば、あなたが彼を思っている事くらいは教えてあげましょ」

少女の考えを聞いたフィフラナは、息を一つ吐き出すと微笑んだ。

クラウスは、彼女の言葉に目を丸くする。

「てっきり、そんな友達を持ってはいけませんって言われるのかと思ったのに、あの人にわたしが覚えているって教えてくれるの?」

「人間一番得難いのは、自分の行っている事を間違いだと止めてくれる視点を持った、知り合いよ。クラウス様、覚えていてくださいな。間違いだと思っている人間は多いかもしれないけれど、それを面と向かって言おうとしてくれる相手は、砂漠の砂の中の、純金と同じくらい少なくて大事なの」

「わたしも欲しいな、そんな友達」

「大丈夫、私も言いたい放題言わせてもらうから」

胸を張ったフィフラナに、クラウスは抱きついた。

「フィフラナさん、大好き!」

「お義母様やお義姉様の次位でしょう?」

「よくわかったね」

当たり前でしょ、と笑ったフィフラナの顔が、扉を叩いて現れた女官を見て一変する。

「クラウス様! 大変よ!」

「何が?」

「今日は晩餐会だったわ! どうしてここにだけそのお知らせが来なかったのかしら! 着替えて! そんな恰好で外に出せないわ! 髪飾りだってこんな地味な物はいけないし」

「いつもどおりでいいよ、王子様の目に留まらないのだって大事だよ」

「あなたはそれでよくっても、あたしたちの沽券にかかわるの! 粗末な身なりのお妃候補なんて、こっちの不手際を責められるだけなのよ!」

「あ、うんごめん」

勢いに押されたクラウスは、普段着を引っぺがされて、高級な宮廷風ドレスを身に纏う事になった。髪も香油をつけて念入りにとかされて、見事な髪型に結い上げられる。

そうして出来上がるクラウスは、しかし。

「馬子にも衣裳にもなりゃしない」

「あなたそういう事実は言わないの!」

「大体どうしてほかのみなさんは来ないの?」

「あなたの遅さをごまかすためよ!」

クラウスはフィフラナの勢いに負け、立ち上がる。

立ち上がって怒られた。

「なんであなた裸足なの!」

「楽だから……」

「靴は!」

「衣装ダンスのどこかに」

「手間をかけさせないでちょうだい!」

言いつつ驚異的な速度でフィフラナが衣装に見合った靴を取り出した。

それを履かせて、フィフラナはクラウスをせかした。

「ほかの皆様はもう集まっているはずよ、急ぎなさいおバカ!」

「知らなかったんだから私のせいじゃないと思うんだけど」

「そういう事を言わない!」

そんなやり取りも、部屋を出てから全くなくなる。

クラウスは持ちうる限りの丁寧さを頭の中で反芻させながら、優雅にしかし速足で、案内された晩餐会の会場に到着した。

「まだ全員集まっているわけではなさそうです、よかった」

中を覗いたフィフラナが安堵の息をついた。

「クラウス様、この中に入ってしまったら、私たちは助けられないのです、ご自身の首を絞めないように」

「うん、わかった」

言ってクラウスは、魔窟と言っても差し支えのない晩餐会の会場に足を踏み入れた。




みんな着飾ってそれは美しいな、というのがクラウスの正直な感想だった。

それくらい誰もが皆着飾り、とめどなく見事だ。

それでも、とクラウスは内心で判断する。

たった一人、自分の姉に勝る美少女はいない。

確かに誰もが整っているけれども、クラウスの双子の姉に並ぶ女性はいない。

そんなキララも緊張した面持ちで、席についている。

彼女はきらめく金色の髪を優雅に結い上げ、その目もくらみそうな青い色の瞳を縁取るマスカラは下品に見えない程度のアイシャドウをつけている。

どこか大人びた雰囲気である。

対してクラウスは、何とか人前に出られる程度の化粧なので、その差は歴然としているだろう。

この晩餐室にいる誰よりも、自分は劣っているに違いないとクラウスは判断し、これはおとなしくご飯を食べていればなんともなく済むだろうな、と察した。

クラウスには妃になろうという熱意が全くないので、その分気合はほかのどのご令嬢よりもないのだが。

王子が現れる。まったく大した美形である。

盛装に近い身なりと言い、この晩餐会がどれだけ重要かを示すようだが、クラウスは彼にすぐ興味を失った。目的はご飯だ。

王子がシャンパングラスをもって声をかける。それに合わせて令嬢たちはグラスを掲げ、晩餐会が始まった。

誰もが王子の興味を引こう努力していたが、クラウスはそんなドロドロした世界に足を踏み入れる気は毛頭ない。

そのため、一人令嬢たちがあまり手を付けない豪華なごちそうに、舌鼓を打っていた。

肉のとろけるような味もびっくりするし、ソースのさわやかさは薄荷の砂糖入りソースだろう。

コンソメのゼリーも複雑な味わいだ。

パンも上品にちぎっていく。家だったらもっと固いパンをスープに浸してもりもりと食べていたな、などとクラウスは思った。

いつの間にか話題は王子の趣味になっていた。

王子と共通の趣味を持つことで、王子の興味を引こうという魂胆が透けて見えるクラウスは、グラスの柑橘ジュースをお替りした。

フレッシュジュースなんてものは家では決して飲めない。ぜいたくの中でもぜいたくの位置にあるのが、氷を浮かべたフレッシュジュースだ。

メインディッシュも食べ終える。実においしいパイ包みだった、この魚はいったい何の魚だろうか、家で再現はできるだろうか。

クラウスはそんな事ばかり考え、ふっと顔を上げた。

王子がじっとこちらを眺めていたが、恐らく自分の向こうの美女を見ているのだろうと、クラウスは自分の身分や立場をわきまえて判断した。

「殿下、遠乗りがお好きでしたら、ご一緒させてくださいな」

誰かが言う。

王子が答える。

「遠乗りに可憐な花を連れて行ってしまって、けがをされたら大変ですから」

「わたし、馬に乗るのはとても得意なのですわ」

「殿下、観劇がご趣味だと伺いましたが、どのような物を鑑賞なさるのですか?」

「英雄譚などが好みですね」

「まあ、私も英雄譚は好きですわ」

「二―ベルゲンズの歌はとても素敵ですわね」

二―ベルゲンズの歌はあれは女が怖い話だぞ、と内心でクラウスは突っ込んだ。

原典を知っているので、思わず思ったのだ。

あれは英雄の妻の復讐劇過ぎて怖いんだぞ、血まみれスプラッタなんだぞ、と思わないでもない。

しかしクラウスは会話に入らないように細心の注意を払い、何とかそれを全うした。



晩餐会は妍を競う女性たちの、戦いの場所だった。その中で異端児なのはクラウスだけで、彼女だけが一人、料理を楽しんでいた。

別のいい方をすれば、クラウスは、妃候補たちの争いの火花が飛び火しないように、ひたすら料理の事だけを考えていたともいえる。

ここで出しゃばれば何が起きるか分からない。

クラウスはわざわざ、自分よりもはるかに身分の高い女性たちに喧嘩を売りたくない。真っ向勝負などできない自分を知っているし、真っ向勝負以外の事を知らないのもまた自分なのだ。

勝ち目など欠片もなければ、大体、妃になりたいなどとは欠片も考えていないのだから、この妃候補たちの戦場に参戦する理由がなかった。

そして何より、おばあちゃんが退職したら近い将来、家の厨房を切り盛りするのは自分だと知っていた。

そのため考えていた。

この料理たちの何ならば、安く、何よりもおいしく真似ができるだろうか。意外と家の調味料で再現できるかもしれない物も数点あった。一つあれば二つある。二つあればもしかしたら、百もあるかもしれない。料理の奥深い部分はそういう所だ。

そのためクラウスは、舌に全神経を集中させて宮廷料理という、芸術の完成品を口に運んでいた。

王子であるウィリアムの取り合い、呆れてしまいそうになる争いたち、そして皮肉の飛ばしあいは見事なほどスルーしていった。

そう、この場所で誰よりも無関心を貫けたのは、女官でも給仕でもなく、クラウスただ一人だったのだ。

さらに都合のいい事に、ここまで無関心を貫くとほかの候補たちは、クラウスなどいなかったように扱ってくれる。彼女の戦線離脱をすぐさま好条件と判断してくれるのだ。

そのためわざわざ新たな障害を増やすわけもなく、クラウスは誰からも無害だと扱われる事になっていた。

クラウス自身は知らないが、妃候補たちのほとんどがどうにかして、王子ウィリアムと特別に接点を持とうと、ほかの候補者を出し抜こうとしている現在に置いて、何もしていない候補はクラウス一人だったのだ。

その情報を、有能な味方の女官だったり侍女だったりから入手した候補者たちは、実はこの晩餐会のはるか以前から、クラウスを邪魔者から除外している。

実はそれもあって、今までクラウスに嫌がらせなどが行われてこなかったのだ。

そんな事情はクラウスの知らない所で進んでいて、いつの間にやらクラウスは、妃候補から外れているような見方をされているわけである。

まああながち間違いでもなく、それをあえてクラウスに伝える人が誰もいないのも事実だ。

そして放っておいてもらえるのならば、クラウスは目立とうとも思わない。

しかし事情を何も知らないクラウスは、何とか目立たないようにと、存在感を消そうと努力していた。しなくとも、誰もクラウスを見とがめはしないというのに。

知らないのは時に損でもあるという典型的な状況だった。

クラウスは焼いた羊の肉につける、甘めのミントのジェリーが気に入った。

いける、これなら家でも再現が可能だ。ミントなんて植えれば始末に負えないほど生えてくるハーブで、節約して使わなくても誰も咎めない。

これは酢の具合から考えてかなりいい酢を使っている。たぶんクラウスが知らない、超高級な酢に違いない。

だが、これはほかの酢でも代用ができそうだ。

しかしおいしい。滑らかな口当たりは継母だったり、義姉だったりにも食べさせたい。

もしも可能ならば、作り方を厨房で見せてもらいたい位だが、妃候補の肩書がそれを邪魔するだろう。つくづく因果な肩書だ。

その結論に至った時、クラウスは視線を感じて顔を上げた。

驚いた事に、ウィリアムが彼女を見つめていたのだ。物珍しいのだろう。珍獣と同じだとクラウスの勘が告げていた。

きっと王子は今まで、どんな女性だって自分に注意を払うと思って生きていたに違いない。何せあの凛々しさ格好良さなのだから。そして何より、目の前で起きている王子様争奪戦の熾烈さを見てみるに、王子は女性の誰もが自分に関わろうとすると思っていてもおかしくない。

そんな中、王子に目もくれずに料理に注意を払っていれば、気になる対象になる可能性は十分にあるわけだ。

馬鹿でも愚かでもなく、単純であるだけのクラウスはそこまで判断をした。

「料理の味の決め手はなんでしたか、レディ・クラウス」

王子の問いかけに、ほかの女性たちは息をかすかに飲んだ。他の女性は姓でしか呼ばない王子様が、名前で呼びかけるなどどんな特別扱いだろうか。

それを知らないのは当の本人だけで、知らないクラウスは臆する事もなく彼の眼を見かえす。

そして答えた。

「ソースの塩の具合と、酢かなにかの酸味の調和です。でももったいないですね」

「何が?」

料理になど何も興味がなさそうな王子が、少しばかり身を乗り出して問いかけてくる。

クラウスはそれに答えた。

「この肉のソテーは肉が熟成されていて、味が完成しているのに、無理に香辛料を使って味をぼやけさせています。いい肉が惜しい事になっているとは思いませんか? 香辛料を使えばおいしくなるというのは、一概には言い切れない物なのです」

王子は目を丸くしている。料理にそういう視線を持つ相手と会話をした事がないのだ。

一方のクラウスは、きちんと王子に思った事が言えたので満足し、苺の生クリーム添えを口に運んだ。

温室育ちの高い苺は、旬の味には少しだけ劣る味がした。

真においしい物が食べたいのならば、旬という物を勉強するべきだ。この宮廷の料理長はそう言った造詣に深くないのだろうか。まさかそんな事はあるまい。それともこれは王子の好物だというのだろうか。

自分の考えに入り込みそうになった彼女に、王子がまた問いかけてきた。

「趣味は料理?」

「家の掃除です」

クラウスは答えてから、少し呆れた。料理が趣味だとでも答えると思ったのだろうか。

つまりクラウスの事を何も知らないのだ。

どういった事情でこの王宮に来なければならなかったのか。

どういう人格なのか。人柄なのか。

何も知らないと、ここで証明されてしまった。

確かに、数多いる才媛美姫たちの中で、埋没しかねない地味顔のクラウスは、六宮の美女たちのように注意を払う相手ではないだろう。

候補として考えた事だってないに違いない。

別に、知られていようと知られていなかろうと、クラウスは何も変わらないのだが。

しかしクラウスは、自分の言動の一つ一つが、王子の興味を引いてしまっているという事実には気付けなかったのだ。

それには一つ大きな理由があり、それは実の姉の事である。

姉キララは輝くように美しく、クラウスとキララは常に一緒だった。並ぶ双子を見て、誰もが目を止めるのはキララなのだ。

当然のように、クラウスは姉の影になっていたので、まさか自分の言動が王子にとって気になるものになるとは想定をしていなかったのである。

それ以上の理由もある。

こんなにも、王子に相応しくない自分に、王子があえて注意を向けるメリットがどこにも存在していないのだ。

クラウス程度の娘だって、王妃に相応しい女性という物が一体どんなものなのか、多少なりとも知っている。

王妃は愛妾とは違うのだ。ただ愛されればいいというわけではない。

公私ともに、それ以上に公の場所で王子、次期王を支え補佐するのがお妃の役割なのだ。

外交は当然。国内でも貴族たちの事に気を配り、下位の妃たちの素行に目を光らせる。

王宮の中の事にだって注意を払い、切り回して行かなければいけないのだ。

クラウスはそんな物になる気はなかった。そんな役割は、クラウスの望むものとは大きくかけ離れている。

自分の身の丈位は自分でよく知っているのだ。

さて、喋る事に全く時間を費やさなかったクラウスが、食事を終えるのとほぼ同時に、晩餐会は終わりの時間になってしまった。

先ほどから突き刺さる視線を感じれば、ほかの令嬢の誰もが余裕がないのだと知れた。

つまり全員が五十歩百歩の具合で、ウィリアムに印象を与えられないのだろう。

いったい何が目的で、ガラスの靴が履けた女性を集めたのだろう。その中に理想の女性がいると思ったのか。

それならば、キララ以外いないはずだ。見ればわかるはずだ。それなのにまどろっこしく、女たちを競わせる理由はどこにあるのだろう。

その答えは見つからないまま、クラウスは薄暗い廊下を歩いた。

王宮は常に昼のように明るいなどというのは嘘で、蝋燭の明りの限界は知れている。

そして蝋燭の費用は馬鹿にならないという現実は、王宮の倹約に頭を悩ませている財務省の人たちの苦い事実だろう。

そのほの明るい世界は、クラウスにプロ―ポスの事を思い出させた。

そしてその体温と肌の匂いと、心臓の音とその声までも思い出させる。

ぱっと顔が赤くなった少女は頭を振り、その記憶を追いやった。

他人から見れば、眠くて頭を振ったように見えるだろう。

クラウスは暗がりを幸いと、赤面した顔を真正面に向けて廊下を歩いた。

廊下を進み自室に戻り、彼女はフィフラナの目を見て今日は予定通りに眠る事は出来ないと判断をした。

友達の目が、ぎらぎらと輝いていたのだから。

椅子に座ったクラウスに、お茶を用意したフィフラナは、ほかの女官がいないのを確認して隣に座ってきた。

「で、どうだった? 六宮の才媛達は」

「個性は多少あるかもしれないけれど、皆同じ目をしていたよ」

「同じ眼?」

「王子様を自分の虜にして見せるっていう自信がある眼っていうのかな。王子様は渡さないっていう目だったよ。お姉ちゃんあんな肉食獣みたいなのの集団に勝てるかな……」

クラウスが一等に案じるのはそこだった。

クラウスの言葉に、フィフラナが笑った。

「あなたのお姉さんびいきは相当ね」

「だって大好きだもの」

それに、とクラウスは言葉を続けた。

「だってお姉ちゃんくらいできた人は、他にいないもの」

クラウスが自分の事ではないのに胸を張れば、フィフラナは溜息を吐いた。

「そこがあなたの盲目な所ね。嫌いじゃないけど」

「なんで?」

首をかしげたクラウスに、フィフラナが教える。

「あたしの情報網は結構な物っていう自負があるんだけれどね? キララ・ギースウェンダルがお妃教育で他よりも抜きんでているっていう話は一個もないのよ」

「え?」

クラウスからすれば、信じられない物だった。

少女にとってキララは、何事も自分よりはるかに出来る女性だった。

跡取り娘であり、教養豊かな継母の側にいてあらゆることを学んでいたのだ。

ずっとキララの方が勝っていると思っていたのに、秀でているという噂が一つもないなんて、候補者たちはどれだけの教養を持っているのか。

……だってそうでなかったら、色々な所にほころびが生じてしまうではないか。

貴族の奥方に必要なのは美貌ではない。人に愛されるために必要なのは知識であり人格だ。

姉はそれらを満たしているはずなのに。

それなのに、キララが素晴らしいという話がないのはおかしい。

黙ったクラウスに、フィフラナが続けた。

「噂ならあなたの方がまだあるわよ。色々」

「参考に、どんな物?」

「下賤の出身の候補者よりも気性が卑しいとか。貴族の教養を何一つ持っていないとか、市井で平民と親しくしていたとか」

「いや、全部本当だし。あんまり傷つく要素がないね」

「後そうね……天才クラウスっていうのもあるわ」

「へ?」

「あら、聞く? 聞かない幸せもあるけど」

「じゃあ聞かない」

クラウスの反応を見て、フィフラナは呆れた顔をした。

「あなた本当に、王子様を射止める気が欠片もないのね」

「だってお姉ちゃんの好きな人だもの」

あっけらかんというクラウスに、未練はない。

クラウスの線引きははっきりとしている。姉の好きな人を、クラウスは一生恋愛対象として見たりはしないだろう。

身内を不幸にする感情のベクトルなど、クラウスは持とうと思わないのだ。

そして何より、ある事実がある。

その事実とは明瞭な物だった。

「だって王妃様って重圧すごそうだし」

事実クラウスは、王妃という身の丈に余る重圧のある役職よりも、使用人よろしく家の事に精を出して、家を整えておく方がいいのだ。

たった一つの誇りが、家を綺麗にしておく事なのだから。

「わたしはできれば、そこそこの家の、そこそこの信用ができる相手と、普通の結婚をして平凡な家庭を築いてから、子供にも恵まれて孫にも恵まれて、最後は好きな人たちに見取られて大往生したい」

クラウスの口から出てくる、理想の未来を聞いてフィフラナが溜息をついた。

「あなたのその目標、実はとっても高い目標に聞こえるわ」

「そうかな?」

「だいたい、そこそこの信用っていうのはどんなものよ」

友達の問いかけに、クラウスは迷いもしないで答えた。

「浮気は許容できるけど、散財をしなくって家を傾ける不正をしなくっていう信用。一緒に生きて、平穏に暮らせるっていう信用かな」

「あなたそれでいいの? 浮気されてもいいの?」

「だって貴族の結婚って、同盟みたいな物でしょ?」

「その神経があたしには理解できなくって仕方がないわ」

「フィフラナさん。貴族っていうのは血統もそうだけれど、家が続くのが必要なんだ。家が滅んでしまったりしたら、血統に縋り付いたって何の意味もないでしょ? 貴族が貴族でいるために何より守らなくちゃいけないのは、家で、家を守るためには国を守らなくっちゃいけないんだよ。貴族の定められた義務として、王家への忠誠があるのはそういう根っこがあるからだと思うの」

フィフラナは呆気にとられた顔をして、クラウスを見ていた。

いつもぽやっとしている、貴族としてという物が欠けていそうな相手から、こういう発言が出てくるとは予想していなかったに違いない。

彼女自身、こう言った考えを喋るのは初めてだ。

そしてこの話は、女の子の考え方じゃないのかもしれないと思うには十分な反応だった。

そのフィフラナは、クラウスをまじまじ見た後に、残念な子を見る目になった。

「あなた、まだ愛も恋も知らないのね」

クラウスはその言葉に、目を瞬かせてじっくりと考えてみた。

自分の短い人生を、ひっくり返してみる。

友達の言葉に反論できる要素がないか、確認したのだ。

だがその結論はすぐに出てきてしまった。

「初恋の思い出すらない……」

「あ、ごめん」

クラウスの思ったよりも真面目な声に、フィフラナが思わず謝った。

「でも本当にないの? 家庭教師とか、親戚の誰かとか、相手はそれなりにいない?」

「家庭教師は五歳で出て行った。親戚とのやり取りは領地にいるお父様がやってるから、滅多に親戚には会わない。たぶんあっても顔が分からないし名前も一致しない」

クラウスは記憶を反芻してから答えた。

「たぶんわたしは、欠陥があるんだと思う。好きな人はたくさんいるんだけれど、恋だの愛だのは今でも分からない」

例外になるのは、プロ―ポスだけだ。あの夜のつかの間の邂逅は、クラウスの心のどこかに根を張っている。

だがそれを恋だと、言える気はしない。

クラウスはそこまで数秒の間に考え、フィフラナに言った。

「それか、運命がまだ恋をしなくていいと言っているのか」

言っていて笑えてきて、クラウスはけらけらと笑った。

「クラウスの、運命の相手ねぇ」

フィフラナは目を細めて呟いた。

「きっと誰もが仰天しそうな相手のような気がするわね」

「そうかな?」

「そういう気がするわ。誰も想定しない相手よ」



その翌日の夜の事だった。

クラウスは宿題の確認をしていた。今日の宿題もきちんと片付いた事に安堵した。字は読める文字だし、インクの汚れもかすみもない。

もう眠ろう、眠くて仕方がないと思っていたクラウスが、寝台に向かおうとした矢先の事だった。

扉が叩かれたのだ。

そして女官たちが動揺を隠せない声でこう告げた。

「陛下のお呼びです、クラウス様」

クラウスはまず、自分の空耳を疑った。

そのあとで頬をつねって、これが夢かどうかを確認した。

頬はひりひりと傷んだ。現実的な痛みなので、これは夢じゃないとわかった。

だがその後が問題だった。

さすがの事に黙ってしまったクラウスに、青ざめた顔のフィフラナが、敬語を半分忘れて言った。

「陛下が呼んでいらっしゃるのよ、クラウス!」

大胆不敵と言ってもいいくらい、気の強いフィフラナですら動揺する相手、それが国王だった。

この小さな国に、繁栄と平和をもたらした賢王の召喚である。

クラウスはフィフラナのその声を聞いて、事態を理解し、たまげた。

何か不手際でもしてしまっただろうか。

へまをしただろうか。そんな覚えがなくとも、国王の気に障る事をしてしまったのだろうか、この自分は。目立たないようにしてきたけれど、何か嫌な事をしてしまっただろうか。

召喚される理由が全く分からないクラウスにとって、かなり混乱してしまう出来事である。

だが召喚に否やは言えない。

クラウスは寝間着から、まだ見られる簡素なドレスに着替えた。

国王の不興を買うような、華美なドレスを避けたのはクラウスの賢明さだった。

「何をしたの、あなた」

フィフラナが手伝いながら、震えた声で言う。

だがクラウスにも覚えが全くない事である。

「わかんない」

クラウスが返した言葉も、みっともなく震えていた。

しかし、クラウスは着替え終わるともう震えていなかった。

彼女は表向きは平然と、淑女のしとやかさを維持して、女官に案内されるがままに春の宮を抜けていく。

そしていくつかの回廊を渡り。兵士たちに案内をされながら、王の使う部屋の中でも私的で小規模な空間である、翔鸞の間に入った。

その部屋は瑞兆の証のような名前とは違い、小さい。

だがその手の込んだ豪華さに見入ってしまう空間だった。

優しくやわらかな色彩と、程よい程度の金と銀の輝き。

優雅な曲線がいたる所で使われていて、その部屋の女性的な風合いを強めさせている。

そこは女性の好みそうな色で囲まれた、しかし男性でも居心地の良さそうな空間だった。

そしてそこの椅子には、クラウスが一度もお目にかかった事の無かった、女王が座っていた。



第一印象は、整った人だという事だった。クラウスはまず、彼女の容貌がとても整っている事に目を奪われた。

第一王子であり、次期国王であるウィリアムに遺伝子ただろう艶々とした見る誰もを見寮しそうな、黒い髪。

自分の眼を緑だと言えなくなりそうな、鮮やかな命の芽吹きを感じさせる、新緑の緑を思わせる瞳。その形は美しい曲線で作られているが、若干力強さを感じさせる釣り上がり気味の形でもある。

そして高い鼻梁に、少しだけ気難しそうな口唇は、ほどよく赤い。顔の形もこれ以上ないくらいに優美な形をしている。

彼女は有体に言うならば、絶世の美女と言っても過言がなかった。

ただ惜しむらくは、その肌の色だった。彼女は濃い肌色をしていた。恐らく彼女に由縁する、南の血が濃く出た証なのだろう。彼女は南にある大国の、王族の血を引いているとクラウスは歴史の授業で聞いていた。

それでも彼女の、女王の整い方に欠点らしさは見受けられないのもまた、事実だった。

クラウスは女王に圧倒されていた。

なんてきれいな人なのだろう、なんて強そうな人なのだろう。なんて女帝らしい人なのだろう。そんな事を考えてしまった。

彼女は自然と背筋が伸びてしまい、そしてその敬意ら反射的にとってしまった一礼は、誰がどう見ても完全無欠のそれだった。

女王は軽く目を開く。

今まで呼び寄せた候補者たちは、女王の迫力に気圧されるあまり、普段の半分ほどしか実力を発揮できなかったのだ。

そしてクラウスは、決して女王と目を合わせなかった。これは礼儀作法の一つなのだ。

王族の許しなく、王族と視線を合わせるのは不敬とされているのだ。

もっともクラウスも、これを知ったのは王子と出会った後だったので、後からやってしまったと頭を抱えたくなった事でもあった。

呼ばれるまで、クラウスは視線を合わせない。そして言った。

「クラウス、まいりました」

一体何の用事があるのか。クラウスにはとても予測がつかない事だった。

クラウスはここで慌てふためいたり、過度に緊張をする事を自制していた。

それをすれば、無意味にみっともない醜態を晒す事になる。

そしてそれは、クラウスにとって恥ずかしいだけだ。それもあって彼女は、何とか呼吸を整えて、平静を装っていた。内心では心臓が倍近く早鐘を打っていたが。

じっと目を伏せ、彼女は女王の言葉を待っていた。

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