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「お義姉様、わたし、行けません!」

クラウスははっと我に返って、自分を抱きしめている二人に訴えた。

「行けませんよ、舞踏会にだって、わたし、行かないでのんびり蛍見てたんですよ! どうやれば王子様に御目通りできるんですか。絶対にありえませんよ、靴だって、こんな物だから誰だってある程度大きさが合えば、履けるでしょう?」

彼女は何とか、この運命から抗おうとした。

どうやっても彼女には、この家から出たくない理由があったのだ。

「お願いです、いっそお義姉様たちが行った方がずっといいと思うんです!」

「でもクラウス、これは王子様の命令だわ。そして、女王陛下が王子様にこんな好き勝手をさせるとは思えないから、女王陛下もこのお触れを認知しているの。女王陛下が許して、発布する事を認めたのだからこれは、もう王命だわ」

カリーヌが義妹に言い聞かせる調子で、言う。

「そうよ、クラウス、王命に逆らったら、貴族はやっていけないわ。あなたがガラスの靴を履く事に成功して、王宮に行くのは決定している事なの」

セレディアも、抱きしめる少女が心変わりもしくは、納得するように言い聞かせ始める。

大好きな義姉二人に、両側から言い聞かせられた娘は、ぐっと黙ってしまう。

というのも、言い返すだけの材料も権力も、彼女は持っていなかったからだ。

確かに、言われてみればそうなのだ。

お触れになっている時点で王命。

そして、一般貴族はよほどの事が無い限り、王命など覆せない。

余程の事とは、クーデターなどで王権がひっくり返った場合などだ。

普通は、王命に従うほかないのだ。

従わなければ反逆者という、非常に不名誉な烙印を押されてしまう。

軽く無視できる物ではないのだし、逆らえば明日がないのが王命の重みなのだ。

「ねえクラウス、あなたならわかるわよね?」

顔を覗き込み、心底お願いの調子で、カリーヌが言う。

「あなたは、私たちが社交界でつまはじきにされてしまう事を、したりしないわよね?」

セレディアも問いかける。

二人とも本当は、王子様の所に行きたいのだ、と少女は二人の握った手の強さから、察した。

二人の姉はとても悔しいのだ。

しかし、その悔しさを八つ当たりにせずに、自分に行くように言い聞かせてくれているのだ。

なんて立派な淑女の対応だろうか。

ならば自分はここで、いやいやと子供の我儘を通すわけにはいかない、と少女は素早く判断した。

「……いけば、いいんだよね?」

ぽろりとこぼれた、本質からの問いかけに義姉二人が頷く。

「ええ。行ってくれればいいわ。あなたなら、大丈夫な気がするんですもの」

「行ってらっしゃい、そしていつでも帰ってきていいのよ。わたくしたちは待っているわ」

二人がにこりと笑いかけてくれたので、クラウスは腹が決まった。

「ん、それじゃあ、勘違いとか間違いを早くただして戻ってくるね。……お姉ちゃん、どうしたの? 難しい顔をしているよ」

顔を上げた少女の目に飛び込んできたのは、険しい表情をした実の姉だった。

「あなたも、ガラスの靴に選ばれたのだわ」

何処か意志の強い声で言った彼女は、クラウスを見てから使者たちを見やる。

「使者の皆さま、それでは私とこの子が参ります」

「待ちなさい、キララ。あなたは余所行きの衣装に着替えなさい。それは家での仕事服でしょう」

キララの言葉を止めたのは、継母のもっともな言葉だった。

「私に仕事服以外の服なんてありますのかしら?」

「あなたは何を言い出すのやら。あなたが他所に行くための時の、それなりの晴れ着も十分にあなたの部屋の衣装棚に、クラウスが入れて置いていたと思いますよ」

「まあ」

キララの挑発的な言葉を華麗に受け流し、継母がクラウスに同意を求めてくる。

「うん、お姉ちゃんの余所行きのお衣装はちゃんと、毎回虫除けをしてしまってあるよ。お姉ちゃん、着替えて行こう。お城に小間使いの格好で行っちゃったら、笑われちゃうよ」

「ええ、そうだわ、クラウス。行きましょう」

「キララ様! それならコーディネートは私たちに任せてください!」

このバカ騒ぎに入ってきたのは、キララと同じ小間使いの、サラとマーニャである。

二人そろって、このまたとない機会に目を輝かせている。

「あなた方、たとえキララの衣装を調整しても、一緒に王宮に上がる事は出来ませんよ」

ぴしゃり、と現実を言い切った継母が、ちらりと時計を見やって言う。

「使者の方々を待たせない程度に、着飾ってきなさい、急ぎなさい」

「はい!」

キララが勝ち誇った笑顔になる。

おそらく彼女は、ここで自分がこの家の女主以上に、選ばれた人間だと思ったのだろう。

そんな勘違いは、誰でも思うだろう普通の感覚だ。

王子様が探すガラスの靴の持ち主として、王宮に上がる、となれば選ばれたと感じてもおかしくないのだから。

サラとマーニャを引き連れて、キララが階段を上がっていく。

その間待つ事になったクラウスは、使者の方々を見やって問いかける。

「お茶を一杯いかがですか? 皆さまお疲れの様ですから、お好きでしたらあまいお菓子もご用意します」

「あら、気が利くわクラウス。そうだわ、着替えの時間のあいだ、皆様を客間に通さなければ。皆さま、こんな騒ぎになってしまったので思い至らずすみません」

にこりと、歳を重ねても美しい笑顔を浮かべた継母に、使者の方々が言う。

「いえいえ、そんな事はありませんよ」

「ここに来るまでは、もっといろいろ大変でしたからね」

「まあ、面白そうなお話ですこと、差し支えなければ、キララの支度の時間のあいだ、お話しませんこと?」

情報はいくらでも必要なのが社交界、と十分に理解している継母が、クラウスに目配せをする。

クラウスは立ち上がり、ちりりんと鈴を鳴らした。

やってきたのは、クラウスを自分よりも下だと侮っていたメイドだ。

「すみません、誰かお茶の用意をしてきてもらえませんか? 客間に運んでほしいのです」

「っ」

メイドは、クラウスがやればいいと言おうとしながらも、彼女が城に上がる事になった事を思い出して、言い返せなかった。

ここでやればいいだろうと言えば、自分の頭の中身を疑われてしまうし、解雇されるかもしれないというくらいには、頭が働いたのだ。

家の恥になる事を行った使用人に、この家の女主は甘くないのだ。

「直ちに持ってきますね」

クラウスを一瞬強くにらみ、メイドは小走りに去って行く。

「走っちゃだめだって言ったのにね」

クラウスは小さく呟き、使者の方々がこのやりとりに気付かず、継母を見ている事にほっとした。

彼女の見事な話術は、こういう見られたくない所を誤魔化すのにも一役買っていたらしい。

お義母様みたいな大人になりたいな、とクラウスはまた思う。

「では、私自らになりますが、自慢の客間に案内しますわ」

継母が微笑み、使者の男たちを案内して客間に通す。

クラウスは心底、今日も花をきちんと飾っておいてよかったと安心した。

掃除も徹底して行っていたために、窓ガラスに汚れもついていない。

清潔さで言えば、普通の屋敷をはるかに上回る見事な屋敷だった。

「おお、素晴らしい客間ですね」

「ギースウェンダル家の客間はとても立派だと聞いていましたが、やはり」

「ありがとうございます」

継母は自分は座りながら、客人にも椅子を勧める。

クラウスは継母の脇に、礼儀正しく控えた。

ここで座る無作法は行ってはいけない、と何かの時に教えられていたのだ。

それは使用人としての作法だったかもしれないのだが、この、誰もが自分より身分が上という状態では正しい対応であった。

そこでクラウスははっとした。

「お母さま」

彼女は小声で、継母に言った。

「磁器の鍵はわたしが持っているんです、わたしが鍵を開けないと」

「そうでしたね、クラウス、行きなさいな」

「おや、どうしましたか?」

「いえ、娘に我が家の一番の自慢の磁器の茶器を用意するように、と伝えたのですよ」

「なんと、お若いのに末の娘殿は、磁器の管理も任せられているのですな」

「たしかにしっかりとした目をしていますね」

「銀食器と磁器の管理は、並の信頼では任せられませんからね」

「末の娘殿は、とても奥様に信頼されているのですね」

「しっかりしすぎていて、少し寂しい位ですわ」

使者の男性陣と継母のやり取りを聞きつつ、クラウスは厨房に入り、お茶の用意に手間取っている使用人を指揮し、最高の茶器を用意した。

男性陣が、茶器の見事さをほめたたえ、茶の味にも感心し、継母の話術に夢中になっていても限度があった。

「そこのお前、キララに支度はまだ終わらないのかと聞いてきて、ちょうだいな。使者の皆様もお暇なわけではないのですよ」

継母すらしびれを切らしたほど、待たされている使者の方々である。

メイドは、滅多に見ない継母の絶対零度の空気に真っ青になった後、直ぐにキララを呼びに行った。

「申し訳ありませんわ。皆様もお暇ではないというのに」

「いいえ、若い女性の身支度に時間がかかるのは、よくあるお話です」

「それでも、限度という物がありますわ。しっかりと言い聞かせておかなければ」

継母が微笑みながら、何がいけない? という反論が思いつかない微笑みを浮かべていれば、少女は嫌でも気づいた。

お義母様は、この手の事で何度か、お姉ちゃんを注意していたな……と。

クラウスが控えていれば、おしとやかな美しい声で、キララが声をかけて現れた。

「お待たせいたしました。何分このような名誉は経験した事が無くて……」

現れたキララは、余所行きというよりもずいぶんと着飾っていた。

髪の凝った形に、言えない事が色々あるだろう。

しかし使者たちも大人だ。

「いえいえ、うら若き美しい娘の用意には、色々と時間がかかりましょうとも」

「ささ、クラウス殿、キララ殿、参りましょう」

キララの待たせっぷりを注意するでもなく、二人の娘を連れて行く。

「……お義母さま」

クラウスはふと不安になり、いつも頼りになる継母を振り返った。

「いつでも、手紙でも何でも、あなたの便りを待っていますよ、クラウス」

継母が笑った意味を、クラウスは知らない。

彼女が、この家からようやく、虐げられてきた義理の娘を解き放てると安堵している事など、全く知らなかった。




使者の馬車は立派なクッションを持っており、クラウスは座って早々眠くなりそうになった。

しかし眠気をこらえ、向かいで緊張してドレスを握り締めているキララを見ていた。

キララは下を向き、緊張が頂点に達したような表情をしている。

「……おねえちゃん、だいじょうぶ?」

眠気のあまり、どこか幼い調子で問いかけた妹に、彼女は答える。

「あなたよりはずっと大丈夫よ、この場所に座っている事に関しては」

「うん、大丈夫ならよかった。調子が悪くなったら、直ぐに教えてね、膝を貸すから」

大丈夫というなら、大丈夫なはずだ、とクラウスは窓側に目を転じた。

いちのくるわの、それも王城に近い方面に行った事などない娘は、見る立派な屋敷の一つ一つがとても物珍しく映った。

「すごいな……きれいで」

彼女は小さく呟き、隣の使者の男性に問いかけた。

「いちのくるわの中のお屋敷は、全部でどれくらいなんですか?」

「表の通りに面している屋敷は、皆大貴族ですよ。通りに面している、という事はそれだけで立派な事を証明するのです。大通りに遠いほど、身分は低いとも言われていますね」

「そうなんですか……」

「ですから、ギースウェンダル家の屋敷はとても珍しいものですよ。いちのくるわの端でも、ほかの屋敷に負けない立派な物で、大通りに面しているのですから。かの家の珍しいなりゆきを示すようですね」

「へえ……」

窓に行儀よく食いついている少女は、やはりどこからどう見ても、この選定にそぐわない純粋さがにじんでいた。




王城はたとえ逆立ちをしても、自分には合わない世界だとクラウスは感じていた。



馬車から降りたクラウスは、まずはじめに城の大きさとその美しさに息をのんだ。

白いのだ。

純白の城というのは、屋敷から遠巻きに眺めて知っていた。

だが実際に近くから見ると、その白さと流れるような金の塗料の色に銀の塗料の色がきらめいている。

「お城ってこんなに綺麗な……」

彼女はようやくそんな事を呟いた。

彼女は自分の家がなかなかの物だと思って生きてきた。

しかし、城はそのなかなかの物という評価を崩す物だったのだ。

通りに面する大貴族たちの、驚くほど豪華な屋敷の後だった事も相まって、少女は自分の家は本当に身分に相応した屋敷だったのだと知ったのだ。

「いつまでも見ていたくなるお城ですね」

クラウスは目を輝かせて、案内をしてきた使者を振り返る。

その眼がきらきらと輝いていたのは、何もおかしな話ではない。

綺麗な物が好きで、お城と言うものにあこがれを抱く一般的な貴族の少女ならば誰でも目が輝くのだ。

使者は、当たり前に見てきた反応でありながら、あまりにも少女が野心や邪気のない調子で言うものだから気をよくした。

仕えている国の城の事を、こうしてほめられて悪い気はしないものである。

「ええ、毎年年明けのパーティの前に、磨き上げるのですよ」

「大変でしょう」

「ええ、それ専門の職人がいるのですよ。彼らはギースウェンダル領周辺から、毎年その時期になるとやってきてくれるのです」

クラウスは目を大きく開いた。

「ギースウェンダルから? なのにわたし、そんな話全く知りませんでした。わあ、すてきですね、ギースウェンダル領の誰かが、このお城をぴかぴかにしてくれているんですね……」

彼女の中で、自分の家の領民は元々好印象の者が多い。

当主宛ではない、継母宛のご機嫌伺いの手紙にはいつも、小さくてささやかなおみやげが付き物だった。

きらきらしたカーテンのタッセル、食堂の暖炉に飾ると綺麗な飾り、領地では一般的だという、日の光を受けると虹色に輝くサンキャッチャーというもの。

それからいくつかの植物の種もあった、とクラウスは記憶している。

それらは庭師の老爺が大切に育てていて、ここぞと言う時に飾られるのだ。

見た目はとても質素なのだが、匂いが薔薇や百合よりも儚げでありながらかぐわしい、というのが継母の感想であり、クラウスはそれがとてもいい虫除けになるため、蕾を干して匂い袋にしている。

継母や義姉たちは、いい香りでも花の名前がわからないと無知扱いされてしまうから、と使わないため、クラウスは最初は使用人たちにも配っていた。

しかし使用人たちは、高価とも貴重だとも言い難い、持っていてもステイタスにならないそれを、ゴミ箱に捨てていたのだ。

数回捨てられ、クラウスも学習し、使用人たちには配っていない。

そのかわりに、料理人の老婆がたくさん欲しがるので、彼女に山分けをしている。

庭師の老爺も欲しがるので、彼にも山分けである。

欲しい人にあげた方が、ゴミにされないので匂い袋もうれしいだろうというのが、彼女の考え方である。

これが高価な薔薇の香りや、白百合の香りであれば、皆こぞって欲しがったんだろうな、と思うと少女としては寂しい限りだが。

「本当に、ギースウェンダルって色々あるんですね」

「そうですね、交易の要でもありますし。あの周囲が近年、あまり穀物がとれない事が心配です」

聞いた少女は姉をみやった。

次の領主になるべく、日夜継母に鍛えられている姉は、この事を知っていただろうか。

しかし。

「あれ、お姉ちゃんがいない」

彼女の姉はもう一人の使者の手を借り、淑女としての姿勢ですでに城の中に入ってしまっていた。

「……置いてかれてしまいましたね」

クラウスは呟いてからはっとする。

ここに来たのは、物見遊山のためではないのだと。

「ごめんなさい、うっかり見とれすぎていました」

「大丈夫ですよ、ほかの令嬢の中にも、未だにここに来ていない方が数名いるようですから。ギースウェンダル家よりも先に選定を受けた家で」

使者は茶目っ気たっぷりに眼を瞬かせて、少女に言う。

「さあ、こちらですよ」

ガラスの靴が履けてしまった娘は、緊張した面もちで頷き、彼に触れる事をためらった。

「あの、まだわたし、デビュタントもしていなくて。腕をお借りしても問題はありませんか?」

「おや、そうでしたか。デビュタントしてからでなければ、男性の腕を借りる事はできませんからね。後ろをついてきてくださいな」

使者は悪い気もしない顔でそう言い、クラウスはそれに続いた。

続いた先でもまた、城の内部の壮麗な作りに感嘆の息をもらし、足をしばしば止めてしまいそうになったのだが。

それでもクラウスは、相手が不愉快にならないように、と何度も自分の心を抑え、何とかその部屋の前に到着した。

「私の案内はここまでです、お嬢様」

使者の男性はそう言い、クラウスは頷いた。それからにこりとほほえみ、こう返した。

「案内をありがとうございます。とても助かりました」

おそらく一人で来てしまっていたら、とても長い間あちこちに見とれてしまい、周りにかなりの迷惑をかけただろう。

その予想が余りにも簡単についてしまう自分に、彼女はどこかで苦笑いをしていた。

そんな少女であるが、彼女は息を一つ吐き出して吸い込み、ゆっくりと開かれた扉の向こうに入っていった。

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